第46話☆宮崎沙耶香vs前田陽菜

「宮崎さんめーっちゃ強かったよ。前田さんだったら負けないよね。中学の時はどうだった?」


今回のセコンド田辺美奈子は中学時代の私たちのことを知っていた。彼女からすると一つ下の学年の強豪校聖華女子学園の選手として認識していたみたいだ。


「いやぁどうでしたっけ。すみません、あんまり覚えてなくて」


試合に集中したいので笑って曖昧に返事してしまう。やっぱり聖華女子学園にいたことを知っている人と話すのは苦手だなぁ。私自身あまり話したい話題ではない。


前の試合が終わったのでリングに上がる。いってらっしゃいと声をかけてくる田辺美奈子はどこか面白がっているようだった。でも今はそんなことより沙耶香との試合だ。


こうして沙耶香とリングで向かい合うのは、校内の練習試合以外では初めてだ。身長は私と変わらないくらいだから162cmくらいか、少し大きいか。もともとがっしりした身体が縦にも伸び、グラマラスな体型のせいでより大人っぽく見えた。


ゴングが鳴ってじりじりと距離を詰める。極力パワー勝負は避けた方がいい。でも逃げていると思われると舐められる。だから敢えて手四つで組みに行った。沙耶香はすぐに反応して、がっちり組み合った。


くっ!やっぱ力すごい!


ぐっと一押しされたところで組んでいた手をぱっと振りほどいてタックルに入った。振りほどいてから、近い間合いからのタックルなのであまり低くは入れない。腰あたりにしがみついてそのままロープ際まで押し込んだ。


「相手の得意分野からカウンター一発決めてやりな。そうすれば相手も迂闊には攻めてこれなくなるから」


というのが美月先輩の教えだ。技は仕掛けられてから対処するだけじゃなく、牽制することもできる。自分の得意分野で戦っていたところを攻め込まれたという意識を沙耶香に植え付けるのだ。


ロープ際に押し込んだらすぐさまエルボーを打ち込んで反対側のロープに走らせる。すぐに後を追ってロープから戻ったところにドロップキックを決めた。

組み合ったところからの攻撃パターンを作れた。これで安易には正面から組み合えないはず。


今度は沙耶香が腕を掴んでロープに振ってくる。ロープから戻ると沙耶香の体重が乗ったラリアットが胸元に叩きこまれた。


ぐっ…!痛ぁ…!こんなに重いなんて。これは何発も食らってられない。

ロープに振られたらガードできない。だったらロープに振られるのを何とかしないと。

腕を取らせちゃまずい。でも避け過ぎるとこっちも戦えない。やられる以上にこっちがやるしかない。

お互いの武器は組んだところから仕掛ける技だ。だから組み合うのだって避けてばかりはいられない。やっぱり真っ向勝負だ。


リング中央で沙耶香とロックアップして組み合う。足を取ってボディスラムに入りたい。沙耶香もそれは狙っているから、お互い足は取られないように警戒している。私はロープに振られないように警戒するし、沙耶香は最初みたいに私がタックルに入ってくるのを警戒している。


組み合って技を狙ってガードして、いったん離れる。キックで探りを入れながらまた組み合う。

ドロップキックやエルボーといった軽めの技をいくつか決めながらも、お互いこれといった技が決まらないまま試合時間が5分を過ぎた。


ロープに振ろうとしても避けられる。こっちもラリアットを食らいたくないからロープには振らせない。完全に試合が膠着状態に入った。攻めなきゃ勝てない。それでもお互いのガードは緩まない。


そんな中、沙耶香が私の腕をがっしり掴んでロープに振ってきた。再び強烈なラリアットがお見舞いされる。受ける瞬間に後ろに身体を倒して衝撃を和らげたけど、その分リングに強く叩きつけられる。しっかり受け身は取れたけどすごい衝撃だ。


これでもこんなに痛いなんて。でも試合が動いた。今度は私が!


すぐに立ち上がって組み合い、沙耶香の足を取る。


よし!取った!重いけどここは絶対投げなきゃ!せーのっ!


沙耶香がボディスラムを察知して手をかけた足に体重を乗せて上げさせないようにしてくる。それでも全身の力で持ち上げるようにして抱え上げ、そのままリングに叩きつけた。


「まだまだ!」


休ませることなく沙耶香を立たせてロープに振る。ロープで跳ねて戻ってくる沙耶香の首に飛びついてJネックブリーカー。沙耶香の身体が首を支点にしてふわりと浮き上がり、そのままリングに落下する。


もう一発!あ、今度は起き上がりが早い!しまった、ロープに振られた、でもラリアットのタイミングは掴めてきたから……あれ、ラリアットじゃない。抱えられた、スクラップバスターだ!


沙耶香はロープから戻った私の身体を脇に抱え上げ、私に体重を預けてそのままリングに落下。背中から叩きつけられた。受け身を取っても身体を衝撃が走り抜け、息が詰まる。

仰向けの私の足を取って片エビ固めで押さえ込んでくる。ぐっと体重をかけられて胸が圧迫される。2カウントで何とか身体を弾ませて逃れたけど、大技の直後なら返すのは難しいくらいの押さえ込みだった。


試合時間が8分を過ぎた。交流試合は10分1本勝負だ。残り2分。このまま勝敗が決まらなければ引き分けで終わる。


はぁ…苦しい。今のは効いた。そりゃラリアットだけじゃないよね。くっ、立たせられる、やっぱ休ませてはくれないか。危なっ!足だ、今度はボディスラム狙いか。そう簡単には取らせないんだから。

たぶんバックはまだ取れないし、この試合終盤で私がジャーマン狙っているのもわかっているはず。だったら…。


8分を超える長期戦でどっちも動きが落ちてきた。それでもバックを取れないならこのままぶっこ抜いてやる!


再び足を狙いに来たのをかわして、そのスキにエルボーを打ち込む。すかさず腰を落として正面から沙耶香の身体を抱え上げそのまま後方にブリッジした。


フロントスープレックスだ。沙耶香の足が宙に浮いて身体が前に倒れていく。そしてそのまま背中からリングに叩きつけた。

このままブリッジで押さえ込んでも返される。だからすぐさま位置を変えて足を取り、片エビ固めで押さえ込みに入った。


しかしレフェリーがリングを2回叩いた直後、沙耶香が肩を上げてフォールを返した。もう時間がない。

フォールを返した沙耶香を今度はうつ伏せにしてSTFを決めた。

うつ伏せの沙耶香の右足を両足に挟み込んで背後からフェイスロックで絞り上げた。沙耶香からうめき声が漏れる。よし、いける!


でもこれはロープが近くてあっさりロープブレイクを許してしまう。関節技をあまり使わないので位置取りが上手くいかなかった。あとちょっとだったのに!


もはやお互い満身創痍。ふらふらと立ち上がりながらもがっちり組み合った。試合時間は残り1分を切っただろう。これが最後の攻防だ。

すると沙耶香がさらに距離を詰めてくる。


え、何?こんなに近いとロープに振れないしボディスラムにも入れない。あ!やられた!ベアハッグだ!


私の身体を両腕で抱え上げて締め上げてくる。このタイミングでパワー技に入ってくるなんて。でもこんな技、長くは続けられないはずだ。


ぐっと力を入れて締められ、身体がのけ反る。まるで万力に締められているみたい。沙耶香の武器はパワーだけど、試合終盤にかけて力が増しているように感じる。


やばい…息が…!


そう思ったのも束の間、沙耶香は技を解いた。

倒れはしないけどふらふらだ。締め付けから解放されてようやく満足な呼吸ができた。


はぁ、危なかった…。あっ、何!?抱えられた!?いや違う!担がれた!しまった!


沙耶香は私を肩に担いでいた。これは肩に担いで相手の身体を反り上げる、アルゼンチンバックブリーカーの体勢だ。


「やっと捕まえた。これで終わりよ」


左脚と顎に手をかけられた。持ち上げられているからロープには逃げられない。だったら、絶対に仰向けにされちゃだめだ。残り時間は?あとどれくらい粘ればいいの?とにかく身体が横向きの間はまだ堪えられるからこの姿勢を維持して…


沙耶香が上下に揺さぶりをかけてくる。身体が弾みながら少しずつ仰向けにされていく。ダメだ、踏ん張れない!


ついに完全に仰向けにされた。すると顎と足にかけられた沙耶香の腕が一気に下に力を加えてくる。沙耶香の肩の上で身体が折り曲げられていく。


「レフェリー!」

「前田ギブ?ギブアップ?」

「っ…!の、ノー!」


残り時間も僅か。沙耶香の力ももう限界のはず。ここでギブアップしてたまるか!


「はぁ…はぁ…まだ堪えるの?もう限界でしょ!?」

「ぁ…!ぐ…!」


き、きつい!腰が!試合終盤で何でこんなパワー出せるの?

もう全身が悲鳴を上げている。


「だったら、これで、どう!?」


がっちりとアルゼンチンバックブリーカーを決めたまま沙耶香が上下に揺さぶりをかけてきた。既に限界まで反らされていた身体が弾みをつけてさらにしなって反り返る。


「あぁっ!っ...!あぁぁぁっ!ぁあ˝っ!」


こ、腰が!やばい!苦しい…!


あともう少し堪えれば…。試合時間いっぱいまであと1分もないはずなのに、永遠のように長く感じる。苦しい。体力ももう限界だ。意識にうっすらと靄がかかったような気分になる。

遠くでゴングの音がした。隣の試合終わった?いや、こんな時にそんな音聞こえるわけない。


「ストップストップ!そこまで!」


今度はさっきよりもはっきりと聞こえ、沙耶香の身体をつたってリングに滑り落ちた。


あれ、終わった?私ギブしてないよね?10分経った?あぁ、だめだ。すぐには動けそうにない。


「前田さん大丈夫?身体動く?」


レフェリーが頬を軽く叩きながら話しかけてくる。腕、足と触って身体を確認しているみたいだ。

とにかく身体が重い。長い試合だった。


「はぁ…はぁ…はい…。大丈夫です」


私の返事を聞くと安心したのか沙耶香の方に向かっていった。

するとレフェリーは沙耶香の腕を上げて勝ち名乗りを上げた。


え?何で?

慌てて身体を起こそうとしたけど、たぶん首が少し起きただけでほとんど動けない。とにかく身体が痛んだ。


事態が飲み込めないまま呆然とする。近寄ってきた沙耶香と、何も考えられないまま無意識に握手をしたみたいで、沙耶香はそのままリングを後にした。


リングを降りた後に沙耶香は一度だけこっちを振り返った。勝ち誇った様子はない。何故か悔しそうにも見えた。いや、ただ一瞥をくれただけのようにも見える。何がどうなったのかわからない。でもその時の沙耶香の表情が目に焼き付いて頭から離れなかった。

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