第44話

「前田ちゃんおめでとう!いい試合だったよ」

「ありがとう!快勝快勝!初戦からいい感じだよ」


咲来が私の第1試合を見に来てくれていた。リングから降りた私に駆け寄ってきた咲来は開口一番に祝福してくれた。


セコンドの沙耶香はお疲れ様と言って預けていたジャージとタオルを渡してくれた後すぐに会場を出ていった。Cグループの次の対戦カードは沙耶香と田辺美奈子だ。ウォーミングアップにしては少し早い気もするけど、試合の感想は特に言わずあっさりと踵を返して行ってしまった。


咲来ももうすぐ試合だからアップしてくると言ってパタパタと走って会場を出ていった。そうだ、咲来も第1試合だった。自分の試合もあるのに観に来てくれていたのだと思うと嬉しいしありがたい。見守ってくれている仲間がいることはたった一人でリングで戦う選手にとってはすごく心強い。


次は私が咲来の応援に行かなきゃ。軽くストレッチしたらすぐに向かおう。そう思って会場を出ようとした時だった。


出入口付近のリングに人だかりが出来ている。誰の試合だろうとリングを見ると腰まで伸びた髪を揺らしながら戦っている選手の姿が目に映った。


高山美優だ。

彼女はEグループの第1試合だった。試合が始まってそう時間は経っていないはずなのに相手の選手はもう肩で息をしている。高山美優はエルボーを打ち込みすぐさま相手に絡みつくようにしてするりとコブラツイストに入った。相手の顔が苦しい表情に歪む。高山美優はがっちり両腕をバインドし、もがく相手を捕らえて逃がさない。やがて相手がギブアップして試合は終了した。


すごい。コブラツイストでギブアップさせるなんて。その前のエルボーも強力だった。もう少し早く気付けばよかった。どんな試合だったんだろう。


勝ち名乗りを受けてリングを降りる高山美優は相変わらず淡々としていた。プロレスが好きなはずなのに、勝っても嬉しくないのかな。試合結果に一喜一憂しないだけなのだろうか。


「あ、いけない。咲来の試合始まっちゃう」


すっかり見入ってしまった。早くストレッチして咲来の試合観に行かなきゃ。


1日に3試合なので自分の試合だけでも結構ハードなのに、他の試合も観るとなるとかなり過密スケジュールになる。ライバルの試合も全部はチェックできない。でも仲間の試合だけは絶対に外せない。


ウォーミングアップ会場でさっとストレッチをする。どこも違和感はない。特に怪我も無さそうだ。川口真紀を相手に無事試合を終えられているのも結構すごいことなんじゃないかなと、ふと思った。相手の強豪校選手にこてんぱんにやられている試合もたまに見かける。それを普通に張り合えているなら、中学のブランクは埋まりつつあるのかもしれないな。

そうこうしている間に咲来の試合が始まる。全身を軽くストレッチでほぐしまた試合会場に戻った。



Hグループ第1試合の場所に向かうと前の試合がちょうど終わったところで、リング横で咲来が身体を動かして待機していた。間に合った。


咲来も夏休みの猛練習の成果が出ていた。鋭いキックは相変わらずで、飛び技やタックルも積極的に狙っていった。ドロップキックもいい感じに決まっていて改めてこの夏頑張ったという気持ちが湧き上がってくる。


相手は埼玉県の2年生だけど、動きを見る限りたぶん高校からプロレスを始めた選手だ。咲来のローキックにもあまり上手く対処できていない。ドロップキックやJネックブリーカーを連発してくる飛び技メインの選手みたいだけど、元々武道経験のある咲来なので受け身も取れている。咲来はタックルに入って寝技に持ち込んだ。でもなかなか技の形は作れない。腕を取ろうとすると避けられ、足を取ろうとしてもじたばたされる。

結構長い攻防だったけど最後はロープが近くなっていてロープブレイクされ、レフェリーが制止して仕切り直しになる。タックルには入れているけど、関節を取るところまではまだ上手くいかない。もうあと一歩のところが上手くいかないじれったい気持ちはよくわかる。


咲来のキックが相手に襲いかかる。堪らず距離を取る相手に一歩間合いを詰めてもう一発お見舞いする。関節技が上手く決まらないと得意技に頼りたくなる気持ち、よくわかるなー。


それでも打撃で揺さぶり、飛び技を織り交ぜ、スキを突いてタックルに入った。プロレスらしい試合になってきた。片足取れたけど、これもロープに逃げられて関節技には入れなかった。


後半は咲来が攻めて、相手が堪えしのぐ展開が目立っていたけど、最後は咲来のハイキックがクリーンヒットしKO勝ちとなった。それまで散々ローキックで足を痛めつけ、相手の姿勢もガードも下がっていたところを狙った鮮やかな一本だった。


リングを降りた咲来におめでとうと声をかけて抱き合った後、一緒にアップ会場に行ってストレッチをしながら話していた。


「タックルめっちゃいい感じだったじゃん」

「ありがとう。この夏頑張ったもん」


試合が終わってもまだアドレナリンが出ているみたいで咲来の気分が高揚しているのがわかる。


「でも関節技なかなか決められなかった。技の練習もかなりやったんだけどね」

「あれは相手のガードが固かったって。腕も足も取らせないことに全力だったもん」


さっきは咲来の試合を観るために急いでストレッチを終えてしまったので、私も一緒にしっかり身体を休める。

アップ会場ではいつも通り試合を控えて身体を動かしに来ている人が多くいるけど、ここもやっぱり3年生がいない分、どこか緊張感が薄く見えた。

1・2年生だけの試合。ここにいる人たちは来年、再来年の全国行きを争う相手になるかもしれない。今アップ会場にいるだけでも数十人はいるけど、全国大会に行けるのはこの南関東で2人だけだ。

目の前にある他愛もない日常的な光景と、たった2人という残酷なまでの数字には、大きな隔たりがあるように感じた。

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