第39話☆スパーリング

くっ!ダメだ、振りほどけない!

まずい、身体伸ばされる!


「陽菜ムダに暴れない!顎引いて冷静に!違う!後ろの手から外す!」


翔瑛女子大2年の藤本まどか。典型的なグラップラーだ。寝技、関節技、絞技を得意としている。

私はまさに胴締めスリーパーホールドをかけられようとしている。というかほぼ決まりかけている。


背後にぴったり着かれたところから仰向けに倒され、両足で腰を挟み込まれている。何とか顎の下に腕を完全には入れられないようにしていたけど、身体を伸ばされると顎を引く力が弱まってくる。藤本まどかはスルスルと腕の位置を調整し、ついに首元に入り込んできたところでタップした。


「ぷはぁ...!はぁ...はぁ...」

「大丈夫?」


技を解いた藤本まどかが声をかけてくれた。金髪のショートカットをかき上げながら私の顔を覗き込んでくる。


「っ...はい。最後ぐっと締まって...。でも大丈夫です」

「陽菜、無闇に暴れすぎ。あれじゃ寝技の対応苦手ってすぐバレるよ。あとスリーパーホールドの時は首元にある腕じゃなくて後頭部押さえてくる方の手を外すようにね」

「はい」


中学の頃は有り余る体力で暴れて振り解いていたけど、力も技術もある相手には通用しない。ちゃんとした対応方法を身につけないと。


「締められる前なら首と相手の腕の間に自分の手を入れることで締まらなくなるわ。ま、これは咄嗟のあれだし間に合わないことの方が多いけど。じゃあ倒されてからの逃げ方確認しとこうか。まどか、もう一回技の形作って」


腕は後頭部を押さえてくる方を処理する。その間に身体を挟んでくる足のフックを外す。これを外してから身体を跳ねさせて逃れる。技に手順があるように逃げ方もちゃんとある。

もちろん相手も逃さないようにさらに対応してくる。これがテクニックのせめぎ合いだ。


とは言ってもかけられている側は不利だ。だからこの体勢に持ち込まれる前に、そもそも技に入らせない技術も必要だ。高校生にはなかなかいないハイレベルな相手とスパーリングするとそう痛感する。いちいち相手の技を食らっていてはもたない。


結局この日の練習はひたすらスリーパーホールド対策となった。今日一日で何回タップしたかわからないくらい散々にやられてしまった。関節技と絞技オンリーのグラップリングスパーリングでは藤本まどかには敵わない。まどかさんはどんな流れからでも最終的には私の背後にいて、腕が首に隙間なく巻き付いている。


でも技へのいろんな入り方を経験できた。何度もやられている間に徐々に相手の狙いが読めてくるようになる。そう信じたい。


「前田ちゃん今日はどうだった?」

「まどかさんとずーっとグラップリングスパー。やられっぱなしで嫌んなっちゃうよ。咲来は?」

「基本的な関節技。逆エビ固めとコブラツイスト、キャメルクラッチ、あと寝技も少し」


今日はボクシング部が午前中に練習場を使っていたので女子プロレス部の練習は午後だった。既に日が傾き始めている。夕方になってもまだまだ暑くて、キャンパスに植えられた木からもセミの声がわんわん聞こえてくる。


「へー。誰に教えてもらったの?」

「大島さん」

「いいなー。莉子さん関節技すごいもんね」


大島さんには初めて来た時に強烈なサソリ固めをかけられた。あの時は絶対逃げられないと思ったけど、技の対処方法をちゃんと練習していけばあそこまで極められなくなったりするのかな。


「うん。最初に軽くかけて説明してくれるんだけど全然軽くなくて。めちゃくちゃ痛かったよ」


痛いと言いながらも咲来は楽しそうだ。


「何、楽しそうじゃん」

「ちゃんとやり方があって、パズルのピースを埋めていくみたいに、正しくやれば決まるのが面白いと思って」

「へー。なんかそう聞くとやってみたくなるなー」

「がむしゃらにやるだけじゃ上手くかからないから、落ち着いて技に必要なポイントを押さえていくんだって。職人さんみたいでカッコいいよね」


私は今までがむしゃらにやってたのだろう。それでも勝てていたからあまり深く考えてこなかった。

でも高校生はそれだけでは通じない。上へは行けない。私も咲来に負けていられない。

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