第37話☆大学の練習

「咲来ー!それじゃ腕立てになってないよー!もっと下まで下げる!」

「…はぃ」

「声ちっさい!」

「はい...!」


大学の練習はキツい。特に筋トレ。華奢な咲来にはなかなか大変だろう。

でも初日よりは全然できている。最初は腕立て伏せ10回でもうダメそうだったけど、今は30回くらいはできている。


8月も中旬。外は蝉の鳴き声で満たされている。

ここ翔瑛女子大の練習場ではエアコンが入っているけど、建物は日光に晒されていて、連日の猛暑による熱気が壁越しにも伝わってくる。その結果、学校の格技室ほどではないけど暑い。


私と咲来は火曜と木曜に翔瑛女子大での練習に参加させてもらうことになった。

翔瑛の練習は一応毎日あって、バイトや授業が入っていない曜日の練習に参加する形式らしい。美月先輩のバイトが無い日、ボクシング部が練習場を使っていない日ということで練習日が決まった。


「基本私が面倒見るけど、他のメンバーに気に入ってもらえたら私がいない日に出ても問題ない雰囲気になると思うから、ま、上手くやりな」


と、こそっと言ってくれた。大島さんと竹内さんは試合もしたし、いつも練習に来ているので毎回会っていてかなり話しやすくなった。他の部員の人たちとも少しずつ話していて、徐々に部に馴染みつつあった。


「はいそこまでー。一旦休憩でーす」


美月先輩の合図で全員その場にへたり込む。今日は練習の前半が筋トレだ。腕立て、腹筋、背筋、スクワット、首ブリッジ、とにかくあちこちの筋肉を強化する。パワーが重要というのもあるけど、怪我をしないようにするためにもある程度の筋肉は必要だからだ。


筋トレが終わると咲来はいつもぐったりしている。でも苦手といっても絶対最後までついてくる。こう見えて気合いと根性はすごくあるのだ。


休憩を挟んだらここからは技や動きの練習、最後に試合形式のスパーリングをする。


大島さんとのスパーリングでも少しずつ動きについていけるようになった。とはいってもまだまだやられっぱなしだ。良くても時間いっぱいでの引き分け。関節技に捕まって終わることも多い。


咲来は打撃以外の練習を美月先輩に命じられていて、まだぎこちない動きだけど少しずつ技のバリエーションが増えていっている。


練習が終わるとストレッチ。この季節はもう全員汗だくなのでまずはストレッチを済ませてから掃除をしているらしい。


「莉子さんは相手の蹴りってどうやって捌いてますか?」

「私は脚でガードすることが多いかな。スウェーもいいけどガードした方が…」


打撃と言えばここでは葵さんなイメージだけど、オールラウンダーな莉子さんがどうやって対処するのか知りたかった。私が咲来みたいな鋭い蹴りを使う選手と対峙した時の参考にしたい。


「陽菜ー、ちゃんとストレッチしなよー」

「はい!」


柔軟しながらも莉子さんとの話が止まらない。そっか、ガードしてそのまま前に出てカウンターしかけるんだ。確かにローキック一発に対してボディスラム一発を返せれば、相手も迂闊には攻められなくなる。そう上手くはいかないかもだけど、タダでは蹴らせないぞって感じが好きだな。


大学での練習が始まって2週間が経った。やっぱり教えてくれる人がいると違う。練習メニューも自分たちだけだとどうしても甘くなる部分があるから、ここに来れて本当に良かった。


「咲来はゆくゆくは打撃を中心にした戦闘スタイルでもいいけど、他の技ができればもっと攻撃の幅が広がるから。このまま技練習もしっかりやっていこう」

「はい!」

「あと筋トレね」

「…はい」

「何、乗り気じゃないわね。でも力付けたら葵みたいな重い蹴りもできるようになるよ。パワーは他の技にも活かせるから全体的な攻撃力アップになるわ」

「はい!」


練習後は美月先輩からコメントやアドバイスをもらう。ストレッチでクールダウンした後だけど、先輩の話を聞く咲来の顔はまだ赤い。


「陽菜は、防御力を上げた方がいいわね」

「ぼうぎょ、ですか?」

「あんたは技をほいほい食らっちゃうでしょ?プロの試合なら相手の技を受けることも試合を盛り上げるために必要だけど、高校生の試合ではそれよりも勝つことに重きを置いてるわ」


高校プロレスではプロの試合のように相手の技を受け切って勝つ、というパフォーマンス的な要素は無いといっていい。トーナメント戦ともなると次の試合にも影響するし、勝てる試合はさっさと相手を倒してしまうのだ。


「技は正しく受けられてるし、受け身も取れてる。大きな怪我もしてない。それはいいけど、陽菜と組んだ相手は割とすんなり技をかけれてるように見えるの。プロの試合でも好き放題やられるのと選んで受けるのは違うわ」

「じゃあ、どうすればいいですか?」

「ひたすらスパーリングする。いろんな相手とね」


美月先輩はニヤっと笑って言った。

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