第33話☆中西先輩
「うわー!正門でかい!」
さすがは私立大学。建物は綺麗だし、入口の門がとにかく大きい。その門の下を行き来する人はほとんどいない。大学も夏休みに入っていて、部活のジャージを着ている人や楽器を担いだ人がたまに通り過ぎていくだけだ。
「2人とも大学に入るのは初めて?大学の見学もできてちょうどよかったわね」
先生は慣れた足取りで迷いなく中を進んでいく。勝手に入って怒られないか周りを気にしていた咲来も大学の建物に目を奪われている。
今日は午前の練習を早めに切り上げて翔瑛女子大にやってきた。
朝日丘高校からは電車で3駅しか離れておらず、こんな近くに美月先輩がいたことにちょっと驚いた。
12時に大学の食堂で待ち合わせ、昼食を取りながら話をすることになっている。
「美月もう着いてるみたい。食堂入って奥の方に席取ってくれてるわ」
先生に連れられて食堂の中に入っていく。ここまで迷いなく歩いているのを見ると、先生もここに通っていたんだとわかる。
食堂は思った以上に広かった。それでも授業がある日のお昼時は人でいっぱいになるらしい。今日は部活の団体らしきグループがまばらにいるだけで、座れないということはなさそうだ。
「真理さーん!こっちです!」
聞いたことのある声に反射的に首を巡らせた。隣にいた先生が手を振って向かっていく。そうか。先生の下の名前が真理であることを思い出した。
先生が向かっていく先には私も見覚えのある人が座っていた。
「先輩!?美月先輩…ですか!?」
「陽菜!?久しぶりー!あんた変わんないねー!元気してる?」
「はい!うわー!先輩お久しぶりです!」
美月先輩は大学生になっても綺麗な黒髪のままだ。大人しそうな見た目とは真逆で、性格は極めてさばさばしている。メイクもしていて昔よりも一層美人に見えた。最後に会ったのは私が中学2年の頃、先輩が高校3年生の夏前に部活を引退して以来だから2年振りの再会だ。
「陽菜、自分で部作ったんだってね」
「そうなんです。あ、この子、咲来です。部員は今は私たち2人です」
「大塚咲来といいます。よろしくお願いします」
「咲来ちゃんね。中西美月です。よろしくね」
咲来が隣でぺこりと頭を下げる。
久しぶりで話したいことはたくさんあるけど、まずはご飯を買いに行くことに。
大学の食堂にはいろいろなメニューがあった。部活終わりらしき人はカレーをトレイに乗せて小鉢のコーナーを物色している。小鉢には野菜を中心とした料理が並んでいて、これで栄養のバランスが取れているのだろう。
私も練習終わりでお腹がぺこぺこだったのでカツカレーにした。咲来はきつねうどんと小鉢を2つ取ってきた。同じくらい動いたのに食べる量がこんなにも違うのは不思議だ。
「お、さすがは高校生。よく食べるねー」
「午前中練習だったんです」
美月先輩は焼き魚とご飯、インゲンの胡麻和えを持って席に戻ってきた。
「練習は毎日やってるの?」
「はい。土日は片方休みですけど」
「それは先生も大変ですね」
「クーラーの効いた職員室でスマホ見てるだけだから家に居るのと変わらないわ」
自分が高校生になり、大学生になった先輩が目の前にいるなんてちょっと変な感じだ。でも話したいことはたくさんあった。
今の部活の話、今年の都大会は初戦敗退だったこと、そしてこの前の大会で桜に会って先輩の話を聞いたことを、途中話が脱線しながら、時に皆で笑い合いながら話した。
でも先輩は私が聖華を辞めた理由については深くは聞かなかった。聞かれてもこの場ではちゃんと答えなかっただろう。辞めたことを後悔はしていないけど、正解だったかはわからない。これから正解だったと思えるように頑張るしかないんだけど。
先輩はきっと察して深く聞いてこなかったのだろう。厳しい言い方をすることもあるけど、繊細な空気を読める人なのだ。
そして話は本題に入っていった。
朝日丘高校女子プロレス部のコーチをお願いできないかという件だ。
「それでね、美月にコーチお願いできたらなって。どう?」
「どうって、こっちの部活もありますし。バイトだって先輩抜けて忙しいんですから」
それもそうだ。大学生が高校の部活の面倒を見るなんて大変だろう。
でも都大会と交流試合を経て、やっぱり2人だけで練習を続けるのには限界を感じている。先輩のような人がいてくれたら。そう願わずにはいられない。
こっちの事情は概ね話したけど、だからと言って美月先輩の時間が湧いてくるわけではない。
「あ、いいこと思いついたかも。あんたたち今から試合してみな」
「えっ、誰とですか」
「相手用意するから、ちょっと待ってて」
先輩はスマホを取り出し、ちょっと楽しそうに電話をかけはじめる。少しして相手が出たようだ。
「あ、リコ?今練習場?アオイもいるかな。ちょっとさ、タッグマッチやってくんない?」
試合?ここで?しかもタッグ?わけがわからない私たちに先輩はまぁいいからって悪戯っぽく笑った。
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