第9話☆前田陽菜vs坂本美音
堀田先生と合流し、人の波をかきわけてリング近くの召集場所に向かった。
第1試合は赤コーナーが3年生、青コーナは1年生だ。
この3年生、見覚えあるな。中学の大会で見たのかも、確か強かった。
気持ち的には同い年の青コーナーを応援したくなる。
でもその3年生相手に1年生が次々と攻撃を繰り出していく。
ローキックがヒット、バシッと音が響いた。
えっ、まってあの子、めちゃくちゃ強い。
試合中盤あたりでは3年生はもう防戦一方だった。
あっという間にスタミナを奪われ、関節技に捕まった。
ギャラリーからわっと声が上がる。
逃げろ!動け!ロープ!と叫ぶ赤コーナーサイド。
離すな!決めろ!と青コーナーサイドが沸いた。
声があらゆる方向に飛び交う中、やがてゴングが鳴った。
”ただいまの第1試合、青コーナー紫苑女子大附属高校の高山美優さんが勝ちました”
高山美優。どこかで聞いたことあったかな。
でも紫苑にそんな子いたっけ?
高校から推薦で入ったのかも。
リングから降りた高山美優を見ていると、背が高く、ごつくはないけど力も強そう。ベスト4まで進めば準決勝であたる。望むところだ。
それよりまずは1回戦。同じ紫苑の1年生が相手だ。
「前田さん、頑張ってね」
「はい!」
先生に送り出され、リングに上がる。
都大会ではまだ観客は入れないから周りにいるのは出場者か関係者だ。
”これより第2試合を行います。赤コーナー、朝日丘高校、前田さん。青コーナー、紫苑女子大学附属高校、坂本さん”
坂本美音の名前が呼ばれると青コーナー側からの声援が沸いた。
さすが強豪校。部員全員が応援に駆り出されているのだろう。
中にはきっと3年生も多くいる。
そして目の前にいるのは彼女たちを抑えて都大会出場の枠を勝ち取った選手だ。
それでもここで負けるわけにはいかない。
ゴングと同時にロックアップでがっちり組み合う。
私とほぼ変わらないくらいの身長。パワーには分がありそうだ。
坂本美音がヘッドロックにくる。
抜け出してロープに振って、ドロップキック。
今度は坂本美音のドロップキック。
おっ、ドロップキック上手くなってる。
まずはエルボーで意識を上に向けて、足を取ってボディスラム!
これはかわされたか…えっ、フロントネックロック!?
ボディスラムを狙って姿勢が低くなったとこを狙われた!
くっ!
あぁ鬱陶しい!
逃げられないけど絞まってはない。
一度捕らえたら逃がさないのが坂本美音の持ち味だ。
このまま寝技に持ち込まれるとじわじわ動きを封じられて締め上げられる。
そうなる前に何とか振りほどいたその瞬間、坂本美音が右足を後ろに引いているのが見えた。
まずいと思った直後に胴体に重い衝撃が走る。
坂本美音のニーリフトだ。
ヒットする瞬間に身を固めたので多少ダメージは抑えたけど重い一撃だった。
ひとまず距離をとりたい。
前蹴りとローキックで牽制しながら息を落ち着かせる。
大丈夫だ。まだ巻き返せる。
でもあの膝は要注意だ。
下手には組み合えない。
腕を掴んでロープに振って、ドロップキックやラリアットで少しずつダメージを与えて様子を見る。
坂本美音も同じように打撃中心で攻めてくる。
私と組み合うつもりはないみたいだ。
そうなるとダメージを与えられる技になかなか入れない。
組もうとするとすぐかわされる。
一発もらう覚悟で強引に組もうと思ってもあのニーリフトが厄介だ。
鳩尾にでも入ったら終わり。
上手く距離を詰めたとしても絡まれて寝技に持ち込まれると相手の得意分野になってしまう。
って言ってもこのままじゃ地味にローキックで攻めているだけだ。
打撃が得意な相手とやり合ってはこっちが先に消耗する。
やるしかない。
時計は5分を回った。
今のところ相手が少しリード。これ以上離されたくない。
組ませてはもらえないだろうけど手四つに誘って首相撲の形に。
今だ!
膝は要注意!
よし!
間合い詰めた!
逆にニーリフトを狙って、そのスキに後ろにまわる!
捕まえた!
くっ!完璧な位置じゃない、でも絶対離さない!
このまま投げてやるっ!
ジャーマンスープレックスで坂本美音をリングに叩きつけた。
フォールは……返される。
得意のジャーマンを返されて少しショックだけどダメージの差は逆転できたはず。
抑え込みは2カウントまでいったし、あと少しだ。
しかし起き上がった美音の目つきが変わっていた。
まるで縄張りを侵された動物のような獰猛な目だ。
坂本美音の攻撃が激しくなる。
あのジャーマンで確実に焦っている。
たぶんもう一発決めれば倒せる。
相手もそれを感じてか、様子見の攻防ではなく、攻めに転じてきた。
でもそれは好都合だ。
正面から組み合う。
膝は注意してながら足を取ってボディスラムで叩きつける。
よし!これが決まり始めればペースを作れる!
リングに叩きつけた坂本美音を立たせて今度はラリアットを叩きこむ。
坂本美音が後ろに吹っ飛んで受け身を取る。
下手に抑え込んで寝技に持ち込まれるのは避けたいから、まだまだ立たせて攻撃を続ける。
もう一発ラリアット。
しかしこれは躱された。
ロープに振られて、坂本美音のドロップキック。
受け身を取ったけど一瞬先に立ち上がったのは坂本美音だった。
左足を私の左足にフックして背後に周り、右脇の下に入り込まれた。
コブラツイストだ!あぁっ!振りほどけない!
坂本美音が両腕をがっちりバインドしていて振りほどけない。
左足が固定された状態で上半身を捻られる。
右肩も固められていて身体のあちこちが痛い。
何とか左足のフックを外してツイストから逃れる。
後は上半身を振り解くだけ…そう思った瞬間だった。
振りほどくことに夢中になっている間に、がら空きだったボディに坂本美音の膝が吸い込まれるように入ってきた。
しまった!い、息ができない…!警戒、してたのに…!
腹部を抑えて膝を着く。
だめだ、動けない。
身動きが取れないまま、白い腕が顎の下に入り込み首に巻き付いた。
まずい!スリーパーホールド…!
後ろにまわり込まれた。
でもロープがそこに。
手を伸ばせばまだ掴めそうな位置だ。
でも目の前のロープが急に遠ざかる。
強い力で後ろに引っ張られ、遠く離れた天井しか見えなくなった。
後ろに倒された。
しかも両足で身体を挟まれて動けない。
どんどん身動きが封じられていく。
坂本美音の柔らかい腕が首に隙間なく密着する感覚。
頭を振ってもぴったりとくっ付いて離れない。
それが段々と自分の視界を暗くしていくのがわかる。
だめだ、逃げられない!意識が…!
堪らず坂本美音の腕をタップする。
試合終了のゴングが鳴った。
レフェリーが私の後ろにいる坂本美音に合図し、ようやく解放された。
首を締められていたせいで激しくむせて咳が止まらない。
「戻ってきたのね」
「えっ…?」
「最初はもっと楽に勝てると思ったわ。でもやっぱり強いわね」
咳をしながら坂本美音の方を見返したけど、彼女はすっと立ち上がってレフェリーの方に行ってしまった。
”ただいまの第2試合、赤コーナー紫苑女子大附属高校、坂本さんが勝ちました”
私はまだ戦える。
もう一発ジャーマンスープレックスを決めれば抑え込めるんだ。
そんな気がしてしまうけど、会場のアナウンスを聞き、レフェリーに腕を上げられる坂本美音を目にすると、負けが確定したことを理解する。
都大会16位。
初戦敗退。
高校生最初の全国への挑戦はここで終わった。
まだ見ぬ全国の舞台に今年は行けないことが決まった。
坂本美音と握手を交わし、私はリングを後にした。
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