聖なる印を持つ男(短編)

藻ノかたり

聖なる印を持つ男

オレの体には、聖なる印が刻まれている。


それが刻まれたのは、忘れもしないオレが十歳の時だ。オレは裏山に一人で遊びに行った帰り道、木の上に青白く光るサッカーボールくらいの物体を見つけた。


既に夕闇せまっていたのだが、オレは十メートルはあるだろう その木の上までよじ登り、その光に触れてみた。その頃のオレは、怖いもの知らずだったのだ。


その瞬間、光る物体は辺り全体に広がりオレを包み込んだ。そして、どこからともなく聞こえる荘厳な声。これが噂に聞く神様なのかと、オレは子供心に感じていた。


「少年よ、よく聞け。今この瞬間、お前を当たりと認定しよう。運命を受け入れ生きていくがいい。さぁ、証としてなる印を授けるぞよ」


その声が響き終わった時、周りは元の夕闇に戻った。明るさに目が慣れていたオレは、一瞬 平衡感覚を失い転落。落ちる途中の枝や柔らかな草がクッションになったとはいえ、地面に叩きつけられたショックでオレは気を失った。


目が覚めると、そこは病院のベッドの上だった。心配そうにオレを覗き込むオヤジとオフクロ。帰りが遅いので裏山に捜しに来たところ、木の下に倒れているオレを発見したらしい。


オレは裏山での出来事を話したが、誰も信じてはくれない。授かった印の話もし、背中にそれらしいモノもあったのだが、転落の際に出来た傷であろうと一蹴された。


しかし、オレは信じている。背中の傷のように見えるものは、紛れもなく神から与えられた「聖なる印」であると。


オレは神に選ばれた「当たった人間」なのだ。きっと、素晴らしい人生が用意されているに違いない。そう思うと、毎日がワクワクしどおしだった。


しかし良い事が起こる兆しは、一向に見えてこない。奮起して受験した私立中学は不合格であったし、仕方なく入学した公立学校でも、これといって良い出来事は何もなかった。


高校も滑り止めの私立にヤットコさ合格できたくらいで、学校生活も極めて普通。生徒会長になったり、部活動で華々しい活躍をする事もない。ましてや美人の同級生と、恋愛を楽しむなどあるはずもなかった。


オレは段々あの時の出来事は夢だったのではないか、と思い始めるようになっていた。子供の頃の、気の迷いではなかったのかと。


そして予想通り大学生活も平々凡々と過ごす事となり、就職もそれなりの会社に何とか決まった。


入社3年目、仕事にもだいたい慣れてきた頃に、一つの好機が訪れた。社長の娘と知り合い、恋愛関係になったのだ。


「これが、当たりという事か」


オレは子供の頃のあの記憶を思い起こし、背中に刻まれた印の事を再び信じるようになった。


娘に弱い社長は徐々にではあるが、オレに重要な仕事を任せるようになる。オレは、このチャンスをモノにしようと必死で働いた。気がつけば同期の中で一番の出世頭となり、将来の経営者間違いなしとまで囁かれるようになる。


しかし幸運の終わりは、徐々に訪れた。順調と思われた社長令嬢との付き合いが、しだいに上手くいかなくなったのである。


「ごめんなさい。私、今までお金持ちの人としか付き合った事がなかったの。多分、その反動で平々凡々なアナタに魅かれたんだと思うわ。でも、やっぱりアナタと私じゃ全然つり合わないってわかったの」


それが彼女の別れの言葉であった。こうなると仕事の面でも状況は一変する。オレは早々に閑職へと追いやられた。娘との関係が切れた以上”娘の昔の男”は、社長にとっても邪魔な存在なのだろう。見えない圧力が毎日のようにのしかかり、オレは追われるように会社を去った。


再就職先の面接に行った帰り、人気のない夜の公園で、オレは長年にわたり押し殺してきた言葉を虚空に向かって叫ぶ。


「ちくしょう、何が当たっただ。オレの人生、ロクなものではないじゃないか! あれはヤッパリ夢で、背中の印も只の傷に過ぎなかったんだ。子供の頃の幻を信じたオレがバカだった!」


一瞬、気が晴れたようにも思えたが、すぐに惨めな気持ちになる。


ボロ布のようになった心を引きずりながら、家路につこうとしたその時、夜空の向こうにひときわ輝く光が現れた。その光は徐々に大きくなり、呆然としているオレの頭上で停止した。


「何だ。また夢なのか、これも」


見上げるオレに向かって、その物体から光がそそがれる。オレは、その光の中へ吸い込まれていった。


気がつくとオレは、ベッドのようなものに仰向けに寝かされていた。服は全て脱がされ、体には幾つもの管がつながれている。そばに誰か立っているようなのだが、体が全く動かない。


しかし目が冴えてくると、周りの物が少しずつわかってきた。


何やら見たこともない機械類や不思議な光を放つ壁、何ともいえない浮遊感。その時とつぜん、頭の中に複数の声が直接聞こえてくる。


「調査サンプルは、コイツだけかよ。一人だけじゃ全然たりないぞ」


「そういうな。地球人の捕獲は"未開人捕獲委員会"によって、数が厳しく制限されているんだから しょうがないだろ。隊長に文句を言われる前に、さっさと調べ終えちまおうぜ」


「あーあ。俺たちにも、例の幸運が回って来ないかなぁ。滅多に無いっていうけどさ」


「噂のアレか。しかし、恐ろしく低い確率らしいぞ"アレ"は。まぁ、そんな事を期待せずに、コイツの調査だよ、まずは」


これが、テレパシーっていうやつなんだろう。もう間違いない。オレは宇宙人のUFOに拉致されたのだ。SFドラマなどではよく見かけるが、実際に我が身に起ころうとは……。


(オレは、これからどうなるんだろう。解剖されて、捨てられるんだろうか)


そう思っていると宇宙人たちは金属性の器具を使い、オレの体を180度ひっくり返した。今度は背中を調べるのであろう。もう、どうにでもなれと考え始めたその時、一人の宇宙人の声が頭の中に激しく響いた。


「おい! みんな、これを見ろ。一大事だ」


「どうした、どうした。うるさいぞ」


「これが騒がずにいられるものか。この地球人の背中を見てみろよ」


「なに? こ、これは……! あのマークじゃないか」


「あ、本当だ。"未開人捕獲委員会"が認定・配布した《アタリ》のマークだ。このマークを付けている地球人を捕獲したら、もう一人、地球人をさらって来てもいいんだよな。俺達ついてるぞ、ラッキー」


「ようし、早速もどって、もう一人さらって来ようぜ」


あぁ、そういう事だったのか……。色めき立つ宇宙人たちのテレパシーを聞きながら、オレは全てを理解した。


地球に向かって戻り始める宇宙船。オレは再び薄れゆく意識の中で、少年時代の事を思い出していた。蒸し暑い夏の午後、オレは棒付きアイスに夢中でかぶりついている。


”あぁ、当たるかな。今度こそ『当たり』のマークが出ないかな”

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聖なる印を持つ男(短編) 藻ノかたり @monokatari

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