嫌われ魔女と追い出された雇われ勇者はスローライフを送りたい

かるねさん

第1話 天災厄災なんでもござれ




 山を越え、谷を越え、そして深い森の奥、何百年も放置された城は緑の蔦に覆われ、緑色の城が木々と同化するように佇んでいた。

 ……今日もまたその城を訪ねてくる無謀な者たちがいる。


『「厄災の魔女」よ、出てこい!貴様が居なくなれば、あらゆる苦しみは無くなる!』


「………………」

 ……馬鹿な。そんなことあるわけがない。どこまで無知で低能なのでしょうか。……いえ、そのように民を育てたのでしょうね。あの女王は。人であってもその心は魔物のようだ。私のことも自分のモノにならないのなら地の果てまで追ってきて服従させようとする。


『グォアアアアアアア!!!』

『ヒッ!!やめろっ!!』


 手のひらの上には城の外の様子が映し出されている。そこには重装備した戦士たちが魔物に追われて縄張りの外へと逃げていく様子が映し出された。

「…………フッ。他愛もない」

 この城が建てられた時から、彼女はここを守っている。大きな体躯に鋼のように硬い肌、そして鋭い牙に全てのバフを無効にしてしまう赤い瞳。私が何故そこまで恐れられるようになったのか、それは彼女が強いからだ。私は高い魔力を持っているだけにすぎない。私に『厄災の魔女』と恐れられる程の力なぞ無い。


 彼らは私を『厄災の魔女』と忌み嫌い罵り、あらゆる天災や都合の悪い事実を全て私になすりつけた。……ただ何百年と生き、もう今は失われてしまった力が使えるというだけで。

 ずっとそう在り続けたせいで、それに何を思うこともなくなった。彼らは向けようのない怒りや悲しみのぶつけどころが欲しいだけ。異端の魔女はそのはけ口として存在していた。


「お……お邪魔しまーす!どなたか……いませんかー?」

「……ん?……なんだ、あの娘は。どうやって城の中へ……」

 あの鎧の男たちの陰に隠れていたのか、一人の少女がいつの間にか彼女の縄張りを抜け城の結界の中に居た。私の結界を破る感覚がして城の入口を映し出すと、まるで山登りに来て迷い込んだようにしか見えない15,6歳の少女が辺りを見渡している。

「どなたかいませんかー?あ、あのっ、私っ!魔女さんに会いに来ました!」

「……あの娘……」

 一枚、二枚、……と私の結界が次々に破られていく感触。……元よりこの城に入れるわけがない、と思い込んでいた私は城の中に結界以外の防御策は講じていない。破られれば終わりだ。

「はぁ…………面倒だ。これから種をまこうと思っていたのに」

 城の外の馬鹿共はいつものことだが、まさか私の結界を破れる者が居たとは。……ただの馬鹿共だと侮っていたか。だが数百年ぶりの客人があのような小娘とは、拍子抜けして身が入らない。

「……あぁ……面倒だ」

 ぱちんと指を鳴らすと、つい先程まで準備万端だった土いじり用の作業服がドレスへと変わる。私が持っている中でも一番格式が高く値段もそれなりにしたドレス。もしあの小娘に穴の一つでも開かされようものなら、一生借金を背負わせて修繕費を払わせてやる、と気合を入れた。

「…………ん?……いっそ知らぬふりをすればいいのでは?」



 ドコドコドコガシャン、と実に不自然な音がした後、謁見の間が開かれる。

 魔力の無いただの人には打ち破れぬ幾重の結界を打ち破り、ここまで辿り着くとは人間にしては魔力が高く優秀である。大抵の力自慢はこの結界を突破することも出来ず城の外にいる魔物に追われて出て行くというのに。

「この結界固いよ~……はぁ疲れたぁ」

 映し出されていた映像で見ていたが、改めて見ても軽装すぎる。これまでなんとかの名のある武器や防具だと自慢ばかりしていた連中と違い、彼女はその身一つ。持っている武器と言えば大ぶりのナイフ一本だ。

 娘は私を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。

「……あ!あの!あなたが魔女さんですか?」

 先程のドレス、ではなく、作業服姿をした私に何の躊躇もなく娘は聞いてきた。私はまるで犬のような娘を下から上へと見た後、その腕を掴む。

「……へ?」

「いいえ、違います。あなたが頼んでいた業者の人間ですか?主人は今、不在ですが私が承りましょう」

「……え?ぎょうしゃ?」

 大きな目を何度も瞬かせ、私を見上げる。動揺している彼女の首根っこを掴むと強制的に謁見の間から連れ出した。

「あ、あ、あのー!!」

「……ちょうど庭の雑草の元気が良すぎて困っていた所です。菜園に雑草は天敵なのはご存知ですね?」

「へ!?あ、……は……はいっ!え……栄養取られちゃって大変ですよね……」

「はい、その通りです。……ということで、さっそくお願いしますね」

 長い廊下から城の裏口へ。そして日当たりの良い庭には私が手塩にかけた畑がある。引きずっていた小娘をその畑に向かって放り出すと、それを見上げ固まった。

「…………あれ?私が知ってる雑草じゃない……」

 だいぶ育ちすぎた雑草がうねうねと私たちを歓迎する。私たちを見下ろす程大きく育ち、その頭は左右に揺れ、普段は見えない口が大きく開き、粘液が垂れる。

「何を言うのです。あれは立派な雑草。あなたのそのナイフで切り刻んでください」

「あ、あれは絶対雑草じゃないです!!」

 うちの畑を見て狼狽えた彼女は、声を上げて私の後ろに隠れた。

「……はぁ、あなたプロでしょう?私の畑を荒らすものは全て排除なさい」

「えっ、あのっ……いや、プロって、私違っ」

「問答無用!」

「ひぃー!!」

 後ろに隠れた小娘を雑草に向かって放り投げると、敵対反応を見せた雑草たちが一斉に動き出した。



「……すごいですよ、お姉さん!この雑草ぷりぷりしてて美味しそうです!」

「そんなものより、こちらを食べなさい」

 今にも雑草に噛みつこうとしている娘を引き剥がし、簡単なピクニックセットを広げると娘を座らせた。

「……ご苦労でした。この畑で取れた小麦で作ったパンです。しかと味わ……」

 唖然として見つめる。

「はぐはぐはぐっ!!んっ、んっ、おっ、美味しい!!……ずっとご飯食べれなかったからっ、美味しいっ……美味しいよぉ~」

「………………」

 私の結界を破っておきながら畑の雑草抜きごときでへばっているなんて、と思っていたのに私のパンを食べてこれ程大泣きされてしまうとは。……可愛い所もあるじゃないですか。そうですか、そんなに私の作ったパンが美味しいと。

「えぐ、うぐっ……すんっ、おかわりください」

「…………構いません。好きなだけ食べなさい」

「ふぁっ!?」

 そのように純粋な瞳を向けられることなど数百年ぶり……いえ、初めてかもしれない。何度も私にお礼を言いながらパンにかじりつく。そんな娘にお茶を淹れていると、城の中から念の為入られたくない場所に設置してある警報装置が騒がしい音を立てている。

「……そういえば、城の結界が解かれたのでしたね。……どうやらネズミが入り込んだようです」

「……え、私のせい、ですか?」

「まぁ……あなたのせいと言えばあなたのせいですが。……あなたはパンでもかじっていなさい」

 この娘のように魔力を持つ人間でなければいくらでも対処出来る。そのまま一人城の中に戻ろうとすると、作業服を後ろに引っ張られた。何かと思い振り返ると、パンを口に頬張ったまま娘が立ち上がる。

「わ、私が!私が退治します!雑草もネズミも!」

「…………はぁ……」

 この娘、本当にネズミだと思ってそうだ。

「……いいのですか?私が言っているのはあなたが思っているネズミとは、」

「雑草だって退治出来たんです!ネズミだって私がやっつけてやります!!」

 そして意気揚々と城の中に戻っていった娘を見送った後、数分後大きな爆発音が聞こえてきた。その後静まり返る城内、しばらくして何かを引きずる音が近付いてくる。

「……おねーさーん!!ネズミ捕まえましたぁ!」

 引きずっていた音の正体は、娘の5倍はありそうな屈強な男。また体に合いもしない重いだけの鎧を付けていた。……というか、何倍もあるこの男を引きずってくるなんて。何なのだ、この娘は。

「……あなた……この者が誰か分かっていますか?」

「……え?誰ですか?……は!?もしかしてお姉さんの知り合い!?」

「違います。……むしろあなたの知り合いでは?」

 私に言われて顔をまじまじと見た後、娘は男の顔を見て声を上げた。

「……あぁー!!私の最後のご飯奪った人!!」

「結構です、分かりました。その男は城の外に放り出しなさい。外に居る彼女が追い払ってくれるはずです」

「はいっ!放り出してきますね!」

 元気よく返事をするとまたズルズルと引きずり、娘はその男を連れて城の外へと向かった。……やはりあの女王がここへ送ってくるのはろくでもない人間ばかりだ。


『ギャアアアアア!!』


「…………そういえばあの娘、彼女には襲われていなかったな」

 私同様、魔力の高いものには近付かないのだろうか。食事を与える時以外は私にはあまり懐かないが。

「おっ、ねーさんっ!あの子が森の外まで連れてくって言ってました!」

「……そうですか。…………は?あの子が?言っていた?」

「はい!すっごくカッコ良くて見惚れちゃいました」

「……カッコ良い……?あぁ、そうですね。彼女はとても素晴らしい鋼鉄の体をしていますね」

「……えっと……?あれ?」

「それより早く食べなさい。……飲み物も用意してあります」

「わぁ!!ミルクだー!!」

 そして先程よりもパンも多くしジャムも添えた。

「……そのジャムは私の畑で取れたオレンジです」

「あ……甘酸っぱーい!!おいし~……はぐはぐっ」

「……ふふ、そうですか」

 いつも一人で自分が育てたものを食べていたが、誰かに食べてもらうのも悪くない。こうして誰かと食事を共にするのも久しぶりだ。……まぁ、この娘は私が『厄災の魔女』と呼ばれている事を知らないからだろうが。魔女に仕えている人間だと思っているのだろう。

「もがっ!!……そうだっ、それよりお姉さん!もっとお仕事ありませんか?」

「何ですか?藪から棒に」

 私も小さくパンをちぎりジャムを付けていると、娘が顔を近付けてくる。その顔面を押し返しても娘は怯むことなく私に顔を寄せた。

「私を雇ってください!……私、騙されたんです。勇者として雇われたのにお金は成功報酬だ!って私には何にもくれなかったのに、他の人にはたくさん装備の準備金を払ってて!!」

「……あの鎧……はぁ。無駄金ですね」

「……あの人たち、私のことイジメるし、モンスターが襲ってきたら私のことおとりにして私ごと攻撃してくるんですよ!?」

 急に力を抜いた娘が私の膝の上に落ち、頭を伏せて泣き始めた。……不憫な娘、……だが。

「……お前、普通の人間ではないな」

「!はっ、はい!私、混血児なんです」

 人間にしては魔力が高すぎると思っていた所だ。今、混血だと知ってその理由が分かった。……あちらもそれを知った上で利用したのだろう。

「…………ふむ」

 こうして近くにいると分かる。娘の魔力は私のように外側から取り入れ循環していく魔力と違う。内側に出力が備え付けてあるかのような、内側から溢れ出る魔力の流れだ。魔族と人間、その間に生まれた混血児は体力魔力共に人間のそれを大幅に超える能力を持ち、人間の世界で高値で売買される。デメリットと言えば、その力を制御出来ない人間は返り討ちに遭うということだ。……大体は子供の頃に売買され、言う事を聞くよう調教される。

「……私、お姉さんが良いです。お姉さんの為なら何でもしますから!」

 膝に抱き付き、頭を擦り寄せてくる。庇護を買うようなその仕草は反吐が出る。お前は本当は強く、人間などすぐひねり潰せるというのに。

「……やめなさい。顔を上げなさい」

「嫌ですっ!!……お姉さんが私を雇ってくれるまでここに居ますっ!!」

「…………はぁ……」

 妙な娘に好かれたものだ、と頭を抱えた。

 ……確かにこのまま帰してもこの娘にとっては辛いことが待っているだけだろう。だが何故私がこの娘を受け入れなければならない?たまたま、……そうたまたまこの娘は私の結界を越え、何百年と外の人間を拒絶していた私と会った。

「……好きなだけ食べなさい。食料はまだあります」

「!お姉さん!」

「……腹を満たしたら、出て行きなさい。あなたなら人間に頼らずとも生きていけるでしょう」

「……っ!?」

 一瞬嬉しそうな顔でいっぱいになった後、悲しみに染まる。……これ以上この娘に関わるのは余計な感情を生むだけだ。足早にその場を去ろうとして立ち上がると、娘が私の足に必死になってしがみつく。

「あぁっ、もぉっ……離れなさいっ!」

「お姉さんっ!私、何でもします!っ……もう……一人は嫌なんです。お姉さんとこうして毎日一緒にごはん食べたいんです」

「………………」

 ……あぁ、もう最悪だ。下手に『厄災の魔女』ではないフリをするべきではなかった。早々に城から追い出すべきだった。……こんな感情、持ちたくはなかった。罪悪感なんて、出会わなければ感じることも無かったのに。

「……そんなに嫌いですか?私のこと」

「……は?」

「私、ずっと尽くそうって思うのに、いつも私に良くしてくれた人は急に居なくなってしまうんです。……あぁ……また置いていかれちゃったんだ、って、何度も何度もひとりぼっちになって。……ぐすっ、お姉さんはこんな疫病神……いらないですよね……」

 ぽろぽろと落ちていくそれが私の服に染みを作る。

 この娘、見た目は十代そこそこに見えるが、混血児というなら実際はその十倍以上は生きているのだろう。人間は短命で異なる人種を嫌う。去っていった理由は様々だろう。

 ……まだ止みそうにない嗚咽。私は観念してその娘の髪を乱暴に撫でた。動物を撫でるようにその髪を撫でると、涙を流しながら顔を上げる。

「……泣くな。……私は弱いものは嫌いだ」

「!……も、もうぜったいなきまふぇぇん!」

 泣きながら私の腰に抱き付く。これではまた染みが大きくなるな……と諦めていると、顔を真っ赤にした娘が不意に私に顔を寄せた。

「っ、なっ!?」

 ガチッと音がして何かと思えば、娘が私の口を塞いでいた。勢いでぶつかった歯が音を鳴らす。唇に濡れた感触がしたと思えば、離れていった娘の唇が赤く染まっている。自分の唇を指で拭うとその血が汚していた。

「……お姉さ、ん……これでずっと一緒で、す」

「……は?」

 何かと思えば、急に苦しみだした娘の首に契約の印が浮かんだ。

「……っ!?……主従契約の印……?」

「……うぅ……」

 つい今しがたまで人と変わらぬ容姿をしていたのに、契約印が浮かぶとその髪は金色に、目の色は血の色に染まり瞳孔が開いていた。そして見慣れぬ角や羽が生え、魔族と呼ぶに相応しい姿になる。

「あぁ、アアア!!」

「……馬鹿者。契約者の同意なしに無理に契約を結ぼうとしたからだ」

「うぐぅっ……はぁっ……おね、……サン……」

 異形のそれに変わっていく娘は、ただただ私に救いを求める。

「……はぁ…………まったく、厄介なものに関わってしまった」

 なにが『厄災の魔女』だ。これは私が他に向けるものではない、皆が私に厄を押し付けているだけだ。

「…………目を閉じろ」

「んっ……」

 赤い瞳が閉ざされた後、私は娘に顔を寄せて口付ける。そして娘の心臓に魔力で鎖を掛けた。その瞬間、体が痙攣して娘の魔力が霧散する。そして弱々しい人の姿になり私の腕の中で気を失った。

「………………はぁ」

 これで私はこの娘の契約者、主となってしまった。

 ……なんだこの身勝手な生物は。そう思わざるをえない。ため息でどうなるわけでもないが、ため息しか出てこない。

 このままにしておくわけにもいかず、私は娘を抱き上げると城の自室へと向かった。

「……世話が焼ける」

 有無を言わさず勝手に契約しようとした上に主に面倒掛けるとは。

「…………また厄が増えた」

 ……それは私のせいなのか、それともこの城を私に譲ったあの者のせいなのか。


 その世に存在するだけで忌み嫌われた、魔王。

 魔族という生物の中で、その血統は常に王と呼ばれる存在。だが奴はそれを嫌がった。

 そして人間に関わりたくない、とコミュニティから逃げることを望んだ私の前に現れ、この城を押し付けて放浪の旅に出てしまった。……あいつの呪いじゃないだろうな。私は実際呪われてはいるのだろう。……あいつは祝福だとほざいてはいたが、寿命を操作されたことについては私はまだ怒っている。……好きでこんなに長く生きているわけではないのだから。


 ……結局魔王も、あの女王も、私に自分の都合の悪いものを押し付けただけだ。


「……はぁ」

 目を閉じ考え事をしながら何度目かのため息の後、頬に触れた何かに驚いて顔を上げると娘が私の顔に触れ、微笑んでいた。

「……おねーさん……いてくれて、よかった」

「…………動けるようになったら、城の周りの雑草全て排除してもらいますからね」

「……え゛ぇっ……アレ全部……?」

「働かざるもの食うべからず」

「…………は~い。……ふふ、お姉さん、これから……よろしくお願いします」

 言い終わるなりまぶたが落ちていく。……安心したのかもしれないが、私としては複雑な気分だ。……誰かを失う怖さを知っているのはお前だけでは無いというのに。


「……今日はゆっくり眠るといい。……おやすみ」

 そして久しぶりに口にした「おやすみ」という言葉は案外照れ臭くて心地良い語感だった。




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