第73話

 シークの答えに安心した若様は、表情が少しだけ柔らかくなった。

「それで、ベリー先生。もう一度、あの後の話をして貰えますか?」

 若様は具合が悪いだろうに、大人達をまとめて仕切っている。

「私が異変に気づいたのは、フォーリを起こす前です。そろそろ昼前だしと思って、フォーリを起こすための準備をしていました。他の薬も作っていましたから、ちょっと隣の部屋に材料を見に行きました。それで、戻ってきたら怪しげな人影を見ました。何者かは分かりませんでした。」

 その時の詳細である。

 ベリー医師はすぐにフォーリを起こした。匂いの強い精油を使って起こし身構えた。そうでないと、ニピ族は起きがけでも鉄扇を持って振り回してきて危険なのだ。

 ベリー医師はすぐに逃げられるように、衝立ついたてを動かして空間を広く取り身構えた。

「……。若様!」

 さすがのフォーリも深い眠りだったので、どこで寝ているか分からなかったのだろう。一拍空いてから急いで上体を起こした。フォーリの手が鉄扇にかかる。

「待った!」

 それを見計らってベリー医師は制止をかける。ベリー医師もニピの踊りができるが、本家本元の舞の一族には適わない。ニピ族は今は大雑把に二つある。

 カートン家に治療して貰う代わりに踊りを提供する方を“踊り”と言い、昔ながらの契約を守って王家と契約する方を“舞”という。踊りの方はカートン家だけでなく貴族などにも仕えるようになった。それで人材不足に陥った。それを補うために舞を簡略化して、大勢が習得しやすくしたという。そのため、舞の方が実力が上だと言われている。

「待てとはどういうことだ? 私にはりを打ち、気絶させたのはどういうことだ?」

「若様の頼みだ。仕方ないじゃないか。君を休ませたいと強く願われたのだ。」

「それでは、先生が私の代わりに護衛に行くべきでした。」

 少し目が覚めたのか、いつもの口調に戻ってフォーリは言った。

「私もそうすると言いましたよ。でも、若様が言うんです。フォーリが眠っている間に寝込みをおそわれたら困るから、側に付いていて欲しいと。ご存じの通り、若様は頑固な所があります。言いだしたら聞きません。それに、一理あると思いましてね。」

「……。」

「あなたと親衛隊の精鋭を出し抜いて若様を拉致したのですから。あきらめるように説得を試みましたが、無理でした。この機会に犯人をおびき出すと。」

 フォーリは目を瞬かせた。

「なんということを! 危険です。」

「分かってますよ。だから、ヴァドサ隊長が駄目だって言ったら、言うこと聞くかと思いましたが、やっぱり頑固に言い張りましてね。それに、やっぱり一理あるものですから、説得しちゃったんですよ。私もやるからには尻尾つかんだ方がいいと言っちゃったし。」

 一応、最後に自分も多少、きつけたことを言っておく。

「あ、それと、ヴァドサ隊長にどういう覚悟でするつもりか分かってましたが、わざと聞きました。当然、何かあったら命がけで若様を守ると言いまして。もし、何か起きた場合、死罪になる覚悟だと言っていました。

 それを聞いたら、やめるって言い出すかと思ったんですが、若様はヴァドサ隊長の命がかかると分かってもやると言って聞かなかった。その上、セルゲス公の命令だと言って従わせちゃって。」

 それを聞いたフォーリの顔色が変わった。

「それだけ分かっているなら、もっと早く起こしてくれれば良かったのに!」

「…ごめん。実の所、君がもう少し早く目覚めるだろうと高をくくっていたし、薬の準備に没頭していたら、時間が過ぎていたんだよ。」

 フォーリは寝台から下り、ふらついた。あまりに熟睡していたので、まだ、体も頭も完全に目覚めていない。

「…おや、珍しい風景を見ました。やはり、超人のフォーリ殿も人でしたな。」

 ベリー医師はからかいながら、用意しておいた薬湯を差し出した。

「体と頭が目覚める薬。効果は絶大だけど、猛烈にまずい。」

 ベリー医師が説明し終わった時には、薬は飲み干されていた。フォーリが眉間にしわを寄せて顔をしかめている。みんなフォーリを怖れているが、けっこう、表情があって面白い。でも、今はからかうのはやめて、丸薬を一粒差し出した。

「これは一粒で一日動ける、栄養価の高い薬。念のため食べておくといい。私もさっき食べたから。」

 フォーリが丸薬を口に入れて咀嚼そしゃくを始めてから重要なことを告げる。

「実は君を起こす前に、何者かがこの部屋をうかがっていた。若様の読みは当たっていたんだよ。もし、私が君を置いて出て行ったら、殺されていたかもね。なぜなら、あの動きはニピ族の可能性が高い。」

 フォーリがベリー医師を凝視した。最も想定したくない事実。困ったもんだよ、とベリー医師はぼやいた。

「私もまさかとは思った。でも、ないと言い切れないから、仕方なかったんだ。そして、若様の危惧は当たっておられたというわけだ。それを食べてて。ちょっと厨房をのぞいてくる。食事ができたら、食べた方がいいからね。」

 ベリー医師は、食事を貰いに親衛隊員用の厨房に行く途中、何気なしに若様用の厨房をのぞいた。いつもの癖である。念のために見ておこうという軽い気持ちだった。

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