第71話

 セリナは広間に走り込むと、みんなの中心に手首を縛られて立っているシルネとエルナの胸ぐらをつかんだ。娘達はセリナの勢いに自然と道を開けていた。

「あんた達!!」

 あまりの勢いに、セリナは二人と一緒に広間の床に倒れ込んだ。みんなびっくりしてセリナを見つめている。

「いったぁぁ! 何す――。」

「ちょっと、セリ――。」

 さっきセリナが叩かれたよりも鈍い音が連続で響いた。仰向けに転んだシルネとエルナが、もがきながら起き上がりつつ抗議する前に、二人を立て続けにぶったのだ。

「あんた達、分かってんの!」

 もっと大声を出したいのに、怒りで逆に気道が狭まっていて大声を出せない。大声を出すのにもコツがいるのだと知ったセリナだった。フォーリに言われたことを思い出し、少し深呼吸して続ける。

「ちょっと、何よ――」

「分かってんの!!」

 さっきよりは大声を出せる。セリナは怒りで涙がにじんだ。

「あんた達、みんなを殺すところだったのよ!」

 シン、と広間中が静まりかえった。えっ、とみんなが困惑しているのが、周りの空気から感じ取れた。

「殺すって何よ! ちょっと嫌がらせしようとしただけよ!」

 さすがにシルネが気色ばんで怒鳴り返した。大げさなセリナの物言いに少し動揺している。ちやほやされて頂点にいたいので、娘達の疑念を招くようなことには敏感だった。

「馬鹿ね! フォーリさんが言ってた! あんた達もみんな殺して、焼き討ちにするつもりだったって! 真犯人はそうするつもりだったって!」

 セリナの怒声が広間に響いてから、消えていく。娘達の間に動揺が広がっていくのが、セリナも分かった。でも、止められなかった。シルネとエルナも、この現実を知るべきだ。自分達が、いかに馬鹿なことをしたのか知るべきだ。

「な、何よ、あんただって、若様と二人で出かけたんでしょ! その後、落石事故が起きたって――。」

「違う!」

 負け惜しみを言おうとするシルネの言葉を、セリナは激しい口調で遮った。セリナの見たことのない形相に、さすがのシルネも押し黙った。

「若様は、毒で死にかかってる! わたしが焼いたパンに、なぜか毒が入ってて、それで死にかかってんの! わたしのせいで、若様は死にそうなの!」

 村娘達が息を呑んだ。

「急いでお屋敷に戻る途中で、なぜか、大岩とか丸太が落ちてきて、それで、国王軍の、親衛隊の兵士が大けがしたの! わたしを助けてくれた人も、生きているか分からないんだから! あの人が助けてくれなきゃ、わたしは死んでた! その後も、矢が飛んできて、フォーリさんが来なかったら確実に殺されてたんだから!」

 セリナは息を継いだ。シルネとエルナの胸ぐらをつかんで揺さぶる。

「あんた達、みんなを殺す所だったんだよ! 考えれば分かるでしょ! ただの嫌がらせで油壺を壊して油をけなんて、そんなことに手を貸して! 家でも絶対にそんなことしないでしょうが! 油は貴重だし、危ないって分かってるじゃない! なんで、そんなことができるのよ!」

 エルナの顔が真っ青になり、シルネでさえも少し顔色が悪くなった。

「しかも、水瓶に薬を入れたですって! バカじゃないの! この間、この間、若様の毒味係の人が、死んだの忘れたの!! もし、本当にみんな死んだら、どうするつもりだったのよ! あんな風に、死ぬかもしれないんだよ!」

 セリナは泣きながら怒鳴った。若様の顔色の悪さを思い出す。若様は急速に悪化していた。きっと、毒味係の人も同じだ。もしかしたら、ベリー医師は前例があったから、すぐに解毒薬を作れたのかもしれない。もし、毒味係の女性が亡くなっていなければ、若様はもう、すでに死んでいるのかもしれない……。

「…もし、もし……、若様が死んだら、わたしのせいだ……!」

 あの時、父の忠告を聞いていたら。大丈夫よ、なんて言わずに作るのをやめていたら。

 後悔しか出て来ない。

 広間にいる娘達は、息を呑んでことの真相を聞いていた。ジリナとて事態について知らされているわけではなかった。

「セリナ、今の話、本当なんだね?」

 いつの間にか、ジリナが側に来ていた。いつも気丈な母の声が震えていて、セリナは泣きながら顔を上げて頷いた。何もかも自分が悪い。セリナは叩かれると思って身構えたが、叩かれなかった。

「リカンナ、悪いけどここを頼むよ。みんな、絶対にシルネとエルナから目を離すんじゃない。もし、この二人が逃げたら、二人とも死刑だ。処刑されておかしくない。言い訳は通用しないよ。村長の娘だから、助かるなんて思うんじゃない。田舎村の村長の娘ごとき、王子を殺そうとした罪の前では消し飛ぶ。」

 死刑、という言葉にみんな戦々恐々として顔を見合わせた。

「あたし、若様を殺そうなんてしてない…!」

 はっとしたシルネが起き上がって叫んだ。だが、その声にはいつもの自信はなかった。張りもなく微かに震えている。エルナも起き上がったが、全身が震えていた。エルナの方が分かっているようだった。

「…そ、それに、セリナの方が罪が重いじゃないのよ! 毒入りのパンを食べさせたんでしょ!」

 負けじと言い返す辺り、さすがシルネである。こんな時だが、セリナは思わず感心した。自分が悪いと思っているので、今は腹も立たなかった。

「……そうだよ。」

 固いジリナの声でセリナは我に返った。

「セリナはもちろん、お前達二人も共謀した罪で一緒に処刑されるのさ。」

「…そ、そんな……!」

 誰からともなく、そんな言葉が漏れた。シルネとエルナは言葉を失っていた。セリナも泣いていて言葉が出ない。自分は若様を殺そうとした罪で殺されるんだ。殺されると思うと、ちょっと胸が痛かった。自分の存在を消されると思うと恐くなった。

「だから、逃げようとなんてするんじゃないよ。分かったね?」

「で、でも、逃げなきゃ、殺されるじゃないの!」

 シルネが我に返って叫んだ。

「お黙り! 勝手なことをしておいて、今さら言い訳するんじゃないよ!」

 ジリナの一喝にエルナが泣き出した。

「だって!」

「だってじゃないよ、この馬鹿娘!!」

 ジリナは容赦なくシルネの顔をひっぱたいた。

「……だって……。」

 シルネも頬を押さえてめそめそ泣き始めた。

「いいかい、逃げなかったら、なんとかできる。だから、逃げるんじゃないよ。今からわたしが行ってくるから。セリナ、おいで。」

 セリナは言われるまま、ふらつきながら立ち上がった。

「リカンナ、アミナ、頼んだよ。みんなもいいね?」

 ジリナはもう一度、娘達に念を押すと歩き出した。広間の入り口で親衛隊の二人と合流する。

「…フォーリさんはどちらに?」

 ジリナが尋ねると、案内します、と一人が前に立って歩き始め、もう一人が親子の後ろを歩き出した。

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