第62話
セリナは若様と楽しく話していたが、ふと疑問に思った。若様は自分よりいろいろと知っている。学はある。
てっきり、お屋敷を点々とするなり、村の屋敷にいるような、こんな生活の方が長く続いているとばかり思っていたが、自然と密着しているような生活の方が長かったとは、すぐには信じられなかった。
それくらい若様は村人達とは違い、上流階級の気品を感じるし、動作から話し方から何から全て違う。
確かに親衛隊員達も村人達とはまるで違うのだが、基本的に軍人である。屋敷で働いていれば、武術の訓練をしている姿を目にすることがある。だから、セリナも含めて村人達は勘違いしていた。軍人だから整った動きができるのだろう、と。
確かにそうではあるが、親衛隊で王族の身辺警護の特別部隊なので、気品がある者達が集められているとは思わなかったのである。そして、若様はそんな彼らよりも上を行く、動きの優雅なおっとりした王子様だった。
そして、セリナはそれらが教わって身につくものだと思っていた。だから、一体、誰に教わったんだろうと疑問が沸く。だが、なんとなく答えは分かるような気はした。それでも聞いてみる。
「あの、若様。そうしたら勉強とかどうしてたんですか? わたし、てっきりここにいる時みたいに、お屋敷の生活だと思ってました。だから、どこかの先生に教わってたのかな、とか思ってたんですけど、よく考えたら、ここにも勉強の先生っていないよなぁって思ってですね。」
若様はにっこりする。
「うん、ほとんどはフォーリが教えてくれるよ。それに、本当は内緒だけど、ヴァドサ隊長達も教えてくれてる。」
やっぱり…! と思ったが、同時にそうかとも思う。フォーリが教えているんだろうな、と思ったが親衛隊も教えているとは思わなかった。しかし、母のジリナの様子からしても親衛隊に入るには、相当頭が良くないといけなさそうなので、それもあり得るのだろうと感じた。
「でも、昔は王宮にいた頃は先生に習っていたし、ここに来る前のノンプディの屋敷には先生がいたよ。ここはお屋敷はあるけど先生はいないの。でも、こっちにいる方が面白いけどな。鬼ごっことかも自由にできるし、
若様にとっては、田舎暮らしの方が楽しいようだ。
(……この歳で鬼ごっこするんだ。それに薪割りが楽しいって……。)
セリナには理解できない感覚だ。労働は労働で楽しいものではない。パンで思い知った。家事は家事だった。全然楽しくない。でも、セリナはもっと気になることがあった。
「でも、本とか必要でしょう? そりゃ、前のお屋敷で先生がいる時や、ここのお屋敷にいる時は図書室がありますから、そこで勉強できるでしょうけど、森や山ではどうしてたんですか? やっぱり勉強はなし?」
あのフォーリが勉強させないで遊ばせるのは想像できなかった。フォーリは若様に優しいが、勉強はきちんとさせると思う。そのセリナの質問はもっともだと思ったらしく、隣でシークが「確かに。」と小さく呟いた。
「ずっと、森や山にいたわけではないから、拾ってきた本や新聞なんかで教わったよ。それにフォーリは暗記しているから。」
「……あんきって?」
料理の書き付けなんかの次元ではなく、本を何冊もの話なので、つい聞いてしまった。
「頭に記憶しておくことだよ。森の子族もそうだけど、昔からの言い伝えなんかは口伝で伝えられる。だから、見たこと、聞いたことを、性格に覚えて伝える能力に長けているんだ。子どもの頃から訓練しているから。だから、字も使える森の子族が一番、暗記力は高いと思う。ニピ族も彼らと似たようなものだから。」
若様は暗記すら知らないのか、などと馬鹿にした様子もなく丁寧にセリナに説明してくれた。説明できることが嬉しいのか、ずっと笑顔だ。そんな所も可愛い。こっそりニヤつきたいのを
「じゃ…じゃあ、本がない時はフォーリさんが覚えている中から教えて貰うってこと?」
「そうだね。だけど、さすがに
「……。」
セリナにも分かる。高価な本が普通、落ちているわけがない。そう、だから…そういう手段に出たんだと思う。おおっぴらに言えない手段に。
セリナはそう思っていたが、実際にはそうではなかった。ニピ族は単独では動かない。仲間が必要な時に持ってきてくれるとは思わなかったセリナである。
「…それで、わたしのパンはどうでしたか?」
セリナは話題を変えるため、毒味役の二人に話を振った。
「…まあ、普通にパンだ。」
「ああ、普通のパンだ。」
できれば上手いと言って欲しかったが、固くてまずいと言われなかっただけ良しとすることにした。
「じゃ、若様も食べて大丈夫ですか?」
しばらく時間が経ち、シークに聞いてみると許しが出たので、若様に布にくるんだ包みを差し出した。一番形も焼き色も綺麗なものだ。
「はい、どうぞ。一番綺麗に焼けたのを取り分けておきました。」
「ありがとう、セリナ。いただきます。」
若様は嬉しそうにパンをちぎって頬張った。なんだか子リスみたいで可愛い。
「おいしいよ。」
にこにこして言ってくれる。そんな笑顔を見たら、とても嬉しくてまた作ってあげたくなる。今度は若様だけの分を作ろうかな、なんて考える。
若様の顔ばかり見ている訳にもいかないので、親衛隊にもパンとお菓子を配った。彼らは水筒は自分達で持ってきている。セリナは知らなかったが、非常食も常に携帯しているのだ。食事もできないこともあるからである。
「ありがとう。だが、私はもう少し後で頂こう。」
シークは言って周りの部下達を見回した。みんな食べているので、他の兵士達が食べ終わってから食べる、ということだと理解してセリナは頷いた。
「なるほど、隊長さんは大変なんですね。」
セリナの言葉にシークは苦笑した。みんなまだ若くて二十代くらいだが、この人だけ少し年長で確実に三十代だと言える。
「ねえ、セリナ。このパンは少し風味が違うけど、どうして?」
若様の声にセリナが見ると、重曹で膨らませたパンを食べている。
「ああ、それは発酵させない代わりに、重曹を入れて膨らませたパンなんです。ほら、こっちは発酵させたパン。舌触りも風味も全然違うでしょ?」
発酵させたパンの方を一口ちぎって渡すと、それを食べて若様は納得した。
「本当だ。面白いね。同じ小麦粉を使っているのに違うんだね。」
若様は素直に感心している。
「そうでしょ。」
セリナも自分が焼いたパンを食べる。まあまあいい出来だ。あんなに大量生産した割りには良い方だろう。よく集中してあんなに作業できたものだと我ながら感心した。
(後で父さんにお礼言っとかなきゃ。)
「本当に大丈夫なのか。」とか、なんだかんだ言いながら、父のオルが薪を割ってすぐにくべられるようにしてくれていたし、時折、
パンを包む布だって洗って
細かい作業を手伝ってくれたのである。そうでなかったら、到底間に合わなかっただろう。
パンを食べ終わり、蜂蜜入りのお菓子を若様に手渡した。
「お菓子まであるの?」
若様は嬉しそうに言って、パクッとお菓子をかじった。生活ぶりを見ると質素な生活をしているので、お菓子なんてけっこう
セリナも急いで残りのパンを水筒の水で流し込み、お菓子を食べきった。とにかく、若様にパンとお菓子を食べて貰ったので、セリナは気持ちが弾んでいた。
後で母のジリナに、こっぴどく叱られるに決まっているが、今は充実した気分で一杯だ。また、今度作ってあげよう。今度は若様の分だけに決まっているが。そんなことを考えて、一人にやけそうになるセリナだった。
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