第61話

 その間にセリナは聞いてみた。

「若様。野宿生活って結構長かったんじゃないんですか? 山には五ヶ月いたんでしょう? 五ヶ月以上身についている感じがするんですけど。」

 すると、若様はおどろきの答えを口にした。

「うーん、たぶん半年? もうちょっと経ったかなぁ。それくらい前まで、あちこち点々としていたよ。ヴァドサ隊長達が春に護衛しに来てくれるまで、ずっとあちこちにいたんだよ。」

 若様がシークを慕っているらしいことは分かっていた。そうでないと、あんなに八つ当たりして甘えたりしないはずだ。つまり、彼が来るまで人間らしい生活ができなかったということか。だから、あんなに慕っているのだろうか。

 それにしても、そんなに最近になるまでずっと山林のあちこちにいたということになるのか。

「フォーリに聞けば正確に分かると思うけど、セルゲス公の位を受けるまではね。刺客に居場所を知られないように、一カ所に長く留まることはなかったんだ。一番長くいたのはリタの森かなあ。サリカタ山脈から下りた後、冬もそこで過ごしたから。」

「…そんなにずっとですか? しかも、リタってリタ族っていう恐い人達が住んでいる森ですか?」

 この地域では、森の子族とあまり仲が良くないので、一層、恐く感じる。リタ族は森の子族の中でも激しい戦闘民族として知られ、殺した敵将をバラバラにすることで有名だった。首狩り族などと呼ばれることもある。

「君が思ってるほど恐ろしくないよ。森に迷い込んだからって、すぐに殺されるわけじゃないし。客人として扱って貰ったし、同年代の子達と遊んで楽しかった。私はあまり、話せなかったけど、それでも一緒にいてくれたんだ。それに、セリナ、君もリタ族と接しているよ。」

「え? ほんとですか? どこで?」

 と聞きながらセリナは答えに気がついた。思わず静かに隣に立っているシークを見上げた。

「もしかして、隊長さんの隊にいるんですか?」

 セリナが恐る恐る尋ねると、シークは苦笑してうなずいた。

「私の隊には森の子族が二人いて、そのうちの一人がリタ族だ。」

 確かに薄い褐色の肌をした人達が二人いて、森の子族だろうと村娘達の間でも話題になっていた。村では森の子族の隊員と話すなと、村の大人達が娘達に言い聞かせている。

 というのも、森の子族と接することがほとんどなく、パルゼ王国出身の移民の子孫である村人達は、森の子族を恐れて敬遠し、未開の暮らしをしている野蛮な人々だと見下していたからである。子供をさらって食べるとか、様々なうわさが立っていた。

「セリナ、大丈夫だよ。悪い人達じゃないよ。悪かったら親衛隊にはなれないんだから。」

 若様はセリナの不安を消そうと懸命けんめいに説明してくれる。確かに若様の言うとおりだ。人に見下されるのが嫌な気持ちになると分かっているのに、悔しくなるのが分かっているのに、セリナも知らず、敬遠しながら見下していたことに気がついた。そのことに気がつくと、無性に恥ずかしくなった。

「…そ、そうですよね、すみません。ごめんなさい。」

 セリナは恥ずかしくてシークの顔をまともに見れなかったが、パンを作った労をいたわってくれたシークに謝りたくて、何とか謝った。本当は森の子族の隊員に謝るべきだと分かっているが、そこまでの勇気はない。卑怯だけど、これで許して欲しいと思う。

「いいや、仕方ないことだ。あまり、お互いに接触することがない。だから、どうしても噂なんかが信憑性を増してしまう。ただ、病気か何かのように思わないで欲しい。彼らも人だから傷ついてしまう。」

 セリナはそれを聞いてドキッとした。思わぬ所でナイフを見つけてドキッとするような感じだ。

 思い当たることがあった。村娘達が洗濯物を洗う時、森の子族がいると分かってから、村の娘達は森の子族の隊員の洗濯物は洗いたくないと言って、お互いに押しつけ合っていたのだ。ジリナがそれを知ってきびしくいましめ、シルネとエルナが問題を起こしてから、一切の押しつけ合いも含めて手抜きも許されなくなった。

 もし、それを知ってしまったのなら、彼らを傷つけてしまっただろう。シークに“人だから”と言われたが、どこか遠くに感じている親衛隊員達も人なのだと気づかされた気分だ。

「……ごめんなさい。」

 少しの間、何か言い訳をするか考えたセリナだったが、結局、何も言えず、何も言わずにただ謝った。これの言い訳は絶対にしたくなかった。してはいけないと思ったのだ。

 なぜなら、セリナもそういうことで悔しい思いをたくさんしてきたから。拾われっ子だというだけで、どれほど村人から馬鹿にされてきたことか。シルネとエルナはその典型だ。人に溜飲を下げるために存在するように扱われることの悔しさを知っているはずなのに。

「いいや、誤解しないでくれ。何もお前一人が悪いと言ったわけではない。」

 神妙になったセリナに対してシークが急いで言った。慌てたようなシークの言葉を聞いて、この人はいい人だと思う。だから、隊長をしているのだろう、きっと。

「分かってます。ただ、わたしもシルネとエルナが嫌いなのに、おんなじような考えも少しあったなぁって思ったので。反省したんです。悔しいのは分かっているはずなのに。」

 シルネとエルナは村のそういう風潮もあって、余計にたらいに入って服を踏みつけにするという問題を起こしたのだ。彼女達が一番、村で一番上の意識が強いものだから人を見下す傾向が強い。

「セリナは立派だよ。」

 若様は言った。立派というほどでもないのに若様にそんな風に言われて、セリナは思わず若様を見つめた。

「だって、ちゃんと自分の悪いところも認められるもん。ね、そうでしょ、ヴァドサ隊長。」

 すると、シークは優しく微笑ほほえんで頷いた。

「はい、若様、そうですね。仰るとおりです。」

 二人のやり取りを見て、そして、その二人の視線がセリナにも優しく向いていて、セリナは胸が熱くなった。

 そんなことで認めて貰えるとは思わなかったのだ。今まで、そんなことがなかったから。嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしくて。どうしたらいいのか分からなくて、セリナは照れ笑いを浮かべた。

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