第59話
若様の護衛に当たるシークがパンを食べることを禁じたら作り損だ。しかも、ジリナにも知られて怒られるに決まっている。急いでセリナは口を開いた。
「あ、ご心配なく……! ちゃんとフォーリさんがいつも使っている材料だけで作りました。大体、家にある材料だけで作っているので、大したものではありませんけどね。それに、みなさんの分もあるんですよ。若様が食べられる前に、いつもの方々が最初に食べて飲んで、それから若様が食べれば大丈夫だと思うんですけど。」
セリナはしっかり食事時の手順を覚えていた上、フォーリが食事の手伝いに任命しているくらいである。
「……セリナ、そのパンを作ってから、ここに持ってくるまでに目を離したか?」
シークの思いがけない質問にセリナは首を
「…え? 目を離したかって?」
目を離したかどうかと聞かれると、離している時間は必ずある。
「……えーと、その、発酵させるパンとさせないパンがあるので、その手順の違いによって、朝、焼いたパンと昨日焼いたパンとあります。そうでないと、朝から全部焼けないし……。だから、その発酵させている間は、目を離していると思います。それに、寝ている間もずっと起きて見張ってないし……。」
もしかして、若様のパンは一晩中、起きて見張っていないといけなかったのだろうか。
「昨日焼いたパンと今朝焼いたパンの違いは分かるか? 見分けがつくかということだが……。」
何やら
「それは、あったかさで分かるはずです。それに、ちょっと匂いも違うからそれで見分けがつくはずです。」
するとシークはセリナに手を洗わせ、自分も洗うと背負い
「えっと、昨日焼いたパンと今朝焼いたパンを出すんですよね?」
「そうだ。」
セリナはいつくかある布包みを籠から出すと台の上に並べ始めたが、分けられないことに気がついた。朝からパンを焼きながら、昨日焼いたパンが冷え切っていたため、もう一度軽く
その結果、数個ずつくるんだパンの布包みを分けたつもりだったが、あまりに大量で自分でも分からなくなってしまった。見分けがつくのは若様用のだけである。でも、それは何となく言いたくなかった。
「……。」
「どうした?」
静かにシークに聞かれて、セリナは焦りながら口を開いた。フォーリほどの怖さはないのだが、何だか妙に焦ってしまう。
「えーと、その、実は昨日焼いたパンが冷えていたので、もう一度竈に入れちゃって……。それで、温かくてどれがどれか、分からなくなっちゃったんです……。」
フォーリだったら、ここで鋭く
「……そうか。冷えたパンは固くて食べづらいからな。わざわざ温め直したのか、こんなにたくさんあるのに。大変だっただろう。」
二十人分のパンを焼くとなったら、それはもう台所中に溢れた。若様に喜んで貰えるかもしれないと、最初は勇んで作り始めたが後半は泣きそうになっていた。朝からだってそうだ。若様のためだと思って、気合いで作って完成させてきた。しかも、大量で重いのなんの。屋敷に来るまでに背中も腰も痛くなった。腕もあちこち、パン生地をこねるという労働のせいで筋肉痛だ。
てっきり叱られると思ったら、セリナが勝手に作って持ってきたのに、そのセリナの労力と手間を
しかも、フォーリと違って優しい。シークに対して緊張していたセリナだったが、今の一言でフォーリよりもシークの方が近い気がした。
「分かった。見分けがつなかないなら仕方ない。しかし、これをここに置いておく訳にもいかないな。セリナ、運んできてから一度も置き去りにしてどこかに行ってないな?」
近くなったと思ったので、セリナはその質問には答えやすくなった。
「はい。お屋敷に来てからずっとパンの側を離れていません。」
その代わりに尿意が増していた。
「あの、ちょっと便所に行ってもいいですか?」
「その前に、一つずつパンを置いていくから、仕分けてくれないか?」
セリナの労力を労ってくれたシークの頼みなので、セリナは急いで若様用に分けてあるパンを取り出した。若様用だけは、温めも他のパンと一緒にせず一番最後にした。フォーリの分もいるかもしれないと思い、二つずつ取り分けた。
「なんで二つにしたの?」
若様が不思議そうに聞いてきた。
「だって、フォーリさんもお腹が空いて食べるかもしれないじゃないですか。」
それからセリナは便所に走った。ジリナに見つからないように気をつけながら、大急ぎで走って戻ってくると、シークと若様が取り分けたパンを皿に乗せて書き置きを残している所だった。
そんなことで遅れたが、無事に散歩に出発したのだった。
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