第47話

 リカンナと別れて家に帰ると、きびしい目付役の母のジリナがいないことをいいことに、姉達も妹も遊びに行って留守だった。そもそも今は冬なので農作業も忙しくない。

 それでも、今までだったら内職の刺繍ししゅうや編み物をしているはずなのだが、今期はジリナとセリナの屋敷勤めの給金があるので、それもしなくて済むのだろう。本当ならしなければならないはずだが、ジリナも多少多めに見ていた。

 それに、今はセリナにとっても良かった。晩ご飯を作りながら、明日、若様とお散歩した時に食べるパンを作ろうと思っていたからだ。フォーリを休ませると言っていたから、ご飯を自分達で用意しなければならない。口止め料に親衛隊の分も多めに作って渡しておけばいいだろう。

 本当にフォーリが寝ているかは疑問だが、その時はその時だ。許可が出れば一緒に食べればいい。

 セリナは家に入ると、誰もいないことを改めて確認した。生まれて初めて、家での家事が楽しい。

 大急ぎで準備をして、いつもだったら叱られる量の粉を使用し、いろいろな種類のパンを作る。発酵させるパンは時間がかかるので、一番最初に仕込み、次に発酵させないパンを作る。最後に母が隠してある蜂蜜を引っ張り出すと、お菓子を作り始めた。

 あまりに集中して作業をしていたため、人の気配に気づかなかった。

「セリナか。今日は早く帰ったんだな。」

 父のオルだ。思わずドッキリしたが何食わぬ顔で答えた。

「あ、父さん。お帰り。今日は早く帰れたから。」

「…うん、そうか。」

「そうよ。」

 答えながら父のオルで良かったと胸をなで下ろす。姉達や妹だと追い払って口止めするのが面倒なこと、この上ないからだ。

「せっかく早く帰ってきたのに、さっそく家事をしているのか。それにしても、なんだ、このパンの量は…?」

 みんなの分を多目に作ったと言っても、明日になったら全てなくなってしまう。

「うん、ちょっとね……。」

 言葉を濁してごまかした。姉達や妹だと途端に厳しい追及が始まる。あまりしゃべらないオルであれば、そう厳しく追及されないだろう、という計算もあった。できれば追求しないで欲しいという願いもあって、セリナはそそくさとお菓子作りを進めた。

 寡黙であまり何か言うことのないオルだったが、ジリナの蜂蜜は目ざとく見つけた。

「おい、セリナ。それは母さんの蜂蜜だろ。そんなものまで持ち出して、一体、何をするつもりだ?」

 オルは近くの山で木の管理と養蜂もしている。セリナの家の畑はあまり広くないので、山林を使ったきのこ栽培や養蜂で収入を得ている。特に蜂蜜は高く売れるので、貴重な収入源だ。家で使う分は厳密にジリナが管理していた。勝手に使えば当然、大目玉を食らう。やめた方がいいんじゃないのか、というオルの言外の提案である。

「しーっ、大丈夫よ。最近、母さんに怒られることが増えて、怒られるのに慣れっこになっちゃった。」

 へへ、と笑うセリナを見てオルは呆れて少しの間、黙り込んでから口を開いた。

「そういう問題じゃないだろう。」

「じゃあ、みんなで食べればいいわよね? みんなの分も残しておけば文句はないでしょ?」

 セリナがにやっとして言うと、オルは目をしばたたかせた。

「……みんなの分も残す? お前、まさか、そのパンの量、お屋敷に持って行くつもりなのか?」

 思わず継父のオルの顔を見つめた。まさか、父に見抜かれるとは……いや、あり得る。だって、姉達だって妹だって、誰だっておかしいと思うし、このパンの量を消費できるといえば、お屋敷以外にない。

「…あ、うーん。まあね……。」

 オルが誰かに言うことはないと分かっているので、素直に白状した。

「…みんなと一緒に食べようと思って……。」

「みんな…? あ、蜂蜜を使うってことは、お前、若様だか王子様だかにも食べ……さすつもりなのか?」

 今のはまさか、見抜かれるとは思わなかった。思わず勢いよく口止めにかかる。

「しーっ。誰かに聞かれたらどうするのよ。まあ、明日だけよ。ちょっとお昼だけ事情があって、わたしが持って行くの。うちで作れば大丈夫よ。」

 オルの目が点になる。

「だ、大丈夫なのか? そんなことをして。何かあったらまずいんじゃないか?」

 心配するオルをセリナはなだめた。

「大丈夫よ。だって、わたしも一緒に食べるのよ。発酵させる分は、明日、朝から早起きして焼く。発酵させないパンとお菓子は別だけど。今日は母さんも帰って来ない日だし、大丈夫よ。ちゃんと晩ご飯も作るから。姉さん達も黙ってるだろうし、内緒よ。」

「…内緒って。」

「いいから、いいから。」

 セリナは父の背中を押すと、台所の外に追いやった。

 案の定、帰ったら料理ができていて、しかもお菓子の口止め料もあったので、兄と姉達二人と妹の口止めに成功した。四人はセリナの作るパンの量にいぶかしんだものの、蜂蜜入りのお菓子を食べているので、結局、追求しなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る