第27話

 グイニスは時々、嫌な夢を見る。その夢はとても怖くて、悲しくて、どうして、そんなことになるのか、されるのか分からなかった。必死に抵抗しても、叫んでも誰も助けてくれない。

 一人の女が無慈悲に見下ろしている。とても冷たい目でにらまれると、へびの前のかえるのように動けなかった。お腹の中も心の中も冷たくなって、いっそう悲しみが増した。胸が痛かった。助けて欲しかった。助けてくれると思っていた人が助けてくれなかった。

 当然、助けてくれると思ったのに、助けてくれなかった。何がなんだか分からなくて、分からないうちに、閉じ込められる。よく知っている人であっただけに、なぜこんな仕打ちを受けるのか全く理解できなかった。

 でも、目覚めればどんな夢を見ていたのか、具体的なことは何一つ覚えていなかった。ぼんやりとしたかすみの向こうに消えてしまう。本当に起きたことじゃないのに、この夢を見た後は決まって心が傷ついていた。

 思い切って思い出そうとしたことは何度もあるが、思い出せたためしはなかった。

「――若様。」

 フォーリの呼びかけにグイニスは、はっとした。

「大丈夫ですか?」

「……うん。」

 本当は夢のことを思い出してしまい、嫌な気持ちになっていたが、心配をかけまいと強がってみた。

「今日はお疲れのことでしょう。本当によく耐えられました。お一人でよく踏ん張りましたね。」

 フォーリが優しく頭をでてくれる。

「…うん、でも――。」

 セリナがいたからと言おうとして、ふと、手のひらを見つめた。彼女の手のひらを思い出したから。あったかくて、仕事をしている人の手だった。少し赤切れしていて、皮がむけている所もあった。働き者の手だ。

 セリナのことを思い出して、グイニスはなんだか少しこそばゆくなった。それだけで少し、気分が上向いた。

 グイニスの表情から堅さが消えたのをフォーリは見て取り、もう一度促した。

「若様、ここでは本当のことを話して下さい。今は誰もいません。気配も感じませんので。」

 じっとグイニスの様子を確認しながら、尋ねてくるフォーリを見て、グイニスは頷いた。

「――あの時、みんなが鹿に気を取られていて、私もその鹿に気を取られていた。でも、後ろに誰かが来た感じがして、振り返ろうとしたら、振り返る前に口をふさがれて気絶させられた。」

 グイニスは一つ一つ、ゆっくりだが確実に思い出そうとしていた。

「気がついたら、あの大きな木の切り株の根元に寄りかかって座っていて、思わず起き上がって周りを見回そうとしたら、下に滑り落ちちゃった。もし、外套マントが木の枝に絡まらなかったら、私は木の枝につかまることすらできず、地面に落ちて死んでいたと思う。」

 もし、グイニスに“運”が味方しなかったら死んでいただろう。でも“運”は味方してくれて、グイニスは死ななかった。フォーリも当然それは分かっていて、深刻な表情で聞いていた。

 それよりも、グイニスはフォーリがどうやって自分達の所に来れたのか、気になっていたので尋ねた。

「フォーリは何を見つけたの? 私を遠くから見たって言ってたけど。」

「私は若様がいらっしゃらない事に気がついた後、すぐに獣道を調べました。おそらく、私達よりも山に詳しい者がいて、見落としている可能性があると思いました。」

 確かにそうだろう。新参者のグイニス達よりも知っている者がいて当然だ。村でも山の管理者はいる。

「仮に若様をおそった者がいるなら、その道を通って逃走しただろうと見当をつけました。案の定、私達が獣道を調べていると、何かが気配を覗っており、私はすぐに後を追いました。すると、村の道に突き当たったのです。その獣道は村人も使っていないでしょう。おそらく、誰もが知っている道ではなさそうです。その道を下りたら、その先で村の大通りに続く人通りの少ない道に出ました。」

 フォーリの説明にグイニスは表情を曇らせた。これで村人の関与が高くなったからだ。村人でさえも誰もが知らない道を知っている者に限られるのだから。

「やっぱり、そうなんだ。村人の誰かに……。」

 グイニスが悲しくなって言うと、フォーリもうなずいた。

「黒幕が誰にせよ、誰かが村人に若様を害するように命じているということです。」

「こんな話はセリナのいる前ではできない。村人の中に犯人がいると思えば、辛い思いをさせてしまう。働いてくれている他の村の娘達も、お互いに疑心暗鬼になってしまうだろうから、知られないように調べて欲しいんだ。」

「もちろんです、若様。仰るとおりに調べますので、ご安心下さい。」

 フォーリはグイニスを安心させるように微笑み、力強く言ってくれた。

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