カレンダーにない日

花火仁子

空美の一日

 やけにひんやりとした空気で目が覚める。夏だというのに。

 そういえば中学生の時、国語の先生が「手紙を書くなら、夜中じゃなくて朝方にしなさい」って言っていたことをぼんやりした頭で思いだした。


 時間を見ようとスマホを手に取る。

 5:30

 ロック画面がいつもと違う気がして覗きこむ。

 すると日付が表示されていないことに気づき、一気に頭がはっきりした。

 そうだ、きたんだこの日が。カレンダーにない日が。私にも。


 カレンダーにない日は、誰にでも人生に一度だけ突然やってくる。

 私はその日がきたらすることを、一年前、高校一年生の時に決めていた。

 それは、好きな人に告白すること。


 机に座り、引き出しを開け、レターセットを取り出す。

 心を落ち着かせて、ボールペンを手に取った。

 考えて、考えて、考えて。

 出てきた言葉はすごくシンプルで。

【好きです。付き合ってください。】

 そう綴った。




 学校へ行く準備をすませ家をでる。

 家族の様子はいつもと変わらない。

 通学路を歩いて学校へ向かう。

 顔ぶれもいつもと変わらない。


 教室に入る。

空美そらみおはよう」

美希みきおはよう」

 親友の美希と挨拶を交わす。いつもと変わらない。

 でも黒板に目をやると、右端、日直の上に日付は書かれていない。

 それを見て、改めて実感した。

 カレンダーにない日がきたのだと。

 好きな人に告白するのだと。


 一限目の数学の準備をしようとひきだしにある教科書に手を伸ばす。

 すると、見たことのない表紙の数学の教科書が出てきて、驚いた。

 授業が始まる。

 いつも解らない数学の数式が、いつも以上に解らない。

 午前中の授業はどれもちんぷんかんぷんで終わった。




 どうせみんなの記憶からは消えるのだから、もうひとつやってみたかったことをすることにした。

 昼休みが終わるチャイムの音が鳴る。

 私は教室ではなく、いつもは通ることのない階段を上がっていく。

 そう、授業をサボって屋上へ行ってみたかった。

 はじめて開けるドアはなんだかかたくて、嫌な音が鳴る。

 屋上へでてみると、風の音がいつもよりうるさくて、空がいつもより近かった。

 なんとなく寝転んでみると、すごく心地よくて、一面の空を見ながら、先輩との出会いを思い出した。




 それは高校に入学して三ヶ月くらい経った日のこと。

 私はクラスになかなか馴染むことができず、いじめられていた。

 ある日、私がいつものようにいじめられていると、恐いと有名な先輩たち五人組が助けてくれた。

 私がお礼を言うと、グループのリーダーみたいな人が答えてくれた。

「これくらいどうってことないよ。俺の名前はのぞみ。名前は?」

「空美です」

「空美ちゃん。また嫌なことあったら、いつでも言えよ。俺らがいるから」

 優しい表情で、そう言ってくれた。

 他の先輩たちも、優しい顔をしてくれた。

 私はとても安心すると同時に、望先輩のことが好きになった。

 それからというと、ぱたりといじめはなくなった。

 廊下で望先輩とすれ違うと、いつも「空美ちゃん、元気?」って声を掛けてくれた。




 帰りのホームルームの前に、私は教室へ戻った。

 あっさりと終わったホームルーム。

 ここからが本番だ。


 先輩たちはいつも放課後、屋上に集まることを私は知っている。

 さっき通った階段を上がる。

 きしむドアを開ける。

 すると、やっぱり先輩たちがいた。


 望先輩がドアを開ける音に気づき、私の方を見た。

「空美ちゃんだ。どうした?」

「あの、望先輩に渡したい物があって」

 私は駆け足で望先輩の前まで近づいた。

「何?」

「手紙です」

 と言って、手紙を差しだす。


「今読んでもいい?」

「いいですけど……」

「やっぱりやめとく」

「え?」

「空美ちゃんの口から直接聞きたい」


「え、えっと、あの」

「何言おうとしているか分かっちゃったから、早く聞きたいな」

 望先輩はいじわるそうな顔で笑った。

「私、望先輩のことが好きです。付き合ってください」

「やっぱりだ」

 そう言うと望先輩は私に近づいてきて

「俺も空美ちゃんのことが好きだよ。よろしく」

 と、私の頭を撫でながらそう言った。




 私は満足して、家に帰った。

 足ばやに自分を部屋へ行きベッドに倒れこむ。

 ニヤニヤが止まらない。

 枕に顔をうずめて

「やったー」

 と叫んだ。


 しばらく余韻に浸ってから、望先輩に連絡をする。

【望先輩は本当に私の事が好きで、本当に付き合ってくれるんですか?】

 スマホを握りしめて返事を待つ。

 五分後、通知音が鳴る。

 望先輩からだ。

 ドキドキしながら、返事を開く。

【本当だよ。俺が空美ちゃんに嘘ついたことある?】

【ないです。嬉しいです。ありがとうございます】

 すぐ既読になり、返事がきた。

【俺こそありがとうだよ。気持ち伝えてくれて】

【いえいえ。また明日学校で会いましょう】

【うん、また明日ね】




 緊張の糸がプツリと切れて、安心したのか、私はいつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。

 時間を見ようとスマホを手に取る。

 すると日付が表示されていた。

 眠っている間に、24時をまわっていて、私のカレンダーにない日は終わっていたのだ。

 望先輩とのやりとりをもう一度見返したくて、トーク画面を開く。

 すると、そこにあのやりとりはなかった。




 朝。

 学校へ行く準備をすませ家を出る。

 カレンダーにない日では、告白に成功した。

 今日、カレンダーにある日で、きちんと望先輩に告白しようと思いながら学校へ向かう。

 手紙じゃなくて、きちんと自分の口から伝えよう。


 学校に着き、教室へ入る。

「空美、おはよう」

「美希、おはよう」

 親友の美希と挨拶を交わす。カレンダーにない日と変わらない。

 でも黒板に目をやると、右端、日直の上に日付が書かれていた。

 私は改めてカレンダーにない日が終わったことを実感した。


 授業はというと、カレンダーにない日の前日の続きだった。

 授業中はカレンダーにない日の出来事を思いだして、ふわふわした気持ちで、うわの空で、あっという間に放課後になった。




 気持ちを落ち着かせながら屋上へと向かう。

 告白できたという自信と、告白の答えがいいものだったという安心があり、階段を上がる足は軽かった。


 ドアを開け屋上に出ると、先輩たちが居た。

「望先輩、ちょっといいですか?」

 元気に声をかける。

「大丈夫だよ。空美ちゃん、どうした?」

 深呼吸して、口を開く。

「私、望先輩のことが好きです。付き合ってください」

 望先輩は私に近づき、にっこりと笑った。

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