Ⅶ.逃げ続けた自分に幸福など無い。

(立椛って付き合ってる人いるの?)


 時計はもう23時を超えている。俺は必死に考えた単純な一文を送信した。あの後俺は何をしていたんだろうか。まるで周りの時間が俺を置き去りにしているかのように、何をしても中途半端な上の空だった。手につかないままノートを眺め、ぼんやりと放課後を過ごしていた。


 ピロン、と、空虚な着信音が鳴った。


 頼む、嘘であってくれ。願いながら恐る恐るスマホを開く。


(いるよー!)


 ああ、終わったな。俺は溜息をつくことしか出来なかった。とりあえず適当な質問だけ送って俺はスマホをベットに投げ捨てた。


 あーあ、残念だな。悔しさ、悲しさ、そんなもの何も感じない。人間、本当に絶望したときは無感情になるのかもしれない。気が付くと、日付が変わっていた。え、もう一時間も経ったのか?


  ○ ○ ○


 頭を冷やすために俺は寒い深夜に飛び出した。凍えるような深夜。嫌気が差すほど晴れた星空が、俺を見下すかのようにに笑っている。時折遠くの通りから聞こえる車の音に耳を澄ませながら、体を氷点下に委ねる。どうなったっていいと思った。今の俺は風邪をひいても後悔しないし、突然車がこっちに突っ込んで来ても逃げないだろう。そんな自暴自棄に苛まれ、またため息をついた。


 全て、幻だったんだ。


 高校に入学して偶然、立椛と再会した。人間嫌いの俺は知らないうちに、自分を受け入れてくれる立椛のことを好きになっていた。それを運命だと思い込み、傲慢になっていた俺程愚かな奴はいない。俺はついさっきまで、何に恋愛をしていたんだ?あの時間は何だったんだ?


 よくよく考えれば、あれ程見下していた四宮悟だって、告白しただけ俺よりよっぽどマシだ。俺は自分の手を汚さないまま、何もできず、何もせずに転んだ。自分の気持ちを伝えることすらできずに。「好きです」の四文字も言えなかった俺は所詮、ただの幼馴染み止まりだ。立椛にとってはどうでもいい、モブな存在に違いない。


 マジで、消えろよ。


 咄嗟に呟いた言葉にギョッとした。それは心の奥底、自分でも制御できない本心の欠片に違いない。憎悪かな。もちろん、顔も名前も知らない立椛の彼氏に。俺を騙し、罠にはめた立椛に。そして、本当はそのどちらも悪くないと分かっているのに恨んでしまう自分に向けて。


「おやおや、いいのかなぁ。覚えてないんですか?そんな口の利き方ばかりしていると、あの時みたいなことになりますよ。」


 十一伊織の声がまだ脳裏に染みついている。あの時、か。もう忘れたな。必死に自分に噓をつき、思い出さないようにしてきたあの記憶。でも、そう簡単には消えない。まるで呪縛のように、自分の仕掛けた種が戻って来る。俺は、恋愛なんかしちゃいけない人間なんだろうな。あんなに人を傷つけた俺を、神は許さないだろう。神なんて実在しないと分かっているのに、そんなことを考えた。


 次々と浮かんでくる後悔、憎悪、嫉妬、羞恥。上手く言語化出来ない感情が、俺自身を飲み込んでいく。自分の醜い本当の姿が、体裁と言う化けの皮を破って現れようとしている。


 知っているんだ。俺は途方も無く愚かな人間だって。心の奥底では分かっているけど、それを認めたくないがあまり、他人を自分よりも愚かな存在だと見下して優越感を味わう。最低な奴だ。自分が高すぎて、他人と話が合わないというのも、他人と上手く関われないことの言い訳に過ぎない。


 真実から目を背け、自分は他人と違うと言って逃げ続けた俺の末路はここか。昨日まではどこからともなく浮かび上がっていた自信が、今は代わりに敗北感に代わって現れる。全て、夢だったらいいのに。ここで物語が夢オチで終わればハッピーなのに。張りぼての自尊心に感嘆し、その中心のどす黒い本心すらも受け入れ、抱きしめてくれる立椛が隣に欲しかった。感情を殺して来たあまりに泣き方すら忘れた俺は、ただただ空を見上げ、いつまでもぼんやりとしていた。


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