Episode15
(35.)
夕暮れどき、葉月宅の瑠衣の私室には四人の少女が集まっていた。
結局、ありすは静夜を信頼したようで、あのあと仕方ないと言いながら解放したのだ。
とはいえ、『もし瑠衣に手を出したら地球の果てまで追跡して殺しにいくからね、わかった、静夜兄ぃ?』という脅迫付きだったけど。
二人には共通の知人がいるらしく、静夜は、最後に『依頼は失敗した。なら、刀子さんに挨拶にでもいくことにする』とだけありすに言い残して立ち去った。
ただ、静夜と親しそうなわりには最後までありすは静夜を注視していた。
『静夜の怖いところは戦闘(これ)じゃない。どうやって杉井が静夜を敵だと見抜いたのか知らないけど、普通なら、いつの間にかみんな殺られていたかもしれない。だから静夜兄ぃと全力で戦うなんて機会は来ないことを祈ってる』と、まるで本来の静夜の実力ならこちらが全滅していてもおかしくないと口にした。
部屋の中、状況が理解できていないままの瑠衣は、偶然にしては出来すぎな登場を果たしたありすに、まさかの膝枕をしてもらっている。
急すぎる事態や意外な事実に茫然としている瑠璃とは、まるで真逆。瑠衣は、なにもわからないのなら、なにもわからないままでいいやーーという大物さを感じさせる微笑までしている。
あっ、寝返りをうち内側へと顔を向けた。
それじゃみんなの顔すら見えないだろうに。
あのあと、それぞれが現状を理解し、疑問を解消し、これからを決めるためにも、情報の共有ができて落ち着ける場所に行こうと僕が提案したわけだ。
いつまでも混乱している瑠璃も、ありすに疑問を呈さない瑠衣も、わけのわからない僕も、おそらく一番現状を理解しているありすは必要だ。とりあえず、ありすを逃げられないような場所に置いておけば、多少はみんな落ち着いてくれると考えた。
話し合える場所として提供されたのが、この葉月宅の瑠衣の部屋である。
「飲み物くらいしか出せなくてごめんね~、うふふ」
瑠美さんはなにやらありすをチラッとだけ横目で見ている。しかし特になにもないまま人数分配っていく。
来宅時もそうだったけど、なぜか瑠美さんはありすを妙に気にしている。
ありすを見た瞬間、瑠美さんは少し反応が止まっていた。それを考える、となにかがあるのには違いないはずだけど。
いまにも『え?』と呟きそうなほど不自然な反応していたのだ。
しかし、瑠璃だけはありすではなく瑠美さんに質問責めをしていた。
「お母さんパパはなんなの!? パパは異能力と無関係な企業の社長じゃなかったの!? ねぇ、教えて! 大変な事が起きてるかもしれないのよ? 死んじゃうかもしれないのよ!? ねえ、教えてよ!」
「あらあら、どういうことかしらね~、大輝さんは大手に近い企業のーー」
「うそ吐かないでよ! 異能力を扱う犯罪者が偶然パパを痛め付けていたって言いたいわけ!? 小学生でももう少しはマシな嘘つけるわ! ねえ、ねぇパパはいまどこにいるの? 助けにいかないと!」
「落ち着きなって、瑠衣のお姉さん」
ありすは仲裁に入って落ち着かせようと試みた。
しかし……。
「あんたは黙ってなさい! いまはそれどころじゃないの、わからない?」
瑠璃はありすに怒鳴り散らすと、相も変わらず瑠美さんに問い詰める。
たたずんでいてもなにも変わらないーーだからこうやって一度落ち着こうという話になったのに、結局これじゃ平行線を辿ってしまう。
瑠美さんは困ったような表情をしながら、ようやく口を開く。
「ありすさんがここにいるということは、つまり、依頼条件は守れていないのだけど、なにか問題があったのかしら?」
「え……なんでお母さんがそいつのこと知っているのよ?」
瑠美さんは話題に関係ないはずのありすに話を振った。
ありすはため息をつく。
「勘弁してよ葉月さーん。最初から無理な内容だって自覚してよ。ヘイヘイヘーイなノリで殺してあとは海外へトンズラするだけの使い捨てのヒットマンが相手ならまだ対処できたけど、相手はあの静夜だよ? まだ生きている点を喜んでくれるべきじゃないかなー」
「あら、静夜さんに狙いをつけられていたというの? でもまあ、相手が誰だとしても、依頼は依頼よ?」
というか、依頼だったのか……。
つまり、どちらが依頼したかはわからないけど、瑠美さんか大輝さんは、僕より早く狙われている情報を手に入れてありすに頼んだのかもしれない。いや、でもどうなんだろう?
「その一、瑠衣との接触は許されない。瑠衣から認識されるのも契約違反とする。その二、瑠衣を狙う者を特定したら、速やかに処分するか、依頼を破棄させること。その三、葉月姉妹二人の護衛。なーんて三つまとめてやるなんて、殺し屋時代のときも今もそうそうない。いや本当、護衛対象に関わらずに護衛はしつづけろーだなんて、無理も無理、無理筋も無理筋、通らないよこんなの」ありすは後頭部を掻く。「今回は本当にヤバかったってわかってほしいなー、タイミングが悪ければ、下手したらこっちが殺られていたんだからさ。静夜は殺害する時まで一切姿を見せないし気配殺してるから、接触できない距離にいたら普通は殺られてから駆け寄るハメになるよ」
「な、なんの話をしてるのよ? 二人とも……って、それよりパパがっ」
瑠美と瑠璃とありすの3人は、混線した話をほどこうとしない。
まさに、女3人で姦しい。
それに比べて……瑠衣を見習ってほしい。
騒がしいと言いたいのか、瑠衣は頭を左右に振りながら、ありすのスカートに顔を擦り付けて、い……る?
「瑠衣、ちょっと聞いてもいい?」
「ん……すぅー、いいよ?」
「もうそれ膝枕じゃないよね。なんでそんなにありすの太ももに顔押し込んで広げようとしているの? うつ伏せに近いけど、顔は内側に向けてわずかに下に顔を付けているから、下腹部なのか、まさかもっと下なのか、とりあえず、なにかを嗅ごうとしているみたいに見えるんだけど。なんで顔面擦り付けてるのかだけでも教えてくれない?」
「すぅー……すぅ~……すぅー」頭を左右に振って、スカートに顔を擦り付けた。「気のせい、だと思う」
「いや、私もさすがに気になってるよー? いったいなにがしたいの瑠衣は」
なるべく深く、ありすの体臭をぜいたくに嗅いでいるようにしか思えない。
呼吸は深いため、鼻息がありすに当たり熱になって伝わるから、そりゃ普通は気づくだろ。
「ありす……ありす……いい?」
瑠衣は顔を少し上げつつも、ありすのスカートに手を置く。すると、スカートを握るように掴み、そのままその手をありす側に捲り始めた。
おまっ、おまえー!
もうそれ友達の範囲じゃないからなぁー!?
「ちょっ、ちょとちょとちょっと、待て待て待て待てストーップ!」ありすはスカートを正すと瑠衣に顔を向けた。「うん、あのさ、瑠衣? 怒らないから答えてよ。いま、いったいなにしようとしたの? 自覚してた?」
ありすの爽やかスマイルは結構珍しいなぁ……。
でも、明らかに怒らないわけがないとわかる、いい笑顔だ。0円では足りないスマイル。
「ありすに訊きたいこと、二つある。いい?」
「え、あ、うんまあ、それはいいけど、質問の答えは返ってこないのね、了解」
ありすもついに隣で騒いでいる瑠璃と落ち着かせている瑠美さんのスルーをはじめ……って、あれ、いない?
瑠璃と瑠美さんの姿が部屋から消えていた。
耳を澄ますと、リビングのほうから二人の声が聞こえてくる。二人でなにかを話しているらしい。
瑠璃も少し落ち着いているのが声音から察せられた。
「さすがにー高校生にもなってスカート捲りってのはちょーっち」ありすは華麗な動作で瑠衣のスカートを摘まむ。「幼いと思うよっ!」
ふわっと舞い上がる瑠衣のスカート。
仕返しはスカート捲りでいいんだ?
サッと視線を逸らすが無駄だった。脳裏にしっかりと焼き付いてしまった。
水色の清楚な感じのパンツが……葉月瑠璃より葉月瑠衣のほうが瑠璃色に近い色を好むんだなぁ。
姉は緑色という瑠璃色には遠い色だったけど、妹は水色……いや、いやいやなんかドキドキしているけど、これで愛だの恋だのが揺れ動くわけではないぞ、落ちつけ僕。瑠璃に対する気持ちは確証したはずだ!
「本当はダメ、だけど、ありすなら、好きにして……いいよ?」
る、瑠衣は……薄く赤らめた頬に手を当てながら、なんか、なんかーーくねくねしていた。くねんくねん動いて恥らしさをアピールしたいようだ。
自らスカートを摘まんで、チラッと捲り上げながら、ありすを見つめている。なにかのメッセージがここで交わされた。
果たして、ありすの反応はーー。
「…………………………」ありすは僕に視線を向けた。「…………………why?」
いや、僕に問われてもわかりません。
ありすは珍しく戸惑っていた。
ありすは、瑠衣のパンツを見ていいのか。好きにしていいとはなんなのか。
むしろ見なくてはならないのか。なんでありすなら見ていいのか。なにがどうしてこうなったのか。ただただ疑問に思ったのだろう。
友の成長はうれしく思えるだろう。その反面、以前の瑠衣と変わってしまった部分もある。それが悲しいのかもしれない。
いや、ありすの前だからバグっているようだけど、そんなに変わってはいないように思う。聞いたとおりなら。
とはいえ、さっきまでああも仲睦まじくじゃれていた二人の間に、急に見えない壁が現れる。
「ありすの唇、ちょっと、触っていい?」
「え、あの、なんかさ? 瑠衣、変な物でも拾い食いしちゃった?」
「ん? んーん?」
瑠衣の唇がありすの唇へ急接近する。
ありすはそれを両手でブロック。遠ざけるや否や、僕の背後にぬめりと動いた。
なんだ今のキモい動き方は……。
「瑠衣? 瑠衣さん、瑠衣さーん! え? もしかしなくても、えっ、そっちのひと? まえはそんな素振りなかったよね? え、そっちに目覚めたの?」
うん、そして、その原因はありすだろう。
「いや、瑠衣がこうなった原因はーーいや、まあ、どちらにせよ時既に遅しには違いないかな?」
「じゃあ、豊花はいい? んー……」
「きゃあっ!」
「きゃあ?」
いつの間にやら、瑠衣が床からにゅろんと顔を上げるように現れたため、思わず驚き変な悲鳴をあげてしまった。
「杉井の中のひとって男だって書いてあった気がするけど、やたらとらしい悲鳴だね?」
「女の子だから、かわいい悲鳴、似合うよ?」
「いや、いや違う! なんか最近、驚いたときオカマっぽい声が出ちゃうようになっててさ!」
「その美少女が元からその姿なら、めちゃくちゃ悲鳴似合っているけど。だって、私の今まで会ってきたなかでも、杉井以上にAPPある容姿を持つ人なんて、そうそう見ないんだもん。瑠美さんや葉月姉妹がAPP15だとしたら、杉井は17はあると思う。もしかしたら18に届く可能性もなきにしもあらず。影から見ていると、元が男だと言われたら納得できる仕草もあるんだけどさ、いまの悲鳴は可憐なか弱き乙女まんまだったよ? ビックリビックリ。やればできるじゃん」
「エーピーぴー?」
急にわからない言葉が出てきた。殺し屋の専門用語なのだろうか。
悲鳴ーー少なくとも昔からこうじゃなかったはずだ。わあっ、とか、うおっ、とか……出そうとしたって『ひゃっ!』『きゃあ!』『いやー』なんて悲鳴しか出てこない。演技ならできたとしも、反射的に出すから演技なんて無理。だからなよなよした悲鳴が、なぜか自然に出てしまう。肉体が変わったからなのだろうか?
しかし、瑠衣のやつ、ありすの唇に唇で触れようとして迫って、同じことを僕にもしてくるなんて……あれ? それって、女が相手なら誰でもイケるってことになるんじゃ……?
ハーレムを目指す気なのかもしれない。
「ごめんごめん、そりゃそっか、メジャーじゃないもん。APPっていうのは
「そのAPPってどれくらいの数値があればかわいいといえるの?」
僕が瑠衣や瑠璃より高いと言われたら、少しは興味も出てくる。
たしかに、この見た目は自分でもかわいいと思う。けれど、瑠衣や瑠璃、ありすのほうがかわいい気もする。少なくとも、上だとは断言できないのでは……?
「んっとね、APPの平均を11としたら、13は化粧や髪型、衣服なんかを整えれば、かわいいとかかっこいいとか誰かに言われるかな~ぐらいのレベル。14や15なら化粧なしでもモテるし、APP16は、美少女や美人ってふうに頭に美が付いても文句が言われないレベルでかわいいレベル。アイドルは14~16の集まりかな? 17は、なんだろう? 幻想を纏う謎レベル。18以上は人外ファンタジーレベル」ありすはつづけた。「まあ、17以上なんて日本全国探しても100人もいないんじゃないかな? つまり」僕を指差す。「モテモテ美少女ってことだねー」
「え、いまの僕、まさかの幻想やファンタジーなの? 他にだれか同レベルのひとはいないの?」
もはやかわいさとなにかが違っている。
「そういえば知人のひとりに18クラスがいるけど、そいつはまさに存在自体ファンタジーだから仕方ないんだよねー。瑠奈って娘ね。ファンタジーと自覚したとき仲間割れしそうなってたなぁ……まあ、今や敵対することになったし無関係かな。だいたい、離れた位置で瑠衣を見守っていたからわかるんだけど、すれ違った男数人、杉井に反応してハッと振り返るやついたんだもん。見惚れているヤツもいるし。あ! 言い忘れてた。近日、もしかしたら後輩の男子から告白受けるかもしれないよ、やったね」
「…………why?」
な、なぜ?
僕が学校で会話を交わせる相手のなかに、後輩男子はひとりもいないんだけど、おかしいなぁ……。
「一年のクラス付近で私が見張ってたとき、近くにおどおどした少年と少年の友人二人が駄弁ってただけだけどさ。少年に友人が『告らなきゃなにも関われないぞ? ほら、ダメ元で行ってみろって』『やっぱりまだ無理だよ、せめて杉井さんがひとりのときに』『やめとけやめとけ。間違いなく迷惑。童貞や不細工に告白されたら迷惑に決まってんだろ?』ーーなんて、三人の少年ズが話してたよ。まあ、ちょっとなら考えてあげてもいいんじゃない? 試しに一ヶ月だけ付き合います、みたいな」
なにそれこわい。
「いやいやいや僕男だから! 男に告白されても断る以外できないって!」
まさか会話したことすらないのに告白する奴がいるなんて思いもよらなかった。男女だとしても、普通は付き合わない。
あ、ああっ!?
そういえば住民票取りに区役所いって待っていたとき、めちゃくちゃ下半身をガン見する分かりやすい野郎もいた!
「でも、たしかに鏡を見るとかわいいといえるけど、瑠璃や瑠衣も同じくらいかわいく見えるんだよね……」
「んー大抵のひとって自身の外見を低く見積もるじゃん? 自分のフィルム越しに見ているからなんじゃない? まあ、納得してもらうしかないかな。さて、今度は私の後ろにいきなり来たかと思えばおもっくそ胸を揉んでウットリしている変態! 聞きたいことはいいの? そして痛いっつーの、そんな強く握れば痛いってわかるでしょー? おなじ女なんだからさー。どうしていきなりわしづかみして強く揉みしだいたのさ? 童貞がAV真似てるようにしか思えないくらい気持ち悪いからーーええいっやめい!」
ありすに手を捕まれた瑠衣は、無理やり胸から手を離されてしまう。
再び背後に座られるまえに、背中を壁の位置まで下げた。
「あ、ああ……」
瑠衣は、すごい悲しそうにしていた。瞳はぼうっとありすを捉えている。
「ちょい待とう。いまの瑠衣には恐怖を感じるレベルなんだけど、えっと、瑠衣はいつから男になったの? 女に見えるのも胸があるのもスカートなのも、目の錯覚かー? この瑠衣が偽物なのかもしれないぞーこれは」
「ありす、私と、暖め合おう?」
「暑いのに、なぜ?」
瑠衣はなにが言いたくてなにをしたいのか、なにをしでかそうとしているのか。たまにわからないときがあるなぁ。ただ、変態の片鱗を見せたのは間違いない。
「はいはいなんだかしらないけどスルーする。質問あるんでしょー、質問ひとつめ、はいっ」
「えーーあ、うん。どうして」瑠衣は真面目な顔をすると、緊張した表情を顔に浮かべる。「どうして、なにも言わないで、立ち去ったの? ……私、嫌だったの? 悲しかったよ?」
そういえば、それについてはなにも聞いていなかった。
(36.)
ありすは答えにくそうに髪を弄ると、話す前に、と言い出した。
「正直に言うよ? もう失敗したから気にしなくていいよねーきっと。とりあえず、前もって言っとくけど、葉月大輝ーー瑠衣は、お父さんを怒っちゃだめだからね?」
「え、お父さん?」
「そう」
「……関係あるの、お父さん、なのに? お母さん、じゃなくて?」
「うん」
ありすはしばらく間を開けると、ようやく説明をはじめた。
「愛娘と殺し屋が一緒に遊んでるーーという情報を大輝さんが知った日、即呼び出されたかと思えば『娘に二度と近づくな、別れ話も一切不要。電話もメールもSNSもなにを介してもダメだ。瑠衣とは関わらないでくれたまえ。きみに拒否権はない。断るなら、おまえが殺される側になるぞと警告しておく』だったかな? 葉月大輝は、大事な大事な愛娘に、殺し屋風情が関わるのが相当にいやだったんだろうねー。それに、実際に危なくないとは言い切れないし」
「え……うそ……お父さんが!? なんで……どうしてダメ? やっぱり、ヤクザだ。お父さん、大嫌い……」
瑠衣は長年考えた結果、ありすのいなくなった原因は、自身に嫌気がさして黙って消えた。または、急遽大きな仕事に向かいそっちで暮らしているのか、亡くなってしまったのかーーこの三つのどれかだと思い込んで過ごしてきたらしい。
それらはすべて違った。自分を酷い状態に追い込んだのは、実の父親ーー葉月大輝だったとは思えないだろう。
瑠衣が動揺しているのが見て取れる。
「私も殺されるのは嫌だからさー。もしもの話、刀子師匠や静夜兄ぃが力を貸してくれるんだったら、何人殺し屋が来ようと相手にならなくなるし、皆返り討ちにできただろーなー。でもね、葉月さんと師匠の間には伝があるんだよ。師匠に言われたら逆らえない。どうにもならないと思ったけど、悪あがきも無駄じゃなかったよ。いやーびっくり。また会えるかもしれないと思ったからこそ、『瑠衣を誰かから守りたい、瑠衣に危害を加える誰かを処分したい、という依頼ならお安くしますし予定を繰り上げ任務に就きますから、よろしくお願いします』って未練たらしく言いながら立ち去ったのでした~とさ」
師匠と伝があり、その師匠という人と衣食住を共にしているため、今回はそのルートで依頼がきたらしい。
まえは静夜を加えた三人で暮らしていたが、いまは二人だけ。
「ごめん、ごめん、ありす……生きててよかった……ごめん……自分から進んで、ひとを傷つけた。いじめっ子、切っちゃった。 先生もっ単なるクラスメートまでっ! 怪我させたっ、ごめんなさいッ」
瑠衣は泣きながらなにかを懺悔する。
生きていてよかった、とは、ありすが生きていて良かったなのか、自殺しなくてよかったの意味なのか、どちらの意味なんだろう?
「あー、やっちゃったかー」ありすは少しだけ飽きれるような顔をした。「まあ、やっちゃったならやっちゃったんだし仕方ないね。そんなに深く考える必要はないと思うよ? 違うかなー? 瑠衣はどう思ってんの?」
「……え?」
「まあ、路上で無差別殺人するのよりはいいじゃん。いじめられてたんでしょ? 怪我させた相手何人?」
「6人くらい。いじめっ子三人、止めようとしたクラスメート二人、担任の先生、みんな傷つけた……ぁぁ……」
「ならいいじゃん。私には切られたやつら全員自業自得としか思えないんだけどなー。瑠衣は気にし過ぎだよ、もっとポジティブに解釈していけば、罪悪感も薄まるんだし。私なんて、何人やってきたかわからないよ? このまえも指定異能力犯罪者を、あの辺」僕の住むマンションがちょうどある方向に指を差した。「にあるマンションの一室で、森井という異能犯を強制執行したばっか。あっ、殺ったって意味ね?」
「自業自得?」「森井……強制執行……最近殺した……」
そういえば隣人が死んでいた、と裕希姉ぇが言っていたけど。
僕のマンション、ちょうどあの辺りじゃないか。そして、たしか隣室の名前は……書かれていなかったからわからないけど、僕の勘はありすが殺ったのが正解だと告げている。
「瑠衣をいじめていた奴らは自業自得。因果応報。因に果が来ただけ。切られて怪我するという悪い結果が起きたのは、瑠衣をいじめるという悪い原因をつくったからってだけで、それは瑠衣のせいじゃない。私ならそう思うのに、瑠衣は厳しいんだね? むしろ消えればスッキリするのにぃー、くらいの感想しか抱けないよ。第一、なにを私に謝るつもり? 悪い原因の応報に悪い結果が現れただけの話なのに、その悪い原因を結果で返しきっていないのに止めに入ったやつら、そいつらも気にいらない。暴れている真っ只中に飛び込むなんて投身自殺と同義。殺してくださいと言っているもの。担任だろうと生徒だろうと、そこはなんにも変わらない。良かったじゃん、お灸を据えてあげられて」
「ありす……ありがとう。ねえ、もう、いなくならない……よね?」
瑠衣はありすに抱きつき懇願した。
しかし……。
「ごめん、葉月大輝さんになにか言われたら、命令に従わないといけない。だから、正確には答えられないんだねーこれが。裏社会の仕事上の仲間を除くと、瑠衣は裏のしがらみに囚われていない場所に住んでる唯一の友達だっていえるようになれた相手だもん、本当は別れたくないよ。でも、私はいま、葉月大輝に逆らえない職場ともいえる……さきに謝っとく、ごめんね、瑠衣」
「え……な、なんで? 逆らっていい! 逆らっても、いいから! そんな言うこと、聞く必要ない! もう、行かないで、消えちゃいやだ! お願い、なんでもする、だから居なくならないで!」
瑠衣は、また父のせいで人生初めての友ーーありすを失うことには納得できないようだ。そりゃそうだたろう、こうも好いている相手と別れたくなんてないだろう。
頭を縦には決して振らない。いや、頷けない柵に囚われているありすを見て、瑠衣は唇を強く噛んだ。そしてーー。
「……なら、ありすに着いていく」
「え? いや危ないから。それに、うちはアパート。狭いし古いし汚いから、瑠衣には無理だよ? それに」
「こっちに来てもらうの、無理なら、そっちに行く。友達と、会えないように、するひと、お父さんなんて呼べない。あんな、クソジジイと、一緒に暮らさない! ホームレスでも、援助交際でも、なんでもいいからお金を貯めて、ありすと暮らすんだ……」
瑠衣は涙を袖で拭いとる。そこには、なにか嫌な予感を喚起させてくるような、悪い意味での決意が感じられる瞳をしていた。
「そうまでする価値ないのに、どうしてそうまでして私と? 一緒にいられても、楽しいよりも辛くなる。裕福な家庭で育ってきた瑠衣には、痛みすら感じる可能性もある、残酷な場所。それに結局、すぐに葉月大輝にバレて終わるよ。家出も長くはつづかない。わかってほしいな」
「大丈夫だ、よ?」
「瑠衣、家出はやめたほうがいいと僕も思うよ」
さすがに女子高生ひとりでなんて危な過ぎる。
それに、瑠璃も納得しないだろう。ああも可愛がっているんだ。
最初はわからなかったけど、瑠璃はシスコンかもしれないくらい、妹のためにいろいろとしてきている。
それじゃ、今度は瑠璃が可哀想じゃないか……。
ーーでは、きみは葉月瑠衣なら可哀想なままでいい、と。友情と恋心で差をつけるわけか、間違いではないな。葉月瑠衣が家出したら、葉月瑠璃と葉月大輝、葉月瑠美みな可哀想だから、ひとりが可哀想なほうがダメージ量は最小とね。たしかにわからなくもない。では、どちらも可哀想ではないという選択をしてみては?ーー
またか……。うう、思考が操られる。
「だって、こんなに、痛い」
「痛いって、私のいう痛いのレベルはーー」
「毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日ーーずっと、死ぬか生きるか、迷ってた。泣いたし、叫んだし、喚いた。寒くて、苦しく、痛かった。何度も、死ぬか迷った。死ぬのに失敗して、わかった。痛いけど、楽になれる。痛みなら、痛みを逸らせる、それを知った」
瑠衣はブレザーの裾を手で掴むと、自ら捲り上げた。
まさか瑠璃と同じことをやるーーわけではなかった。
青いブラは見えてるが、見る場所はそこではない。というより、ほかに目が行く。全体的に……。
「この何本も引かれた赤い線は、いったい?」
「腕じゃなくてお腹や胸にもあるね。理由は、まあ、バレないようにするならその辺りか。学校ではどうしてたの? 体育とかあるじゃん」
気になって、ふと思う。
そういえば、瑠衣に近寄るクラスメートがいないことを……。瑠衣にとっての友達は、未だに二人、僕より少ない。
瑠衣の下腹部から胸にかけて引かれた左右縦横斜めのいくつもの線は、切り傷の跡だと遅れて気がつく。
深さも長さもバラバラだけど、強化してあるカッターをつかったのかな?
腕が滑れば本当に死ぬかもしれないから違うか。
「切腹したけど、死ねなかった。でも、痛いあいだ、忘れられた。この痛みのほうが、百倍いい。目を逸らして、生きてきた。切れば痛みを、忘れられたから、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、切ってきた」瑠衣は辛そうな笑顔を見せた。「でも、もう無理。もう、痛いのいや。痛みは戻るって、痛くなるまえに、わかってよかった、ありがとう……」
瑠衣は涙で頬を濡らし、僕とありすを交互に見る。やがて、瑠衣は困ったような微笑みを浮かべた。
深く息を吸うと、ゆっくり喋り始める。
「豊花が、仲良くしてくれたから、痛みは少し治まった。諦めないで、頑張れた。ありすが友達だと言ってくれて、ホッとした。理不尽な依頼、私のために受けてくれて、ありがとう。また会えて、本当に嬉しい、楽しかった。何度も夢見た瞬間(とき)が、来てくれた、そう錯覚(ゆめ)みるくらい。でも、その夢は、もう、おしまい。眩しい微睡みのなか、幸せ溢れる夢の場所、そんなところ、やっぱり、ひとつしかない、強く実感できた。覚悟、決められた。豊花、ありす、ずっと友達。私は諦める。そして、痛みなき幸せなセカイに、行くねーー」
瑠衣は言い終えるまで、無理やり笑顔を作っていた。
しかし耐えられないのか、時折、困ったような、哀しいような、そんな表情に変わりそうになる。
聞いていると、瑠衣が本気だということは伝わってくる。しかしなにかがずれていた。
家出するのを諦めたのかと思いきや、それにしては言い方がなにかおかしい。
なにを諦めることにしたんだろう。それほどつらい悩みがあり、それを解決するためには、家出をするか別の方法があるなか、家出は無駄だとわかった。だから、家出を諦めてほかの方法にした?
いや、べつの方法?
「二人とも、大好き。それじゃ、さよならっ!」
瑠衣は涙を飛ばしながら、勢いよく窓を開け放ち外へと出た。
窓の外にあるのは、広めのバルコニー……。
瑠衣はバルコニーでなにかをするわけではない。ただただ端に駆けるだけだ。
「落ち着いてって! なにするつもりなんだよっ瑠衣!?」
突然の展開に慌てながら、どうにか呼び止めようとする。
が、聞こえていないのか止まる様子は微塵もみせない。
バルコニーには飛び降りられないよう柵がつけられている。なのに、なぜだか一部分だけ無くなってしまっている。人ひとりかふたり入れるほどの幅、地面から柵が全て抜けてしまい無くなっているのである。
ありすは僕が動くより早く瑠衣を追って窓から飛び出した。僕もそれを追う。
窓付近でありすは瑠衣のほうへと向いたまま、静夜との戦いの最後に見せた、あの謎の構えをする。
一部だけ切り取られたように無くなった柵の空間部分に瑠衣は向かっている。
切り取られたかのように、そこだけ柵が無い。つまり、強化した刃物で予め切っておいた場所なのか。瑠衣は投身自殺を覚悟するくらい悩んでいたのだろう。痛みは、身投げするほど酷いらしい。
なんとなく、生き死に迷うのは誰しもあること、なんて僕は思っていたけど、それは大きな間違いだった。
瑠衣は本気で痛がっている。心が悲鳴をあげていたのだろう。
体の傷と異なる痛みーー心の傷、胸の痛みだと瑠衣が言っているのはわかった。
体の痛みで心の痛みを誤魔化さなければ生きていられないくらい辛いのは、お腹を見ても僕には信じられなかったけど、どうやら嘘ではないみたいだ。
僕により痛みが少し改善した。
一生つづくと思っていた地獄へ、希望の光が射した瞬間なのだろう。
死ななくても痛みがなくなる可能性があるのだと知ると、瑠衣は一時頑張ってみようとおもえるようになった。
やたらとなついてきたのは、もしかしたら、嫌われないようにと瑠衣が考えた結果なのかもしれない。
ありすとの再会を果たして、ありすが自身を友達だと認めていると知ったとき、痛みは現れなくなったのではないか?
なぜなら、その傷はありすがいなくなることで付いたもの。傷を完全に癒すには、ありすの存在が必要不可欠。
これから、痛みなき幸せなセカイを、ありすと一緒に過ごせるんだ。そう夢見てしまったのだろう。
だが、現実は夢のなかにいることを許してはくれなかった。
ありすは立ち去るのだと現実を突きつけられてしまった。夢は夢でしかない。
ありすの家にお邪魔すればいい、無理ならホームレスになるーーそう考えても、葉月大輝がありすに瑠衣と会うなと命令すれば、理由はわからないが叶わなくなると知る。
そうして、一度幸せな感情に振れたあとに、一気に絶望へと落とされると、0から-10になるのより10から-10になるほうが勢いが強いのと同じ現象が起きてしまった。
瑠衣は一気に感情のままに行動に出てしまっている。
ありすが消えたら、酷い痛みがまた心に打ち付けられる。
そして、一緒にいる時間が長いほどショックの振れ幅は大きくなる。それを一度体験している瑠衣は、別れなければいけなくなるまでありすといる選択より、すべてを諦めるーー突発的な選択をしてしまったのだ。
ありすは瑠衣に向かって地を後ろに蹴り、直進して滑っているかのような早さで跳んだ。
地面に足がギリギリ当たらない高さを飛んでいるようにも見える、氷の上を滑空する勢いの、あの進み方は……?
ありすは瑠衣に急接近しながら、手を伸ばした。
「生まれ変わっても、また、仲良くしてねーー」
ゾッとした。
瑠衣は、躊躇する素振りを微塵も見せずに15階のバルコニーの端から、涙の飛沫を飛ばしつつ空へと飛び出した。
あんなにも明るい雰囲気で、のんびりしたやり取りを交わしていたばかりなのに、それらが嘘かのように思える行動力、清々しいほど潔い空への投身。地ではなく、空。空を目指して羽ばたいるかのように見える。
しかし、それは単なる僕のイメージ。すぐに落下に移るだろう。
ありすは直後、柵の外に向かって飛び出すように踏み込ん……だぁああああ!?
後追い自殺!? なにやってんの!?
「ありすっ!?」
瑠衣はギョッしてみせた。落下に移行した瑠衣に向かってありすは右手を伸ばす、左手を柵に潜らせ挟みながら……。
ヤバいヤバいヤバいヤバいどうなるどうなるヤバいヤバくないヤバいヤバいもしや二人仲良く逝ってしまうとかないよねていうか他に望める結果なんてあるかいないどうすんの仲良く死んだら無意味だろどなるどうなる頼む頼む頼む頼む頼む奇跡!
ーー人間というのは愚かだ。しかし面白くもある。葉月瑠衣が不幸になるか、他の葉月が不幸になるか。どちらかひとつしかないのかい? みんな幸せになればいいではないか。葉月瑠衣の物語ていど、ハッピーエンドで迎えようとは思わないのかな? 必要なものはなにか考えてはどうかな。ボスを倒して、次を迎えよう。きみと融解するまで、私はこれだけが楽しみなのだから。せいぜい足掻いてくれたまえ。ーー
ハッとすると、腕を柵に入れたあと曲げ、そのまま右手が引っ張られたせいで、不気味な形で左腕を挟んでしまっているありすの姿があった。右手は真下に引かれるように下へと伸びており、左足も左の柵にかけている。右手を下に伸ばし前のめりになりすぎている体勢で、ぜいぜいと息を吐くありすが僕の瞳には映っていたのだ。
「杉井ボーッとする暇ないはやく力貸して!」
「う、うん、わかった!」
ありすに急いで駆け寄る。
ボスをどうにかして次を迎えよう。
ボス? なにかの暗喩?
「ぁあぁああっ!! ごめんなざいぃいいっ! ありすっありす……うっ、ぁっ……ぐすっ……ずっ……ぅぅっ……ぅぅっ」
「瑠衣! 泣いている暇はないよ! あとで好きなだけ泣いていいから今はがんばれ! 引き上げるから離さないんだよ!?」
ギリギリマンションの塀からすぐ下辺りで瑠衣を掴めたらしい。
なんだかありすの腕の挟まり方がどうやっても曲がりそうにない方向になっている。グロテスクな形、緊急事態だというのに視線が行ってしまうレベルのグロさ。非常に痛々しい。
ひとまず瑠衣の手を掴むが、持ち上げるには貧相過ぎるぞこの体!
「片手や方足を柵に引っかけながらやれば力が入るし落ちにくくなるから」
「わかった!」
足を柵の内側から引っかけ、右手で柵を掴み、左手で瑠衣の手首を持ち上げようとする。
「はい、いくよ! さん、にい、いち、ぜろっ!」
ありすと共に力を入れ、少しずつ、でも確実に引き上げていく。
二人でも大変なのは体が幼いせいなんだろうか? 映画とかで結構見るシーンなのに、こんなに大変だったなんて……。
どうにか全力を使い果たしながらも、瑠衣をバルコニーの上へと引き摺り乗せることに成功した。
「はぁ、はぁ、骨を折らせる友達だよね、瑠衣って。まったくっつぅ~ッ!」
ありすも最後に体勢を戻すが、片腕は赤く腫れてしまっており、確実に折れているのが見てわかる。右腕も脱臼しているように見えた。擦りながら、苦痛に顔を歪ませる。
「ぅ、ごめん……ありす、巻き込む、つもりじゃ……なかった……ぁぁ……」
「あのさ、瑠衣は楽になるかもしれないけど、私が苦しむことになるのわかるよね? 生きていれば、機会は必ず来る。師匠の言ってたことなんだけど、一度できた縁は一生なくならないものなんだってね? 縁(えん)がないひとと、あるひとは、0と100違う、らしいよ? 0と1じゃない。だから未来、バッタリと会う可能性だって十分あるから、ね、瑠衣?」
「……っうう……ん……」
瑠衣はすすり泣きながらも、小さく頷いた。
「さて、いっ! あはは、本当、骨を折らせるね。これじゃしばらくは休養しないと役に立たないや。部屋に戻って近場の整形外科でも探そう。瑠衣も肩痛いみたいだし。一緒に行こっか?」
ありすはめちゃくちゃ痛いに違いない。ただ、それを瑠衣には言おうとしない。
擦り傷から骨折にしか見えないくらいの傷まで、ありすは全身怪我だらけだ。
瑠衣も片手が痛いらしく、時折支えている。
ーーほら、きみはクライマックスに進む準備をするべきだぞ?ーー
クライマックス?
ーーそうとも、ボスとの戦いだ。ーー
ボスって?
ーーわからないのか? そもそも瑠衣が痛みを発症したのはいつだ。誰がなにをしたから、痛みを痛みだと自覚させた? 楽しい感情を教えたあとに消し去った。これから再び同じ愚行を繰り返し兼ねない人物、もうわかるかな? さあ、ボスを倒し、ハッピーエンドを迎えて次へと進もうではないか。ーー
わかったよ。
わかっている。
おまえに言われなくても、なにをすれば一番幸せに終われるかなんてわかりきっている。
子どもを守るつもりでやったことだとしても、子どもを苦しめていた。
無理を通せば子は歪む。そんなこと、瑠衣を見ていればわかる。
たった今、無理を通してなにがあったのか、その結末をこの目にしかと焼き付けた。
武器(カード)はもうある。
瑠衣の決意や、それを示すに値する証拠はすでに手に入れた。
「ごめん、瑠衣、ありす。ちょっと、瑠璃と瑠美さんの様子見てくるよ」
「豊花?」
「いっっ! 近場に病院ないの瑠衣?」
ありすと瑠衣が会話を交わしている部屋から出て、そのまま歩きリビングへと入る。
「ん、どうしたのよ? ちょうど話終わったし、そっち行こうと思っていたところだけど。パパ、足や腕を折られたわけじゃないから、とりあえず平気みたい。ふぅ、ようやく落ち着いてきた……」
瑠璃は一安心できたのか、柔和な表情で背伸びをしていた。
そんななか悪いけど、聞かなければいけないことがある。
「そのパパは、大輝さんはきょう、帰ってくる?」
「え、まあ、帰ってくるんじゃない? せんせじゃなくてお母さーん、パパってきょう帰ってくるよねー?」
瑠美さんがキッチンのほうから、マグカップ2つを運んで歩いてきた。
「帰ってこないと大変でしょうし、しばらく休まなくちゃ仕事できないんじゃないかしら? 橋はなくなっても、船はあるんだしね? うふふ」
「瑠美さん、すみません。きょう、大輝さんが帰ってくるまでいさせてもらえませんか?」
「……あら、どうしてかしら?」
こっちが叶えたい目的は、依頼した立場からならわかるものだ。
しかし、それでなにがあったのかをこの人たちは知らない。もしかしら、昔騒ぎを起こした理由もわかっていないかもしれない。
「葉月大輝さんに説得しないといけない事があります。説得ができなければ後悔するんです、みんな……。瑠美さん、瑠璃、僕、大輝さんも、みんな悲しい終わりかたを迎えることになります。だから、一度だけ、会わせてください」
あとは僕が、それを大輝さんに教えてあげよう。
どちらを選ぶかで、結末がどれくらい変わるのかを……大輝さんは知るべきだ。
ーーさあ、葉月大輝(ボス)を
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