10話 少年と魔法
変身薬の代金を支払う代わりにローザから依頼された内容は、魔眼を持つ魔人の子供を人間界から連れ帰る事。
依頼の対象である魔眼を持った魔人の子供は未来を視る事が出来る力を持ちその珍しさから、フォルスター国王都クレスチナの次に栄えているローレル街の観光名所でもある闘技場で行われる、千回目の記念試合の優勝景品にされていた。
魔人の子供を魔界へ連れ戻すにはこの試合で優勝する他なく、試合の申し込みを終えたファウストは闘技場の地下にある参加者の控室に押し込まれていた。
「落ち着きが無いな……」
控室にはもう既に五十人以上の参加者がいるが、優勝景品に釣られ続々と参加者が増え続ける。
男の参加者だけではなく、女の参加者も少数ではあるが混ざっており、鋭く尖った目付きやバランス良く鍛えられた肉体から負けん気の強さを感じる。
お互いを監視するような視線が混ざり合う中で、ある者は他の参加者に絡み、ある者は事前に持って来ていた自分の武器や鍛え上げた肉体を見せびらかしていた。
「おい兄ちゃん、そんな細い腕で俺達を相手に戦えるとでも思ってんのか?」
参加者同士の牽制に全く興味を持たず、控室の端で休んでいたファウストをつまらないと感じたのか、山のように隆起した筋肉に全身を包まれた厳つい男の参加者がファウストに絡み始めた。
「…………」
「……おい、聞いてんのか?」
相手にするのが面倒で無言を貫こうとしていたファウストだがそのしつこさに短いため息を吐き、絡んでくる男を値踏みするように頭から足の先まで視線を動かした。
「……その無駄な肉、動きにくそうでいい的になるだろうな」
ファウストは安い挑発を返したつもりだったが、男にとって見下した相手に値踏みされる事は我慢ならないようで、ファウストの胸倉を掴み目の前に引き寄せた。
「おいテメェ、このまま不参加にしてやってもいいんだぞ」
「……たかが挑発だろ? ムキになるなよ、肉だるま」
口論が繰り広げられようとしたタイミングで、この試合の主催側であろう人物が多種多様な武器を持って控室に入ってきた。
「えー、まず。この記念試合に参加される皆さん。今回の試合は主催者の意向で、参加者同士での試合ではなくなりました」
開口一番に伝えられた内容は、試合形式の突然の変更。
この闘技場は、参加者同士の血で血を洗う試合を売りにしているのだが、それを変更された事により参加者の間で動揺と数々のブーイングが走った。
「今回の試合は、主催者が用意した相手との対複数戦。最後まで戦い抜き、相手を倒した人が優勝となります。また武器はこちらで用意した物を使用してください」
両手剣や片手剣などの主流な武器や、その他にも飛び道具などが用意されていた。
自前の武器の使用も禁じられた事により罵声が飛び交うも、用意された武器には数限りがある為、少しでも良い質の武器を選ぼうと参加者達は一斉に飛びかかる。
「……ほら、早くしないと目当ての武器が無くなるぞ」
ファウストは胸倉を掴まれたままの状態で絡んでくる男に呟くと、男は武器に群がる参加者を横目に悔しそうにピクピクと口角を引き攣らせる。
「お前を一番に狙うから覚悟しておけよ」
男は一言言い残して納得いかない表情のまま、武器を選びに向かった。
「はー、俺も選びに行くか」
この勢いに乗り遅れたはしたがファウストも武器を選びに行くと質の良い武器は既に無く、刃こぼれし使い古された武器しか残っていなかった。
「碌な物が無いな……」
残された武器を手に取り確認するも、どれもファウストの好みには当てはまらず、オマケに数回斬撃を受け止めれば折れてしまいそうな低級武器に思わずため息が出た。
「ま、コレでいいか」
ほぼ投げやりな状態で選んだ武器は、刃の先が細くスラリと刀身が長いタイプの片手剣で、多少刃こぼれはしているものの今ある中で一番握った感触が手に馴染むからという理由だった。
「もう少し重かったら良かったんだけどな……」
選んだ剣を鞘に収めると、先程までファウストに絡んでいた肉だるまの男が見窄らしい武器を見て、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「そんな粗末な武器でまともに戦える訳が無いだろう。優勝は諦めるんだな」
その男は見た目通り、重量重視の両手剣を選び自慢げにファウストに見せつけてきた。
「ッ、」
その腹の立つ態度に言い返そうとしたその時、ビリッとイリスの魔力がファウストの体の中に流れ、頭の中にイリスの声が響いた。
『ファウスト、聞こえてる?』
「イリスか……」
頭に流れるイリスの声に冷静さを取り戻したファウストは、イリスの呼び掛けに答える。
イリスは、ファウストの五感を一方的に共有する事が出来る。
その仕組みはファウストの心臓はイリスの膨大な魔力で作られた刻印の魔法で出来ている為、イリスが魔力を流せばファウストの体内に流れるイリスの魔力が反応し、今のように五感を共有する事が出来る。
言葉の通りファウストは、イリスの手となり足となり目となり耳となる。
五感の共有は刻印の魔法の特徴の一つでもあり、相手を自分の思いのままに操る事も出来る、危険な方法でもあった。
『子供は見つかった?』
ファウストはその場に居ない相手と会話を続ける為、参加者達の群がりから離れ、再び控室の端に戻った。
「あぁ。子供は見つかった。双子だった」
『双子!?』
ダイレクトにイリスの驚く声が頭に響いた。
「うるせぇよ、声のボリュームを考えろ」
『い、今……。双子って言った?』
「あぁ、双子の兄妹だった。さっき確認したからな。何をそんなに驚いてんだよ」
『いや、そりゃ驚くでしょ……。魔族は子供を作るだけでも珍しいのに、双子なんて。しかも魔眼持ちなんでしょ?』
暫くの間イリスの驚きが冷めない声が続き会話も続かない中、闘技場内で試合開始の報せを告げる鐘の音が響いた。
――ゴーン、ゴーン、ゴーン。
『え……。ファウスト、アンタ今どこに居るのよ』
「闘技場。その双子の子供達が試合の優勝景品にされてて、監視が厳重で連れ去る事も出来ないから正攻法でいこうかと」
『はぁあ!? ただでさえそのローレルっていう街に潜入するだけでも危険だって言っていたのに、闘技場で行われる試合に参加するなんて、何考えてんのよ!』
「仕方ないだろ? それしか方法が無いんだから」
ファウストは小声でイリスとの言い合いを繰り広げながらも、試合会場に向かう参加者達の列の最後尾に並び、会場へ誘導する指示に従いながら闘技場内を進む。
「試合会場はこちらです! 参加者全員が会場に入れるように奥まで詰めてください!」
『ちょっと、今すぐ他の方法を考えなさいよ!』
「無理だって、もう試合が始まるんだから」
『……っ、いつも狡いわよ! アンタだけ楽しい思いをして!』
本音はそこかとファウストは飽きれながらローブのフードを目深に被り、試合会場に繋がる門を潜り戦いの場へと足を踏み入れた。
――ワアァァァァァァアァァアッ!
血の気の多い参加者達の登場に、観客は興奮で沸き上がり地響きに近い歓声が試合会場を包んだ。
『っ、何の音なの!?』
「相変わらずだな、この場所は……」
石畳で出来た円形状のその場所は、大人百人近くを集めても走り暴れ回る事が余裕で出来る程の広さで、ひび割れた石畳や凹んだ箇所からは激しい戦いが繰り広げられたのだと分かる。
安全面を考慮し大人二人分の高さのある壁で会場をぐるりと囲み、壁に沿って約数千の観客席が三段に分かれ会場を見下ろす形で列をつくり並んでいる。
「おいおい、満席じゃねぇかよ……」
「それだけじゃねぇぞ! 空いた場所にも立ち見客で埋まってるぞ!」
ここまでの規模の試合はなかなか珍しいようで、参加者の中には大勢の目で見られているという興奮で気分が最高潮に達している者もいた。
高鳴る歓声の中、煌びやかに装飾が施された貴賓席に人が集中し始めると、小太鼓や管楽器の甲高い音が響き渡り歓声を打ち消した。
この記念試合の進行役を務めている初老の男が、声を上げる。
「これより、ローレル街闘技場第千回目の記念試合を開始する! この記念試合にヒンツ•フォルスター国王そして、アドルフ第一王子がお越し下さった!」
「なんの偶然だよ……」
思わぬ人物の登場に固まるファウスト。
進行役の紹介にヒンツ•フォルスターとアドルフ•フォルスターが貴賓席から立ち上がり、上品に観客席に向かって手を振った。
国王と王子の登場に再び沸き上がる会場。
拡声器を通じて、ヒンツの威厳のある声が歓声を劈いた。
「記念すべき、千回目の試合。今回の優勝景品は特別なモノが用意されていると聞いた。結果を楽しみにしている」
ヒンツのシンプルな挨拶を聞く中、ファウストはヒンツの隣に立つアドルフに視線を向けていた。
相変わらず、善人を装う仮面を被ったアドルフの崩れない表情にファウストは感心していたが、痩せこけた頬や目の下に残る隈そして青白い肌に違和感を感じた。
「……血でも足りてないのか?」
長かった来賓客の紹介や、観客に向けた試合形式の説明が終わると、会場内では参加者達の間にピリピリと肌を刺すような緊張感が流れていた。
「ようやく話が終わったか……」
ファウストは長い話を聞いているうちに固まった肩周りの筋肉を解していると、背後から誰かが近づいて来た。
「この俺様を挑発した事、必ず後悔させてやるからな」
「アンタ……肉だるまか」
振り返ると、控え室でファウストに絡んできた男がニヤニヤと下卑た笑を浮かべながら、ファウストを見下ろしていた。
その男は再び挑発をかけるも、依然変わらないファウストの態度に舌を打つ。
「チッ。この俺様を相手にそんな態度を取るなんて命知らずが。この試合が始まったら一番にお前をズタズタにしてやる」
怯む事もしないファウストに相当腹を立てているのか、男はいつでも斬りかかれるように両手剣を構える。
そんな中、慌てた様子のイリスの声がファウストの脳内に響いた。
『ファウスト! そこから早く離れて!』
「……は? 離れろって、もう試合が始まるんだぞ? ローザからの依頼はどうするんだよ」
「気味悪ぃな。誰と話してんだ……」
突然見えない相手と会話をするファウストを気味悪がった男は、冷ややかな目を向ける。
『もうそんな事どうでもいいわ! 凄く嫌な予感がするの。とにかく、そこから早く離れて!』
何をそんなにイリスは焦っているのか状況が上手く飲み込めない中、試合開始を告げる笛の音が鳴り響いた。
パァァァアアァッ――。
「それでは、第千回試合を開始するっ!」
『ファウストッ! 逃げっ――――』
観客達の歓声、笛の音と試合開始を告げる進行役の声、そしてファウストの脳内に響くイリスの声。
全ての音が混ざり合う中で、その全てを掻き消すように地響きに近い轟音と、身を焦がすかのうような熱風が会場内を駆け抜けた。
ゴゴゴォォォォオ――――。
「ッ、は――?」
それは、あまりにも突然すぎた。
ファウストが被っていたローブのフードは風圧により捲れ、クリアになった視界に飛び込んで来たのは炭と化した遺体の数々。
目の前に転がるそれが、元は人間の体だった事に気付くのに時間がかかった。
ファウストは隣に視線を移す。
「……肉、だるま?」
ファウストの隣にいたはずのあの男は半身が黒焦げ山のように隆起した筋肉は影形も無く、カサカサと音を立てながら焦げた一部が崩れ落ちファウストの足元に転がった。
転がってきたそれは元の形の原型を留めていなかったが、良く見れば頭部の形をしており転がり落ちた衝撃でボロボロと崩れ、滓となって風に運ばれた。
ファウストだけではなく、運良く生きていた他の参加者や一部始終を目撃していた観客達、この場にいた全員が今何が起きたのか理解が出来ていなかった。
『――ッ! ファウスト! ファウスト!』
「ッ、あぁ……」
『良かった、無事だったみたいね……』
イリスの呼びかけに我に返ったファウストは、状況を理解する為に周囲を見渡し始めた。
『そこで何が起きたの?』
「……試合が始まった途端、炎による攻撃を受けた。生きてるのは、二十人もいない」
今の攻撃に、参加者の過半数が犠牲になり攻撃の射程外に偶然いた者は未だ呆然と立ち尽くしたままで、ショックから抜け出せずにいた。
『炎? 魔力の検知は?』
「今やってる」
意識を集中させ、魔力を辿るとこの場に相応しくない人物の姿があった。
「…………イリス、視界の共有をしてくれ」
『わ、分かったわ……』
ファウストの指示に戸惑いながらも、イリスはファウストとの視界を共有する。
ファウストの今見えている光景を共有したイリスは、この惨状に驚きを隠せなかった。
『こ、コレは……』
「目の前にいるのが、見えてるか?」
土煙に覆われていたが、ぼんやりと小さな人影が姿を現す。
『……子供ね』
「やっぱり、そうだよな……」
ファウストやイリスが驚くのも、無理はなかった。
荒くれ者が集い血腥いこの場所に、まだ年端もいかない少年がいるのだから。
その少年はどこか遠くを見つめるかのような、正気を失った虚ろな目をしており、細い首には自由に身動きが取れないように鎖が巻かれていた。
先程の炎による攻撃はどうやらこの少年が放ったモノらしく、参加者達に向かって翳されている手と、掌から上がる黒い煙が何よりの証拠だった。
『ど、どういう事なの……』
「アレは、魔族なのか?」
困惑と動揺を隠せないファウストとイリス。
ファウストの疑問に、イリスは声を荒げた。
『そんなハズは無い! だって、あの子は人間よ!』
「なら、なんで魔法を放ったんだよ! 魔法を扱えるのは魔族だけだろ!?」
『っ、ファウストだってもう気付いてるでしょ! あの子から魔力を感じないって!』
イリスの指摘通り、ファウストもとっくに気が付いていた。
微力な魔力を感じ取るのだが、その魔力は少年の体内からではなく、他の場所から魔力が発せられている。
つまり、イリスの言う通りこの少年は正真正銘の人間だ。
「なら、どうすんだよ!」
『ッ、あの子供は調べる必要があるから、双子の子と一緒に魔界に連れて来て!』
「……無茶ばかり言いやがって」
この大勢の注目が集まる中で、自分の正体を隠しながらこの謎の少年が発する魔法攻撃を掻い潜り、少年と双子の兄妹を奪取しなければならない。
主人の無茶な指令にファウストは反抗的な態度を取りながらも、鞘から剣を引き抜き少年へ構える。
少年は再びファウストに向けて掌を翳すと、チリチリと熱を帯びた魔力が集まり始めていた。
『また仕掛けてくるわよ!』
「言われなくたって分かってる!」
何十人も死へと葬った攻撃が再び始まろうとする緊迫した状況の中で、ヒンツの声が響いた。
「アレは対魔族用に造られた兵器! 我々は遂に、魔法に対抗する力を得たのだ!」
恐怖に慄き混乱した状況の中で、ヒンツが発した言葉はこの場にいる多くの人の心に突き刺さり、ヒンツへと注目が集まった。
「数年前に起きた魔族の襲来に、無知で無力だった我等は多くの命を喪った。この国を魔の手から救ったかつての大英雄も今は魔族に堕ち、我等を護り救ってくれる者はもういない! だが、我等はもう無知で無力ではない! 力には、力を以てして制裁を! 憎き魔族に鉄槌を下す時が来たのだ!」
闘技場内にヒンツの熱い思いと力の篭った演説が響き渡ると少しの間を開け、嵐のような大歓声が湧き上がった。
「何を、言ってるんだ……?」
鳴り響く拍手の音は常軌を逸しており、混沌とした雰囲気に呑まれたファウストは呆然と立ち尽くし、ファウストを通じて話を聞いていたイリスは呆れたようにため息を吐く。
「だからって、子供をあんな殺しの兵器にする理由にはならないだろ……」
『ぶっ飛んだ思考は、相変わらずのようね』
大人の身勝手な理由で自由を失った少年の姿に、怒りが込み上げわなわなと震えながらファウストはイリスに問う。
「……元に、戻せるのか?」
『そんなの分からないわよ。でも、出来ない事はないわ』
「了解。これ以上、好きにはさせない」
ファウストは構えていた剣を鞘に戻し、無防備な状態のまま少年へ対峙する。
『ちょっと! 何してるのよ! あの子供は、上位魔族と変わらない力を持ってるのよ! 素手だけなんて危険すぎるわよ!』
武器を使おうとしないファウストに、イリスは焦る。
「気が変わった。あの子供は、無傷で魔界に連れて行く」
『はぁ!? 正気なの? いくら相手が子供だからって、あの魔力量はっ』
「武器は使わない」
これ以上、何を言っても無駄だと察したイリスは言葉を詰まらせる。
『あぁ、もう! 分かったわよ、好きにしなさいよ! でも、アンタが血を流しすぎたらどうなるか、忘れた訳でな無いわよね?』
「…………善処はする」
機嫌を損ねたのか、そこからツプリとイリスの魔力の反応が途絶えた。
ようやく静かになったと思う反面、新たな問題が浮上しこの後が面倒だと悩むファウストだが、とにかく今起きている問題に集中しなくてはならない。
「手荒になるけど、我慢してくれよ……」
ファウストは短く呼吸を整え、拳を構えた。
大英雄と魔王の合言葉 黒ひげの猫 @kurohigeno_neko780
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