大英雄と魔王の合言葉
黒ひげの猫
プロローグ
エピソード ゼロ 大英雄の誕生
心臓を潰す。
頭部を斬り落とす。
心臓を潰す。
頭部を斬り落とす。
心臓を潰し、頭部を斬り落とす。
多くの敵を肉の塊にし、幾つもの死体を積み上げた。
死の上に立っているという自覚はある。
「はぁっ、はぁっ、はあっ…………」
息が詰まる。
呼吸が乱れる。
鼻から体内へ流れる空気は、凝縮された血の臭いがして噎せ返る。
魔族を残らず倒せば、戦いが終わるのか。
魔族を統べる魔王を倒せば、この世界に平和が訪れるのか。
終わらない戦いの中、答えを教えてくれる人はもう誰もいない。
長きに渡る間、魔族に蹂躙され続け住む家も土地も国も、多くの尊い命をも失った人間は、ようやく魔族に対抗する力を得て反撃の狼煙を上げた。
武器を構え戦場に立つのは平和と安全な暮らしを望み、自ら戦う事を決意したまだ幼さが残る青少年達。
終わらない戦いに希望を抱きならも、仲間達は魔族を前に次々に倒れ無惨に殺されていく。
埋まる事の無い力の差や死の恐怖に怯んでく仲間達を残し、返り血や脂でべったりと汚れ、錆びつき刃こぼれをした剣を片手に持った一人の青年が先陣を切った。
勇ましいその後ろ姿からは、死の恐怖を微塵も感じない。
傷付く事を恐れず敵の陣を斬り込むその青年はまるで、戦う為だけに作られた兵器のよう。
青年は目の前を立ち塞ぐ魔族を斬り倒し、死体の道を作る。
魔族を斬り倒し続け気づけば一人、戦場を駆け回っていた。
魔族を倒す方法は、体内に複数存在する心臓を一つ残らず潰し、再生を防ぐ為に間髪入れずに頭部を斬り落とす。
人間よりも強く、人知を超えた魔法を使う事ができる魔族を相手に戦い方を教えてくれた名前の知らないあの人も、つい先日魔族に殺されたと噂が流れてきた。
隣にはもう、誰もいない。
魔族の倒し方が体に染み付き、頭で考えるよりも早く体が動くようになった頃、戦いが終結した。
人間はどうやら、あの魔族を相手に勝利を掴み取ったらしい。
ようやく訪れた束の間の平和。
この勝利も魔族の気まぐれによるものなのかもしれない。
期限付きではあるものの、朝まで安心して眠れるようになるまでに人間は未来ある多くの命を戦場に向かわせ、多くの犠牲を払った。
戦場から生きて帰ってきた者は両手で数えられる程度。
帰還者のその殆どが大きな傷を負い、生きているのも奇跡といった姿だったが、その中でたった一人傷を一つも負っていない青年が注目を集めた。
その青年こそ、先陣を切り魔族の大群を斬り倒しこの戦いの勝利に大きく貢献した青年である。
敵と仲間の血で汚れきった青年の姿を見た人間は、その青年を「大英雄」と呼び称えた。
多くの拍手と称賛、感謝の言葉の数々を浴びいつしか青年は自身の名前よりも「大英雄」と呼ばれる事が多くなった。
この青年には戦場で死んでいった仲間達のように、誇れる理由で戦ってなどいなかった。
むしろ、自分なんかが生き残ってしまって申し訳ないとさえ感じていた。
自分は大英雄と呼ばれるに値しないと。
そんな立派な人間ではないのだと。
しかし、拍手や歓声は鳴り止まない。
泣いて喜ばれ、称えられる。
「…………僕が、いる限り……魔族の脅威に怯える事はない」
青年は、戦いが終えたこの日を境に、ただの青年からこの国を救った大英雄である事を望まれた。
「僕の名前は、ファウスト•ライウス。この国平和は僕が護る」
もう、引き下がる事は出来ない。
魔族を退け、安全な日々を取り戻し、大英雄が誕生した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます