リフレインワールド ~世界に残された僕は友達を探しに世界へ潜る~
あんこ区役所
1章 世界は広がった
世界は広がった
人類が今の生活を続けるならば地球の資源は足りない、とかつての人々は語っていた。壮大な夢を産み出しても、誰もが理想の世界なんてあり得ないと否定された。
世界を変える発明によって、個人へ世界が与えられると世界の資源量なんてほとんどの人が気にしなくなった。現実を捨てれば最低限以上の生活を誰でも保障される。働けば働くほど報われると知って、移住者はどんどん増えていった。
それでも僕は強く思う。世界は残酷で、決して平等にはなれないのだと。
同級生らが一番の楽しみとまで言っていた、僕にとって最も憂うつな時間が近づいてきた。
タブレットを通して四限の授業が終わる音が鳴る。画面の向こうの教師が去ったタイミングを見計らって、同輩のうち特にうるさい数人が、教室隅のスピーカーから響く。
『今日のご飯どんなメニューにした?』
『ステーキ定食! 牛肉のいい所を厳選していて溶けるって人気らしい』
『海鮮親子丼だ。北海道産のいくらがあふれるくらいに乗っているやつ』
『それ北海道産とか昔の用語を使いたいだけじゃないか』
『パッチを使えば再現はいくらでもできるから今さらだろ』
『君達の定食のこだわりポイントにも言えるからな』
『最近タンパク質に偏っていたからフルーツの盛り合わせにしてみたよ』
『相変わらずあんたは栄養のバランスを気にしなさすぎ。食事ってのはこうやっておしゃれに並べるの』
『強調して説明するくらいなら交換してくれない?』
『ならスイカが欲しいの。赤と緑と黒って他の野菜じゃ中々でない色合いでしょ』
僕は鞄から昼食である流動食を出す。『人に必要な栄養素を全て配合。点滴にも使える完全食を実現!』パウチのラベルにそうやって書かれていた。血液に入れても大丈夫な素材で作られており、ベッド周りの環境を守るために無色無臭にこだわられている。主に点滴で使われるもので、全くもって食べた気がしなかった。
わめいている同級生も体に入れているものは同じである。けれど、仮想空間に向けて作られたパッチを適用すれば、大抵の食べ物は再現できてしまう。今日のメニューで争いを起こしている彼らはどんな表情をしているのだろうか。同級生たちのアバターが映る画数の低いモニターから黒板へと目を移す。誰も使わないのに事務員さんがいつもきれいにしてくれていた。
緑一色の黒板を眺めて口に含む。いっそ安心できるくらい何の感想も抱かなかった。
同級生も体に入れているものは同じ。けれどパッチを適応すれば、たいていの食べ物は再現できた。今日のメニューを争う彼らはどんな表情をしているのだろうか。無人の黒板を眺めて口に含む。何の味もしない。いっそ安心感を覚えてしまう。
飲み終わっても彼らの会話は終わらない。窓際に止まって鳴いている小鳥だけが気を紛らわしてくれた。
30年前、賛否両論で発売された1つの装置が地球を一変させてしまったらしい。
当初のマスメディアや専門家は否定的な立場だった。命にかかわるのではないか、高すぎて誰も使うわけがない、教育に悪い。中には現代政府への平和的なテロリズムではないかと過激な意見を発して、デモ活動が国会前で行われたと記されていた。
一方で先導者たちが夢の装置、理想の実現だともてはやしていく。現実に不平等を感じていた人たちが流れに乗っかった。状況の変化を見るやいなやマスメディアが流行として広めて、装置はどんどん大衆に受け入れられていったとされる。
たった数年間で装置の使用者は人口の大半を占めて、もう1つの現実が地球から離れていった。
共同空間の台頭。資源市場主義からの変化として今では教科書に載せられている。匿名の製作者らによってもたらされた一連の業績は『心象風景と情報社会を融合させた仮想世界の創出』と名付けられた。
彼らは娯楽の手段として、数万人規模のサーバーを用意していた。資源の偏りや嫌なものを排除して、人と人が争う可能性を最低限に調整する。単調な目的で作られた世界は、第三者が『パッチ』というアップデートで解決された。
僕は製作者はそれ以上の拡大を求めていなかったのではないかと思う。現実からの逃げ道として、理想の現実の代替を用意しただけだったのだろう。しかし世論がサーバーの拡大を求めた。スポンサーの意向によって要求に答えざるを得なくなり、数年後には人口の90%以上が一日の大半を過ごすインフラとなってしまう。
現実の運営を機械や人工知能に任せて、人類の営みをリソースのない共同空間に集中する。数千年以上続いていた人類中心の地球は、欲望によって呆気なく捨てられてしまった。
それでも人の欲望は止まらなかった。もっと自分の思うままの世界が欲しい。けれど他人に迷惑をかける願望は共同空間では叶えられない。そんな葛藤も進歩が解決してくれたという。製作者らは共同空間の周辺に願いを映し出すパーソナルスペースを用意した。これは人類全体の第2の世界である共用空間と区別するために、『仮想世界』と命名された。
これらは一桁台後半の現代史で教員が自慢げに話していたことだ。彼ら製作者のおかげで親子3人の別荘を構えることができた。嬉々として語る姿に僕は全く共感ができなかった。
子世代も利用するようになったことで、教育設備も共用空間に移された。壊す必要がなかったから、学校は現実に形だけが残されている。
自分の好きなように行動できて、世界で争う必要のないくらい未開拓の場所が残されている。それでも現実に残った人は一定数いた。
1つは現実に持っている資産を手放したくなかった富豪。
1つはやりがいをもってインフラを管理している生贄。
1つは現実に骨を埋めると決意した故郷思いの人々。
1つは資源が限られる現実で成し遂げたい挑戦者。
独りきりの天井を仰ぐ僕はどれにも当てはまらない。
共用空間に入れない、いわゆる不適合者というやつらしかった。
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