第10話 告白
学校に来ると、何やら中庭の方が騒がしいことに気づいた。
昼休みには多くの生徒が談笑のために使うスペース。
そんな中庭を、多くの生徒が身を乗り出すようにして見下ろしていた。
(何かあるのか……?)
気になった俺は、人垣の隙間から下を覗き込む。
するとそこには、しずくの姿があった。
そして彼女の正面には、一人の男子生徒が立っている。
「ねぇねぇ、成功するかな? 吉岡先輩の告白」
「バスケ部のエースでしょ? ワンチャンあるでしょ!」
どこからか、そんな女子の会話が聞こえてきた。
今しずくの前に立っている人が、三年の吉岡先輩。
去年の球技大会で大活躍しているのを見たことがある。
端正な顔立ちに、引き締まった体。
身長も高く、制服の着こなしもなんだかお洒落に見える。
さぞモテることだろう。
「神坂しずくさん……! 俺と、付き合ってください!」
吉岡先輩が、しずくに向かって手を伸ばす。
行く末を見守っていた観客たちは、その告白を見て歓声を上げた。
「……ごめんなさい、あなたとは付き合えません」
「そんな……! 待ってくれ……!」
「それじゃ、失礼します」
先輩の制止を振り切って、しずくは中庭を去る。
崩れ落ちた先輩の姿を眺めながら、俺の近くにいた女子生徒がため息をついた。
「はぁ……やっぱ吉岡先輩でもダメか」
「なんか年上の俳優と付き合ってるって噂だよね、神坂」
「え、そうなん? そりゃ断るわけだ」
「いいよねー、外見がいいって。それだけで男が寄ってくるし」
「羨ましいよねー。はぁ、ウチも吉岡先輩みたいなイケメン彼氏欲しいのに」
「それな。ま、大人気モデル様からすれば、芸能人でもない彼氏なんていらないんじゃない?」
「贅沢~」
そんな話をしながら、彼女たちは去っていく。
確かに彼女の容姿は立派な武器だ。
恵まれているのは事実かもしれない。
でも、それだけですべてが上手くいくほど、この世は楽ではないと思う。
彼女の努力が踏みにじられたようで、なんだかとても悔しく感じた。
◇◆◇
「純太郎、誰かと付き合うってどういうことだと思う?」
「……?」
その日の夜。
喫茶メロウに来たしずくは、突然そんなことを聞いてきた。
どういう質問なのだろう。
俺は少し時間をもらって、真剣に考える。
「こ……恋人になるってことじゃないか?」
「ぷっ……あははは! そんなの分かってるよ!」
ケラケラと笑いだすしずくを見て、俺は頬を掻く。
「純太郎はさ、誰かと付き合ったことある?」
「ないな」
「私もなんだよねー……」
「え?」
「なに? その意外そうな顔は」
「いや……しずくって美人だし、人気者だから、てっきり恋愛経験も豊富なのかと」
「ちょっ……そんな急に褒めないで」
しずくは頬を赤らめ、俺から目を逸らした。
「確かに告白はたくさんされてきたけどね。今朝もあったし」
「あー……バスケ部の先輩のやつか」
「純太郎も見てたんだね。もしかして、私が吉岡先輩と付き合っちゃうんじゃないかって気になった?」
「え、あ、いや……」
気になったわけじゃない――――と言おうとして、俺は言葉に詰まる。
果たして俺は、本当に興味本位であの告白現場を見ていたのだろうか?
何か自分の中に別の感情がある気がして、心がざわつく。
「気になったんだ。ふーん?」
「……また俺をからかってるのか?」
「純太郎の反応が面白いのがいけないんだよ。私じゃなくても、ついからかいたくなっちゃう人は多いんじゃない?」
「うっ……」
俺は横目で歌原さんの方を見る。
彼女はカウンターで皿洗いをしていたが、俺の視線に気づいて手を振ってきた。
確かに、あの人もたまに俺のことをからかってくる。
不快とか、嫌な感情は一切ないが、俺が俺をつまらないと思っている以上、その行為の意味を理解できないでいた。
「まあ今はからかうのもほどほどにしておいて……確かにさ、私はこれまでたくさん告白されてきた。想いを伝えてくれた人たちには申し訳ないけど、正直数えてもない」
「モテモテってやつだな」
「モテモテって……うん、まあそういうこと。でも一人も心に響く人がいなかったっていうかさ、全然信用できない感じだったんだよね」
「信用?」
どう説明しようか考えているのか、しずくは首を傾げながら、意味もなくスプーンでコーヒーをかき混ぜた。
「顔とか胸ばかり見られてる感じっていうか……あ、いや、別に外見から人を好きになるのって、健全だと思うんだ。私も外見を武器にしてるわけだし、それを否定するわけじゃないんだけど……もうそこしか見てないっていうか、大して話したこともないのに告白してくる人ばっかりだし、ちゃんと私の中身のことも好きだと思ってるのかなって」
「それは……難しい話だな。大して話したことないなら中身なんて分からないだろうし」
「そう、そうなんだよ。結局告白してくる人たちって、みんな私の容姿しか見てないんだと思う。でもそれってさ、ただのアクセサリーと何が違うのかなって。私と同じ容姿をしてるなら、多分私じゃなくてもいいんだろうね」
「……しずく?」
「あ……ごめん、ちょっとヒートアップしちゃった」
しゃべり疲れたのか、しずくはコーヒーを口に運んだ。
「吉岡先輩からの告白、そんなに嫌だったのか?」
「……告白自体はなんとも思わない。嫌だったのは、たまたま聞いちゃった先輩とその友達が話してた内容かな」
「……?」
「帰る前に吉岡先輩が友達に慰められているところを見ちゃって……気まずいからすぐに離れようとしたんだけど、その時に会話が聞こえちゃったんだ」
――――どうせあの女、見た目がいいだけで性格は最悪だ。
――――いつも偉そうだし、絶対付き合ったら我儘ばっかり言うよ。
――――そうそう、断る時の態度も悪かったし、付き合わなくて正解だった。
「それを聞いた吉岡先輩は、『そうか、そうだよな!』って言って元気になってた。なんかすごい虚しくなっちゃってさ。少しは気を遣うつもりだったんだよ? 向こうから告白してきたとはいえ、人前で呆気なくふっちゃったしさ。なのに他人から私を否定するような言葉をかけられて元気になるって……」
「本当にしずくのことが好きだったら、悪口言われて立ち直るのはおかしいな」
「やっぱり純太郎もそう思うよね?」
好きな人の悪口を言われたら、俺はきっと怒ると思う。
俺が好きになった人はそんな人じゃない。酷い言い方をするな――――と。
「結局吉岡先輩は、あわよくば付き合えればよかったんだよ。私のことを少しでも想ってくれてるなら、人前で告白なんてやるわけないし……なんか、みんな私のことを物か何かだと思ってる気がするんだよね」
「物だなんて……」
「大丈夫、純太郎が私をそういう風に見てないことは分かってる。だからこのお店に通ってるんだし。……でも、ひとたび外に出れば、私は『SHIZUKU』っていう一つの物体として扱われる」
「……」
「みんな、私のことを物言わぬサンドバッグだと思ってるんじゃないかな。こう見えて、ちゃんと苦しんで、傷ついてるんだけど」
しずくの目に浮かんでいるのは、決して憤りではなく、深い悲しみだった。
「――――なんて、ごめんね? 愚痴ばっかりになっちゃって」
「俺に対して遠慮はいらない。むしろ気の利いた言葉を言えなくて申し訳ないんだが……」
「私は聞いてもらえるだけでありがたいよ」
しずくの顔に笑顔が戻ったのを見て、俺はホッとする。
それにしても、やはり芸能人には芸能人なりの苦しみがあるようだ。
その道を選んだ者の責任――――というのは否定しきれないし、それは本人たちも分かっていることだろう。
何度でも言うが、それが関係ない人間が寄ってたかって攻撃していい理由にはならない。
そんなこと、本当は誰だって分かっているはずなのに。
「でも、応援したり、称賛してくれる人の声もたくさん届いてる……もちろん、純太郎の声もね。だから頑張れるんだ」
そう言いながら、しずくはまるで何かを確かめるように、胸の前で拳を握った。
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