25 認識のへだたり

 アルバートが会話を誘うために「ふぅ」とわざと声にだしてため息をついても、ディレンツァは無言だった。

 それとなくディレンツァをみて、アルバートは二度目は本心から「はぁ」と嘆息する。


 コンクリート壁で入口をふさがれてしまった部屋に閉じこめられているルイとブルーベックを救出するために、アルバートたちは周辺を調査することにした。

 ディレンツァの意見では「コンクリート壁をとりのぞくためのしかけがどこかにあるはず」とのことだった。


 アルバートは斧をふりかざした黒い甲冑がもどっていった(自分たちがさっきまで奔走してきた)廊下をみつめた。


 廊下は長大だったためつきあたりははるか遠く、窓がなくいくつかある採光孔に頼るだけだったので全体的にほの暗く、視力がそれほどよくないアルバートには物陰など、こまかい部分がみえなくなってきている。


 しかし、そのことを口にしようとしたとたん、ディレンツァがさっと雑嚢からカンテラをとりだして点火し、二人はぼんやりしたあかりにつつまれた。


「さすが」


 アルバートが思わず感嘆すると、ディレンツァがちらりとアルバートをみて、独白するようにつぶやく。


「そろそろ日没なのだろう。さておき、ここはおそらく本館二階のつきあたりだ」


 ディレンツァに会話する意思があることがわかって、アルバートは内心ほっとした。


「そうだね。二階は碁盤目構造なのかな? よくわからないけど、はずれにみえるのは三階にあがる階段なのかな?」


「そう、先に向かうにはその階段をあがっていけばいいはずだ」


 ディレンツァが賛同して、あごに右手の親指をそえる。


「おそらく、この城においては、二階が本当はいちばん進捗しづらいところだったんだろう」


「罠だらけだったしね。そんな地雷原みたいなところを駆けぬけなきゃならなかったのはルイのせいだけど、そのおかげで、うまくいっちゃったのかな?」


 アルバートは「へへ」と半笑いをうかべる。


 ディレンツァはうつむいて返事はしなかった。

 アルバートはあたまをかく。沈黙がこわかったので話を変えることにした。


「でもあれだね、ルイの部屋を開放するための装置なんて、どこにあるんだろう?」


 しかし、ディレンツァは三階につづく階段の下まで歩いて、うえの様子をうかがったあと、じっと黙りこんでしまったため、アルバートはしかたなく、廊下にしかれた絨毯のすみをめくってみたり、へんなかたちの壷のなかをおそるおそるのぞいてみたりした。


 罠を解除するしかけなど、どこにも見当たらなかった。

 むしろ、新しい罠を発動させてしまうのではないかと気が気ではなかった。

 アルバートたちを追いかけてきた大迫力の甲冑を思いだすと、アルバートはいまだに動悸が激しくなりそうだった。


 アルバートが無意識に胸に手を置くと、「――たとえばここのあるじが、閉じこめた侵入者になんらかの危害をくわえるつもりがないとしたら、そのあとどうするだろうか?」と、ディレンツァが質問をしてきた。


 アルバートは少しひるんだが考えてみた。


「うーん、どうだろう。侵入者に興味がないならそのままなのかな?」


「餓死するまで放置……」


 ディレンツァが簡潔にまとめたが、アルバートは「うーん」とうなる。

 現実味があまりない。

 死体になるまで待ってから片づけるというのは面倒だし、不自然でさえある。

 罰なりなんなりを与えるほうがまだましではないか。


「でも、やっぱりなにかしらの対処はしそうだよね。関心がないんだったら、あの甲冑に追いたてさせて、そのままそとに放りだしちゃえばいいわけだし。ここ二階だけど、飢餓に追いこむよりはてっとり早いよね」


「そうだな――」


 ディレンツァが二度うなずく。

 アルバートはほめられたようでうれしかった。


「放置するってことはあれかな? もしかしたら、いたずらした子どもを物置に閉じこめるみたいに、反省をうながすつもりだったとか」


 アルバートは「へへ」と冗談めかしてみた。


 すると、ディレンツァはきびすをかえして、アルバートから遠ざかる。


「あれ?」


 自分は調子にのってしまったのだろうかとアルバートは困惑した。

 ディレンツァはルイたちがいる部屋のとなりの部屋のドアのまえまで歩いて、顔半分だけアルバートをふりかえった。


「私も王子の意見が正しいと思う。城主ベノワは、部屋に捕まえた侵入者たちに説得をこころみたのではないか。たとえば隣室から――」


 そして、ドアに手をかける。

 ドアに施錠はなかったようで、きしみとともにすんなりと開いた。


「そ、そうだよね!」


 アルバートは安堵し、満面の笑みでディレンツァのあとを追った。

 室内のまえに立つと、換気がなされず、長年掃除もされていなかった部屋特有のすえた匂いが鼻をついた。

 ディレンツァが半身をのりだしてカンテラをかかげる。


 ぼんやりと室内が照らされたが、これといった特徴はなさそうな部屋だった。

 格調は高そうで、城の全容と同様、様式美に凝っているという意味では特別だったが、ここが〈月の城〉であることを考慮すれば、それほどのめずらしさはない。


 大理石製のテーブルとえんじ色のソファがふたつ、奥には棚や机、それからベッドがひとつあった。

 細いステンドグラスがあるだけで窓はなく、おかげで解放感はまるでなかったが、一泊くらいならしてもいいと思える豪華な家具がならんでいた。


「私はここでドアを見張っている。王子が内部をさぐってみてほしい」


 ディレンツァが左手でカンテラをかざし、背中と左手でドアが閉まらないようにおさえるかっこうをとりながらアルバートをみた。


「え? ぼくが……」


 アルバートは一瞬自分が捨てごまにされたような恐怖を感じたが、すぐにディレンツァの思考を読みとり、深呼吸をしてから踏みこんだ。


 仮に二人の予想がはずれて、この部屋にもまたなんらかの罠があった場合、ドアを死守するのが大事な役割になるため、ディレンツァはその役を買ってでたのだろう。

 

 廊下からさっきのような強敵が現れたとしても、対処するのはまっさきにディレンツァになる。

 ルイたちの部屋の罠の撤去は城主もおこなっていたと予測がたつわけだから、もし室内になにかあるのだとしてもディレンツァの担う危険にくらべればまだましなはずで、アルバートはディレンツァがそこまで配慮して提案してきたのだろうと想像した。


 じっさいに部屋に踏みこんでも赤い絨毯がほこりにまみれているくらいで、これといった違和感はない。

 ディレンツァのカンテラがほどよく視野を照らしてくれていたので、暗闇に目を細めなくても済んだ。


 アルバートは手近なところからさがすことにして、まずひんやりと冷たい大理石のテーブルに手をついて下をのぞいてみた。

 ほこりだらけだったので手でまさぐることに抵抗をおぼえたが、あきらめて手をつっこむ。


 しかし、なにもなく手がよごれただけで、眉をしかめるはめになった。

 それでも這いつくばった姿勢のままで移動して、つぎはソファに着手することにした。


 ディレンツァはドアのところで静止したまま、室内全体をみつめた。

 そのあとしばらく、必死になっているアルバートのうしろ姿をみつめていたが、突然低い声を発した。


「城主は隣室の侵入者をうかがっていたのだから、壁をみてみるのが先決かもしれない。東の壁の向こうがルイたちの部屋だ。東の壁には絵画がかかっている。そこがいちばんあやしいのではないか――」


 アルバートは四つんばいのままで、頚だけうしろをふりかえり「へ?」とつぶやいた。

 そして「もっと早く助言してくれてもいいのに……」とぼやきながら、ほこりをはらいつつたちあがった。


 なんだか照れくさかった。

 しかし、ディレンツァの意見はことごとく整合性がとれている。

 壁があやしいという指摘はもっともだった。


 よくよく考えればわかることなのかもしれなかったが、たとえばアルバート一人だったなら、アルバートは延々とソファなり机なりの物陰をさがしつづけたかもしれない。


 元宮廷魔法使いの肩書きは本物だった。

 (アルバートの父親である)国王とディレンツァが親密に会談しているところをみたことはなかったが、責任ある地位にいたのだから、国王の信頼も篤く、ひとかどの人物にはちがいない。


 沙漠の国にいた頃、アルバートはディレンツァにそれほど頻繁に接したことはなかったので、こんな旅にでるはめにならないかぎりは、ディレンツァのこういった一面はみられなかったのではないかとみょうに感慨深い気分になった。

 縁とは異なものだとアルバートは鼻息をふく。


 壁のまえに移動して見あげると、絵画が意外と大きいものだということに気づいて、アルバートは息を呑んだ。

 入口から照らすディレンツァのカンテラだけが唯一の照明だったので、絵画のまえに立つと、アルバートのかたちをした影がうかびあがった。


 画のモチーフは裸婦のようだ。

 森にかこまれたみずうみに原色の鳥が飛びかい、水辺に集まって歌い踊る半裸の女子たちの中央に全裸の女性がポーズをつけて横になっている。神話かなにかのワンシーンかもしれなかったが、アルバートには詳細はわからなかった。


 裸婦画にありがちな構図で、胸はちいさめでおなかがふくよかな貴婦人だった。

 貴婦人の目線はさだかではなく、むしろどこもみていないかのようだった。


 ちょうどアルバートの目の高さにふたつの乳房がならんでいる。

 画風のせいもあるし、芸術品という印象もあるし、なにより状況のせいもあったが、アルバートにはみだらな感情は少しも湧かなかった。


「有名な画なのかな?」


 豪商ベノワのことだから、その収集品は知名度もあれば芸術的価値も高そうな絵画がかけられていることは容易に想像できることだったが、アルバートはあえて口にしてみた。

 しかし、そんな疑問はまったく意味がないものだったので、ディレンツァは返事をしなかった。


 アルバートは作業に入ることにした。画がはずせるのかもしれないと考えて、彫刻品のようなていの厚みのある額縁に手をかける。


「気をつけないと画を脚に落とすかもしれない――」とディレンツァが先まわりして忠告してきた。


「やっぱり重たいのかな?」とつぶやきながらアルバートが両脚をひらいて身体を絵画によせた。

 そして、もちあげるべく、腰と両手と肩にちからを入れてみたが絵画はうんともすんともいわない。


「これ、動くのかな……うーん」


 アルバートはうなりながら、さらに全力を尽くすべくふんばった。

 しかし、アルバートの目が充血し、額に汗がふきだす頃、裸婦の乳房の部分から突然、「こらー!!」と女性の顔が突きだしてきて、「うわ!?」と驚いたアルバートはのけぞって、よろけて、しりもちをついてしまった。


 反動で絵画がぐらぐらゆれる。

 壁をすりぬけるかっこうで、アルバートの目前に、全長30センチにも満たない女性が現れたのだ。


 アルバートはまばたきをくりかえしながら女性の顔をみつめる。

 よくみると、半透明の羽根がはえており、ようやくそれが妖精だということがわかった。

 そのあいだ、ディレンツァはなにもしゃべらなかった。静観しているようだ。


「うふ、芸術に乱暴しちゃいけないよ?」


 妖精はにっこりと笑みをうかべた。

 アルバートはだんだん痛みをおぼえてきた腰をさすりながら、「えっと……」と考えこんだ。


 目のまえを浮遊している妖精はみるからに温和で、凶悪な性質をもっているようにはうかがえなかったが、いままで妖精と接する機会はほとんどなかったので、どう対応したらいいのか迷った。

 それに妖精といえば(いまもそうだったが)ささいな悪さが定番という説もある。


「えっと、きみは……?」


「え? わたし? わたしは妖精。どっからみても、そうにしかみえないでしょ?」


 妖精は目を丸くする。


「もしかして緊張してる? え、やだ、もしかして、わたしがかわいいから? うふ」


 妖精は手を口もとにあてて、くすくす笑う。

 アルバートは困惑した。

 ひとしきり笑うと、妖精はアルバートをみた。


「わたしはね、本の妖精。このお城の書庫に住んでるの。なんか説明するのもあほらしいんだけど、なんでこんなところにいるのかっていうと、今日はお客さんが多そうだから、のぞきにきちゃったのよ。で、どうみても無害な人たちだったから、ちょっと驚かせちゃおうかなって、いたずら心がね、えへへ」


 本の妖精はまるで人間のように多彩な表情をしていた。


「まぁ、驚いたけど……」


 アルバートはつぶやく。

 しかし、無害な人たちという感想は少し意外だった。夕方から夜半にかけて古城をわざわざおとずれる人間は、どうみてもはるかに有害だと判断してしかりではないか。


「え、なに、疑ってる? でも、うそじゃないのよ。あなたたち、夜盗とか、そういう部類の人たちじゃなさそうだもの。ね? ちがうんでしょ? なんとなく、上品な感じがするわ。となりの部屋にいる女の子ちゃんたちも、お仲間なのかな? なんだか向こうの部屋では、ハイキングかパーティかって雰囲気になってるけど――」


 本の妖精はアルバートに顔を近づける。


「……ハイキング? パーティ?」


 アルバートはおどおどした。妖精はにこにこする。

 基本的にアルバートはだれが相手でも主導権をにぎられてしまうほうだったが、本の妖精にも例外なくそのようにあつかわれてしまっていた。


 アルバートはあたまをぽりぽりかく。


「あ、あの……とりあえず、ぼくらはあっちの部屋の二人を助けたいと思ってるんだけど、入口をふさいじゃったコンクリートの解除装置はここにあるのかな?」


 そして、なんとか本題に入った。


 しかし、「えー? いきなり答えを聞いちゃうの!? つまらないんじゃない、それ」と本の妖精はじらしてきた。


「うーん……この城には遊びにきたわけじゃないからさァ」


 アルバートが真顔で困惑すると、本の妖精は眉を八の字にしたアルバートをみて「きゃきゃきゃ」とはずむように高い声をだす。


「そんな本気で困らなくてもいいのに!」


 アルバートは苦虫をかみつぶした顔をしたが、本の妖精はそれで満足したらしい。


「あなた、おもしろい人ね。そこのドアのところに立ってる人はちょっとこわい感じだけど、とりあえず横槍をいれてこないからよしとするわ。しょうがないから答えを教えてあげる。この絵画に描かれている女の人のおっぱいがはずせるのよ。ほら、よく見てみて。おっぱいの輪郭にそって、かすかに切りこみが入ってるでしょう? くるくるまわせば、ぽっこりとれちゃうのよ。それで、はずしたところにボタンがあるから押してみて。そうすればとなりの部屋の入口をふさいだ壁がもとにもどるわ。もし、そのまえにとなりの室内の様子をのぞいてみたかったら、さっきみたいに絵画をがんばってもちあげて、横にスライドさせればのぞき穴がでてくるってすんぽうよ。ちなみに、のぞき穴は、向こうの部屋の絵画のマッチョな軍神の乳首にあたる箇所なの。うふ。よくできてるでしょ? どう、ちょっと、みてみる?」


 おかしくてたまらないといった本の妖精に、「え、いや、遠慮します」とアルバートは半笑いで答えて、説明どおりにコンクリート壁をとりのぞくための動作を実践してみることにした。

 乳房の部分は確かに、時計まわりに回転させることができた。


 相手が絵画とはいえ、アルバートはちょっぴりうしろめたい気持ちになったが、さいわいディレンツァには背を向けていたから、顔はみられずに済んだ。

 みられたとしても、ルイならともかく、ディレンツァは黙視するだろうし、なんの感情ももたないだろうが、アルバートは神経質なのでそういうことは気にしてしまうほうだった。


 にやけている妖精の視線をあびながら、アルバートは厳粛な顔で乳房を回転させ、しばらくすると本当に「ぽこ」という音がしてはずれた。

 胸の片方がとれてしまうと裸婦画は一気にまぬけの様相をていした。


 アルバートは右手におさまっている乳房と裸婦画を交互にみて苦笑したが、裸婦画の胸の跡をみると、確かにボタンがあった。

 アルバートが妖精をみると、妖精は得意そうに右手を腰にあて、左手をボタンのほうに向けて「どうぞ、やさしくね」とうながした。


 背後のディレンツァはなにもいわない。

 アルバートは躊躇した。本の妖精を信用していいものか悩み、このボタンがさらなる妖精のいたずらだったらどうしようと悪い方向にものごとを考えた。


 しかし結局、アルバートはボタンを押した。

 ディレンツァがなにも話しかけてこなかったということもあったが、ここで妖精を疑って、場の雰囲気を悪くすることのほうが精神的にこたえる気がした。

 そばにいる相手と険悪なムードになるくらいなら、けがをしたほうがましという被虐的な面もアルバートにはあった。


 ボタンを押したあとは、なにごともなくズリズリと地響きがしただけだった。

 おそらく、となりの部屋をふさぐ壁がとりのぞかれた音にちがいない。


 アルバートは胸をなでおろした。

 右手にもっていた乳房は、そっともとにもどした。


「どう? 信じてよかったでしょ?」


 本の妖精はにやにやする。

 アルバートは「まぁね」と乾いた笑いをかえしたが、妖精がアルバートの煩悶を楽しんでいたことはあきらかで、少し眉をひそめた。


「うんうん、よかったわね。ベノワさんはいじわるな人じゃないけど、ふつうの人ではないの。それにいまとなってはお客さまにも興味はないから、へたすれば、あの女の子ちゃんたちだって二度とあの部屋からでられなかったかもしれないしね」


 本の妖精はさらっと言ってのけたが、よくよく聞くと重い事実だった。


「だからあなたたちも帰るならいまのうちよ。さてと、わたしはもう行こうかしら――」


 妖精が宙をくるんとまわると、燐粉のような光が尾をひくようにキラキラした。


「――待て。迷惑ついでに、ひとつ教えてくれないか」


 すると、ずっと沈黙していたディレンツァが妖精を呼びとめた。

 どちらかというと、アルバートのほうが驚いた。


 本の妖精は「ん? どうぞ?」と目を細める。

 ディレンツァは妖精をじっとみつめたあと訊ねた。


「きみはベノワの所有物に付随する妖精ということだから、おそらくベノワの意図に反することはおこなえないし、話すこともできないだろう。宝石のかけらに関する質問には答えられないとみた。だから、きみが困るようなことはあえて訊ねないことにする」


「――あら、ありがとう」


 本の妖精の声が少し大人びたような気がした。


「おかしなことを訊くようだが、面倒なら無視してもらってもかまわない。私たちが知ることのできるベノワ氏と、きみが知っているベノワ氏には大きなへだたりがあるのではないかと思う。その解釈は的はずれだろうか?」


 あいまいな質問だったので、アルバートがいちばん混乱した。

 本の妖精は口をへの字にして腕組みする。

 ほんの数秒だけ、城が荒廃した沈黙の空間にもどった。


 妖精はしばらく考えこんだのち「そうね、そうかもしれない。でも、だれにでもそういう面ってあると思わない?」と頬をなでながら答えた。


「……そうか。すまなかった」


 ディレンツァはうなずきかえす。


「それじゃ、わたしはもういくわね。じゃあね――」


 本の妖精はアルバートをみてふたたび陽気にほほえむと、宙返りをして、こまかい光をまきちらしながらどこかへ消えた。


 アルバートは妖精の余韻と、ディレンツァを見比べて、やがて頚をかしげた。

 ディレンツァはドアのところでカンテラをかかげながら、妖精が消えたあたりをじっと凝視していた。

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