9 ふしぎな構造と去りゆくうしろ姿
記念館からでると、陽がかたむきだし、広場は夕飯の買いものをする主婦や帰宅する人たちでごったがえしていた。
ルイは入口の石段をぴょんと跳びおり、くるんと反転してアルバートとディレンツァをふりかえると腰に手をすえた。
「どう? なにか収穫はあったかしら?」
「え?」
まっさきにアルバートが反応して、なぜかたじろいだ。
しかし、ルイはアルバートには期待していなかったので、「王子じゃないわよ、ディレンツァに訊いたの」と口をとがらせる。
「あ、そうなの、よかった」とアルバートは胸をなでおろした。蹴りつけてやりたくなった。
「……そうだな。城の構造がわかったのはよかったかもしれない」
すると、ディレンツァが目を細めながら応えた。
「城は高い外塀のなか、大きく分けて二種類の建築物で構成されているようだ。ひとつは広間や客室といった大小多くの部屋をふくむ城の本館。これは三階建てで、部屋数100をこえる豪壮なものだ」
「え? 100? すごいね」
アルバートが口をはさんだが、ルイも驚いていた。
「――そして、もうひとつは中庭をはさんで後方にある二棟の尖塔だ」
「尖塔?」
今度はルイが思わず声にだす。
「細長い塔のことだね」
アルバートが説明すると、「わかってるわよ」とルイはにらむ。アルバートは「うっ」とおびえて黙りこんだ。
「高さにして約100メートルの尖塔が二つならんでいて、最上部には部屋があるそうだ。そして、それらの部屋どうしは、桟橋でつながっているらしい」
「……なにそれ?」
ルイは形状を想像したが、「いまいちわかりにくいね」とぼやくアルバートに同感だった。
「尖塔は、晩年ひきこもって暮らしていたベノワの居室だったそうだ。二棟――すなわち、ふた部屋あった理由はわからない」
「……ふぅむ、それが収穫なの?」
ルイは疑問をそのまま口にしたが、ディレンツァは沈黙で返事をした。
「でも、そもそもの話、宝石のかけらは城にあるのかな?」
アルバートがだれにということもなく問うた。
「さっきの案内係のおばさんは、そんなものはないと思うっていってたけど……」
ルイにとっても最大の懸念だった。
アルバートはルイをみて、ルイはディレンツァをみる。やがてアルバートもディレンツァをうかがった。
「……宝石のかけらがあるとすれば、私はベノワの部屋にあると踏んでいる。根拠は特にない」
しばらく黙ったのち、ディレンツァはつぶやくように言った。
それを聞いて、アルバートが腕をくんだ。
「でも城にはベノワさんの収集した宝物がたくさんあって、もちろん宝物庫なんかもあったみたいだけど、長年荒らされてきたそうだから、もちだされちゃったって可能性も充分あるんだよね?」
「……すでに盗みだされたのであれば、たとえばいま〈鹿の角団〉も躍起になって探索はしないだろう。〈沙漠の花〉の強奪にもおおがかりな手段にでたのだから、〈荒城の月〉の入手にもそれなりに手数をかけているはず。盗賊団の主犯ハーマンシュタインはもともと王都の牧師マイニエリの弟子だったのだという。聡明な人物にちがいない。なんのあてもない派手な行動はひかえるはずだ」
「あ、そういえば、ぼくが出逢った男の子二人が盗賊っぽい人たちをみたって話してたよ」
アルバートがポンと手を合わせる。
「え? なんでそれを先にいわないのよ」とルイが非難すると、アルバートは「いま思いだしたんだって」と弁解した。
「いずれにせよ、〈鹿の角団〉が宝石のかけらは城にあると判断したなら、裏打ちされた根拠があるのではないだろうか」
もめているルイたちをよそに、ディレンツァは表情をかえずに説明した。
アルバートを蹴るのをやめて、ルイは考えて訊ねた。
「うーん、〈荒城の月〉が、何年も何十年もみつかっていないのは、そこにないからではなくて、入手がとても困難だからってこと?」
「……あ、そういえば、ベノワさんって、城にたくさんの罠をしかけるようなトリッキーな人だったんだよね?」とアルバートも便乗する。
ディレンツァはふたつの質問にあっさりと答えた。
「とりあえず、こまかいことは行ってみなければわからないだろう」
三人が口をつぐむと、ふと夕べの風がルイの髪をゆらした。
ディレンツァが広場をみつめながら提案した。
「時間が時間だから、今日はもう宿をとるほうが無難だろう。それに……明日のほうが具合がいいこともあるかもしれない」
アルバートが「そうだね、夜を徹して歩いてもつかれるだけだもんね」とうなずいた。
ルイはディレンツァの夕陽の色にそまった瞳をみた。ディレンツァもなにかを思案している途中なのかもしれない。
ルイたちはそろって広場を歩いた。
帰途へと向かう人々の影も長く延びていて、まるで影絵のようだった。
「でも現段階で、夜どおし歩いたわけでもないのに、なんだかつかれちゃったね」
アルバートがへらへら笑いながら伸びをした。
「だれのせいだと思ってるのよ」とルイがにらむと、アルバートは臆病なカメのように頚をひっこめるそぶりをした。
すると突然、そばを通りすぎた老婆がたちどまってふりかえり、話しかけてきた。
「あら、さっきはありがとうね――」
「え?」
思い当たるところのないルイが目を大きくすると、老婆は柔和な顔でアルバートの手をみつめた。
「傷はだいじょうぶ?」
「ええ、たいしたことないです」
アルバートは右手を左右にふりながら答えた。
老婆は「またいつでも寄っておくれよ」と言い残すと、去っていった。
老婆がみえなくなったあとルイが「だれなの?」と問いただすと、「さっき説明した、あばれ牛を飼ってる牧場の人だよ」とアルバートが答えた。
ルイは口をへの字にする。そういえばアルバートが記念館の受付で、釈明するみたいにして、あばれ牛をなだめて手をけがしたとかぺらぺら話していたような気がした。
ルイがそんなことを回想していると、「あら、王子さまじゃない」と恰幅のいいおばさんがアルバートに近寄ってきた。
「これ――売れ残りだからあげるわ」
そう言っておばさんはリンゴを3つ、アルバートにわたして笑顔で帰っていった。
「今度はなによ?」
ルイのあきれ顔に「子どもたちと、露店で買い食いをしたって話したじゃない? そのお店の店員さんだよ」とアルバートは答えた。
ルイはムフーと鼻から息をふきだした。
そこから宿屋〈月影亭〉にいたるまでの道のりで、続々と住人たちが「やぁ、王子さまじゃないか」やら「王子、さっきは悪かったね」など、あいさつやら謝辞やらでもって声をかけてきた。
そのたびにアルバートは「どうもどうも」とか「どういたしまして」とか調子よく返事をしていて、なんだかルイにはおもしろくなかった。
そして、しまいには〈月影亭〉のカウンターで「ああ、あんたがアルバート王子か。今日は息子がなにかと世話になったらしいな。牧師さんからもいろいろ聞いてるし、宿代は負けておくぜ」と屈強な体格の亭主のおじさんが豪快に笑った。
聞けば亭主は、アルバートがいっしょに遊んだというブラウンやらチャーリーやらいう子どもの父親とのことだった。
宿は混雑しているようだったが、亭主のはからいで、部屋も一人にひと部屋ずつ割り当ててくれたうえ、ルイにはいちばんいい角部屋を用意してくれた。
アルバートが「得したね!」とはしゃいでいたのがなんとなく気に入らなかったが、事実そのとおりだったのでルイは黙っていた。
夕飯は建物の一階にある酒場の一角でとることになった。
亭主が混雑していると話していたとおり、酒場も混沌のきわみだった。
どこの国のどこの酒場も、夜にはそんな一面をみせるものだったが、食事のあいだじゅう騒がしかったのでルイは辟易した。
住人たちがアルコールを片手にテーブルにくるたびに、アルバートはへこへことあいさつをして、腰を落ち着けている暇もないほどだった。
しかしながらルイはルイで「ねえちゃん、いいふとももしてるな」などと呂律がまわらないままからんできた呑んだくれの足の甲をかかとで踏みつけたり、「わしは開拓時代にカークランドとおなじ隊で獣退治をしたんじゃ」などと本当かうそかわからない自慢話を延々ぼやきつづける老人の相手をさせられたり、「私は王都に勤めるエリート調査員なんだよ。明日、私の腕のなかで、夜空を観察してみないかい?」などとなにか勘ちがいしている自称天体調査官にひじ鉄をくらわせたり、落ち着きのないウェイトレスに七面鳥の丸焼きをぶつけられたり、てんやわんやだった。
ディレンツァはどこからか集まってきた年頃の女たちにかこまれていたが、かしましいのは女たちだけで、ディレンツァは黙々とナイフとフォークをあやつり食事をし、そつがないそぶりでワインを飲んでいた。
ひと息ついて、ルイはカウンターに腰かけて、じゃがいもを揚げたものをつまみながら脱力した。
ルイにまとわりついてきた男たちは、後方のテーブルで乱痴気騒ぎをしていたが、どうやらルイの存在を忘れているようだった。
しかしながら、アルバートがいちばん街になじんでいたことがルイには不服だった。
そもそも、沙漠の国の王族の生き残りとして隠密行動をとるはずがすっかり有名人だった。ルイは複雑な面持ちで口をとがらせる。
結局、真夜中を過ぎるまで宴はつづき、お開きになって部屋にもどった頃には、ルイはぬけがらのような気分になっていた。
全身汗びっしょりで、髪もぼさぼさになっていた。肌も荒れているにちがいない。
ルイはいたたまれない気持ちになって、ベッドにうつぶせになった。
それでも明日は〈月の城〉への遠征だった。
歩いて半日はかかるというから、早く休んでここまでのつかれはとっておいたほうがいい。
ルイはむっくりと起きあがると洗面台に向かい、顔を洗いながらも、髪を梳かしながらも、服を脱ぎながらもアルバートの不満をぼやきつづけたが、最終的にはどうでもよくなった。
ベッドに横たわると南向きの窓の向こうで、まんまるの月が大きく銀色に光っていた。
ぎらぎらとかがやく月の表面は、まるでワニやヘビといった冷血動物の表皮を思わせた。
ルイはなんとなく月から目をそらし、赤、青、白といった星を数えてみた。辺境だけあって等数の低い星もきれいにみえた。
やがて飽きると、ルイはふとんをかぶり、目を閉じた。
ふいに病床のローチのことを思いだした。
ローチはいまもベッドで寝ており、熱でうなされているのだろう。王都から呼ばれてきた医師が、なにか光明をみいだすことができていればいいのにと祈った。
それからブルーベックのことを考えた。
ルイは寝返りをうちながら、月あかりの草原をうつむきながら歩いていく巨人の子どもの大きな背中を想像した。
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