過去編 カルメンの心の傷 アルフォンスとの出会いと心の変化
カルメンはロデオ城の塔の上でウーゴの紹介を経てアルフォンスと初体面する。
(噂によると母親の影に隠れがちな人見知りの子らしい……これは早く面倒は終わりそうだ……)
しかし彼女の予想とは裏腹にアルフォンスは聡明な子だった。
「君がカルロスお兄様に頼まれて僕の護衛に来たカルメン・エチェバリアさん? 僕はアルフォンスです。そこそこ都会でそこそこ田舎のロデオへようこそ」
仮面に怯えずに握手の素振りを見せる社交性を見せた。
「……っ」
カルメンは手を腰の後ろに組んだままだった。
「こ、こら、カルメン様。握手しないと失礼でしょう」
ウーゴが慌てて諫めるが、
「いいや、いいんだ。魔術師たるもの護衛するにはこれくらい警戒心が強くないと。たとえ主となる相手でもね」
そう言ってアルフォンスは気にしない素振りを見せた。
(違う……拙はそんなつもりで……手を握らなかったわけじゃない……)
握らなかったわけじゃない。握れなかった。
子供を殺した穢れた手で、子供に触れられるわけがない。
(怖がって……拒んでくれれば……それでよかったのに……)
握手一つで心に影を落としてしまう。
カルメンがよりアルフォンスの人となりを知ることになるのは一週間後のことだった。
ランチのサンドイッチを運びに塔の上まで来ていたカルメンは扉の向こうで呪文が聞こえた。
「アンテッス、カンソース、ミラロ、クーハッセス……」
扉を開け、中を確認するとアルフォンスが冶金魔法で鳥籠を作り出していた。
「何をなさっているのです?」
「やあ、カルメン。見ての通り、鳥籠を作っていたんだ。あ、冶金魔法は使っても一応はオーケーなんだよ。怒らないでね」
「鳥籠を作って、どうされるのです?」
「おかしなことを聞くね。鳥籠の用途なんて一つしかないじゃん」
そう言うとアルフォンスは机に向かう。机の上にはピーピーと鳴き続ける小鳥がいた。人間が近づいても逃げない、いや逃げられなかった。
「ついさっき、窓にぶつかっちゃったんだ。それで怪我しちゃったみたい」
「アルフォンス様。つかぬことをお聞きしますが回復魔法はされてませんよね?」
「うん、してない。鳥の骨は人間の構造とは違う。するにしても少しづつだね」
「正解です。さすがアルフォンス様です」
「カルメンも魔法に詳しいようだね」
「これしきは常識の内です」
「君にとっては常識でもここロデオでは常識じゃないんだよ。城内にある魔法の書もどれも宮殿の書庫で読んだことある奴ばかりでさ、つまんないだよね……実用書ばかりじゃなくて魔法研究の歴史についても調べたいんだよね」
「魔法研究の歴史……古書でよろしければ実家から取り寄せましょうか?」
「え、いいの!? ありがとう、カルメン!!」
アルフォンスはあまりの嬉しさにカルメンに抱き着いてしまう。
「あ、ごめん、つい……女性に対して失礼だよね」
すぐに謝って離れるアルフォンス。少しだけ耳が赤くなっていた。
カルメンもカルメンで突然のことで頭が真っ白になる。
「い、いえ、これしき……イバンのセクハラで慣れているので」
「え、カルメン、もしかしてイバン兄ちゃんのこと知ってるの!?」
「知ってはいますが……あまり話したくありません、あんなしょうもない男のことなんぞ」
「聞かせて聞かせて! イバン兄ちゃんのしょうもない話!」
徐々に二人は共通の話題を見つけ距離を縮めていく。
カルメンにも心の心境の変化が生まれる。
「ウーゴ。この中庭、殺風景には見えないか」
「そうですか? 至って普通の中庭ですが。それに殺風景でもいいではありませんか。せいぜい兵士たちの訓練の使い道しかないのだから」
「いいや、殺風景だ。ここはアルフォンス様もよく通られる。彩りが必要だ。後はこちらで勝手にやっておく。けちをつけるなよ」
そう言って彼女は花を植えた鉢植えを壁にかけ始めた。
(これで多少は退屈な城内もマシになるといいのだが)
こうしてカルメンの手によってむさくるしい城内に草木彩るパティオが生まれた。
何もかもがうまくいっていた。しかし悲劇は嵐のように突然やってくる。
カルメンはいつも通り、ランチのサンドイッチを運んでいた。きゅうりサンドにたまごサンドにハムサンド。そしてバターも塗られていないパンが一枚。これは怪我をした小鳥に食べさせる餌だった。
(小鳥も順調に回復している。さすがはアルフォンス様。大した手腕でございます)
そしていつも通りに扉を開けてアルフォンスの部屋に入る。
彼は開かれた窓の前で空を見上げていた。
「アルフォンス様。ランチを持って参りした。小鳥用のパンも持ってきています」
「ああ、それ……明日からはもういいよ」
「……と言いますと?」
「……見ての通りだ」
カルメンはようやく気付く。机の上に置いた鳥籠は扉が開かれていた。小鳥の姿はどこにもない。
「……飛んで行っちゃった……ちょっと目を離したらね……お別れってあっけないもんだね」
「アルフォンス様……」
「寂しくなんかないよ! 寂しくなんかない! 僕は心配なんだ! 親心というか医者として! ちゃんと羽が治ったのか心配なんだよ! せっかく治してやったんだ、長生きしてもらわなくちゃあさ!」
アルフォンスは空に向かって叫ぶ。
叫んだ後に肩を震わせた。
「……みんな勝手だよ……みんな、僕を置いてく……」
腕で顔をこすりながらベッドへと飛び込みシーツを被った。
「アルフォンス様……」
「サンドイッチなら机! 置いてって!」
強がっていてもわかる、泣きじゃくる声。
彼の姿にカルメンの心の炉に火が点る。
「アルフォンス様……拙はいついかなる時もあなたの味方です。かつては親衛隊黒鷲部隊副隊長までは昇りつめた身。あなたの心を埋めてみせましょう」
カルメンの言葉に反応し、アルフォンスはシーツから顔を出した。
「……カルメン、ありがとう。君は本当に……カルメン?」
しかしカルメンの姿はとっくになかった。
こうして真面目で勤勉である彼女はまた暴走を始めた。
これがロデオを震撼させたココ事件の始まりだった。
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