第73話 奮闘する仲間たちとマリアンヌ・リヴァイアサン嬢

 カルロスがシャボン玉に飛び込んだ直後、鎖で繋がった錨も引きずり込まれそうになる。


「させるかあああ!」


 それにいち早く飛びついたのはアルフォンスだった。

 彼もまた冶金魔法で雑草を刈る熊の手状の雁爪を作り出し、床に突き立てる。ちょうどよく石の割れ目がひっかかり、錨の動きも止まる。


「おう、坊や、やるじゃないか! おばさん手伝ってあげようか!?」


 マリアは鎖を断ち切ろうと接近するが、


「それは過保護ってもんだぜ、ばあさんよ!」


 イバンは弓を放つ。矢が突き刺さると氷が広がりマリアの動きが鈍る。


「ううっ、これは、氷魔法かっ」

「おお、どうやら竜も魚も寒いのが苦手か」


 マリアは指先で水球を作り、乱れ打ちする。


「小癪な!!」

「うおおお、やべ! 助けて、カルメン!」

「ちっ、仕方ない奴め。拙の弾丸はアルフォンス様を守るためにあるのだがな」


 カルメンはライフル銃でマリアの手首を狙撃し攻撃の手を止める。


「そしてそこに追い打ちの氷の矢だ!」


 隙を狙って打ち込むも尾ひれで弾かれてしまう。


「ちくしょう! 俺も銃が欲しい! 頂戴!」

「お前の分はない」

「ケチ!」


 二人は言い合いしながらも息の合うコンビネーションを見せる。

 しかし、


「報われることのない時間稼ぎ、ご苦労様。でも頑張れば頑張るだけお前たちの寿命は近づくんだよ。矢も銃弾も数に制限がある」

「だからどうした? お前を倒すには十分の数があるが?」


 イバンは息を切らしながらもウィンクする。


「女の後ろでコソコソしている男がぬけぬけと」

「俺はそういう男なのさ。もともと頭脳派だし戦闘よりも戦略専門なんだけどね。あと女の後ろでコソコソじゃなくてガンガン突くのが好きなんだけどね」


 パアン!


「アルフォンス様の前で下品な話はよせ、撃つぞ」

「撃った後に警告するな! それと貴重な弾丸を俺に向けて撃つんじゃねえ!!」

「安心しろ、今のは空砲だ。次は実弾だがな」

「だから実弾でも俺に撃つなっての!」


 マリアはけらけらと笑う。


「あっはっは! 余裕がないと大変だなぁ!」

「余裕がないのはどっちでありますか」


 カルメンはじろりと睨む。


「オーシャンビューでありましたか? さっきのような大技はもうしないのでありますか? それとも魔力切れでありますか? リヴァイアサンと聞いて呆れます」

「お前らのような雑魚はこの程度で充分なんだよ」

「違うであります。出したくも出せないのでありますね。深海魔法を使っているから」


 深海魔法は地上に海を作り出す異次元魔法。海の魔物になり果てても必要な魔力は膨大。


「……だから何だ? お前ら雑魚なら魔法なんて使わなくても勝てるんだよ……たとえばこんなふうにね!!」


 マリアは天井近くまで跳躍する。そして着地点をアルフォンスに定める。


「アルフォンス!! 錨を離して逃げろ!!」


 イバンはそう呼びかけるが、


「できないよ! 僕が、お兄様とお姉様を守るんだ!」


 アルフォンスは力強く首を横に振る。錨を抱えて放そうとしない。


「拙が! 拙がアルフォンス様を守る!!」


 カルメンはアルフォンスの側で上空に向かってライフル銃を連発するも軌道は変えられない。


「ふははは! 仲良く潰れてしまええええええええ」


 ドオオオオン!!


「ちっ……逃したか……」


 マリアは壁際に難を逃れた三人を睨む。


「まさか拙が……アルフォンス様共々お前に助けられるとはな……礼を言う」

「どうして……どうして助けちゃったんだよ、イバン兄ちゃん!」


 役目を終えた錨はシャボン玉の中に吸い込まれていった。


「仕方ねえだろ、身体が勝手に動いちまったんだから……それよりも、二人とも、早く逃げろ。俺はもうだめだ。今ので右足の踵切れちまった。おちおち回復してる暇もねえしよ、はやいとこ頼むぜ」


 イバンは上半身を起こし、最後に残った一本の矢でマリアの脳天を狙う。


「……ならば仕方あるまい、撤退するか」

「カルメン!?」


 カルメンはアルフォンスを小脇に抱え、逃げるタイミングをうかがう。

 アルフォンスは叫びたい気持ちでいっぱいだったが二人の死を覚悟をする目に何も言えなくなった。

 ただ無力を嘆く。


「……お兄さま、お姉さま……ごめんなさい……僕は何もできなかった……」


 そんな彼をは励ます。


「そんなことありませんわ、アルフォンス様。あなたのおかげで私とカルロス様は無事に生還できたのですから」


 パアアアン!


 泡が弾けるにはあまりにも大きい破裂音。

 礼拝堂に一時的にバケツをひっくり返したような大雨が降る。

 そんな大雨をものともせずに彼女はそこに立っていた。


「ば、ばかな……深海魔法を受けて生きて帰ってきただと……お前は……化け物か……!?」

「……そう、かもしれませんわね。ええ、この際ですし、わたしはもう化け物で結構です。これ以上誰かが傷つくのであれば化け物で結構ですのよ」


 シャボン玉が浮かんでいた位置にアレクシスはいた。苦しそうに水を吐き出すカルロスを抱えて。

 かと思えば今度は壁際、イバンたちの元へ。


「イバン様。もう動けるはずですわ」

「え? おおぉ、ほんとだ」


 イバンは足をぷらぷらと動かす。


「それとカルロス様をお願いします。大量の水を飲みこまれました。手当を」

「任された」


 カルメンは治癒魔法を施す。


「お姉さま」


 アルフォンスはアレクシスの異常を感じ取っていた。


「……いいのです、アルフォンス様。わたしなんかを姉と慕わなくても」


 感じ取っていながらも深追いはできなかった。


「お姉……さま?」


 それ以上、アレクシスはアルフォンスの呼びかけに答えなかった。


「よくぞ生きて帰った。今はむしろお前の生還を喜ばしく思う。なぜなら私様のウォーミングアップもついさっき完了した。さっき力比べした時よりもさらに力が倍増した! これほどの力を試せる相手は限られる! さあ今度こそ本気を出し合おうじゃないか」


 身体はまた変化していた。鱗はより分厚く鮮やかに光を放っていた。さらに顎の裏にエラができようとしていた。


「……本気ですか。ああ、そうですわね。本当に最初から本気を出していれば誰も傷つくことはなかったのでしょうね。ほんと、わたしってば、淑女失格ですわ」

「……なんだ、それは。まるで今まで本気を出していなかったような口ぶりは」

「ええ、ここから正真正銘本気を出させていただきますわ」


 アレクシスは到底淑女がしないよう蟹股になり、へその前で両拳をぶつけあう。

 そして小さく呟く。


「……"筋肉解放マッチョリベラ"」


 ブオン!


 風船が膨張する音がしたかと思うと彼女は筋肉隆々の姿に豹変していた。

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