第41話 黒仮面カルメンと決闘するアレクシス嬢
リハーサルを終えた後に公演会が始まる。アルフォンス、ウーゴやその他家臣、衛兵たちも全員が中庭に集まりフラメンコを観賞する。
初めに踊り始めるのはアーホ三兄弟。技術、表現共に最高クラスであるが男しか踊っていないということもあり、男ばかりの衛兵たちには不評だった。
カリーナ・サルスエラ(アレクシス)とその他三人娘の番は三番目。
「アル中みたいに震えてんじゃないよ、あんたたち!」
舞台裏でドーニャ・マリカは一喝する。
「まあまあ、ドーニャ・マリカ。無理もないですよ。貴族の前で踊れと言われたら誰だって緊張するって。新人だったらなおさらだよ」
「そうですわ、人は誰しも初めては怖いものですわ」
「それ、新人のカリーナ・サルスエラちゃんが言う? 見た感じ全然緊張した様子はないけど」
「いいえ、とってもドキドキしてますわ。ちゃんと踊れるか、ちゃんと皆様を楽しませられるかって」
「もうその考えが新人じゃないよね……頼もしい限りだけどさ……」
ギター弾きは苦笑いを浮かべる。
「余裕ぶってるなよ、カリーナ・サルスエラ。一番心配なさそうな奴が本番で取り返しのつかないやりかしをしでかすもんだ」
「もう、ドーニャ・マリカ。怖がらせないでくださいまし」
公演会のトリを飾るのは勿論ドーニャ・マリカ。笑顔を見せているが煙草の消費量がいつもより早い。どんなベテランでも緊張からは逃げられない。
「ふう、ちょっとおまじないでもしようかしら」
アレクシスは『人』の字を手のひらに書いてから飲み薬のように口の中に放った。
「なんだい、そりゃ?」
ドーニャ・マリカは訝しげに眺めていた。
「東洋に伝わる緊張を解くおまじないですわ。ドーニャ・マリカもいかがです?」
「くだらねえ。お腹壊すんじゃないよ」
「まあ、淑女はお腹なんて……」
アレクシスの言葉が止まる。
「どうしたんだい?」
「……すみません、ちょっとお花を摘みにいってきますわ」
「ほら見ろ、やっぱお腹を壊した。ドレスを汚すんじゃないよ」
「もう、お下品ですわよ!」
アレクシスはそそくさと舞台裏を離れる。
トイレの近くには人がいなかった。
全員がフラメンコに集中あるいは夢中になっている。
「さて用事を済ませませんとね」
ただ一人を除いて。
「動くな」
黒仮面、カルメン・エチュバリアが右手に握る黒い冷たい鉄のソレをアレクシスの背中に突きつけた。
「このタイミングですの? せめて出た後にしません?」
「黙れ」
「動くなの次は黙れですか、もう何さ──」
口の減らない彼女の背中に鉄のソレをねじり込む。
「今すぐ殺してやってもいい。しかしここではアルフォンス様の目に入ってしまう」
鉄のソレを押し付けたままアレクシスを歩かせて誘導する。
二人は無言で城の中へと入っていく。門をくぐった後に扉が閉まる。
そしてカルメンは魔法を唱える。
「幽閉魔法、発動」
レンガの壁が白く光ると光沢を帯びた。
幽閉魔法。かつて大罪を犯しながらも生きることを許された貴族を閉じ込めるために生み出された魔法の一つ。特に内側の守りは強固であり並みの魔法、爆発ではビクともしない。
「これで外に音が漏れる心配はない。さて早速だが死んでもらう。貴様はアルフォンス様の平穏の邪魔になる」
カルメンは遠慮なく容赦なく躊躇なく情緒なく、鉄のソレ……拳銃の引き金を引いた。
パアン!
火薬の破裂音と同時にアレクシスの背中に穴が空く。途端、彼女の身体は炎に包まれた。
「これは、幻炎魔法!?」
「隙ありですわー!」
本体であるアレクシスは身をかがめ、死角となるカルメンの足元に隠れていた。
拳銃を持つ手を蹴り上げると拳銃は破裂しながらも天井へと舞う。
「早速ですがこれで終いにしましてよ!」
アレクシスも速攻で決めにかかる。
カルメンの顔に目がけて拳を伸ばす。
「……お終いは貴様のほうだ」
だがしかしカルメンは手離したはずの拳銃を再び握り、銃口を向けていた。
「げええ!? こっちは幻影魔法ですわ!」
攻撃を止めて回避に専念する。ブリッジをする勢いで下半身を反らした。
パン、パン、パン!
三つの炸裂音とほぼ同時に弾丸三発が顔に飛び込んでくるもかろうじてこれを躱した。
「狙いすぎたか」
「乙女の顔に躊躇いなく三発ぶち込みます!? 普通!!?」
態勢を立て直し、二本足で立つ。
「生憎だが貴様を乙女だとは思わない。親衛隊の中でも貴様の強さは常々噂になっていた。あまりの強さに古代の神話の英雄に例えられていた」
「ええ、なんでしょう、何に例えられてたのでしょう? 守護神アテナとかですか? いやだ、照れますわ。でも悪い気はしませんわね」
「何を勘違いしている、お前はかの大英雄ヘラクレスと讃えられていたぞ」
「男おおおおおおおおおおおおおお!!!! しかもゴリゴリマッチョですわああああああ!!!! いやあああああああああ」
「隙あり」
頭を抱えて絶叫するアレクシスを仕留ようと高速で三発撃ち込む。
「油断も隙もありませんわね!?」
身体を回転させてこれを避ける。
「なかなか素敵な嘘をついてくるではありませんか……私としたことがちょっと動揺してしまいましてよ」
「いや嘘ではなく事実なのだが?」
「嘘って言って!!!!! 嘘でいいから!!!!」
取り乱すアレクシスだったがカルメンの拳銃を見て重大な事実に気づく。
「おやおや、カルメンさん。その拳銃は六発が限度じゃありませんの? うふふふ」
カルメンはシリンダーが空の拳銃に左手を伸ばす。
「おーっと装填をさせるはずがありませんわよー!!」
当然アレクシスは止めにかかった。
勝負が決まるかと思われた。
アレクシスの勝利……ではない。
「……浅はかだな」
パン! パン! パン! パン! パン!
高速で六発の弾丸が放たれる。
前に飛び込んだはずのアレクシスの身体は後方に吹き飛ぶ。
「拙の現影魔法だ。影から実体のある物体を取り出す能力。私の手の影には常時二十発の弾丸が収納されいてる。そしてシリンダーに手で触れれば装填できる。まあもう聞こえてはいないだろうが。拙の弾丸は貴様の左足二発、腹部一発、胸部二発、右肩一発を
アレクシスは受け身を取らずに地面に倒れ込んだ。
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