【第4章】ロデオに吹く情熱の風 フラメンコも愛も踏み込みが肝心

第29話 バイラオーラに変装するアレクシス嬢

 カスターニャ王国南西部に位置するロデオは古くから歴史が続き、インフラ整備が進み、王都ではないほど繁栄した都市。そして軍事、衛兵の教育も末端まで行き届いている。

 指名手配はとっくに街中に知れ渡り、歩いていれば即座に通報され、衛兵が駆けつけるだろう。

 ロデオをスルーし、王都に向かうのも一つの手。

 しかしアレクシスはそれはできない。

 淑女として、民をないがしろにする貴族は許せないからだ。

 ひとまずロデオに潜入するため、ひょんなことで知り合った胡散臭い商人エルメスの力を借りることになった。


「お着替え、終わりましたか?」


 エルメスはりんごを磨く手の動きをしながらカーテンの向こうの淑女へと声をかける。


「終わりましたが……これ、前も背中もはだけすぎではありませんの?」


 疑問を抱きながらもカーテンを開く。

 豪華ながら淑やかなパーティードレスと打って変わり、セクシーで情熱的なドレス、バレンシアに身を包んでいた。

 ボディラインがくっきりとし、ボリュームのあるフリルが薔薇の花のよう。


「いけません、いけませんわ! 私の魅力はセクシー8キュート2の黄金比。ですがこれではセクシー9キュート2とバランスが崩れてしまいますわー!」


 鏡を見ながら自己問答する。文句を言っているようでちゃんと気に入っていた。


「お気に召してなによりです。それにしてもアレクシス様は赤がよく似合いますね」

「ちょっとエルメス! 名前、名前!」

「おっと失礼しました。お忍びでしたね、失敬失敬」


 二人がいるのはエルメスが経営する小さなブティック。本名を出しても問題はないが気を付けるに越したことはない。


「せっかくですし芸名が欲しいですわね……カリーナなんてどうでしょう、可愛い私にふさわしいと思いますわ」

「あはは、暴れ牛を投げ飛ばしたとされる方が何を仰いますか」

「おほほ、あなたも投げ飛ばして差し上げましょうか?」

「調子乗ってすみません……」

「そうですね、あとはちょっと付け足して……うん、カリーナ・サルスエラ。これを芸名とします。自慢ですが故郷ではお母さまはちょっと有名なパエジェーラでパエリアと共にスープも絶品でしたのよ」


 スカートもといファルダをつまんで鏡の前で一回転。


「ああ、サルスエラってそっちのほうでしたか」

「何か言いまして?」

「うーん、まあ、大丈夫でしょう」


 エルメスは芸名にひっかかる点を見つけていたが大きな問題にはならないと判断し、そのままにした。


「というか着ながら気づいたのですがどうして女性の踊り手バイラオーラですの? 女性の歌い手カンタオーラのほうが変装は楽ではありませんか? 私は声楽には自信がありますが舞踊は……それもフラメンコなんて踊ったことがありませんわ」

「それはもちろん、アレクシス様……いいえ、カリーナ・サルスエラ様がお美しいからです。せっかくの美貌、舞台の上で発揮せずなんとしますか。」

「まあ、お上手ですこと。胡散臭いですが、誉められて悪い気はしませんわ」

「それと仕上げに、こちら。魔法道具、マスカラでございます」

「マスカラと仰いますがこれ、仮面ではなく……化粧品ですか?」

「ご明察! それをまつ毛に塗るとあら不思議! あなたのお顔は正しく認識されなくなります!」

「本当ですの~~~~~??? あからさまに胡散臭いですわ~~~~~~~~~」

「嘘だと思うのであれば塗ってから鏡に映るあなたをご覧になってください。ご自身にも効果があります」

「まあ、ちょっとだけ、試してみようかしら」


 半疑半疑ながらもマスカラをまつ毛に塗る。まずは目の印象の変化を目を近づけて確かめる。


「ああ、ただ塗るだけでもまつ毛が濃くなって印象が変わりますわね。悪くないかも」


 それから鏡から離れ、全身を確かめる。


「あら、不思議ですわ。まるで自分の顔じゃないみたいですわ」


 それは比喩ではない。本当に自分の顔が自分の顔と認識できなくなっていた。

 蓄音機に録音した自分の声を聴いた時のような、一つ一つの顔のパーツが酷似したそっくりさんを見るような違和感があった。


「どうです、すごいでしょう? ですが注意点があります。便利ではありますが万能ではありません。まずは一つ目。効果が三十分しか続きません。効果が切れる前に塗る必要があります。次に水に弱く、小雨、汗でも流れると効果が薄くなります。最後は魔法使いや魔術師といった、魔力の扱いに長けた人に注意深く見られるとバレてしまいます」

「案外弱点が多いですのね……」

「開発中の魔法道具ですので……そこは目を覆っていただいて。マスカラだけに。あ、いまの上手くなかったですか!?」

「全然上手ではありませんわ。ですがそうですね、気を付けるとしたら最初の二つだけでしょうね。ロデオには見破れそうな人物が二人しかおりませんわ。アルフォンス様と……カルメン・エチェバリア様ですわ」

「腕っぷしに自信のあるお嬢さんが殴りこまずにわざわざ変装してまで潜入するのもカルメンさんの存在が大きいですもんね」

「まあ、腕っぷしに自信なんてありませんわ……せいぜい商人一人を投げ飛ばす程度ですわ」


 ぐるりぐるりと肩を回す。フラメンコドレスはタイトで窮屈だが身体は動かしやすい。


「こらえて、こらえて。まだ僕を生かす必要はありますよ? これから知り合いが開くフラメンコの練習会についてきてもらいます。そこにお嬢さんを紹介しなくちゃならないのですから」

「わかってますわ。ああ、ですが、ほんとまどろっこしいですわね」


 衛兵の目を掻い潜りアルフォンスに接触する手段、それはバイラオーラになりすまし、ロデオ城に潜入することだった。

 明日の昼、城内でフラメンコの披露会が行われる。そこにはアルフォンスも出席することになっている。

 そもそもフラメンコの披露会が開催されるようになったきっかけはアルフォンスが希望したからだった。城外へ出ることを許されない彼が家臣たちに娯楽を求めたのがきっかけだった。


「ええ、大変なのはわかりますが、どうかご理解を。お礼に事が済みましたら空中飛行に対応した魔法の箒を用意しますので」


 アレクシスがエルメスに協力する理由、それは対価である魔法の箒だった。

 ただの箒でも飛べなくはないがせいぜい上空に木の高さほどジャンプする程度であり滞空時間は短い。それに比べ、マナに満ちた木材で、腕のいい職人が製造した専用の箒は安定感、速度もまるで違う。魔力をブーストするだけのワンドよりも技術を要する。

 また魔法の箒は大きな都市でしか手に入らない。田舎の魔法使いは独学で試行錯誤しながら自作する、もしくは商人の力を借りることがほとんど。


「ペラージョも良き馬ですが王都までの道のりには限界がありますわ。顔に出しませんが長旅で疲れが見えてきましたわ。イバン様からお借りしている大事な馬、怪我なんて絶対にいけませんわ」


 魔法の箒での空中飛行であれば大幅な時間の短縮だけでなく道中でのトラブル回避にも繋がる。王都の周辺も偽りの結婚式に備え、厳戒態勢が敷かれている。

 ロデオを昼に出れば夕方には王都に到着する。そして日没とともに開かれる結婚式には間に合う計算だ。

 時間に余裕があるように見えるが心は落ち着かない。音楽が流れてもいないというのに足が勝手にせわしなく動く。


「ああ、カルロス様……今こうしている間もあなたは元気でいらっしゃるのでしょうか……」


 民を救いたい気持ちもあれば一秒でも早く愛する人に会いたい気持ち、どちらも本心。


「……もう少々お待ちください……あなたの愛する民の笑顔を取り戻したら……すぐにあなたのもとへ飛んでいきますわ……」


 淑女は手を合わせて祈った。

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