明日を3日後、僕らが殺す

neinu

序章

「只今よりシングルマザーの交流会を始めたいと思います」

濃い化粧をしたおばさんはそう言って自分の席に座ると、スクリーンにシングルマザー交流会という文字が浮かび上がる。お母さんは前の席に座り、おばさんが話す小難しい話を真剣に聞いている。年収。生活費。社会福祉。保険。テレビのニュースでしか聞かないような言葉が飛び交う。僕は持っていたタッチペンを置いて、顔だけをおばさんの方に向ける。

「暁(あかつき)君、あの人のお話、面白い?」

向かいの席に座っている満月(みつき)が口を開く。

「タブレットで勉強するよりは、こっちの方がいいよ」

僕はそう言って、右手で頬杖をつく。すると、左手首につけているメモリーバンドが振動する。バンドの画面を見ると、『学習継続時間 32分』と表示されている。

「勉強しないと、また先生に怒られるよ」

満月にそう言われ、僕は一瞬だけタブレットに目をやる。しかし、やる気など、湧き上がるわけもなかった。

「別にいいよ、勉強しなくてもわかるし」

僕がそう言うと、満月は呆れたようにため息をつき、タブレットの課題に取り組み直す。なんで、そんなに真面目なのだろう。僕は満月が課題を終えるまで、化粧の濃いおばさんの話を聞く。


「暁君、起きて」

目を開ける。焦点が合う。服の袖が見える。顔を上げると、化粧の濃いおばさんはどこにもおらず、会場には椅子を片付ける係員の人しかいない。終わったのか。僕は軽く背伸びをし、周りを見渡す。お母さんがいない。

「暁君のお母さんとママはもう先に行ったよ」

満月はそう言うと、席から立ち上がる。僕も立ち上がると、満月は僕に背中を向けて、歩き始める。僕は持ってきたタブレットを手提げバッグの中に入れて、満月のあとをついていく。

出入り口の近く、小さめの休憩スペースにお母さんと満月のお母さんがいる。二人で何やら話事をしているようだ。二人の間に、満月が割り込む。

「梅雨(つゆ)さん、暁君連れてきました」

「ありがとう、満月ちゃん」

お母さんはそう言うと、満月の頭を優しく撫でる。そばで、満月のお母さんが穏やかな笑顔で満月を見ている。

「満月ちゃん、お母さんたち、これからもう少しだけお話し聞くことになったから、二人で遊びに行っておいで」お母さんが満月の頭から手を離し、言う。

「分かりました。じゃあ暁君と散歩でもしてます」

満月がそう言うと、お母さんは少しだけ申し訳なさそうに笑いながら「ありがとう」と言う。僕はなんだかそんな顔をするお母さんが見たくなくて、そっぽを向いてしまう。

やがて、係員の人にお母さんたちが呼ばれ、休憩スペースからいなくなると、満月が僕のところに来る。

「どっか行きたいとこある?」

「僕は行かなくていいよ。満月だけで行きなよ」

「二人で行けって言われたからそれはダメ」

満月はぴしゃりとそう断言すると、僕の手を握って歩き始める。僕は黙って満月に引っ張られながら玄関まで歩く。

外に出ると、満月は僕の手を離し、メモリーバンドをいじり始める。僕はその姿を黙って見ている。しばらくすると、満月は顔をあげ、歩き始める。僕はその後についていく。満月の歩幅は小さい。すぐに追いついてしまうから、僕はゆっくりと足を前に進める。

しばらく歩くと、突然、満月が足を止める。僕は足を止めて2歩後ろに下がる。満月は振り向くと、僕の方に近寄ってくる。

「何?」僕の問いに満月は答えない。

満月は僕の顔に自分の顔を近づける。何も知らない人が僕らを見たら、今にでもキスをするのではないかとハラハラするだろう。しかし、僕も、彼女も、そんな感情が湧かないことは、互いに知っている。

「何?」

僕はもう一度問う。しかし、満月は何も答えない。代わりに、睨みつけるような目つきで、僕の目を見ている。

僕は何も言わず、満月の目をただ見る。

しばらくして、満月は僕から少しだけ離れる。

「そろそろ戻ろ」

満月はそう言うと、僕を追い越し,歩き始める。なんなんだ。僕は回れ右をし、満月の後をついていく。

『我々の目的は、裏切り者が作ったこの世界をもとに戻すことです』

ビルのデジタルサイネージに映し出されている総理大臣が拳を握って叫ぶように演説している。

『我々は、改竄されてしまった時間操作装置「クロノス」の全データをもとに戻し、アケチが成し遂げようとした世界征服に終止符を必ず打ちます。そのためには、みなさんの協力も不可欠になります。どうか、ご協力お願いします』

総理大臣の話を立ち止まって聞く人が増えていく。満月と僕は立ち止まっている人と人との間をすり抜けるように、歩く。

「私の夢、覚えてる?」

人混みから抜け出したところで、満月は立ち止まり、口を開く。満月は振り向くと、僕の目をまた見る。満月はよく、何を考えているか分からない時がある。まるで秘密主義者のように、自分の考えは口に出さない。だから、僕は小さくため息をする。

『必ずアケチを見つけ出します』

「アケチの正体を暴くんでしょ」

アケチ。明日という存在を消した、政府の裏切り者。

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