返却期限はありません

七海トモマル

第1話 白河くんと遠野さん

いわゆる年の瀬。

いわゆる師走の終わりころ。

風は冷たく、人は肩を上げて寒さから逃れるように足早に。

クリスマスなんて終わって、

本格的にこの年が終ろうとしている。

見上げる空はどよんとしていて、

こりゃ今日も洗濯物は乾かないなぁと、僕はぼんやり思う。


僕はとりあえず大学生。

この時期になっても親のところに帰らないのは、

ただ、バイトの都合というのと、

単に忘れていただけだ。

一人でアパートに暮らしているのは意外と楽で、

アパートの人も多分いい人だから、

僕としても問題ない。

コンロの上でやかんがしゅんしゅん。

それから、うっかり回してしまった洗濯機の音が聞こえる。

生活の音が壁の向こうからも聞こえる。

足音とか、鍋がちょっと立てる金属音とか。

それが、なんていうかな、

僕一人でいるわけじゃないんだよっていってる気がして、

僕は多分それが心地いいんだと思う。


僕はちゃぶ台でミカンの皮をむく。

やかんのお湯は、緑茶になって、

湯のみでなくマグカップに注がれている。

いいじゃないか、マグカップならコーヒーや紅茶でも、

気分次第で対処できるんだから。

僕はそんなことを思う。

その理由は一応あって、

ご近所の遠野さんが、僕の部屋に来た際、

「白河君、緑茶には湯のみだよ、わかってないなー」

などと言われたことがある。

遠野さんは、僕とは違うタイプの人だ。

ぼんやりしてないし、はきはきしてる年上っぽい男の人だ。

わりと、うーんとなんだろ。

料理するし、シャツにはアイロンかかってるし、

僕のような変な着回ししないし、服は何着もあるっぽい。

職業わかんないけど、世の中いろいろな職業あるんだから、

わからない方が普通かもしれない。

男からも、女性からも、かっこいいなと思わせる男の人だ。


僕はミカンをもぐもぐと。

洗濯機が終ったというアラーム鳴らしている。

やれやれ、乾かしに行かなくちゃなぁ。

部屋干しは苦手なんだ。

洗濯物乾燥中に読む文庫本を小さなバッグに入れて、

僕はコインランドリーに出かける。

文庫本は、遠野さんから借りたもの。

遠野さんにも、僕から文庫本を貸してある。


どんよりした空の下を、僕は洗濯籠もって歩く。

いわゆる師走、とても寒い。

僕はぼんやりと、文庫本の結末を予測する。

遠野さんから借りた文庫本でこれをやって、

当たったことはまだ一度もない。

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