災害たち
小世界リステルの騎士。
銀三級冒険者。
『極星世界』ポラリスの使者。
——そして、『海淵世界』アトランティスの義勇兵。
たった数日で(主に後半が)大変豪華な肩書きになったわけだが、なんの対価もなくこれらを享受できるはずもなく。
「つまり俺は、リントルーデと一緒に
作戦会議の朝。
招かれたリントルーデの私室でちょっと信じがたい強行軍を知らされた俺は、椅子に深く腰掛けてこめかみを強く揉んだ。
「リントルーデ」
「なんだ?」
「正気か?」
「はっはっは! 狂気の沙汰だな!」
「笑ってる場合じゃねえんだよなあ!」
魄導を会得した今、俺はあの時とは比べ物にならないほど強くなったわけだが。
「いや、いくら
「なに、移動には転移門を強制起動するから問題ない。それに……エトラヴァルト。貴殿は俺を過小評価しているぞ」
第三王子リントルーデ……否、〈守護者〉リントルーデは、こちらの全身のうぶ毛が逆立つ強烈な覇気を放ち凶悪に笑った。
「
「……! なら、俺はお荷物なんじゃないか?」
「異界掃討の観点で言えば、確かに貴殿は俺の重荷だ」
リントルーデは偽らず、俺の実力が不足していることを突きつける。が、続く言葉は俺の予想になかったものだった。
「だが、今回の作戦。こと俺と貴殿に関しては別の目的がある」
「別の?」
「答えから言おう。俺はこれから96時間の間、貴殿を徹底的に鍛え上げる。異界の魔物を狩り尽くし、貴殿の器を磨き上げるのだ」
……どうにも、俺が関わる人間は軒並み脳筋が多いらしい。
俺の評価に
「なんで、リスクを負ってまで俺を鍛える?」
「……そうだな。それには、此度の戦争の前提を話す必要がある。端的に言って、我ら海淵は戦力面において悠久に圧倒的に劣っているのだ」
リントルーデは決然とした表情で、真正面から俺を見た。
「エトラヴァルト。貴殿には、戦場のイレギュラーになってもらいたい。悠久と海淵、そのどちらの情報にもない、しかし無視できない……そんな戦場の前提を破壊する存在になってほしい」
「いいのか? 余所者にそんな大役を押し付けて」
「極星の使者……
その言葉に偽りなく。
リントルーデの声音は、心からラルフのことを信じていた。自分の弟に、絶対の信頼を寄せていた。
「……そうか」
ならば、応えなくてはならない。
仲間の、友の心が正しいものなのだと。この過酷な戦争の果てに証明しなくてはならない。
その信頼を
「ラルフの顔に泥は塗れねえな」
俺の回答に、リントルーデは弟を誇るように頷いた。
「協力感謝する。では、会議の前に貴殿には我らの主戦力と顔合わせして貰おう」
……そして、現在。
目尻に涙を浮かべてヒーヒー笑う災害二人を前に、緊張を衝撃が上回った俺は、それはもう盛大にため息をついた。
「最高戦力の一角が居酒屋で呑気に酒飲むなよ」
もっと自覚を持て自覚を。
あと二杯目の金さっさと返せ。なんで最高戦力が他所の冒険者に金借りてんだよ。
「それは差別だぞエトちゃんよう! イナちゃんだってオフの日は一般人と同じようにだらけたいんだよー!」
「軍人なら有事に備えとけよ……!」
「エトちゃん真面目だねー、だいじょーぶだよだいじょーぶ。私ら日替わりで警護してるし、いざって時は解毒魔法の応用で酔い覚ましくらいちょちょいのちょいだし!」
戦争前だというのに危機感の欠片もないイナちゃん。そんな彼女の横で未だに腹を抱えてゲラゲラ笑っているリントルーデに思わず青筋を立てた。
「アンタはいつまで笑ってんだよ……つかなんでこんなドッキリじみたことを?」
「はっはっはっはっはっ! ははっははは! はぁ〜〜〜〜、すまない。くくっ、あまりにいい反応をするものだからつい、ふははは!」
目尻の涙を拭ったリントルーデは、発作のようにくつくつと喉を鳴らしながらもなんとか会話ができる程度には立ち直った。
「いや何。遊び心があったのは事実だが、これも貴殿に配慮してのことだ。なにせ、俺を含めた四人と一度に顔を合わせれば、いくら貴殿とて緊張からまともに話せないだろう?」
「それを言われると文句を言いづらくなるんだが?」
事実、知り合いが……イナちゃんが一人いるだけでだいぶ感情的には楽になるだろう。
たった今判明したが、『海淵世界』所属の四人の〈異界侵蝕〉と一度に顔を合わせるとなると、流石に心臓があと三つほど欲しくなる。
が、そこに喧しい小豆ことイナちゃんが緩衝材になれば俺の負担はだいぶ軽減される。
ついでに言えば、完全にプライベートで会ったおかげでもうコイツへの遠慮は微塵も残っちゃいない。よって事前に一人知り合いを増やしておくというリントルーデの配慮は大変ありがたいものだった。
「実際問題ドッキリもどきが一番効果的なのが腹立つなあ……で? 残りの二人は?」
「ふくくっ……ああ、今呼ぶとも。入ってきてくれ!」
リントルーデの声を待っていたとばかりに勢いよく扉が開かれる。
金髪の男騎士と、気怠げな少年。何かの魔法を疑いたくなるほど全身をキラキラと輝かせる騎士と、対極的にどんよりとした空気を纏う少年。
金髪の騎士は俺の存在を認めるや否や、謎にスタイリッシュな足運びでするりと俺の前に歩みを進め、何処からか取り出した帽子を被り麗らかに一礼した。
「初めましてだ、Mr.エトラヴァルト。僕はラグナリオン・エルドライヴ。〈異界侵蝕〉としての銘は〈寵愛者〉だ。気軽にラグナと呼んでほしい。どうぞよろしく!」
「エトラヴァルトだ。よろしく、ラグナ」
差し出された右手を掴むと、にゅっと出てきた左手が俺の右手を包み込んだ。
「早速だが、Mr.エトラヴァルト。君は“愛”を知っているかい?」
「は? あ、愛?」
「そう! 愛だ! 教えてくれMr。君にとって“愛”とはなんだい!?」
メリハリのある仕草で頻繁にポーズを変える面白おかしい質問方法。が、どんな態勢であっても両目は俺をしかととらえていた。
「思ったことを、心のままに言ってくれ。愛に正解はないのだから」
半端な回答は認めないと、そう告げていた。
「『痛いこと』、『注ぐこと』。あと、『忘れない』、『憶えている』こと」
「それが、君にとっての“愛”なんだね?」
「そうだ」
ゆっくりと姿勢を正したラグナは、日焼けひとつない肌色の手で俺の頬に触れた。
「なるほど。君は、“愛”のために戦っているんだね。素晴らしい、良い“愛”だ。Mr.エトラヴァルト」
何やら答えを得たらしいラグナは、リントルーデを振り返って頷いた。
「リントルーデよ。僕は彼を歓迎しよう。彼に戦場の一端を預けることを僕の“愛”が認めたからね」
何がどうなって認められたのかはさっぱりだが、どうやらお眼鏡に適ったらしい。リントルーデは後方で腕を組み満足そうに頷いた後、もう一人の〈異界侵蝕〉らしい少年に目配せをした。
が、対する少年は嫌な顔。
「うん。あの……アレの後になるとすっごく地味になるから嫌なんだけど? いややるよ? やるけどさ。もうちょっと順番ってやつをだね……」
ぶつぶつと文句を繰り返した少年は、それでも、仕方なくという態度がありありと出てはいたが、ダルそうに欠伸をした。
「うーんと、ああ。〈代行者〉ノルン。よろしく、銀の人」
「初めての呼ばれ方……こちらこそよろしく、ノルン」
「はーい、自己紹介おわりー」
俺の握手を華麗にスルーしたノルンは、そのままソファに沈み込み爆速で入眠。堂々といびきをかきはじめた。
そんな彼を庇うようにリントルーデが毛布をかけた。
「すまんな、ノルンはここ数日、常に能力を使い続けているから不機嫌なんだ」
「常にって……」
そりゃあ疲れるのも道理である。恐らく怠い体を引きずって、わざわざこうして顔を見せに来てくれたのだろう。
「俺たちがこうして呑気に作戦会議をできているのはノルンのお陰なんだ。……イナ、ラグナリオン。二人とも、
元よりノルンにそれ以上の負荷をかけるつもりはなかったのだろう。
イナちゃんとラグナは間髪入れずに頷き、頼もしい笑みを浮かべた。
「イナちゃんにまっかせなさい!」
「当然。僕の愛を見せてあげるよ」
その後、執り行われた作戦会議はつつがなく終了し、翌日、リントルーデの号令下、異界掃討作戦が発令される。
◆◆◆
世の中には縁というものが確かに存在するんだな、なんてことを、ラルフは今日日強く実感していた。
というのも、エトラヴァルトが腹違いの兄であるリントルーデに引き抜かれ、ラルフたちのパーティーは大幅な戦力ダウンを余儀なくされた。
そんなラルフたちの元へ、合計四人の冒険者たちが合流する運びとなったのだが……
「は〜、あの野郎少し見ねえうちに随分と偉くなりやがったなぁ」
夜薙ぎの翼のリーダー、金五級冒険者〈落陽〉のヴァジラ。
かつて『花冠世界』ウィンブルーデにて、《
「ネジの外れた性転換野郎とは思ってたが、まさかここまでぶっ飛んでやがったとはなぁ!」
「エト様としては大変不本意な褒められ方でしょうね……」
ストラのぼやきに、ヴァジラと行動を共にするアリアンとピルリルが曖昧な笑みを浮かべる。
「恩を返し損ねているうちに、こうも差をつけられてしまうとは」
そう感慨深げに呟くのは、最早遥か昔と言いたくなるが一年と少ししか経っていない出会いの地、『湖畔世界』フォーラルにてエトラヴァルトとイノリを推薦した同時銀二級冒険者(現在は銀一級冒険者)のエルフ、ギルバート。
「しかし、意図せずこうして力になれる機会が来たのだ。素直に喜ぶとしよう」
エトの抜けた穴を埋めるべく寄せ集められた四人は、まさかまさかの全員知り合いだった。
勝手知ったる仲というのは大変ありがたい話ではあるが、それはそれとして。ラルフとしては、『そんなことある!?』と思い切り縁というものにツッコミを入れたい気分だった
「つかよ、この黒髪女はどうしちまったんだよ。すっかり意気消沈じゃねえか」
ヴァジラの尖った指の爪先でツンツンと頭を小突かれようと微動だにしないのは、最早確認するまでもなくイノリである。
作戦会議終了後……いや、なんなら会議中からストラの魔法で内部音声を盗聴していたイノリは、エトが今回別行動であることを知った時点でこの有様だった。
「あー、イノリちゃん、エトをあに……第三王子に取られたことめちゃくちゃ気にしてんだと思う」
思うというか、ほぼ確実にだが。そんなことを考えていたラルフの視線の先で、芋虫のようにイノリが身を捩った。
「うなぁ……。エトくんは私の……私の相棒なのに……。最近は師匠とか生えてくるし、知らん幼女に変身するし」
「あのど変態、今度は幼女にまで手ェ出しやがったのか」
「女児になるという話は事実だったか……」
「いや待ちなさいヴァジラ。師匠が生えるって事象にツッコミを入れなさい」
「そうだよー、場合によっては人類卒業だよー?」
アリアンとピルリルの的外れなツッコミは虚空に消え、ヴァジラとギルバートにあらぬ誤解を植え付けていることに気づかないまま、イノリの怨嗟は進む。
「私が最初に見つけたのに……最近全然一緒に戦ってないし……うなぁ……。今回は久しぶりに一緒に異界行けると思ってたのにぃ…………うぬぁ」
「ったく、今回のリーダーがこんなんじゃ先が思いやられるってんだ」
ヴァジラの最もな発言に、全員揃って肩を落とした。
先日の一件から来たリントルーデの配慮だろうか。
冒険者階級的には格上のヴァジラやギルバートにも関わらず、この七人のリーダーはイノリが務めあげることになっている。
「イノリ、そろそろ起きてください。皆さんに迷惑をかけるのは本意ではないでしょう」
「ううっ……わかったよ」
なんとか起き上がったイノリは、到底生者とは思えない生気の失せた顔で右拳をゆるゆると突き上げた。
「それじゃあ、がんばろ〜」
『大丈夫かなぁ、こんなんで』
めちゃくちゃ不安な6人だったが、異界では怨嗟を怒りに変えたイノリが獅子奮迅の大活躍を見せ、見事にリーダーを務め上げたために全く問題がなかったことをここに記す。
◆◆◆
『零落王墓の悲嘆』。
“亜竜”を始めとした高危険度の魔物、そして竜が跳梁跋扈する、『海淵世界』の所有する
通常、異界はその周辺に大きな繁栄をもたらす。が、
あるのは厳重な防護壁と監視カメラ、そして転移門を守る鋼鉄の扉のみである。
ゆえに、雲竜キルシュトルが封印される
そんな扉を開き、二人の災害が
〈円環者〉イナ・ヴィ・エルラン。
〈寵愛者〉ラグナリオン・エルトライヴ。
二人の〈異界侵蝕〉は、なんの躊躇いもなく
既に何度も往復した道。慣れ親しんだ場所だと豪語せんばかりの不遜な態度。
異界は、それを許さない。
『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!』
鼓膜をつん裂く悍ましい咆哮の連鎖が轟き、瞬く間に二人の眼前を魔物の大群が埋め尽くした。
三頭の竜が率いる
〈円環者〉イナが背に持つ鞭剣を振るう。
「おいで、
刹那、イナの右腕に鞭剣が喰らいつき、その肉と血潮を嚥下した。
「づうっ……! はいお駄賃おしまい! 今日もしっかり働いてもらうよ、ウロちゃん!!」
——一刀千断。
僅か一振りで伸長した鞭剣が空間を埋め尽くし、魔物の悉くを粉微塵に切り裂き破壊し尽くした。
しかし、持ち前の頑強さで鞭剣の一撃を凌ぎ切った竜が吶喊する。
「——さあ、異界よ。僕の“愛”に震えたまへ!」
その時、イナと竜の間に割り込んだラグナが演劇じみた華麗な動作で指を鳴らす。
寸刻、絶唱。
破滅的な振動に空間が震え、固有振動数を撃ち抜かれた竜の肉体が悉く自壊した。
「さて、どんどん行こうか」
「そだね! ガンガン行こっか!」
二人の化け物が、異界を蹂躙すべく歩き出した。
◆◆◆
「エトラヴァルト。準備はいいか?」
「ああ、いつでも行ける」
時を同じくして、
「俺は極力手を出さない。この異界の全てを糧にしてみせろ」
「応!」
——エトラヴァルト、
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