最近は本業が疎かですね
案内されたゲストハウスは、四人で使うには些か大きすぎるように感じた。
一般居住区及び商業区、工業区からは外れた特別居住区。他世界からの旅行者や使者が利用する区画。
薄水色を基調にした外装に、天然の木材を使用した心落ち着く内装。
6〜8人くらいは問題なく暮らせそうな広さに、案の定、ラルフを除く俺たち三人が圧倒される。
「もういい加減慣れてきた頃だと自分でも思ってたんだがな……」
「人の価値観というのは、案外そう簡単に変わらないものなんですね」
「私たち自身が裕福になったわけじゃないからねー」
根っこが金欠冒険者だと言外に仄めかすイノリに内心で同意する。
いくら〈魔王〉から大金を貰っても、それは全て戦争のため。というかそれを見越して渡してきたことが今ならわかる。
「むっ、気に入らなかったか? ならば今からでも別の家を手配するが——」
「「「いえいえいえ!」」」
俺たちの恒例の感嘆を不満と勘違いしたリントルーデに、三人揃って慌てて首を横に振った。
「そういうわけじゃないんだ! なんというか、新鮮な気分なんだよ」
「はい。少々興奮しています!」
「とても気に入ってるから大丈夫です!」
「ならば良いのだが。……今から少しばかり今後の予定について話したいが、構わないか?」
頷いた俺たちは、若干遠い目をするラルフを引っ張り、五人で机を囲む。
リントルーデは懐から『海淵世界』の全体図を取り出し机の上に広げた。
冷えたドリンクを運んできてくれた侍女に礼を言った俺は、リントルーデの指差す北側海域に目線を落とす。
「現在、エヴァーグリーンの先遣部隊と我らがアトランティスの偵察部隊がこの海域で交戦している」
「戦争は、もう始まってるのか」
「然り。ついては近日中に防衛の中枢人物のみで作戦会議を開く。エトラヴァルト、貴殿にはそこに参加してもらいたい」
「……どうして、俺を?」
「理由はいずれ話そう」
今は話す気はない——断固とした態度のリントルーデに、俺はひとまず要請を承諾する。
「わかった。時間を空けておけってことだな」
「助かる。次の話に移ろう。戦争の本格開戦に伴い、我々は『海淵世界』の全ての兵力をノアに集結させる。この時点で、我らが世界に存在する六つの異界、その全てへの防衛が完全に無防備になる」
地図上に六つ、×印が刻まれる。
その全ての異界が放置されるという決定に、否応なく俺たちの表情が強張った。
「正気かよ兄貴!? これだけの異界を半月以上も放置すれば、まず間違いなく
「落ち着けライラック。それは俺たちとてわかっている」
俺たちと共に
「勿論、ただ無策で放置する訳ではない。五日後、我らは全ての異界を一斉に攻略する」
「一斉……そうか」
『海淵世界』の狙いが見えた。
「異界主の一斉討伐。復活までのインターバルを統一するのか」
「然り。また、同時に異界内部の魔物を六割掃討し、現状発生している
「最低でも戦争期間中は耐えられるようにする……かなり力技だな。戦力は足りるのか?」
俺の確認に、リントルーデは肯定とも否定とも取れる表情を浮かべる。
「はっきり言って、攻略自体は問題なく行える。だが、その先に控える悠久との戦争を前に犠牲は極力避けなくてはならぬ。そこで、我らは冒険者に助力を要請した」
だいぶ、この話をした理由がわかってきた。
「……つまり兄貴は、俺たちにも異界踏破の手伝いをして欲しいんだな」
「そうだ。
つまり、
そのことを不安視したのだろう、イノリが一歩踏み込んだ。
「私たちはどこの異界を担当するの?」
「そこに関しては、エトラヴァルトが出席する作戦会議で決定が降りる。が、実力を大幅に超過した異界に配属されることはまずない」
リントルーデの言葉に、ストラが僅かに眉を顰めた。
「わたしたち四人、バラバラの異界を攻略する可能性はありますか?」
「絶対にない、とは言えない。だが、冒険者たちが連携を重んじることは俺たちも知っている。よほどの事情がない限り、基本、パーティーは崩さない方針だ。それは、どの冒険者にも該当する」
「ってことは、作戦会議には他のパーティーも?」
俺の確認に、リントルーデは『当然だ』と頷いた。
「冒険者たちとの連携は、今回の作戦においては必要不可欠。エトラヴァルトを始めとした、
「「「あっ……」」」
その言葉に、俺、ラルフ、ストラの視線は自然と一人の少女に……即ち、イノリに向いた。
「ナニカナ、ミンナ」
感情を失ったイノリへ痛ましいものを見る目を向けたラルフが鎮痛な面持ちで告げる。
「……兄貴。俺たちのリーダーはイノリなんだ」
「む……むっ!?」
二度見だった。
めちゃくちゃ綺麗な二度見だった。
『えっそうなの!?』なんて言葉が聞こえてくるくらいには美しい所作の二度見だった。
「シカタナイヨ、サイキンワタシクウキダッタシ。コンカイモ、エトクンノツキソイダッタカラネ」
「まずいですエト様! イノリの口からなんか漏れてます! 生気とか、多分漏れちゃいけないものが!?」
最近はすっかり縁がなかった冒険者としての活動だが、我らのリーダーは初めからイノリである。
俺とパーティーを組んだ際、イノリの方が冒険者歴と階級が上だったため(あと俺の同期対策)に軽いノリで決めたリーダーという立場。
しかし、ギルドや他冒険者との交渉、最終的な意思決定など、イノリは責任をもってリーダーとしての役割を真っ当してくれていた。
そんな彼女はその立場をかなり誇りに思っている節があり……つまりその、なんだ。
めちゃくちゃ気の毒だった。
「こ、これはすまない! 使者の代表がエトラヴァルトだったことから、リーダーもつい同じなものだとばかり……ほ、本当に申し訳ない!!」
「すげえなイノリちゃん、兄貴に全力で頭下げさせてるぞ」
「七強世界の王子の本気謝罪なんて一生かかっても拝めるものではありませんよ」
「うぬぁ……」
完全に拗ねてしまったイノリは、俺の左肩に額をぐりぐりと押し付けて不服を表現していた。
「わかってるもん。ジルエスターさんがエトくんに使者を頼んだのはエトくんが活躍したからだし、なんなら今エトくんが一番強いし。戦争のことなら私よりずっと詳しいから適任だし……ぬぅ」
全然納得していなかった。
普段のこの距離ならイノリにちょっかいをかけに行く鎖ですら、今回は空気を読んで傍観に徹していた。
……空気を読む鎖ってなんだよ。
「大丈夫だイノリ。俺たちのリーダーは変わらずお前だから」
「…………」
むくり、とイノリが顔を上げ、じとり、と俺とリントルーデに半眼を向ける。
「……でも、会議に参加するのはエトくんだから今回の指揮はエトくんが執るんだよね?」
「「…………」」
俺たちは二人同時に目を逸らした。
——ゴンッ! と俺の左肩にイノリの石頭が突き刺さった。
めっちゃ痛かった。
「……すまん、リントルーデ。イノリは暫くこのままだろうから、話進めてくれ」
「重ね重ね申し訳ない。俺の配慮が不足していた」
「いや、今回は兄貴悪くねえと思うぞ? ほぼ事故みてえなもんだ」
全くもってその通りである。
この件にもし悪人を作るのなら、俺に書状を預け、しかもいろいろと許可を取らずに勝手に書いたジルエスターだろう。
次に爪を切るとき、小指が深爪になればいい。
◆◆◆
遠く離れた魔王城で、ジルエスター・ウォーハイムは嫌いな書類仕事の最中に言い知らぬ悪寒に晒された。
「……なんだ? 今の」
「風邪ですか? 死なない程度に無理してくださいね、〈魔王〉」
「俺の部下は優しくねえなあ」
この三日後、ジルエスターは小指を机の脚にぶつけて悶えることになる。
◆◆◆
「……さて、実のところ今日伝えておきたかったのはこの二点のみなのだ。後は貴殿たちの予定を聞いておきたい」
さて、と俺たちは(拗ねるイノリを除いて)顔を見合わせた。
予定と言われても、特段やることとがない。強いてあげるなら……
「予定といっても、装備を買い揃えるくらいしか今は思い浮かばないな」
「む……装備か?」
「ああ。前にちょっと無茶してさ。俺たち全員、今まで使ってた装備のほとんどが壊れちまったんだ」
流石に『繁殖の概念保有体とガチバトルした結果装備全損しました』なんて馬鹿正直に言えるはずもなく。
が、流石は第三王子というべきか。
「なるほど……少し見えたぞ」
リントルーデは、俺たちが無茶した場所が何処なのか、大方予想がついた様子だった。それ以上詮索を入れないでくれたのは、優しさか、はたまた今は不要だと判断したためか。
「しかし、装備か。軍のものを支給することもできるが……冒険者であれば、やはり自分の手に馴染むものがいいだろう」
リントルーデは腰から下げた『電脳世界』アラハバキ製の情報端末に触れた。
「……よし。今、俺の個人的な知り合いに声をかけた。明日朝、城前の広場に来るよう伝えておいたゆえ、装備のことはソイツに聞くといい」
「ありがとな、兄貴」
ラルフの感謝の言葉に、リントルーデは相好を崩した。
「兄として当然のことをしたまでだ。では、今日のところは失礼する」
会議の日程は明後日に侍女を通して共有する——それだけ言い残して、第三王子リントルーデは城への帰路についた。
見送りに出た俺は、リントルーデの背を見送りながら横に立つラルフに意識を向ける。
「いい兄さんだな」
「ああ、そうだな」
暫くリントルーデの去って行った方角を見つめ続けた俺たちは、どちらからともなくゲストハウスの中へ戻り、ソファ一台を占有していじけるイノリの機嫌を治そうと奮闘した。
……その翌日。
なんとか最低限機嫌を取り戻したイノリを引きずるようにして俺たちは指定の広場へと向かった。
「イノリさんや、そろそろ約束の場所だからそのおでこぐりぐりをやめなさい」
「むう!」
「むうじゃない」
俺の肩甲骨の間にぐりぐりとおでこを押し込みながら歩くという器用なことをやってのけるイノリにため息をつきながら、目標の城前、噴水広場に到着する。
「ラルフ、ここの噴水も海水なのか?」
「いや、ここは地下水を使ってたはずだぞ。あ、淡水な」
「なんで深海に天然物の淡水があるんですか……?」
どうやら七強世界に常識は通用しないらしい。
今まで悠久、極星と二つの七強世界を見てきたが、土地やら技術やらの異常性はダントツで海淵が優勝だ。
「エト、兄貴の知り合いは……」
「もう直ぐ着くはず。侍女さん曰く、『喧しい小豆』らしい」
「「「喧しい小豆……?」」」
およそ人に対する評価ではない辛辣な言葉である。
「なんか、見ればわかる……みたいに言われたし、気長に待てばいいと——」
「ややっ!? そこのお兄さん! その左手に巻き付く鎖は籠手として運用を!? 中々良いセンスをしていますなあ!」
「んっ!?」
「「「うぇっ!?」」」
突如、背後からにゅっと俺の左腕を凝視する小豆色の髪の女が出現した。
一切接近の気配を感じなかった女に皆驚き潰れたカエルのような声が漏れる。
吐息がかかる距離まで顔を近づけた小豆にさしもの鎖も驚いたのか、キュッと俺の左腕を圧迫し自身の両端をオロオロと揺らした。
しかし逆効果。
小豆頭の瞳に肉食獣の如き興味が宿った。
「むむうっ! この子、もしかして意思あります!? ある程度自立行動できます!? すっっご! すんっっご!
「……すまん。誰?」
圧倒されながらも捻り出した俺の一言に、小豆頭のアホ毛がピンと直立し、バチっと目が合った。
「おおっとこれを失礼をば! お兄さんの良いセンスに触発されてついつい発作が出てしまいました!」
ぴょんぴょんとバックステップを決めた小豆頭の女は、肉食獣のように瞳をギラつかせながら満面の笑みを浮かべた。
「ども! リンちゃんのプライベートなお友達のイナと申します! 気軽にイナちゃんって呼んでちょ!」
「「「「や……」」」」
「や?」
「「「「喧しい小豆だ……!」」」」
「良いですよね小豆! イナちゃんも好きです!」
喧しい小豆ことイナちゃん。コレがおそらく今回の案内役なのだろう……不安だ。
「兄貴、コレと個人的に友達……?」
腹違いの兄の交友関係を多分に心配するラルフへ、俺は心の中で労いの言葉を送った。
「それじゃあさっそく行ってみよ〜! お〜〜〜!!」
「「「「…………」」」」
「……。お〜〜〜〜!!」
「「「「お、お〜」」」」
「よし! それじゃあしゅっぱ〜つ!」
……大丈夫かなあ。
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