暴露

 『海淵世界』アトランティス。

 

 神秘深き広大な大海。

 世界の中心に座す淵源城ノアと、ノアを中心に回遊する十の回遊都市から成立する世界である。


 世界の全てが海に沈んでいるという特異性を持ち、侵攻難易度の高さは『極星世界』を凌ぎ、天空を席巻する『覇天世界』に匹敵する。

 また、穿孔度スケール8の異界を一つ、穿孔度スケール7の異界を二つ、穿孔度スケール5以下の異界を七つ保有する点から、資源的観点から見ても強力な世界であることは明白である。



 回遊都市を運ぶのは、幻想生物セタスの

 都市一つを背中に背負う、現存する生物の中で最大の回遊魚。

 『海淵世界』の頂点たる“源老”との盟約により、セタスは大海の自由を保障され、その対価に彼らは合わせて10の都市を背負う。


 全ての回遊都市は一年をかけて世界を巡り、毎年36日間、淵源城ノアへと停泊する。



「——ってのが通例なんすけどね〜。今回ばっかりはそうもいかないんすよ〜」


 妙に距離感の近い喋り方をする衛兵の説明に、ルーランシェから身体を返還してもらったエトが問う。


「それっていうのは、『悠久世界』の宣戦布告の件か?」


「おっ! さっすが鋭いっすね。やっぱ義勇兵志願者はその辺の知識、持ってて当然なんすね〜」


 エトラヴァルトたちの入場検査に立ち会った第三回遊都市所属の衛兵トイは、城主への謁見を望むエトたち一行と共に都市中央に座す議会へと向かう。


 その道中、トイはエトたちの質問に一つ一つ丁寧に回答する。やや軽さを感じなくもないが、態度から誠実さが滲み出る魚人だった。


「お察しの通り、現在、第三回遊都市は通常の航路を全て破棄して淵源城ノアへと向かってます。目的はまあ、戦力の集結以外にないですね」


 現在、『海淵世界』アトランティスには全域に厳戒態勢が敷かれている。

 回遊都市及びノアに属さない“異界都市”は第二種戦闘配置に。十ある回遊都市は、その全てが一斉に淵源城ノアへと向かって舵を切っている。


「俺らも到着後は部隊再編して戦場へ直行です」


 当たり前のように死地へ赴くことを容認する態度のトイを前にして、ストラは不思議そうに口を開いた。


「戦争前なのに、貴方はずいぶんと落ち着いていますね」


「これでも軍人ですからねー。元々、悠久側に怪しい動きがあったから不思議じゃない……まあ、ちょっと早かったっすけど」


 回遊都市は、その全てが『海淵世界』の居住区であると同時に超広域のの役割を果たす。

 回遊都市で働く軍人の多くは魚人であり、彼らは海という地形においては他の種族を圧倒する機動力や情報収集能力、継戦能力を持つ。


 また、盟約により人類と協力体制を維持するセタスの幼体に跨ることでその索敵網は広大な神秘の海全体に広がる。

 彼らは、常に戦場の最前線に立っている。

 ゆえに初めから覚悟などできているし、死地など当たり前のことなのだ。


「俺のことはいいんすよ。俺に言わせれば、みなさんの方が不思議ですって」


 トイは、エトラヴァルトたちが首から下げる登録証を覗き込む。


「冒険者登録してんのに、なんでわざわざ悠久に喧嘩売るような真似するんです?」


 冒険者ギルドの本部は『悠久世界』にある。

 そも、冒険者ギルドとは『悠久世界』が各世界に置いた目や耳である。


 現地の人間を雇用し、提出情報をある程度ことを容認していなければ成り立たないほど、悠久は情報アドバンテージにおいて他世界を凌駕する。

 そんなギルドに真っ向からは向かおうとするエトたちの姿勢は、正直、トイからすれば正気の沙汰とは思えないものだった。


「なんでって言われてもな……」


 そんなトイの疑問に、エトたちは「まるで考えていなかった」たでも言いたげな雰囲気を醸し出す。


「それが最善だったからかなあ」


 エトの呟きに、イノリとストラも同意する。


「そうだね。それが一番目的に近づくし」

「避ける理由は特にありませんね」


「ほえー。あれっすか? なんか折り合いが悪かったとか?」


「いや、そういうのじゃない」


 首を横に振ったエトは、そっと。

 胸に一筋残る傷跡に服の上から触れる。


「ただ、」


 ほんの一瞬、エトの声音が下がる。

 強烈な覇気を宿した声に、トイは全身を剣で貫かれる幻覚を見た。


「——リベンジしたい相手は、いる」


「……っ! な、るほどお。納得っちゃ納得の理由っすね!」





◆◆◆





 第三回遊都市名物の魚介煎餅(プレス機で魚を圧殺し煎餅にする豪快な料理)を頬張りながら、俺たちはトイの案内で議会を目指す。

 都市はかなり……というかリステルの王都より余裕で広い。

 早速、七強と弱小の格差に打ちひしがれながら、職務時間中にも限らず俺たちと一緒にしれっと煎餅にありつくトイを見る。


「あんたって魚人だよな?」


「そうっすよー」


「魚介煎餅、共食いになったりしないのか?」


「これがならないんすよねー。遺伝子的には完全に別物らしいっす」


 遠慮なくバリバリと煎餅を齧りながら、トイはとある著名な研究者の論文の引用を交えつつ魚人と魚類の違いを説明する。


「……なんで、俺らは魚類から派生したわけじゃなくて、進化の過程で人族、或いは他の獣人から派生したって説が有力なんすよ」


 どこからかメモを取り出したストラが熱心に話に耳を傾け、イノリが三枚目の煎餅を胃に収め、座学を忌避するあまり俺の魂が口から半分ほど逃げ出しかけていた頃、ようやくトイの話は終わった。


「ってことで、俺ら魚人はどっちかというと君たち人族に近いんすよね」


「トイさんはずいぶんと詳しいんですね」


 ページいっぱい、パンパンに埋まったメモにストラは簡単の吐息をもらした。

 ストラの賛辞に、トイは照れくさそうに後頭部をかいた。


「いやあ。職業柄って言うのも変すけど、この仕事やってるとそこそこ観光客と接することがあるんすよね。なんで、会話の種に自然と色々仕入れるようになったんすよ」


「素晴らしいことだと思います。エト様たちは……ご覧の通りショートしてしまっているので」


 ストラの落胆を含んだ視線に、魂を口の中に収納した俺と小腹を鳴らしたイノリが「それほどでも〜」と照れくさそうに後頭部をかいた。


「褒めてませんよ……全く」


 座学が苦手なのは相変わらずですね、と苦笑したストラは、ふと。

 さっきからずっと会話に入ってこないラルフを振り返った。


「ラルフ、先ほどから霊圧が死んでますが。船酔いでもしましたか?」


 ストラが声をかけるも、ラルフは周囲の景色に視線を移ろわせるのみでうわの空。

 いつものように道ゆく女性に鼻の下を伸ばしているわけでもなく、本当に、ただぼーっとしているようだった。


「ラルフ。聞こえてますか? ラルフ! ……しっかりしてください、ヘタレガッツリスケベ一号!」


 ストラ渾身のローキックがラルフの脛を捉える。


「いっっっっっっ〜〜〜〜〜〜!!」


 かなりいい角度で入ったローキックはミシッと何かを軋ませ、ラルフは激痛にその場に沈み込んだ。


「——っ、トラちゃん。なにを……!?」


「あなたがずっとうわの空だからです。いつもの呑気な態度はどうしたんですか、あなたらしくない」


 ストラの言う通り、今のラルフはらしくない。

 『海淵世界』行きが決まった今日の朝からずっと、普段より口数が少ないのだ。


「なにか心配事でも?」


 やや暴力的ではあるが純粋に心配するストラに、ラルフは少し目を伏せる。


「……いや、そんな大したことじゃねえよ。ちょっと腹減っただけだ」


 あからさまな嘘だった。

 わかりやすく視線が泳いでいるし、声音が1トーン高かった。

 そもそもめちゃくちゃ冷や汗かいているし、絶対それ以外に理由があることなんて明白だった。


「……そうですか」


 が、ストラは特に追求することなく前を向いた。


「逸れないようにしてくださいね」


「……問い詰めないのか?」


 ラルフの確認に、ストラは「何を馬鹿なことを」と半眼を向けた。


「問い詰めてほしくないんですよね? それに、そろそろ夜になります。詳しい話は後でいいでしょう」


 トイと連れ立ってストラが先行する。その後をイノリが追い、俺は今一度ラルフを振り返った。


「ラルフ、限界来る前に相談してくれよ。……仲間なんだから」


 支えられてきたのだから、支えたいと思う。

 俺の言葉に、ラルフは申し訳なさそうに「ああ、すまん」とだけ口にした。




◆◆◆




「俺が案内できるのはここまでっす。あとは近衛の皆さんにお任せっすね」


「案内ありがとうございます。有意義な時間でした」


 深く頭を下げるストラに倣って、俺たちも礼を言う。


「ありがとう、トイ」

「お世話になりました!」

「……案内、助かった」


 俺たちの感謝に、トイは「わけないっす!」と爽やかに笑う。


「戦場で会った時は、背中を任せられることを祈ってるっすよ!」


 先ほどから無線機で「早く戻ってきやがれ!」とどやされていたトイは、「それじゃっ!」と足早に去って行った。

 別れを終えた俺たちは、議会の中へ。


 赤いカーペットが敷かれた豪奢な内装。

 丁寧に磨かれた大理石がエーテル結晶から動力を供給されるシャンデリアの光を淡く反射し、部屋全体が影を消すように明るく照っている。


「——要件は伺っています。議長は11階の会議室でお待ちです、どうぞこちらへ」


 俺たちを出迎えたのは、分厚い甲冑を着込んだ人族の近衛兵。入場審査の時点で話が通っていたようで、俺たちはスムーズに議長の元へと案内される。


「取り次いで貰ってる身としては言うのはアレなんだけど……いいのか? 俺たちみたいな余所者を議長に会わせて」


「問題ありません」


 近衛の返答はハキハキとしていた。


「貴方がたを案内したトイを始め、我らが『海淵世界』の正規軍は皆優秀な者ばかりです。彼らの仕事には信頼があります」


 そんな彼らが検問を通したのだから、俺たちを会わせても問題ない、近衛ははっきりと断言した。


「それに、貴方たちに敵対の意思がないことは明らかです。そうでしょう——エトラヴァルト銀三級冒険者」


「……俺を知ってるのか?」


 横目で俺を見た近衛は、甲冑を鳴らして頷いた。


「剣闘大会には私の同僚も出ていたので。四回戦であのグルートに負けてしまいましたがね。——ですので、〈勇者〉アハトと真っ向から戦った貴方のことは鮮烈に記憶に焼き付いています」


 ……案外、多くの者があの剣闘大会を見ていたのだな、と。今更ながらに、あの大会は多くの参加者にとっての転機になり得たものだったのだと実感が湧いた。

 ……まあ、その機会に俺は〈勇者〉にボッコボコにされたわけだが。


 近衛は、敗北の記憶を鮮明に思い出し苦い表情をする俺から最後尾を歩くラルフへと視線を移す。


「それに、貴方様の活躍も……おっと、雑談はここまでですね」


 長い廊下の終点、海藻をイメージしたと思われる彫刻が施された扉の前で近衛が鉄靴を鳴らし凛々しい声を上げた。


「ソロン議長、件の四人をお連れしました!」


 ややあって、穏やかな声が俺たちを迎え入れる。


「——入ってくれ」


「はっ! 失礼します!」


 近衛が扉を開け、俺たちに道を譲る。


 ガラス張りの壁から空と海……そして第三回遊都市の街並みが見える。

 部屋の中央で背中を向けていた白髪の初老の男性はおろしたてのスーツに身を包み、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「ようこそ、第三回遊都市へ。議長を務めているソロンと申します」


 深緑の理知的な瞳が俺たちを順繰りに捉える。


「よくぞ来てくださいました。そして……よくぞ、


「「「戻る?」」」


 ソロンの瞳は、俺、イノリ、ストラから一歩引いた場所で立つラルフを捉える。

 ソロンは俺たちの困惑を置き去りに、確かな足取りでラルフの前へと歩む。


「ご無事の帰還、何よりでございます」


「ラルフくん……知り合い、なの?」


 議長……第三回遊都市の最高権力者が遜る様は異様の一言に尽きた。

 イノリの疑問に、ソロンは頷く。


「はい、もちろんでございます。このお方は——」


「……いい。俺から言わせてくれ」


 ラルフの言葉に一礼したソロンが一歩身を引く。背後では、近衛たちが敬礼をしていた。


「……まずは、ごめん。ラルフってのは、偽名なんだ」


 一息ついて、ラルフは意を決したように口を開く。


「ずっと秘密にしてて、騙してて悪かった。俺の本名は、

ライラック・ルイーゼ・フォン・アトランティスって言うんだ」


 その暴露に、俺たちは、揃って瞬きを繰り返した。


 心臓がうるさい。

 喉が渇く。


 思考がかつてない速さで回りながらも、同じところをぐるぐる回っているような錯覚。

 信じられなくて、でも、そうとしか言えなくて。


「ライラック……いや、それよりお前——」


「ラルフく、ああいや、偽名なんだった。えっとえっと——」


「アトランティス……まさか、まさかですが、貴方——」


 ラルフ……否、ライラックは、右手を胸に当て、告げる。


「そのまさかだ。俺は、『海淵世界』アトランティスの“第七王子”だ」



 静寂。


 そして、


「「「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!?」」」


 俺たち三人の腹の底から、議会全体を揺らしたんじゃないかと思うほどの大絶叫が繰り出された。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




これにて第六章完結となります。

第七章は一週間後の再開を予定しております。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


以下、作者のおねだりです。

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