激震

「えと様、失礼ながらお聞きします。『構造世界』バンデスの滅亡に関わったのは、えと様のお知り合いなのですか?」


 衝撃から暫く。

 尋常ならざる驚愕に見舞われた俺たちを気遣った鬼人族たちは早々に再開発作業に戻った。そして俺たちはキキョウに連れられ、彼女が現在寝泊まりしている仮住まいに案内されていた。

 仮屋と言えど巫女が住む家。広く快適に作られた居間で、俺はキキョウの質問に頷いた。


「『魔剣世界』レゾナで、俺とストラが特に世話になった人だ。俺は《英雄叙事オラトリオ》との向き合い方のヒントを、ストラは魔法の使い方を教わった」


「そうですね。付け加えるなら、わたしとラルフは『羅針世界』で一度会っています」


「そうなのか?」


 初耳の情報に驚く俺にストラが頷いた。


「はい。今でこそ言えますが、あの時のくーちゃん先生はエト様に対してかなり辛辣でしたので……」


「なんて言ってたんだ?」


「ええと、『原点を忘れた彼に面白さも価値もない』と」


「思った以上にボロクソ言われとる……」


 というか、話に聞く限り遠目から観察していただけらしいが。その観察だけで俺の精神状態を見抜いてたのかあの人。

 つくづく規格外なくーちゃんに舌を巻いた。


「皆さんのお話の限りでは、とても世界を滅ぼそうとするようなお人には聞こえないのですが……」


「それは俺たちもそう思ってたんだけどな。……でもまあ、元々秘密の多い人だったからなあ」


 【救世の徒】。

 この組織に、俺たちは何故か縁がある。と言うのも、『悠久世界』で再開した少女、シーナ。観魂眼を持つ彼女は【救世の徒】に追われていた身である。

 さらに遡ると、シーナを追っていた奴のうち一人は、俺が過去『魔剣世界』で交戦した男女一組の槍使いの女だ。


「にしても、まさかくーちゃんが【救世の徒】に所属してるとはな……」


 実際に言葉にしてみると、結構ショックがでかい。それはストラや、魔眼関連の治療で世話になったイノリも同じなようで、二人とも暗い表情を隠しきれていなかった。


 関わった時間は2ヶ月にも満たない。が、俺たちは彼女から多くを教わった。彼女に出会っていなければ今の俺たちはいないと断言できるほど、“くーちゃん”の教えは俺たちの土台になっているのだ。


 そんな恩師が十万、いや百万単位の人間を世界ごと消し去った。

 鏖殺、虐殺なんて言葉では言い表せない大量殺戮の実行犯になった。


 ……わかっていたはずだ。この星は残酷だと。強者が弱者を蹂躙する、それが自然の摂理だと。


 だが、認識が甘かった。


 実際に一つの世界が消えた。それも、知っている人の手によって。小世界ラドバネラが大氾濫スタンピードで滅びた時とはまた違う。

 その衝撃は、俺の想定を遥かに上回るものだった。



「——話してるところごめん。エト、今って時間あるかしら?」


 そこに、遠慮がちに師匠が尋ねてきた。


「あ、師匠。引きこもり卒業したんだな」


「んぐっ……そ、そうね。卒業したわ」


 なぜか目を思いっきり右往左往させ、徹底的に視線を合わせようとしない師匠。挙動不審な彼女は、深刻な雰囲気を醸す俺たちに気づいたのか、半歩身を引いて扉の向こう側に身を隠した。


「もしかして、今は無理かしら?」


「いや全然。ちょうど気分転換欲しかったところだ」


 考え続けても、俺たちはあまりにもくーちゃんを知らない。答えが出ないのだから、これ以上の思考は時間の無駄だ。


「それで、どうしたんだ?」


「さっき、魔王から連絡が来たわ。あなた達に会いたいから時間を作って欲しいって」


「魔王が?」


 こちらとしては願ってもない提案。しかし、〈魔王〉側が提案してくる理由が見当たらない。


 豊穣の地に関することなら師匠やキキョウに聞けばいいため、わざわざ俺たちを指定する必要はない。《英雄叙事オラトリオ》のことがバレてて、《終末挽歌ラメント》との関係性から指名されたのなら納得はいくが……それにしては時期が少し遅い気もする。


「……あの人の要件は?」


「わからないわ。ただ、時間を作って欲しいって。できれば明日までに」


 俺はイノリ達に目配せを送った。


「どうする? 俺としては今すぐにでも話したいんだが」


 何か予定、もしくは復興作業で急務があれば調整が必要だと思い仲間達に確認を取る。


「私はいつでもいいよ」

「わたしも、異議なしです」

「俺も断る理由はないぜ」


 誠に残念ながら気遣いは空振り。満場一致で暇人だった。


「師匠、どこで話すんだ?」


「ここよ。時間さえ作ればアイツが飛んでくるって」


 それはきっと、文字通り物理的に飛んでくるんだろうなとなんとなく直感した。空飛ぶ〈魔王〉、シュールだ……。


「それじゃ、今から最短で飛んできてくれって伝えてくれ」


「わかったわ。多分、一時間以内に来るわよ」


 そう言って師匠は連絡のために仮屋から出て行った。

 最後まで視線を合わせようとせず、終始挙動不審だったことをここに報告する。




◆◆◆




 師匠の推測通り、〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムはあれから一時間ほどで滞りなく豊穣の地に到着した。


「ここが“豊穣の地”か。カルラの言うとおり豊かな場所じゃねえか」


 白狼の獣人は艶やかな立髪を風に揺らし、極寒の大地の中に生い茂る大自然に子供のように目を輝かせた。


「ガッハッハ! こりゃ諸侯共は垂涎モノだな!」


 早速政治的に不安になる発言をかました〈魔王〉を出迎えた俺たちを代表して、キキョウが恭しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります、魔王様。拙はききょうと申します。この豊穣の地の代表を努めさせていただいております」


「堅苦しい挨拶はなしでいこう、嬢ちゃん。頭を下げる必要はねえ」


 ジルエスターは再開発作業に従事する鬼人たちの姿を一望し、肩の力を抜いて笑う。


「こちとら即位してから、お前さんたちをずっと知りもしねえでふんぞり返ってた馬鹿王だ。頭を下げるのは、こっちの方だ」


 そう言って、〈魔王〉は深々と躊躇いなく頭を下げた。


「2000年もの間、極星の輝きを守り続けてくれたこと。——〈魔王〉として、民草を代表して深く感謝する。ありがとう、勇敢な鬼人たちよ」


 誠実な言葉を並べる自分の上司に、師匠は心底意外そうな視線を向けた。


「……んだカルラ。俺が頭下げんのがそんな意外か?」


「意外も意外よ。あんた自分で言ってるようにふんぞり返ってるのが基本じゃないの」


 どうやらジルエスター相手には目を合わせることができるらしい師匠が暫く睨み合いをする。


「はあ……ま、そりゃそうだな」


 やがて根負けした白狼の獣人は鋭い視線を俺たちに向けた。


「早速で悪いが、話をしよう。場所を移してくれ」




◆◆◆




 対話の場所は、キキョウと爺さんの仮屋が選ばれた。その間、キキョウはスミレの仮屋にお邪魔するそうで、巫女様狂いは狂喜乱舞してジルエスターに忠誠を誓っていた。


 そして、俺たち四人は居間で白狼の獣人と……七強世界の統治者と向き合って座る。


「単刀直入に聞くぜ」


 〈魔王〉は、殺気すれすれの覇気を室内に充満させ俺たちを睨みつけた。


「お前たちは、【救世の徒】とどの程度関わってる?」


 ジルエスターの問いかけは、俺たちが少なからずかの組織と関係があることを前提にしたものだった。


『…………』


 静かな居間に、コキ、と指を鳴らす音が響く。下手な回答は死を招くと、〈魔王〉は視線と態度で語っていた。


「『悠久世界』で、【救世の徒】から逃げていた少女を助けた。あと、『魔剣世界』ではその末端っぽい奴らと俺が交戦した」


 代表して俺が話すと、〈魔王〉は反応を示さず、全てありのままを語れと続きを促していた。


「——俺とストラは、『魔剣世界』でくーちゃん……エステラ・クルフロストから指導を受けたことがある」


 大気が引き裂け、俺の喉元に鋭利な爪が突き立てられる。


 背後、仲間が動く気配。


「——ダメだ!」


 反射的に剣を手に取ったラルフとイノリを言葉で制す。

 片膝立ちで臨戦態勢になったジルエスターが立髪を震わせ犬歯を剥き出し、殺意のこもった獣の視線を俺に突き刺した。


 ——獣化。

 一部世界で魔物と同一視され、獣人が迫害と差別、そしてを被ることになった根幹の力。

 過去の事例から同族間ですら忌み嫌われる力を、〈魔王〉ジルエスター・ウォーハイムは躊躇なく使用した。


「詳しく話せ」


 俺は首の薄皮の内側に魄導を集中させつつ、臆せず真実を語る。


「もう半年以上前、俺とイノリが『魔剣世界』の魔法学校に冒険者ギルドを通じて短期留学をした。その時、臨時講師としてエステラが招かれていた。その時は、“くーちゃん”って偽名を使ってた」


「正体は知らなかったってか?」


「そうだ」


 あの時はどこかの世界のお抱え魔法使いなんだろう、くらいに思っていたが……まさか全世界を敵に回すような組織に所属していたとは。


「魔王。アンタが今日ここに来た理由は、構造世界の滅亡が理由なのか?」


「ああ。んで、徒に関係してそうなお前らを殺すためでもあった」


 過去形。

 ジルエスターは俺の喉元から手を引き、獣化を解除。座り直してゆっくりとため息をついた。


「カルラの奴から全て聞いた。世界の恩人を殺す気はねえよ」


「……助かる」


 目を逸らさず礼を言った俺に、魔王は釘を刺すように付け加える。


「勘違いすんじゃねえぞ。お前さんたちは依然容疑者だ。少し待遇の良いだけの、な」


 不誠実な態度を取ったらすぐに殺す、男は言外にそう告げていた。


「聞かせろ。エステラ・クルフロストはどんな人間だ」


「どんな……とにかく掴みどころがない。隠し事をしてるってのはわかってたけど、踏み込むことはできなかった」


 踏み込むだけの実力がなかったとも言える。

 力のほんの一端を見せる——『魔剣世界』で彼女はそう言った。そして、それは真実で……


「実力は、語るまでもないだろうけど馬鹿げてる。多分、〈異界侵蝕〉クラスは、間違いないと思う」


 もしかしたら、あの〈勇者〉アハトに匹敵するのではないか。そんな予感を抱かせるほど、今もなお、くーちゃんの実力の底が見えない。


「俺は、相打ちを狙えると思うか?」


 〈異界侵蝕〉に名を連ねるジルエスターの問いに、俺は首を横に振る。


「それはわからない。そこの差を測れるだけの実力は、俺にはない」


「なるほどな。……『構造世界』侵攻の際、奴は氷系統の魔法を使っていた。これは、お前さんの記憶と一致するか?」


「ああ。出鱈目な氷系統の魔法を使っていた。付け加えるなら、『絡繰世界』……大世界クラスの技術で作られた魔法の妨害電波がある環境下で平然と魔法を使っていた」


 俺が情報を保管するたびに、〈魔王〉ジルエスターの表情が険しく、そして苦々しいものとなる。


「他には?」


「かなり高度な治癒魔法。そして、空間転移を使える」


「化け物め……!」


 改めて羅列すると、意味のわからないスペックだ。

 攻守に優れた氷系統の魔法の数々。脳神経の治癒すら可能な桁外れの治癒魔法。そして、複数人を同時に運べる空間魔法。


 対抗策が全く思いつかない。


「……魔王。俺からも質問して良いか?」


「好きに聞け」


「それじゃ遠慮なく。……【救世の徒】が狙ったのは、“無限の欠片”か?」


 〈魔王〉ジルエスターは僅かに。しかし確かな驚愕を瞳に孕んだ。


「……なんでそう思う?」


「殆ど勘みたいなものだ。けど、世界を滅ぼすにしてはが過ぎる気がした」


 これは俺の考えが正しい前提になるが。

 くーちゃんであれば、秘密裏に、隠密行動で無限の欠片を奪取することもできたはずだ。


 また、仮に世界を滅ぼすことが目的だったとして、わざわざ各世界の要人が集まり注目されている場で正体を明かす意味がない。


「世界を滅ぼす以外に、明確な目的がある気がした。たとえば……各世界が保有する概念を釘付けにする、とか」


 軍事パレードでは、多くの新型兵装がお披露目されたらしい。そのタイミングを狙う理由、考えられるのは武力の誇示。

 下手に持ち出せば、中途半端な戦力では守り切れないぞとしているような気がした。


「で、そこまで大袈裟にアピールしたなら、狙いは無限の欠片なんじゃないかって」


「……お前さん、たかが銀級冒険者にしちゃあ知りすぎじゃねえか?」


「まあ、師匠……カルラが色々教えてくれたんだよ」


 情報源を打ち明けると、〈魔王〉は目を閉じてこめかみを抑えた。


「あのバカ、守秘義務は何処に行きやがった」


 後で説教だな、というつぶやきに、俺は心の中で師匠の冥福を祈った。


「……各世界の見立ては大体同じだ。これは【救世の徒】の、全世界へのだ。そして……」


 電子音が鳴り響く。

 〈魔王〉は懐から通信機を取り出し耳に当てた。


「……ああ、わかった。全軍、第三種戦闘配置につけ。……イングリット? アイツは三日くらい休ませとけ。ああ、俺もすぐに


 通信を切った〈魔王〉は大きく息をつき、俺たち四人を見た。


「たった今届いた情報だ。『悠久世界』エヴァーグリーンが、『海淵世界』アトランティスへと宣戦布告した」


『……は?』


 〈魔王〉の発言の意味がわからず、俺たち四人は声を揃えて困惑を露わにした。

 まるで事態を予測していたかのように落ち着き払った様子の〈魔王〉は、告げる。


「七強世界同士の、全面戦争だ」

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