多分世界一しょうもない呪い

 えとらゔぁるとのいちにち。



 朝、起床は師匠による問答無用の襲撃で始まる。いついかなる時でも“直感”が働くようにするための訓練らしい。はっきり言って地獄だ。


 朝食後は船内のトレーニング施設で昼まで特訓。イノリ、ラルフ、ストラも交えた合計4人からの攻撃をひたすら凌ぎ続ける。言うまでもなく地獄だ。


 昼食……飯が美味しいのと唯一励ましをくれるシーナだけが癒しだ。


 昼食後はまた夕食の時間までひたすら訓練。これは師匠との純粋なタイマン。「船内だから多少は加減するわ」と、本人曰く軽く流しで超速。

 実質全方位攻撃をしてくる師匠にひたすらボコられる。

 《英雄叙事オラトリオ》の使用は禁止されているため、当然のごとく地獄だ。


 夕食は、正直もうなにを食べているのかわからない。


 意地で風呂に入り、その後気絶するように眠りにつく。雲のようなベッドだけが俺を優しく受け入れてくれる……ゼロコンマ1秒で意識が途切れた。


 その後、俺は半ば無自覚に《英雄叙事オラトリオ》のページの上へ。死なない程度にシャロンから体術——体捌きや呼吸法、脱力等の基礎的な技術を一から磨き直す。

 これはほぼ独学で戦い方を学んでいた俺にとって非常に有用なもので、本当に良い学びとなる。

 が、日中の疲れは当然精神にも氾影されているため地獄であることに変わりはない。



 そうして、再び絶望の朝がくる。




◆◆◆




 三日間の船の旅は終わりを告げ、俺たちは船を降りた。ここからは約一日の列車の旅だ。

 ちなみにこの列車は寝台列車なるものらしく、列車の中に部屋があるらしい。


 俺は近くの乗客たちにドン引きされながら、幽鬼のような足取りで港に降り立つ。


 隣で俺がぶっ倒れないように支える準備をしてくれていたイノリが、俺が無事地面に辿り着いたことでほっと一息ついて尋ねてきた。


「エトくん生きてる?」


「……死んでるように見えるか?」


 問いかけに答えた俺の横顔を、ストラが非常に哀れみのこもった瞳で眺める。


「そうですね。到底生きた人間の顔色ではないかと」


「ぶっちゃけあの修行で死んでない方がおかしくねえか?」


 ……ラルフの言うとおり。我ながらよくもまあ五体満足でいられたものだ。


・目隠し

・《英雄叙事オラトリオ》なし

・相手は金二級


 うん。頭おかしい。


「脈拍は正常。お兄ちゃん、頑丈」


 船内医師の真似をしたシーナに癒しを感じて頭を撫でる。ああ、本当にお前だけが優しさだった。


「1対4の目隠し修行は流石に初体験だった……つかお前らめちゃくちゃ生き生きとしてなかったか?」


「「「……キノセイダヨ」」」


 おい、目を背けるな。俺の目を見て言え。


 ……と、後ろから師匠の声。


「こっから一日は休みよ。流石に列車の中じゃ特訓はできないわ」


 師匠の恩赦に俺は心の底から安堵した。

 良かった。ここで『この列車は特別仕様でね——』なんて続けられようモノなら俺の旅は冗談抜きでここで終わっていた。


 露骨に表情に出ていたのだろう、俺の顔を見て苦笑した師匠の手が肩に乗った。


「こうして休みを作れるってわかってたからこうして無茶な特訓させたのよ。それに、剣闘大会でんでしょ? これくらい乗り越えてみなさい」


「……おう」


 ひとまず、日中の訓練は休み。肉体のケアをしっかりしろ、ということだろう。

 この旅唯一の癒しと言っても過言ではないシーナと手を繋ぎ、方向音痴の師匠に変わって先導を任されたラルフの後ろについて行く。


「お前のじーじ、もうムーラベイラに着いてると思うか?」


 剣闘大会ともう一つ、シーナの“じーじ”を探すことも忘れてはいけない。俺の問いに、シーナは無表情で首を傾げた。


「じーじ、最近ボケてるからわからない」


「じーじに辛辣すぎる……もう少し優しくしたれ」


「光合成が足りない」


「じーじ植物扱いかよ」


 推定老人に対して「お前日光浴びてないから枯れてるぞ」発言はあまりにも暴虐がすぎませんかシーナさんや。




◆◆◆




 エーテルを燃料にした列車がごく静謐を保ちながら線路を征く。


 俺たちの客室は二両目の2

 階段を上がった先、二両目の上部を丸々使用したこれまた豪華な部屋だった。

 何度でも言おう。金級すげえと。

 他世界でもこの待遇……それほどまでに貴重な戦力であり、扱いを間違えれば甚大な被害を出しかねないであることがよくわかる。


 右を見渡せば平原、左を見渡せば穀倉地帯。

 10億を超える人間を養うだけの食糧生産を自世界で完結させるだけの生産力と土地。

 その広さは尋常ではない。


 エヴァーグリーンの季節は春に差し掛かった頃。これが秋であれば一面に広がる黄金の稲畑が目にできたそうで、少し残念。


「…‥想定以上に疲れが溜まってるとは思ってたけど、まさか実質不眠不休で鍛錬していたなんて」


 睡眠中の“対話”による鍛錬の絡繰を話すと、師匠は納得したように深く頷いた。


「にしても、魂での対話ね……。やっぱりあなた、そこの扱いは上手いわね」


「あまりにも他人と比較しづらくて実感がねえ……」


「そうでしょうね。だから難しいのよ。体系化された武術や学問と違って、魂は千差万別。それぞれが違う感覚、違うアプローチで習熟していくモノだもの。だから『観魂眼』は貴重なのよ」


 師匠の視線は、お手玉(ストラの魔法)であそぶシーナに向いた。


「あの子が【救世の徒】に狙われていたのは、多分その辺が理由だと思うわ」


 『観魂眼』。

 イノリの左眼のような魔眼の一種。その能力は、名前の通り魂の観測。

 視界内の任意の生命体の魂の輪郭、強度など、さまざまな角度から観測することができる魔眼である。


「『観魂眼』は魔眼の中でも特に希少よ。10億……いえ、20億人に1人いるかいないか——そんな代物なのよ。そして、その希少性に反するように需要は恐ろしく高い。理由はわかるわね?」


「『観魂眼』があれば、魂の知覚をサポートできるから」


 師匠は正解だと頷いた。


「そう。下手な鍛錬、雑な訓練……がむしゃらな異界踏破なんてする必要がない。魂を知ることは、それだけで本人の“格”を引き上げる。『観魂眼』ひとつあるだけで、全兵士の能力を数段引き上げる——そんなことも可能なのよ」


 事実、七強世界に数えられる『幻窮世界』リプルレーゲンの誇る『幻剣騎士団』は過去、観魂眼によって兵の力を底上げし戦争に打ち勝ち、その戦いが決め手となり、かの世界は七強に踏み込んだそうだ。


「ぶっちゃけね、あの子1人が世界間のパワーバランスを変えることだってできるのよ」


「無茶苦茶だ……」


「ほんと無茶苦茶よ」


 ……ちなみになぜ、俺たちがシーナの眼を知っているかと言うと、本人が「持ってる」とさらっと言ってのけたのだ。


 ——『じーじが人には言っちゃダメって言ってるけど、お兄ちゃんたちは良いかなって』


 とあっさりこちらに特大の爆弾をぶん投げてきた。

 普通なら一笑に付す発言ではあるが、シーナがノーヒントで《英雄叙事オラトリオ》の存在を言い当てている以上、出鱈目だと無視することは不可能だった。


 ここにいる五人全員が唐突に知らされたため、揃いも揃って変な呻き声を上げて頭を抱えたりした。


 俺の視線の先で楽しげにお手玉するシーナは、ふとストラの顔をじっと見つめる。


「お姉ちゃんはもう少し右向いたほうがいい」


「右……こうですか?」


 指示通りに少し右を向いたストラにシーナは首を横に振った。


「違う。もっとグイッと」


「???」


 多分アレ魂に関するアドバイスなんだろうなあ、と頬杖をついて遠い眼をする。


「喜ばないの? あなただけじゃなくて、イノリたちも魂を知覚するチャンスよ?」


「強くなれる云々以前に、爆弾がデカすぎる」


 俺のぼやきに師匠が苦笑した。


「それもそうね。たかが銀級のパーティーが抱えられるようなモノじゃないわ」


「このことは……『極星世界』に通達するのか?」


「ええ。確保するかは別として、最低限監視下におけるように報告はするわ。……安心しなさい。私は金二級よ? 世界に対して多少なりとも融通利かせることできるから。あの子が実験動物モルモット扱いにならないように便宜を図るわよ」


 俺の不安を見抜いた師匠が微笑み、俺の頭を撫でた。


「だからあなたは、今は自分のスキルアップだけを考えなさい」


「ああ、そうするよ」


 席を立ち、イノリたちのもとへ。


「あ、エトくん! この備え付けのお菓子すごく美味しいよ!」


「お前は本当によく食うようになったな」


 毎日欠かさず魔眼の起動訓練を行うようになったイノリののうが要求するカロリーは日に日に増大しており、パーティー内で誰が一番食べる? と問われた際には間違いなく「イノリ」という答えが出るほどコイツの食事情は変わった。


 いや、元々よく食うほうではあったが……うん。悲しいかな、全てのエネルギーは脳へ行くため胸は殊更成長しなくなったことだろう。


「ほんとだめっちゃ美味い」


 砂糖菓子の類だろうか。舌の上でスッと溶けて上品な甘みを感じる。

 なんというか、久しぶりに食を楽しむ行為に浸っていると、イノリが進捗を聞いてきた。


「どう? 魂の知覚……組み分けだっけ?」


「全然だな。輪郭自体は掴めてるけど、内側……《英雄叙事オラトリオ》との接触点の捜索は何もわからん」



 ——直感を鍛える。

 俺固有の能力と思わしき力を自覚的に鍛えることで魂への理解を深め、昇華する。

 これが、師匠が俺に課した特訓である。


 ——『一つだけ、たった一つだけ。あなたが“何者”かになれる可能性があるわ』


 修行初日。師匠はこう言った。


 ——『魔力も闘気も使えないあなたが他の何人にも勝てる可能性がある道——それは、魂の扱いを極めること』


 ——『極論、全ての力は魂を根源にしているわ。これからあなたは数多の異界に潜り、魔物を殺し、その魂を強くしていく。でも、ハンデを抱えたあなた自身が強くなるにはそれだけでは足りないわ』


 ——『極めなさい。当然のように、呼吸のように自然に扱えるようになるまで。喩え首が飛んでも肉体の再生が叶うほどの、圧倒的な“我”を手にしなさい』



 ……道を示してもらった。

 あとはただ、突き進むのみだ。


「イノリの方はどうなんだ? シーナに観測してもらったんだろ?」


 そう聞くと、イノリはへにょりと眉尻を下げた。


「あんまりかな。シーナちゃんに手伝ってもらって、触ること自体はできたんだけどね。そもそも触るのが安定しないというか……どこにあるのかいまいちよくわかんなくって」


 聞くところによると、ラルフとストラも同じような状態らしい。

 やはり、《英雄叙事オラトリオ》を持っていること自体が魂の知覚に大きく貢献しているらしい。或いは、アルスが鍛えた魔剣の影響か。


 シーナ曰くエストックと俺は『繋がっている』らしい。俺の心が——魂が壊れない限り剣も砕けない、そういう仕組みゆえに、剣を通して魂を知覚していた可能性も高い。


「話を聞いてると、金級に上がるにはこの辺自覚的にならなくちゃいけないみたいだね」


「らしい。先は長いな」


 銀三級の壁を超えた。

 その先にあるのは、もっともっと高い壁。


「……そういや、ラルフは本国で何してたんだ?」


「え、今更聞く?」


 隣で武器の手入れをしていたラルフは、「遅くね?」と少し不満そうだった。


「いや、船内じゃ俺ずっと訓練尽くしだったし、ストラの回収とかでタイミング逃してたなあ、と。な?」


「それもそうか。って言っても、ギルドで駄弁って情報集めたり花街行ったくらいだぞ?」


「「「え!? 花街行ったの!!?」」」


「え!? それそんな驚く!?」


 想定より俺たちの食いつきが良かったのか、ラルフは面食らったように目を丸くした。


「だってなあ……美人局にすら逃げられるという偉業を成し遂げたお前だぞ?」


「今度は芸者さんに逃げられたの?」


「入店拒否かもしれませんね」


「お前ら俺のことなんだと思ってんだよ!!」


 壊滅的に女運というか、女性と縁のない存在だろうか?

 呪われてんじゃねえの? とすら思えるほど縁が絶無なラルフが花街……そりゃあ驚く。


「で? 結果はどうだったんだ?」


「……一緒に行ったやつが五人いたんだよ。朝帰りだった。


『………………』


 ……哀れじゃないか? あまりにも。

 すう——と瞳から光を消したラルフに、俺たちは揃って同情の視線を送った。

 後方、1人で酒を嗜む師匠も憐れみの視線を向けていた。


 ——ぽん、と。シーナがラルフの肩に手を置いた。


「どんまい」


 ラルフは、がくりとその場に崩れ落ちた。

 その姿があまりにも可哀想で、俺は何か救いはないのか? と思いシーナに尋ねる。


「なあシーナ。ラルフのこの壊滅的な女縁のなさってさ、何かの呪いだったりしないか?」


「……うーん」


 俺の質問を受けたシーナが真剣にラルフを覗く。オーロラの瞳が淡く輝き、男の深淵を見定め、頷いた。


 そして——


「うん。あるよ? 呪い」


 そんな爆弾発言が飛び出した。


『マジで!!?』

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