遠心力処刑装置

 ——身分の詐称については今回は不問とします。経緯に一定の情状酌量の余地がありましたからね。


 ——変装は不要ですよ。このエヴァーライト王国を照らす光の膝下で一切の悪事は許しません。存分に羽を伸ばしてください。


「と、お墨付きを貰ったため。無事俺の尊厳は保たれましたぁっ!」


 ガッツポーズを決める俺の横でシーナが謎の指差し確認をした。


「ヨシ!」


 その側でイノリが曖昧な笑みを浮かべる。


「リーエンで子持ちママになった時点で手遅れじゃないかなあ」


「あーあー聞こえなーい!!」


 イノリの発言は聞かなかったことにして。


「さて……何する?」


 俺の問いかけに、イノリとシーナは揃って首を傾げた。


「「何ができるの?」」


「俺も知らん……あれ、これ詰んだ?」


 ちなみに、ストラは迷わず大図書館に向かい、ラルフは冒険者ギルドに行った。親交を深めるのが目的らしい。

 残された俺たち三人は特に目的はなく、土地勘もないためこうして足を止める羽目になっていた。


「……よし。とりあえずあそこにある地図でなんか探すぞ!」


 が、立ち止まっていても何も始まらない。どの道宿等も決めなくてはならないのだ。


 ……ちなみにだが。

 今回の路銀に関しては全部カルラが持ってくれている。

 曰く迷惑をかけた&かけるため。そして、『魔剣世界』の感謝らしい。

 後者についてカルラは多くは語らなかった。だが、良いと言ってくれているのだからと俺たちはありがたくその提案に乗った。

 というか、色々あってマジで金がない。一応最低限カツカツで生活できる程度はあるが、戦闘パフォーマンスに影響しかねない切り詰め方になること請け合いだ。


 アルラウネ擬きと、クソトカゲのカンヘルが一切の遺留物ドロップアイテムを落とさなかったことでタダ働きになり、大会があんな形になってしまったため賞金もなし。稼ぎ時を完全に逸してしまってヤバすぎ……というのが実情だったため、カルラのこの打診は本当に助かった。


「さて、エヴァーグリーン何が人気なのか……」


 なんだかんだ真っ当な観光は初めてである。俺はそれなりに気分を上げつつ、魂の内側から甘味を訴えてくる主張の強い残滓の一人を押さえつけながら地図に視線を彷徨わせた。




◆◆◆




 楽しげに頬を緩ませながら地図を見るエトの背後、イノリと手を繋ぐシーナの視線は地図ではなく、イノリの、とても柔らかな横顔に向いていた。


「お姉ちゃん」


「ん? どうしたの?」


 ありふれた日常の——イノリという少女にとっては大切な一幕に。


「いつ告白するの?」


「……………………………はひ?」


 イノリの時が止まった——時間魔法を使っていないにも関わらず。


「お兄ちゃんのこと、好きなんでしょ?」


 シーナは、その日常に波紋を呼び込むド級の爆弾をぶん投げた。


「えっ、なっ……ななななななななななななな何を言ってるの!?」


 そこまで見事に慌てることある? と突っ込みたくなるほど顔を真っ赤にするイノリに、シーナは容赦なく追撃を仕掛ける。


「お姉ちゃんの“色”、お兄ちゃんを見てる時ポカポカする。私知ってる。えっちゃんがめーしゅに話しかけてる時と同じ色」


「なんっ……う、そ……えっい、いいいい色!? なんで色!? というか誰!!?」


 イノリの大声は、幸か不幸か。地図に夢中になっているエトには雑踏の声もあり届いていなかった。が、そんなことを気にしている余裕が少女にあるはずもなく。


「えっぁ……………………そう、見える?」


 虫の羽音のようなか細いイノリの確認に、シーナはうんうんと二度も頷いた。


「超、見える」


「……………………ええ?」


 思いっきり熱った頬を両手で挟み、こねくり回し。

 少女はエトラヴァルトとシーナの間で視線を交互に彷徨わせる。


「全然……そんなんじゃない、んだけど……そのはず、なん、だけどなあ」


 どうにも子供の戯言ととして無視するには、シーナの言葉は奇妙に重たい。


「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ〜〜〜〜〜〜!」


 わからなくなってしまった。

 恋でも、愛でもないと思っていたし、実際そういう確信があった。敢えてこの感情にラベルを貼るなら、それは“友情”が1番適切だと。道は違えど、同じ場所を志す者同士の同族意識の延長——のようなものだと思っていた。

 だが違うと。それは“好意”であると突きつけられてしまった。


「……シーナちゃんには、そう、見えたんだよね?」


 頷いたシーナは、はたとエトを振り返った。そして、なんの躊躇いもなく彼の右手の裾をちょいちょいと引っ張った。


「どうした?」


「お水欲しい」


「喉乾いたのか……それじゃ最初は腹拵えにするか?」


 エトの提案にシーナは首を横に振る。


「お姉ちゃんが調子悪そうだから、休むべき」


「マジで?」


「えっ?」


 そして、流れるように嘘をついた。




◆◆◆




「これでお姉ちゃんと二人!」


「シーナちゃんって結構太々しいよね……」


 心配するエトに水を買いに行かせたシーナはイノリを連れてすぐそばの公園のベンチに腰を落ち着ける。

 未だバクバクと心臓がうるさいイノリは、その行動の真意を問う。


「なんで、エトくんのこと追い払ったの?」


 シーナの回答は至極単純。


「えっちゃんが言ってたから。『恋バナは女の子の特権』って」


「そんなことはない気がするけど……というか、さっきからえっちゃんって誰?」


「友達」


 それだけ言って、シーナは急に黙考する。


「シーナちゃん?」


 突然黙りこくった少女を、イノリは「実はこの子の方が体調悪かったのでは?」と心配するように覗き込んだ。


 ぱちくりと、オーロラ色の瞳が何かを考えるように揺れる。


「お姉ちゃん、5秒待ってて?」


「ごびょ……うん、良いけど」


「い〜ち、に〜、」


 シーナは、自分で数を数えながら椅子から立ち上がり、背中側に生い茂る低木の中に躊躇いなく飛び込んだ。


「シーナちゃん!?」


「さ〜ん、よ〜ん、」


 ——ポンっと、何かが弾ける音がして。

 イノリがアワアワと見つめる茂みの奥から、勢いよく人影が飛び出した。


「ご〜!」


「——へぁ?」


 出てきたのは、15

 少女は絶句するイノリの視界の中で緩くカールした夢紫色の髪に付いた葉っぱを払い、オーロラ色の瞳で見つめ返す。


 衣服は何故かセーラー服。服の上からもはっきりと確認できる胸の膨らみにイノリの殺意が向くことはなく。ただひたすらに、少女は目の前の光景の理解を拒んでいた。


 そんなイノリの困惑を置き去りに、少女はバチコンとブイサインを決める。


「シーナちゃん恋バナモード!」


 自らをシーナと名乗った少女は、なんというかとても姦しさを感じさせる動作でイノリの隣に座り直しぐいっと肩を寄せた。


「で! 実際お姉ちゃんはどう思ってるの!?」


「ミ゜ッ……。チョットカンガエルジカンヲクダサイ」


 もう、なにもかもがキャパオーバーだった。




◆◆◆




 大図書館——正式名称、エヴァーグリーン中央図書館。

 樹齢四千年を超える大樹をくり抜いて建造された、蔵書数四千万冊を誇る図書館である。


 電子機器技術においては七強世界の遥か上をゆく『電脳世界』アラハバキから提供された監視システム及び極小マイクロチップにより入退館及び本の貸し出しは全て自動で管理されており、ごく一部の禁書を除き、誰もが自由に本を読むことができる。


 全50階層に渡る広すぎる図書館内にはカフェや保育施設等も完備され、国民の憩いの場として、知識探究の場として長く愛され続けている。


 そんな大図書館ではあるが。

 開館直後から50冊を超える本の山に埋もれながら「ウヒヒ」と奇怪な笑みを漏らし高速で知識を食い漁る少女、という光景は中々に稀有で目を惹くものだった。


「素晴らしい……素晴らしい場所です大図書館」


 少女の名はストラ。

 本の虫になった齢一桁の頃からずっと憧れていた“大図書館”に一歩踏み込んだことで、少女のテンションは振り切れてぶっ壊れていた。


「見渡す限りの本……見たことのない背表紙、聞いたこともない論文、試したことのない魔法研究! ここは極楽です……!」


 超早口で、超小声。

 ギリギリで理性を保っているが、黙っていては気が触れてしまいそうなストラは周りに極力迷惑をかけないように本で“壁”を作って自分の声が漏れないようにしていた。……それが余計に奇異の視線を集める結果に繋がっていることに、視界を遮っているストラは気づかない。


「エト様、将来的にエヴァーグリーンに囲ってもらえないでしょうか。そうすれば一生この図書館で暮らせますし」


 ストラはこの先の人生、自分の場所はエトがいる場所であると定めている。

 ゆえに、個人的欲望として少女は『悠久世界』エヴァーグリーンに金級冒険者としてエトが囲われることを切望した。


「にしてもここは本当に素晴らしい……いけません。元々は“竜”について調べるつもりでしたのに」


 ムズムズと、知識欲が湧き上がる。


「す、すみませんエト様。せめてあと二日……三日。いえ四日ほど趣味に没頭させてください!」


 1000冊は読み切ってやる、とストラは特技の速読を活かし、魔法による身体強化まで用いて爆速で活字を追い求めた。




◆◆◆




「わかんないんだ。私、そういうの」


 混乱しながらも、イノリはシーナを名乗る15歳ほどの少女相手に胸の内を吐露する。


「まともに関わったことのある異性なんて、兄ぃと、エトくんとラルフくんの三人くらいだから。みんなが言う恋とか、全然わからないの」


「ふーん」


「ふーんて……シーナちゃん? が聞いてきたことなんだけど」


 ぶっきらぼうなシーナの相槌にイノリこめかみを軽く痙攣させた。


「というか、なんで姿変わってるの? 雰囲気とか口調も違うし……」


「私は“夢魔”だから、年齢弄るくらい簡単だよ?」


「え、」


 その単語は、学の浅いイノリでも知っている。

 ——夢魔。他者の夢を媒介に精気を喰らい生きる種族であり、である。


「夢魔、って……絶滅した、あの?」


「うん。私は最後の生き残り」


 なんでもない風にさらっと言ってのけたシーナに、イノリは空いた口が塞がらなかった。そんなイノリにシーナは畳み掛けるように続ける。


「夢魔は特性上、他者の感情に敏感なの。だから、お姉ちゃんがお兄ちゃんと変態さんラルフとで向ける想いが違うこともわかっちゃうの」


「ど、どれくらい違うの?」


「うーん。コーヒーとココアくらい違うよ?」


 それはどれくらい違うのかいまいちわからないのだが。口には出さなかったが、シーナの独特の指標にイノリは眉を顰めて困り顔をするしか無かった。


 そんなイノリの姿を見て、シーナは「まだ早かったかなあ」頬を掻いた。のせっかちさに呆れるシーナに、イノリが疑問を投げかける。


「……シーナちゃんは、好きな人、いるの?」


「私?」


 聞き返されることを想定していなかった夢魔の少女は一瞬きょとんとした。


「うん。私なんかよりずっと色々知ってるみたいだから、どういうものなのかなって」


 聞いてみたい。自分の感情と擦り合わせたい。そんな意図がイノリの問いかけにはあった。


「うん。いるよ、好きな人」


 シーナは、年相応の女の子の無邪気で、どこか色気を感じさせる笑顔を浮かべた。


「私ね、盟主のことが好き」


「めいしゅ……?」


「うん。私を救ってくれた人。私に笑顔を、“好き”を教えてくれた人」


「ど、どんな感じなの? その……好きって」


 結構食いつくな、と意外そうに目を瞬かせる。


「どんな……私はね、一緒にいるとぽわぽわーって幸せな気持ちになる。手を握ったら右手が一日中熱くて、声を聞くだけで鼓膜が震えて、目を見るだけで笑顔になれる」


 シーナは、熱を帯びた視線を虚空に向ける。その横顔の破壊力は凄まじく、イノリは伝播する熱に浮かされるように自らも頬を染めた。


「……こう言ってみたけどね、多分、みんなバラバラだよ?」


「そうなの……?」


 煙に巻く意図はなく。

 シーナはただ純粋に、イノリ自身に答えを出してほしいと願う。


「うん。だから、このお話はここで打ち切り。ごめんねお姉ちゃん、小さい私、せっかちだからさ」


 シーナは立ち上がり、イノリの前で膝をつき、両手で頬を包み込んだ。


「お姉ちゃんが自分の気持ちに名前を付けられたら、その時はまた恋バナしよ? それまで、今日は全部“夢”にするから」


 ふわりと、菅丁字の花が薫る。

 イノリとシーナ、二人の少女の目にしか映らない花が辺りを包み込むように咲き誇る。


「夢は仇花。でも大丈夫、覚えてなくても、貴女がみた夢は確かにそこにあるから」


 瞼が重たくなる。


「シーナ、ちゃん。貴女、は……」


 目覚めたら綻び消えてしまう夢のように、イノリは二人の会話を忘れていく。


「——誰、って? それは内緒。ネタバラシは次の機会に。ね?」


 鼻腔をくすぐる甘い薫り。

 耳朶を打つ柔らかな声に包まれて。

 イノリは静かに目を閉じ、眠りについた。


「——また逢おうね、お姉ちゃん」




◆◆◆




 水と、あと幾つか買って帰ってくると、イノリはシーナを枕に盛大に爆睡していた。


「ずっと車旅だったし寝不足だったのか?」


 公共の場でなんとも無防備に寝るイノリに太ももを枕にされたシーナはその場から動けず。仕返しのつもりなのか、彼女はイノリの黒髪をとても細かく分けて何十本も三つ編みを作っていた。


「仕返しが陰湿……」


 というか割と急いだつもりなんだが。短時間であれだけ編んだの?マジで?

 後で悲鳴が上がることが確定的となった光景に頬を引き攣らせ、俺はシーナに留守番のお礼にココア缶を手渡した。


「お兄ちゃんはやっぱりいい人」


「そうか?」


「うん。気遣いができる男はモテるってえっちゃん言ってた」


「えっちゃん誰……?」


 俺の質問には答えず、シーナはココアの缶をプシュッと小気味良い音を立てて開けこくこくと喉を鳴らした。

 ……ホットな筈なんだが、熱いの大丈夫なんだ。


 流石に重たそうだったので枕役を代わると、ふと、鼻腔を鼻の香りがくすぐった。


「花屋でもいたのか?」


「お団子屋さんはいたよ?」


「甘味処……そうだな、イノリが起きたら今日は食べ歩きにするか」


 俺はシーナにニヤッと笑いかける。


「食べ歩きは色んなものをちょっとずつ食べる遊びだからな。今日はじーじとの約束の範囲外だぞ」


「つまり?」


「お菓子を三個以上食べられるってことだ」


「おおーーっ!」


 シーナはオーロラ色の瞳をキラッキラに輝かせ、控えめにイノリの肩をぺしぺしと連打した。


「急かすな急かすな。多分そろそろ起きるから」



 その後、目覚めたイノリは案の定三つ編みにされた自分の髪の毛に悲鳴を上げた。

 穏やかな公園の一幕にはあまりにも似つかわしくない絶叫であり、主犯のシーナはブランコの刑に処された。

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