お菓子は一日二つまで
こんにちは、銀三級冒険者のエトラヴァルトです。
俺は今、都市国家リーエンを舞台に少女一人を横抱きに4人の男女から逃げ回っています。
「なんか、すげえ、久しぶりだな……この感覚っ!!」
学生時代、
……女の子抱えながらフラッシュバックする記憶が黒光りマッチョ同級生の全裸なの最悪にも程があるだろ、もっとマシな思い出を寄越せよ俺の脳みそ。
「お兄ちゃん身軽〜!」
「舌噛むぞ! つか案外余裕あるなお前!?」
推定悪い人に追われているらしいシーナは、俺の左腕の中で風を受けて「おおー」と呑気に感嘆の声を上げる。
闘気や身体強化魔法を使っていないとはいえ、魔物を殺し続けてきたことにより、一層強化された俺が唯一誇れる基礎身体能力の走行速度は中々のものだ。が、シーナはかなり余裕の表情。
というか、追われているというのに自覚がないのか、はたまた危機感が薄いのか。シーナは全然怖がっているそぶりを見せない。
「お前なんで追われてんだ!?」
「違う。逃げてきた」
「逃げ……脱走か!?」
シーナはグッと親指を立てた。こいつマジでほんとは余裕あるだろ。逃げ出せたんならわざわざ俺を頼る必要なかっただろ絶対……!
そんな俺の思考を読んだのか、シーナは器用に首を捻ってオーロラ色の瞳で俺を見た。その姿勢抱えるの大変だからやめろ。
「走って疲れてたら、ちょうどお兄ちゃんがいたから」
「お前結構図々しい性格してるよな!」
判定、巻き込まれ事故。
下手に顔見知りだったのが災いしたというか……明らかに余計なことに首を突っ込んでしまった。
「ったく……今更置いてくのは寝覚めが悪いし!」
「やっぱり、お兄ちゃんはいい人」
「それは巻き込んだことへの免罪符にはならね——ッ!?」
風を切る音に反射的に横の通路へ飛び込んだ。積まれていた廃材からシーナを守るように抱きかかえ、キン! という甲高い金属音に表情が凍る。
「躊躇いなく刃物投げてきやがったぞ!?」
足音では四人、最低でも俺たちを追ってきている。
「うー、しつこい」
「同感……だっ!」
壁を蹴り屋根上へ——現在位置を確認する。同時に背後を確認し、先頭。黒いローブの上からでもわかる、
「……世の中変な縁があるもんだな!」
勘違いであることを祈り、俺は再び路地裏に着地——大通りに向けて疾走する。
「シーナ。アイツら表立って暴れると思うか?」
「
「随分と訳知りみたいに語るなお前」
博識なことに疑問を感じないわけではないが、その辺は逃げ切ってから聞くとしよう。
俺はなるべく蛇行しながら、目的を悟られないように人通りの多い大通りへと移動する。
殺気とまではいかないが、腕の一本や二本は覚悟しろよという圧力を背中に感じつつ(たまにナイフが飛んできた)、なだれ込むように大通りに身を隠した。
——目の前を追ってきた四人組が通過する。人混みに紛れるためか黒ローブを取っていた四人のうち一人は、予想的中。『魔剣世界』レゾナで交戦&共闘した槍使いの女だった。
……なぜ目の前を通り過ぎても気づかないのかって?
それは、俺が今エルレンシアに変身しているからである。
「まさかまた、戦闘以外の理由で変身するとは……」
観光客に扮するように、シーナにはレース付きの麦わら帽子を被せ、オーロラ色の瞳を自然に隠せるように露天でソフトクリームを買い与えた。
「……誤魔化せた。どうして?」
四人が十分に離れたことを確認したシーナの問いかけに、俺はパンフレットを開きながら、世間話のように自然と会話する。
「人が多いと、案外気づかないものなんだよ。あと、アイツらが追っていたのは男の俺だから。女の姿になったら早々バレない」
リーエンが冒険者たちが平然と出歩く環境で助かった。
今、俺は夜天の鎧を着込んだゴツい装いだ。
無駄に着せ替え人形にされたシャロンとは違い、エルレンシアの体に合う服を持ってないからこうなったが……結果的にうまく目を欺けた。
「お兄ちゃん、浮気?」
「どこでそんな言葉を覚えた……あと浮気じゃねえ」
以前会った時はシャロンの姿だったためか、シーナから言葉のナイフで滅多刺しにされた俺は苦しみながらも立ち上がった。
「さて……とりあえず服買うか」
「お兄ちゃんの?」
「きみのだよ?」
流石に白のワンピースのままでは目立つだろうということでシーナの洋服を選びに行く。
本当に甘いものが好きらしく、ソフトクリームは五分と立たずに完食されていた。追われているにも関わらず、少女はとても満足気である。肝が太いというべきか、心臓に毛が生えていると言うべきか……。
「服、何か着たいやつあるか?」
(値段が)手頃な洋服店に入り聞いてみると、シーナは迷わず店奥に。そこで藤紫のワンピースを手に取った。
「色違い……ワンピース好きなのか?」
「うん」
「わかった。それじゃこれを……………………」
値段を見て、意外と高いなあと頭が痛くなった。
「……うん。支払い済ませてるから、試着室で着替えてきなさい」
「うん!」
護衛の報酬がなければ即死だった(瀕死)。
何処かに腰を落ち着けたい——ということで、懐が寂しい俺たちは“チェーン店”なる冒険者ギルドの飲食店版らしき店に入り、二回の窓ガラスから眼下を一望できるカウンター席に座った。
「聞きたいことは山ほどあるんだが……アイツら、何者だ?」
「悪い人たち……?」
「だから何故疑問系」
お菓子は1日二つまで、という“じーじ”との約束を律儀に守るシーナの手元には梅昆布茶。いきなり選択が渋すぎるだろ。
「私、お仕事の邪魔しちゃって、すごく怒られた」
「仕事の邪魔、ねえ……」
槍使いの女の存在を見るに、何かを秘密裏に回収しに来た、とかだろうか。そしてそれを、シーナは偶然目撃してしまった、とか?……いやわからんな。
「ところでシーナ。お前のじーじはどうしたんだ?」
「じーじ、離れ離れ」
「捕まった時に?」
「うん」
「ちなみに、どこで捕まったとかわかるか?」
「えと……わからない」
「……困ったな」
じーじの居場所がわからないとなると、この子をどこに返せば良いのかがわから……いやそもそも。
「お前、レゾナの住民じゃなかったのか? それとも観光か?」
「…………?」
「悪い、質問しすぎたな。シーナはどこの世界出身なんだ?」
「レーヴ」
はっきりと返ってきた答えは、聞いたことのない世界の名前だった。
「レーヴ……小世界か?」
「うん」
こんな少女がなんでじーじ(年齢不詳)と共にレゾナ→エヴァーグリーンなんて旅をしているのかはわからないが……ダメだ。あまりにも情報がない。
現状を整理しよう。
・シーナは『小世界』レーヴ出身。
・レゾナからエヴァーグリーンへの道中の何処かで“悪い人たち”に捕縛される。この際、じーじと離れ離れに。
・逃走し、俺と出会う
・いまに至る。
「シーナ。悪い人たちの名前とかってわかるか?」
対策として。
彼ら四人の出自や所属が分かれば今後の対策を取りやすい。
リーエンの大使館等に任せるべきなのか、俺たちで保護するべきなのか。なるべく前者に任せたいが……どのみち情報は必要だ。
「ええっと……」
シーナは、名前を思い出そうとしているのか。うんうんと唸って首を捻った。
「き、」
「き?」
「き……きゅうせい? の、ともがら……?」
きゅうせい……急逝いや、“救世”、だろうか? またなんとも物騒というか、壮大な名前である。というか、それはもしや組織名なのでは?
「やばいもんに首突っ込んじゃったなあ……」
直感がビンビンに反応している。十中八九、面倒事であると。
シーナ本人はなんというか、全く危機感を覚えていない様子であるが。たった一人の少女を大の大人四人が必死に、協力者の負傷を厭わない方法で捕縛しようとしている時点で異様だ。
「なんか、じーじとの約束事とかあるか? 『逸れちゃったらここで合流しよう——』みたいな」
「ある」
「あるんかい」
シーナはポケットからくしゃくしゃになったパンフレットを取り出して机上に広げた。
「えーと……これ、剣闘大会の?」
「うん。じーじ、毎年参加してる」
「じーじクッソ武闘派だな!?」
観戦とかではなく参加とは……じーじ、長命種の類いだろうか? ああいや、
「そんなじーじがいたのにお前は攫われたのか……」
「じーじ、歳だから。よくうたた寝する」
「俺、じーじの全容がなんも見えねえよ……まあいいや。ってことはこの剣闘大会に向かえば、じーじと再開できる可能性があると?」
シーナはコクリと頷き、梅昆布茶で喉を潤し、底に溜まっていた昆布をモソモソと齧った。
これは……決まったか?
「シーナ。剣闘大会、見に行くか?」
「行く!」
「わかった。それじゃ暫くよろしくな」
少女が力強く頷いたことによって、俺はまた一つ、厄介ごとを抱え込むことが確定した。
イノリたちにどう説明したものか……。
「なんだっけ……“袖触り合うも多少の縁”? とか、イノリが言ってたし。まあ許してくれるだろ、多分」
猫探してたら知り合いの女の子拾いました、ついでに悪の組織? に追われていますだなんて、どう説明すればいいのかこれっぽっちもわからないが。
「なんか、いつのまにか暗くなりつつあるし」
窓の外の景色は、既に日が傾きつつあった。
「これはもう……帰らないとだな」
成果、なし。
追加で厄介ごとを抱えた。
余計な出費あり。
俺の土下座が確定した瞬間だった。
◆◆◆
「えーっと、その。エトくん……? そちらは?」
夜。何の成果も得られずに宿に戻った俺は、先に戻っていた3人にシーナを紹介した。
「猫です」
「にゃー?」
「「「…………」」」
絶妙に下手くそな猫の鳴き真似の後、沈黙が漂う。
暫くして、イノリが口を開いた。
「……エトくん」
「はい」
「全部説明して」
「すみませんでした……!!」
俺は丁寧に土下座した。
◆◆◆
「つまり、猫を探していたらその子……シーナちゃんに出くわして、四人組から逃げたりなんなりしていたら遅くなったと?」
「はい」
「ちなみにエト様、猫の手掛かりは」
「ありません」
「目を離すとすぐに新しい女の子たらし込むのはもう仕方ないとして——」
「おっと?」
「エトくん。流石に10歳の女の子に手を出すのは……」
「なわけねえだろ」
凄まじい風評被害を受けた俺の強い抗議をイノリは「冗談冗談」と笑って流し、シーナと目線を合わせた。
「シーナちゃん、お爺ちゃんが見つかるまでの間、よろしくね」
イノリが差し出した手を、シーナは堂々と握り返した。
「よろしく、イノリ」
「ねえこの子なんか図々しくない!?」
「……猫、だからな」
「にゃー?」
こうして、一時的にシーナが旅の仲間に加わった。
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