『大輪祭』④ 故障なし、異常警報
——時刻は0時へと。
クリスたち4パーティーが決死行を決めた頃に遡る。
「ヴィトウ、疲労の方はどうだ?」
「大丈夫だよハルファ。想定より疲れてない」
「わかった。何かあったらすぐ言えよ。チカも飛行勘が変だったらすぐに言ってくれ。連携を変えるからな」
「わかってるわよ、痩せ我慢しない、でしょ?」
「応。グロンゾも、下層では無理することになるからな。しっかり休んでくれ」
「言われねえでもくたくたで、休むしかねえよ」
こういうところはとても頼りになる。異界探索において、ハルファのリーダーシップと仲間を気遣う力は非常に優れている。普段は短気で考えなしで喧嘩っ早いと欠点だらけだが、いざという時には頼りになる——そんなリーダーだと三人はハルファを信頼していた。
「ここで五時間の休憩を取って、予定通り異界主を目指す——二日目で勝負を決めるぞ」
ハルファの力強い宣言にチカとヴィトウが頷く。……が、グロンゾだけは唯一不安を抱えた表情をしていた。
「どうしたんだよグロンゾ。顔色悪いぞ? 怪我か!?」
「いや、怪我はねえよ。ただ——間に合うか不安になっちまったんだよ。他のパーティーが休憩を削ってでも先んじる可能性があるんじゃねえかなってよ」
「……その可能性はあるわね。というか、確実にやってくるわよ」
答えたのはチカ。彼女は“出し抜け”があることに確信を持っていた。
「ぶっちゃけるわよ? 今回、私たちの実質的な競争相手はイノリたちだけよ。後の4パーティーには自力で勝ってるわ。——で、そんな実力差、全員わかってる」
「無理をしてでも差を縮めてくる、ってことでしょうか?」
ヴィトウの控えめな質問にチカは大きく頷いた。
「全員勝ちに来てるわ。間違いなく、最低でも2パーティー……下手すればイノリたち以外全員やってくるかもしれないわ」
「……ハルファは知ってたのか?」
そんな話を聞けばいの一番に「なんだって!? それじゃ俺たちも行こう!!」と言い出しそうなハルファがおとなしいことに疑問を抱いたグロンゾが確認を取る。
するとハルファは間髪入れずに頷いた。
「ああ。事前にチカから聞いた。——その上で、俺たちならひっくり返せると信じてこうして安全策を取ってる」
「……成長したなぁ」
「親目線やめろや!」
思わず頭を撫で、あっさり手を弾かれたグロンゾが苦笑する。
「いやいや、実際前のお前だったら確実に突っ込んでただろうよ。どんな風の吹き回しだ?」
「……エトラヴァルトを見て、このままじゃダメだって思ったんだよ」
第一印象は「スカしたいけ好かない奴」。
グロンゾと手合わせしている姿を見て思った、癪だったが素直に“強い”と思った。
そして、クリスも交えた男三人の異界探索。“世界を救う”という理由を聞いた。臆面もなくそんなことを言えるなんて、はっきり言って頭がおかしいとしか思えなかった。
だが、エトラヴァルトは本気だった。本気で世界を救うために、頂点に上り詰めようとしていた。
握手をした時の、石のように硬い掌。どれだけ剣を握り続けてきたのか、想像もできなかった。
「俺は絶対にエトラヴァルトに負けたくねえ。だから、今は休む。休んで、万全の状態で全員を追い抜かす!」
「「「ハルファ……」」」
「な、なんだよ! 俺なんか変なこと言ったか!?」
「「「成長したなぁ!」」」
「親目線やめろ! 頭を撫でるな! 余計な体力使うな!!」
三人はしばらくハルファのことをいじり倒した後、仮眠を取るべく目を閉じた。もみくちゃにされたハルファは、非常に不服そうに最初の見張りを引き受けた。
◆◆◆
「反省会を始める。まずラルフ、飛ばしすぎだ」
「面目ねえ……」
「ラルフくん昼からそればっかり言ってない?」
『庭園』第二十層。予定より進みが一層遅れた俺たちは早速購入したテント(ギリギリ四人横になれる広さの中で反省会を開いた。
とは言っても、反省することは実質殆どないに等しい。強いて挙げるとするなら……
「ラルフはメンタルは今後の課題だな。イノリはもう少し人目に慣れよう」
「わたしは何かありますか?」
「ストラは魔法の威力の調節。お前、使ってる最中に楽しくなってついつい威力上げがちだから、無駄な火力は抑えるように」
「エト様、大は小を兼ねると言いますよ?」
「反省点要求してきたくせに太々しすぎだろ」
ストラは自他共に認める魔法狂いである。魔法を誰よりも愛しているゆえにその想いが暴走しがちだ。メンタルが強いぶん、勿体無い点と言える。
「それじゃ明日の話するか」
視線を交わしたイノリが頷き、俺と代わって会話の主導権を握った。
「今私たちがいるのは『庭園』の二十層。異界主がいるのは三十二層だから、ここからあと十一個の階層を踏破しなくちゃいけない。ぶっちゃけ、かなり遅れてると思う」
イノリの言葉にラルフがわかりやすくへこたれた。
「だよなぁ……すまん。俺が——」
「ラルフ。もう過ぎたことです。明日、引きずらずに挽回してください」
「……わかった」
弱音を飲み込んだラルフを見て頷いたイノリが続ける。
「だから、明日はエトくんを温存する形で行く。で、魔物の数がヤバくなるって言われている二十七層以降をエトくんの……エルレンシアさんの力で強行突破。そのまま異界主をエトくんの《
「めちゃくちゃ力技ですね」
「正直連携もへったくれもない、この場限りの攻略法だからあまり褒められたものじゃないけどね。でも……勝つ方が大事。冒険者は結果が全てだから」
重みを帯びたイノリの言葉に全員が頷いた。
この三ヶ月、何度かギルドからの依頼を受けることがあった。本来、そういった依頼は銀三級以上になって初めて回ってくるようになるものなのだが、俺とイノリの戦闘力を一部のギルドが評価してくれたらしく、討伐依頼が回ってきたのだ。
そうして依頼をこなしていくうちに、一つ悟りを得た。
——成果が全てであると。
どれだけ善戦しようと、どれだけ成長を実感しようと。冒険者は成果を上げなければ無意味なのだ。
無価値、とは言わない。だが魔石や
「第一優先目標は勝利。その過程が不細工でも、エトくんの醜態が衆目に晒されようと」
「待てい」
「——関係ない。勝つよ」
「「おー」」
「待てい」
隠蔽魔法の効能を気にしてか、絶妙に小さな掛け声になった。俺の反論は一切聞き入れられず、そのまま俺たちは揃って横になった。
余計な情報だが、並びは左からストラ、イノリ、俺、ラルフである。
「……エト。流石に寝る時は剣手放したらどうだ?」
「俺、コレ持ってないと眠れないんだよな」
「物騒な抱き枕だなぁ……」
そんな会話をしてから目を閉じ、出発予定時刻の午前5時15分前に全員起床——二日目の戦いに身を投じる。
◆◆◆
「通信できないだと!? 復旧はまだか!?」
「現在職員総出で対応中です! しかし、復旧の目処は——」
早朝、慌ただしく『大輪祭』運営が縦横無尽に街を駆け巡る。
原因は、通信設備の故障。
故障が発生したのは午前三時頃。イノリ並びにハルファたちのパーティーを出し抜くべく4パーティーがほぼ同時に異界主への
運営の中核を担う『花冠世界』第二ギルドの支部長は
「この大事な時に……! 『電脳世界』の技術者の返答は!?」
「現在応答待ちです! 機械の状態も送ったため、復旧自体は可能だと思いますが……」
如何に『電脳世界』——電子機器類の発展においては七強世界すら圧倒する世界の技術力とて、原因の追求には一定の時間を要する。
復旧は『電脳世界』の応答待ち。怒りの矛先をどこにも向けられない支部長は一人地団駄を踏んだ。
「全く運の悪い! 今年は例年にない接戦だというのに!」
支部長自身、冒険者を支援する立場として彼らの活躍には胸踊る。そんな彼らが競い合う姿をみれず、届けられないというのは痛恨の極みであった。
「……! 来ました! アラハバキからの返答です!!」
「全員、あらゆる作業を中断し通信復旧の準備をしろ!!」
支部長の鶴の一声を受け、運営職員全員が手を止め、故障の原因に耳を澄ました。
「……おい、どうした? 原因は? そんなに深刻なのか!?」
……が、しかし。
返答を受け取った職員の反応が芳しくない。ネジの切れたゼンマイ人形のようにピタリと“パソコン”の前で停止した職員の口が、ごく僅かに動いた。
「……せん」
遠くの羽虫の羽音のようにか細い声で、職員は言う。
「……装置は、全て正常。故障箇所、ありません」
「——馬鹿な! そんなはずはない!」
支部長が声を荒らげ、暗転した巨大なメインモニターを指差した。
「であればなぜ! 異界との通信が遮断されているのだ!?」
◆◆◆
「アリアン、ピルリル。出るぞ」
声音に宿るのは、強い緊張。
金五級冒険者、〈落陽〉のヴァジラの直感が告げる。——
「これだからしがらみってのは面倒なんだよ、クソったれ」
機材の不調であれば大会の妨害になりかねない。突入は待ってくれ。そう言われて早二時間。待った結果がこれだとヴァジラはわかりやすく苛立っていた。
「支度がまだなら四十秒で済ませろ」
金色の籠手を身につけ、無数のチャクラムを腰から下げたその姿は、臨戦体制以外の何物でもない。
そんな彼の両脇を固めるように同じく臨戦体制のアリアンとピルリルが立つ。
「一秒も要らないわよ。いつでも行けるわ」
「うひぃ、楽ちんな仕事だと思ったんだけどなぁ」
「生憎だな、俺もそう思ってたぜ」
ヴァジラが大きく深呼吸する。全身の血が巡り、熱を帯びた。
「目標、大会参加者24人の救出! 突入開始だ!」
「ええ!」
「はぁい」
『大輪祭』二日目午前七時、“夜薙ぎの翼”、『庭園』入場——。
◆◆◆
——『庭園』第二十七層。
その二つのパーティーの突入時間は奇しくも全く同じであり、二十七層以降、階層間の連絡路が一本に絞られる『庭園』においてその
「1日ぶりだなエトラヴァルト! 随分と息上がって、あがっ……いやお前誰ぇ!!?」
ハルファが目にしたのは、エルレンシアの姿になったエトラヴァルトだった。
「エトラヴァルトだよ!! 迷うなよ!!」
「迷うだろ! えってか本当にお前なの!? お前要素が仲間の顔しかねえんだけど!? お前なんだその……なんでまた違う女に乗り換えてんだよ!!」
「言い方ァ!!」
“天狼巨人”と“ラルフと愉快な仲間たち”は、第二十七層で再会を果たし、同時に熾烈な競い合いを開始する。
狼人ハルファが抜け駆けするように飛び出した。
地を滑るような低姿勢でルー・ガルーの集団に肉薄。すれ違いざまに五指に纏った闘気を振り抜き、危険度5に対して接近戦を挑む。
「どきやがれクソもどき共! その臭え口閉じやがれ!!」
ルー・ガルーとは、端的に言って人型の狼である。
つまるところ、この魔物は狼人族たちから蛇蝎の如く嫌われているのだ。
怒りと嫌悪のブーストで荒々しくも凄まじい推進力を得たハルファの爪撃が次々と魔物の群を解体していく。
その横に、極彩色の魔力を携えたエトラヴァルトが並走した。
「——『迸る電雷の太刀』!」
腰溜めに構えたエストックが雷速の抜刀と共に斬閃上の空間を上下に断ち切った。拡張された雷の斬撃剣は魔物の骨肉を容易に切り裂く。
その光景にハルファの後方を走るグロンゾが目を剥いた。
「絶好調のハルファと同速!? いや——」
それ以上。
極彩の魔力が渦巻き、エトの左足に集う。
「『突き崩す怒天の岩礁』!」
エトラヴァルトの左足が地面に踏み込んだ瞬間、足下から巨大な岩石が出現し前方の魔物たちを遥か上へと吹き飛ばした。
岩石に乗ったエトラヴァルトたちは、その勢いのままにハルファたちを突き放す。
「先に行くぞハルファ!」
「あっテメェ! 待ちやがれ!!」
ムキになって突っ込もうとするハルファを、後ろからヴィトウが掴み上げた。
「ハルファくん捕まってて! 僕が行く!!」
宣言と同時に、青肌の巨人が地を蹴った。
透明な、ハルファと比べるととても頼りない闘気を纏ったヴィトウがエトラヴァルトたちに追い縋る。
初日以上の加速、揺れに掴まれたハルファとグロンゾが驚いた。
「おいヴィトウ! 無理すんな! お前、闘気使いすぎたら
「このくらいじゃ死なないよ! 捕まってて! チカ、スピード上げるよ! 結界もお願い!」
「はいはい!」
「エト! 後ろから巨人がものっそい勢いで来てる!」
地を揺らす追撃にラルフが警鐘を鳴らす。
一報を受け、エトは完全解放を解除。敢えて温存する方面に舵を切った。
「イノリ! ギリギリまでハルファたちと共闘する! 多分先行してるクリスたちに追いつくぞ!!」
「わかった! それじゃあ先頭をラルフくんに! あとエトくんごめん! そろそろおんぶ変わって! ストラちゃん思ってたより重い!」
「はいよ!」
「待ってくださいイノリ。わたしはそこまで太ってないです。あとエト様、もう少し優しく受け渡しをお願いします」
扱いの雑さに不満を述べるストラの嘆願をかち無視して、エトたちは突入直後と同じ陣形を組む。
間も無く、エトたちを追い抜かす勢いでヴィトウが横に並ぶ。その勢いは凄まじく本能で侵入者たる冒険者たちを殺しにくる魔物たちがたたらを踏むほどだった。
一歩先行して飛行するチカが背後を振り向き挑戦的に笑う。
「どうイノリ! うちのヴィトウは凄いでしょ!」
「私的には空飛べておまけに胸もデカいチカさんが憎いかな!! 見せつけるように揺らしやがって!! ねえエトくん!?」
「なんで俺を見る!?」
本気で憎しみを滲ませ背後を振り向いたイノリにエトがギョッと驚いた。
「落ち着けイノリ! 前見て走れ!」
「前には
「全方位に
馬鹿な会話をしている自覚を持ちつつも、エトたちは会敵する魔物を片っ端から弾き飛ばして進撃する。
二十七層突入から30分。脅威のペースで2パーティーは二十八層へと足を踏み入れた。
——異変は突然に。
「「止まれ!!」」
『庭園』二十八層中腹にて、エトとハルファが同時にそう叫んだ。
ヴィトウが地面を削りながら静止し、ラルフたちが不思議そうにエトを振り返った。
「エト、どうした?」
「何かありましたか?」
「ハルファくん……?」
静止を呼びかけた二人の表情は険しい。
逆立つ体毛を抑えてハルファが言った。
「敵が少なすぎる。それに……」
頷いたエトが続く。
「変な感じがする。なんか、ヤバいって“直感”が言ってる」
『……!』
エトの直感の精度を知るイノリたち三人の表情が険しくなる。また、ラルフの本能に幾度となく助けられてきたチカたちも生唾を飲み込んだ。
「エトくん、具体的にわかる?」
「なんだろ……視線が多い? 割に、魔物の気配がない」
エトはジェスチャーでその場にいる全員に息を殺すよつに指示する。同時にエト本人も呼吸を止め、目を閉じた。
——数秒後、空間に揺らぎ。
「——シャロン!」
気迫一閃。
0から100への急加速。白銀の斬撃が宙を走り、何もない空間の一点を確かに切り裂いた。
「ギャギッ——!?」
姿を表したのは、
「ざ、けんな……
「エトくん、今の……!」
その見覚えがある——ありすぎて思い出すだけで殺意が湧いてくるその魔物に、イノリ、ラルフ、そしてエトラヴァルトが目を見開いた。
「ルンペル……シュテルツヒェン!?」
偽証の悪鬼の嗤い声が『庭園』に響き渡った。
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