花は蕾み、そして——

 前略、故郷の皆様。

 俺は今日、騎士としての年収の四年弱分が一度に吹き飛ぶ買い物をしました。

 頭がおかしくなりそうです。



 大輪祭まで残すところあと三日となった今日。俺たちは予定通り、異界内で安全に休息を取るためのテント型の魔道具を購入した。


「これで最低クラスの隠蔽結界ってマジ? 騎士時代の俺が聞いたらひっくり返る額なんだけど?」


 今でも吐きそうな金額だ。


「まあ、冒険者の懐事情って割とインフレしてるし、関連する物価も相応に高くなるからな……」


「今更だけど、力も金もある冒険者って存在、世界にとってめちゃくちゃ厄介じゃない?」


「イノリ、風邪でもひきましたか? 妙に頭が回ってるようですが」


「暗に普段の私を馬鹿って言わないで?」


 虚空ポケットが重い。

 いや、物理的な重さはないんだけど、価値という重さが洒落にならない。そんなこと言ったら虚空ポケットじたいが億単位の市場価値なことは明白なんだけど、やはり自分で値段を見て買ったという事実がとても重い。


「初任給を貰った日を思い出すな……」


「そーいやエトは元々定職に就いてたんだよな。冒険者似合い過ぎてて忘れそうになる」


「一応、今も騎士ではあるんだけどな。休職中(給料出ない)って扱いだけど」


 改めて断言しよう。クソであると。

 発案者であるフェレス卿……あの道化師は帰ったら絶対掻っ捌く。


「あ、そうだエトくん! そろそろ半年経ったんじゃない?」


「半年……?」


 ピンとこない俺にイノリが虚空ポケットからグシャグシャの紙を取り出して見せた。


「ほらこれ! エトくんの同僚がそろそろ来るんじゃないかって!」


「半年……ああ! 懲罰期間の終了!」


「ちょうば……は?」

「懲罰……? エト様、それはどういう?」


「二人には説明してなかったか。俺、元々リステルから同僚があと四人くらい派遣される予定だったんだよ」


 しかし奴らは問題児どころか犯罪者予備軍だ。

 辞令が言い渡される前日に全員揃って規則違反……どころか法律違反を犯し、戦功の取り消しと引き換えに懲罰房行きとなった。


「なんと言いますか……とても個性的な同僚なんですね」


「オブラートに包まなくていいぞストラ。アイツらは真性のアホだから」


「とんでもねえな……というか、そいつらの実力は?」


「順当に強くなってたら、全員銀三級相当はあると思うぞ」


「「「『弱小世界』とは?」」」


 三人のツッコミは最もである。

 が、俺たちの代は“黄金世代”とまで呼ばれた豊作の年だ。過去数十年にわたって類を見ない才能たちが溢れていた年。惜しむらくはそいつら全員揃って変人だったことだろう。


「アルスからして特異点みてえな存在だったからな……まあ、懲罰期間が終わっても俺は合流はしないと見てる」


「ふむ。その心は?」


「防衛が手薄になりすぎる。アイツらはまかり間違ってもラドバネラとの戦争の最前線で生き抜いた騎士だ。リステルのみんなはそれを知ってるし、だからこそ精神的支柱としてアイツらはリステルを離れられない」


 考えてみればすぐにわかることだ。いくら崖っぷちとはいえ、防衛の主戦力を全て世界外へ排出するなんてありえない。


「それじゃ、エトくんは元々一人で異界を探索しなくちゃいけなかったってこと?」


「クソ道化師なら割と考えつきそうな作戦ではある。というか、俺は世界を人質にされちゃ動くしかねえんだ」


 世界を守る。アルスが、ガルシアが命を賭して繋いだ世界の未来を紡ぐ。この身はそのために生き、この剣はそのために振るわれるのだから。


「約束があるからな。横に墓立てろって言われちまった」


 一人にしない。それが約束なのだから。


「……それでは、わたしのお墓はその隣に立てます」


「じゃあ、私のお墓はその前に建てるからラルフくんが後ろで!」


「俺の肩身が狭すぎねえ?」


 高い買い物をした後だからか。心なしか全員普段よりテンションが高かった。


「話を戻すのですが、エト様は初任給で何をお買い求めに?」


「全額仕送り」


「今までの話のどこに今日の買い物との共通点があったよ」


 ラルフの的確なツッコミにくつくつと喉を鳴らして笑った。笑っていないと買い物の重みでどうにかなってしまう。


「しっかし、静かにしてたら危険度6くらいの魔物ならやり過ごせる隠蔽結果か……」


 俺は、『魔剣世界』で師事したくーちゃんのことを思い出した。ストラも同じことを思ったのか、やや遠い目をしていた。


「くーちゃん様、わたしやエト様が全力で暴れても誰一人として気がつかない隠蔽を、その他諸々欲張りセットのような結界と共に使用してましたよね」


「あの人マジでどうなってんだ……?」


 魔法を使うだけで億単位の金が動きそうな気配がある。というか、給料一体いくら貰ってたんだろうか。


「公開されてる金級の名簿にあの人の顔なかったし。マジで謎だ」


「実力者がみんな冒険者ってわけでもないんじゃない?」


「そりゃそうだけど、あんなのがリードなしに野に放たれてるとか考えたくないんだが?」


 知らないけど、絶対金級上位の実力者だろ。


「俺はその、くーちゃんだっけ? は横目にみたことしかないんだけど、そんなやべえ人だったのか」


「戦闘にサポートに治療に知識になんでもござれだったからな。《英雄叙事オラトリオ》のことも説明するまでもなく知ってたし」


「どこかの世界のお抱え魔法使い、とかでしょうか。確か『本業はお休み中』みたいなことを言っていたような」


 そういえばそんなことも言っていたような気がする。

 本当に謎多き人だったが……今はあの人の話は蛇足だ。置いておくとしよう。


 俺は今一度虚空ポケットの中身を覗き、900万のテントの存在を確認した。


「帰って性能チェックするか!」


「テスト場所はどうする?」


「裏の空き地!」


「不審者集団になる未来しか見えねえ」


「安心してください。ラルフは既に『へんたいふしんしゃ』です」


 ストラの何気ない右ストレートにラルフが完全にノックアウトされた。




◆◆◆




「『大輪祭』、ちゃんと出場者が揃いそうだな」


 ギルド『花冠世界』第二支部は、『大輪祭』への最終調整に取り掛かっていた。

 『庭園』が封鎖された今、通常の業務は全てストップ。大会前の調整と言えば忙しく聞こえるかもしれないが、むしろギルド裏は普段の殺伐とした空気とは打って変わって非常に穏やかな時間が流れていた。


「毎日これくらい暇だったらなあー」

「らくちーん」


 皆、非常にリラックスした態度で勤務に臨む中、エトラヴァルトたちの記録を調査していた男性職員は出場者リストと睨めっこをしていた。


「どうした? なんか記載ミスでもあったか? ほれココア」


 同僚からの気遣いを受け取った男は首を横に振って苦笑いした。


「ミスはなかったよ。今回の勝敗予想をしてただけだ」


 出場パーティーは六つ。参加者は25人。『湖畔世界』の一件から多少敬遠するパーティーが出てくると予測されていたが、蓋を開ければ例年通りの参加となった。

 ギルド内では「金級の招集」が多くのパーティーにとって参加を決める後押しになったのだろう、と推測されている。


 〈落陽〉のヴァジラ率いるパーティー“夜薙ぎの翼”。金五級冒険者のヴァジラをトップに、銀一級と銀二級それぞれ一人が脇を固める『花冠世界』お抱えのパーティーだ。


 普段は行動制限をしないため、ヴァジラたちは各世界のギルドからの救援要請等を積極的に受けて回る、ギルドからの評判が非常に良いパーティーとして有名である。


「ヴァジラさんに『面白え奴らはどいつだ?』って聞かれちゃってね。個人的に推してるハルファくんたちの名前を挙げたんだ」


「なるほどな。んで実際に勝てそうかどうかが気になったわけだ」


「そんなところだよ」


 各パーティーの戦歴を眺めながらココアを一口。男の視線はハルファたちの戦歴を漁る。


「お前はなんであの狼人たちを推してるんだ?」


「彼らが“深層大異界”で結成されたパーティーだからだね。あそこは冒険者としての実力を測りやすいぶん、最も死にやすい異界でもあるから」


 ——深層大異界。

 第一大陸を支配する七強世界が一つ、『始原世界』ゾーラが有する穿孔度不明オーバースケールの異界である。

 この異界は有史以来、人類は辿


 この異界に底というものは存在しない。

 ただ進めば進むほど強くなる魔物と、どこまでも——星の果てすら超えて深く深く広がっていく未知の空間。


 唯一、『始原世界』の頂点たる“皇帝”のみが最奥を知るとまことしやかに囁かれているが、真相は定かではない。


「深層大異界はイレギュラーの宝庫だからね。あそこで生き残ったという事実そのものが大きいんだよ。対応力の高さの証明にもなるからね」


「成程、そういう見方もできるのか。俺は自力の差で“剣界ソードスフィア”と〈黒百合〉が勝つと思ってたわ」


「そうだね。でも、経験値で言ったらハルファくんたちに分がある。それに、他の出場者たち……クリスくんなんかも中々に良い戦士だ。次第では結構混戦になると僕はみているよ」


「くじ引き……ああ!そういやがあったか!」


 しまった、忘れていたと同僚の男が自分の額をこづいた。


「いやそうか。確かにルート次第じゃ順位がわからねえ!お前が対応力を推す意味がわかった!」


 同僚はテンションを上げて、自分も勝敗予想をするために参加者リストを手にとった。


「ここ二、三回の大会は優勝候補が順当に勝つだけだったからな。俺は波乱を見てみてえよ」


「死亡者が出ないことが前提だぞ?」


「わーってるわーってる! そこはちゃんとやるさ。明日の機材調整、俺の役目だからな」


 運営側としてはつつがなく大会が終わることが一番望ましい。だが、冒険者という苛烈で華やかな職業に対する憧れ——強さへの抑えきれない羨望は、より盛り上がる大会を望んでいる。


 ——さあ、誰もが楽しめる最高の『大輪祭』を迎えよう。




◆◆◆




 事前準備はつつがなく進行し、あっという間に『大輪祭』は当日を迎えた。


 異界主の再出現は確認済み。

 各参加者、いずれもコンディションは万全。競い合うための最適な舞台はここに整った。



 この日、星の全土に激震が走る。


 一冊の本の名が全世界に知れ渡り、星は三度目の転換期を迎える。

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