休日の過ごし方

「それじゃあ『庭園』の基本陣形は先頭ラルフくん、真ん中私、最後尾をストラちゃんを背負ったエトくんで決定だね。魔物はラルフくんと私で処理、取り漏らしはエトくんが個人的に弾いて、ストラちゃんは補助魔法の制御に注力——こんな感じ!」


 数秒机と睨めっこしたラルフがぼそりと呟く。


「改めて字に起こすと、イカれてんなこの陣形」


「「「確かに」」」


 全くもってその通りである。俺もラルフの呟きに同意せざるを得なかった。しかし……


「でも実際これが一番効率良かったし安定したからなあ」



 俺とイノリのメンタルがそれなりに安定したことで前日の『大輪祭』前の最終確認はかなり有意義なものとなった。

 そして強制的休養日となった一週間の初日。俺たちは早朝から本番の陣形を決めていた。


「ストラの補助がめちゃくちゃ有効だし、これが一番突破力あったし」


 この陣形のきもはストラの“熱を軽減する”補助魔法だ。いつか冒険者になった時のために——と溜め込み続けていた知識から引っ張り出したものらしい。


「昨日聞いたけど、もう一度聞くね。ストラちゃんは大丈夫? 魔法の維持は」


「問題ありません。維持するだけでしたら、定期的に魔力を供給するだけですし。むしろ矢継ぎ早に使う魔法を切り替える普通の戦闘のほうが私的にはキツいです」


 これが嬉しい誤算だった。

 ストラは魔力を外部に依存するゆえに、普通の魔法使いとはやや異なる感覚を持っている。

 俺たちのように体内生成した魔力を使う場合、長時間に渡って魔法を使うのは自分の中の何かをゴリゴリと削られるようなしんどさがある。


 だがストラ的には「魔力を流すだけ」であり、そんな負担はまるでない。むしろ魔法使いとして未熟な彼女にとって辛いのは、複数の魔法の並列起動や切り替えなのだと言う。


「ってことでストラちゃんの確認もできたから、本番はこれで行くね。ってことで暫くは強制休暇! 二、三日自由に羽伸ばそー!」


「「「おー!」」」




◆◆◆




「……と言ったはいいんだけど」


 解散宣言後、イノリ、ラルフ、ストラは揃って宿に残っていた。


「休みの日って何すればいいんだろ?」


「わたしは少ししたら図書館に行く予定です」


「俺はなにすっかなー」


「ナンパじゃないの?」

「ナンパではないのですか?」


「ナンパは一昨日10敗したっ……!」


「「流石に負けすぎでは?」」


 肩を震わせ涙を流すラルフに冷ややかな視線を送りあくまで慰めない二人。

 イノリは「まあラルフくんは放っておくとして」と無慈悲に突き放し、久々の休日に呆然と天井を見上げた。


「何もない日って久しぶりで、何すればわからなくなっちゃったな……」


 老夫婦二人と暮らしていた頃は畑仕事があった。

 冒険者になってからは毎日異界に潜り、エトとパーティーを組むようになってからは異界に移動に学園に——


「イノリは学園の休みの日は何をしていたんですか?」


「えっとね……」


 ストラからの質問に、イノリは少し過去の記憶を漁った。


「基本休みの日も学園言って教科書と実験と睨めっこだったかな。休んだ日は……エトくんを着せ替え人形にしてたかな」


「エト様が颯爽と逃げるわけですね……」


 会議が終わり休日が言い渡されるや否や「それじゃ俺は行くわ!」と予定も何も言わずに外へ繰り出したエトに対してストラが同情の視線を送った。


「それでは、わたしが買い物にお付き合いしますか?」


「うーん。気持ちは嬉しいんだけどね。買い物自体は三日後に“テント”を買うって決めてるから躊躇っちゃうなあ」


「……確かに。中々高い買い物になりますからね」


 異界の熱気をやり過ごすための手段としてストラの魔法が採用されたことで、イノリたちは「安全に休憩できる場所」を求めた。


 彼女たちが購入を検討しているのは、魔物たちの意識を逸らす『テント』である。

 丁度、彼女たち自身も受けた可能性がある“催眠攻撃”。そこから着想を得て、異界内で自発的に安全地帯を生み出すことのできるテントを欲したのだ。


「しかし……想定価格は900万ガロ。これまでの稼ぎとエト様とイノリの報奨金が丸ごと吹き飛びますね」


「ラルフくんの分の報奨金が残ってるから飢え死にはしないけど、『大輪祭』ではしっかり勝って賞金獲得しないとね!」


「そうですね。ところで話は戻るんですが」


「休みの日……ごろごろするのもアリかな?」


「それが最適解かもしれませんね」


 微妙に釈然としない気はするが、ゆっくり休むのは確かに必要だろうとイノリは自分を納得させベッドに寝転がった。


「……あ、なんかいくらでも寝られる気がする」


 突然睡魔が——とまではいかないが、五分もごろごろしていれば確実に眠れる、そんな確信があった。


「それでは、わたしは図書館へ行ってきます」


 ぺこりと律儀に一礼して部屋を去ろうとするストラ。


「……なあ。エトの休日の過ごし方、気にならないか?」


 敗北の傷から立ち直ったラルフがそんなことを問いかけた。

 ドアノブを回すストラの手が止まり、微睡みに身を任せようとしていたイノリがすっと身体を起こした。


「なんつうか、アイツって世界救おうとしてるだろ? 基本使命一辺倒だし、『魔剣世界』の時はリディア嬢とかストラちゃんのために戦ったわけで……あと暇さえあれば鍛錬だし。そんなやつがどう休むのか、俺はすこぶる気になる」


 意訳:プライベートを覗きたい。

 そんなラルフの提案に、イノリとストラはばかでかいため息をついた。


「ラルフくんさあ」


「そんなもの、子供じゃありませんし」


「……だめか?」


「何ぼーっとしてるのラルフくん!行くよ!」

「時は一刻を争います!」


「俺よりノリノリじゃねえか!!」


 そんなこんなで、三人の休日は尾行で決定した。




◆◆◆




 ターゲットエトラヴァルトは、思ったよりずっと簡単に見つかった。

 が、その姿は中々珍妙なものだった。

 広場の噴水のベンチに腰掛け、形見の剣を右手に日光浴をしている。

 その足下には犬が居座り、膝を猫が占有し、肩や頭に小鳥が留まっていた。


「エトのやつ、何してんだ……?」

「瞑想なるものでしょうか?」

「エトくん、あれで寝てないのかな?」


 周りの住民や冒険者たちからの奇異の視線を独り占めにするエトを遠巻きに観察する三人。ふとラルフが「あっ」と声を上げた。


「どうかしましたか?」


「ああ、いや。エトの“直感”ってさ。これもわかったりすんのかなーって」


「……バレるかも」


 イノリはエトの異様な気配察知能力を思いだす。


「紅蓮さんとか、あと……なんだっけ。あの騙してくるクソ魔物。アイツの偽証を一発で見破ったり。エトくんのその辺の察知力、割ととんでもないよ」


「これは……最高難度の尾行ですね」

「下手すりゃ異界探索より神経使うぞ」

「休みってなんだっけ……?」


 そんなことを言っていると、急にエトが再起動した。

 自分に集っていた動物たちを慣れた手つきでどかし立ち上がり、おもむろに移動を始める。


「……よし、追うぞ!」


 ラルフの小さな掛け声に少女二人が頷き、パーティーメンバーの尾行が始まった。



「……ごめんイノリちゃん。その両手のものなに?」

ほっほほっふホットドッグはふふふんもはへふラルフくんも食べる?」

「いや、遠慮しとく」

「イノリ、貴女いつのまにそんな食いしん坊に?」




◆◆◆




 エトがどんな休日を過ごしているのか——そんな疑問を解消すべく始まった尾行だったが。


「アイツ、また寝たぞ……?」

「花団子を食べてまた寝ましたね」

「お花と団子って……二兎を追ってるね」

「「…………?」」


 少し歩いて、何かを食べて、そして眠る。


「お爺ちゃんじゃねえか」


 ラルフの発言にストラは同意せざるを得なかった。

 行動が19歳の年頃の青年とはあまりにもかけ離れている。

 また、ストラは己の背後でもりもりとホットドッグを食べるイノリの存在で気が散ること仕方なく、備考という本来の目的以上になぜこの仲間はいきなり大食いになったんだ?という疑問が勝り始めていた。


「エトくん、なにやってるんだろうね」


「わたしはイノリのその健啖家ぶりが気になります。ストレスですか?」


「ううん。多分、左眼のせいかな。最近持続時間伸ばすために毎日使って……あっごめん今のなし」


「……は?」


 しれっととんでもない発言をしたイノリにストラの表情筋が凍りついた。


「毎日……毎日!? 正気ですか!?」

「ちょっー! ストラちゃん静かに!エトにバレるバレる!」

「うるさいですよラルフ。緊急事態です緊急事態」


 うるさいと言いながらもちゃんと音量を下げたストラは、やべえやつを見る目をイノリに向ける。


「イノリ、毎日魔眼起動してます」

「お、おまっ……!そりゃダメだろ!」

「大丈夫だって。ちゃんとセーブしてるから」

「…………エト様に報告します」

「ごめんなさいちゃんと事情があるんです」

「「折れるのが早すぎる」」


 エトが暫く動かないだろうことに賭けて、三人はその場で反省会を開く。


「私の眼、神経を……というか脳を酷使するんだけどさ。その辺、筋トレ的に鍛えられないかなって思って、最近試してみてるんだよね。で、魔眼使ってるとものすごくエネルギー使うみたいで、すごくお腹減るようになっちゃって」


「ごく当たり前のように自分の脳を実験に使うなよ……」


 ラルフの真っ当すぎる指摘に、しかしイノリは折れない。


「ラルフくんの心配はわかるけど、金級になるためには必要な力だから」


「イノリの意図はわかりました。しかし、意図があるのなら余計に報連相は守ってください」


「そこは……うん。ごめん」


 しおらしく頭を下げるイノリ。一見反省しているように見えるが、イノリとラルフは「それでもやめないだろうなあ」という確信があった。


「イノリちゃん、そういうのはちゃんとパーティーで共有してくれ。俺たち他人だけど……エトみたいにあんたと運命共同体ってわけじゃないけどさ。それでもパーティーなんだから」


「……ん。ごめん、ラルフくん」


 ラルフの真剣な眼差しにイノリはもう一度頭を下げた。


「イノリの特訓に関してはなにか方法を考えましょう」


「だな。というか、今はエトだよ! アイツの休日を暴く!」


「すっかり目的から外れてしまっていましたね。ちなみにエト様は?」


 三人、揃って建物の陰から観察を再開する。運良く、というべきか。エトはちょうど目を覚まし、次の目的地への移動を開始していた。


「いくぞ!」

「はい!」

「うん!」




◆◆◆




 そうして暫く、エトは眠ることなくやや道に迷ったように街の中を練り歩いていた。


「なんか……普通だな」

「普通だね」

「普通ですね」


 特に何かをするわけでもなく、エトは街を歩き様々視線を飛ばす。

 まるで、あてどなく歩くことが目的であるかのように。


「エトってさ、趣味とかあるのか?」

「前に聞いた時は的屋てきやって……」

「それは趣味ではなく仕事では」

「うーん。あとは狩りとか採集とか」

「原始人じゃねえか」

「言われてみると、エト様が非生産的行動をしている姿は思い浮かびませんね」




◆◆◆




「好き勝手言われてんなあ」


 直感に頼るまでもなく、イノリたちが俺を尾行していることには最初から気づいていた。放置しているのは、なんとなくそっちの方が面白そうだからだ。


「イノリは後で説教だな。……にしても、休日の過ごし方ねえ」


 白状しよう。そんなもん俺にもわからん。

 学生時代はただぶらつくだけでトラブルが向こうからラリアットしてきたものだが、どうやら悪友共がいないと散歩というのはつくづく平和なものらしい。


「どうやって羽伸ばしてたんだっけな、俺。確か休日はレミリオたちと……」


 レミリオたちと道端に落ちてるうんこを知り合いの誰が踏むかで賭けたりして馬鹿笑いしていた過去を思い出し、軽く死にたくなった。


「ったく、今更んなことできるかっての」


 そんなことを言ってみるも、同時に過去にはもう戻れないことを実感して、少し、胸が痛んだ。


「……だよな。後悔はもうしたくないからな。ってことで」


 俺は背後を振り向き、団子のように壁から顔を覗かせていた三人に手招きした。

 最初は意地はって頭を引っ込めた三人だが、結局ラルフとストラが嫌がるイノリを引きずってやってきた。


「我が生涯に一片の悔いなし……!」


「悔い残せよ。兄と姉見つけてないだろお前」


 アホなことを宣うイノリの頭にとりあえず軽いチョップを入れる。


「観察してたからわかるだろうけどさ、俺もどうすりゃいいかわからないから一緒にぶらつこうぜ?」


「わたしは勿論ご一緒します」

「俺も異論ないぞ。けど……」

「エトくん、あのお爺ちゃんみたいな睡眠時間、なに?」


 お爺ちゃん、睡眠。

 単語の意味がわからず頭上に疑問符を浮かべる。


「睡眠……ああ、広場で寝てたやつか?」


「「「そうそうそう」」」


 ニワトリのように頷く三人。


「あれな、シャロンと話してたんだよ。『湖畔世界』の話題のお礼ってことで、精神世界にお土産持っていけないか試行錯誤してた」


「できるんですか? そんなこと」


「結論から言って無理だった。で、めちゃくちゃぶーぶーと文句言われてな……」


「もしかして、エトが二回目に寝てたのって」


 珍しく察しのいいラルフに頷く。


「そ。めちゃくちゃ内側からどやされたから宥めてた」


「エトくん、それやってること子守りじゃない?」


「《英雄叙事オラトリオ》に焼きついたシャロンの意識、精神年齢が16とかそこらだからなあ」


 知識だけやたらと詰め込まれた、やや達観した少女だ。知識と経験のぶん大人に見えるだけであって、根っこの精神は俺よりも子供だろう。


「シャロンが甘味好きだから、団子とかその辺を食べて上手くこう……できないか? ってことで試したんだけど」


「だめだったんだね」


「精進が足りないってお叱りを受けてきた」


「んな理不尽な」


「まあ、これは今後の課題にするってことで。とりあえずみんな、花団子食べようぜ?」


「エトくんってそんな甘党だったっけ?」


 俺は静かに涙を流した。


「『魔剣世界』で戻れなくなった頃に、食の趣味がちょっと変わったんだよな」


「まさかエト、シャロンちゃんに引っ張られた?」


 俺は血を吐いて肯定した。


「このままですと、いずれエルレンシア様の好みも混ざりそうですね」


「なんだその人格合成獣キメラ


「危険度8超える魔物で例えるのはやめてくれ……」



 その後の休日は皆で屋台の食べ歩きをしたり、リステルに向けて凍らせた花を郵送したりしてあっという間に日が落ちた。



 その翌日、『庭園』から金五級、〈落陽〉のヴァジラ率いるパーティーが帰還し、実時間にして23時間前、異界主がつつがなく討伐されたことが発表される。



 こうして『花冠世界』ウィンブルーデは、来たる大輪祭へ向けて熱気を高めていく。

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