もうちょっとマシな言い訳もってこい

 ここで今一度、冒険者の等級について話しておこう。

 冒険者の等級は上が金一級、下が銅三級の合計十三段階に別れている。

 そして、俺とイノリ、ラルフは現在銀四級。銅一級のストラを除き、全員が「銀三級の壁」にぶち当たっている真っ最中だ。



 『魔剣世界』レゾナを発ってから既に三ヶ月が過ぎた。この間、俺たちは穿孔度スケール3を七つ、穿孔度スケール4を4つ踏破した。

 この中で俺とラルフの等級が一つ上がり、ストラも、俺たちとパーティーを組んでいる関係上緩やかではあるが順調に等級を伸ばし、銅一級になった。


 俺とイノリとしては「遅くない?」と言いたかったのだが、ラルフ曰く「普通はこんなもん。これでも十分早い」だそうだ。


 そんな感じで、ギルドの依頼を受けつつ順調に実績を積み上げてきた俺たちは、積極的に依頼を受けて回った甲斐あって「銀三級」への昇格が見えてきた。

 ということで、俺たちの次なる目的地は第四大陸北方に位置する大世界、『花冠世界』ウィンブルーデ。

 第三大陸との玄関口であるここには、最も穿孔度スケール5に近い穿孔度スケール4の異界が存在する。

 俺たちの今回の目標はその異界だ。次の昇級会議が行われる十日後までに穿孔度スケール4を踏破すれば、全員が銀三級に昇格できる見込みだ。



「エトくん、あれから対話の方はどう?」


「大体が雑談とダメ出しだな。新規情報は一切なし」


 『花冠世界』への道中。穏やかな気候の平原を馬車が進む。今回はギルドからの依頼はなし。なんで、自分たちで商団の護衛を請け負い、そこに便乗して『花冠世界』を目指している。

 荷積の上で全方位の監視をする俺の答えにイノリが「ダメ出し……?」と疑問を呈した。


「力の使い方がなってないとか、判断が悪いとか……後はもっと話に来いとか。大体はシャロンが」


 俺が対話をできるようになって以降……というか、レゾナを発ってから、シャロンの自己主張が激しくなっている。

 彼女と比べてだいぶ落ち着きがあるエルレンシア曰く、『あたいたちのこの姿は、生前最も輝いていた瞬間なのさ』とのこと。

 記録によれば、シャロンという英雄がラドバネラを解放したのが16歳の時だと言う。ちょうど、今の彼女の見た目と年齢が合致する。


「多分精神性は焼きついた姿に寄ってるんだろうなー」


 基本静観を貫くエルレンシアと、ことある毎にツッコミを入れてくるシャロン。喧しいと思うことはあれど、アドバイスは純粋にありがたいものだ。


「二人とも情報を出し渋るような人じゃないし、暫くは《英雄叙事オラトリオ》が……『概念保有体』ってのがなんなのかはお預けだな」


「もどかしいねー」


 イノリの言う通りではあるが、実を言うと俺はそこまで焦ってはいない。自分の内側にあるものの正体を、全容を知りたい。その思いはあれど、そもそも前提として何も知らない頃から共存してきたのだ。

 向き合い方を知った今、焦る必要はないと個人的には思っている。


「イノリの方はどうだ? 魔眼の持続時間」


「もう全然ダメ! くーちゃんさんが限度30分とか言ってたけど、5分でも厳しいよ」


「あの人やっぱ教師向いてなかったのか……?」


 魔法学園で臨時講師をやっていたくーちゃん(本名不詳)ですら「見たことがない」と断言してした魔眼。

 魔力を使わずに時間魔法を使えるという破格の性能を有する魔眼は、その対価にイノリの脳を激しく酷使する。


 今のイノリが魔眼を使えるのは、最大で3分ほど。本人は「10分くらいなら無理できた」と宣っていたが、くーちゃん曰く『絡繰世界』との戦闘後、著しく脳を損傷していたとのこと。「私がいなかったら死んでたよ?」とまで言われたのだ。いくらなんでも、そんなものを酷使させるわけにはいかない。


「ま、探索では暫く眼は封印だな。魔弾の射手フライクーゲルの方は?」


「今日の朝カウントリセットされたから、また六発撃てるよ」


「わかった。でも、頼り過ぎない方針でいこう」


「だね」


 青空が突如として途切れる半透明のカーテンが目に映る。

 視線を少し動かすと、『花冠世界』への入り口である関所が目に入り、前方を進む荷馬車の中から顔を出したストラとラルフが手を振ってきた。

 俺も手を振りかえし、胸の裏ポケットから銀級の登録証を出して「お前らも準備しろ」とアピールしておく。


「『花冠世界』……どんなところなのかねえ」


「レゾナみたいにドンパチやってないといいねー」


「切に願う」


 俺たちが知る大世界は現状『魔剣世界』(内部分裂)、『絡繰世界』(ど畜生)、『鉄鋼世界』(絡繰世界によって掌握済み)の三つだ。

 どうか、異界探索に集中できる環境でありますように。


 俺は祈りながら関所を潜った。




◆◆◆




 エトラヴァルトたちを出迎えたのは、咲き誇る花畑だった。


「「「「………………(絶句)」」」」


 今回の商団の護衛は関所までという契約だったため、四人は関所を潜った先で、現地の地理に詳しい別の護衛と変わる形で花畑のど真ん中に下ろされた。


「すっっっっごーーーーーーーい!!」

「い、一面、見たことない花ばかりです!」


 暫く絶句していた四人だったが、テンションが有頂天に達したイノリとストラの声によって現実に引き戻された。


「花畑なんて人生で初めてみたよ!」


「レゾナにはここまで多くの花はありませんでした!これ、どこかで売られてないでしょうか!?未知の素材ばかりです!」


 道の脇に咲く花々を撫でるように観察し目を輝かせるイノリとストラ。約一名、年頃の少女らしくない研究者気質を発揮しているが、楽しんでいるのは間違いなかった。


「確かにこりゃすげえな……ん? エト、どうした?花粉症か?」


「花粉症……? いや、別に風邪ではないぞ」


 ラルフの疑問形に、エトは少しだけ目を細めた。


「ちょっと学生時代を思い出してさ。親友が好きだったんだよ、こういう色とりどりの花」


 イノリたちに倣い身を屈め、花を優しく撫でながらエトは淡い笑顔を浮かべた。


花冠はなかんむりとか押し花とか好んでたんだよな……アイツ」


 暫くそうして感傷に浸ったエトは、「よし!」と切り替えて立ち上がった。


「立ち話するには広すぎるな」


「だね。移動しようか!」


穿孔度スケール4の異界はここから北西方面らしいです」


「この世界は平和そうだなあ」


「ラルフくんそれフラグだよ」


「前から気になってたんだが、イノリのその“フラグ”ってなんだ?」


 20万種を超える花が咲き誇る世界を、四人は普段より歩調を緩めて、いつもより雑談多めで移動を始めた。




◆◆◆




 『花冠世界』ウィンブルーデの有する異界は二つ。一つは穿孔度スケール6の異界・『樹冠古城』。もう一つが、俺たちの目的である穿孔度スケール4の異界・『狂花騒樹の庭園』だ。


「ウィンブルーデの異界……確か、最も穿孔度スケール5に近い4、だっけか」

「ラルフくん、『庭園』ってどんな異界なの?」

「わたしも気になります」


「広い、多い、鬱陶しい」


「「「ええ……」」」


 端的なラルフの回答に、俺たちは揃って苦い表情を浮かべた。


「『庭園』が穿孔度スケール5の判定を受けてないのは、異界主以外に危険度6以上の個体が確認されてないからだ。ぶっちゃけ、今日この瞬間にも新しい危険度6が見つかって穿孔度スケールが上昇する可能性だってある」


 魔物の危険度は最低で1、最高で15だ。

 そして、穿孔度スケール5の認定条件に、異界主以外の危険度6の個体の存在が必要だ。


「だから、『庭園』は事実上の穿孔度スケール5だし、ギルドもそれをわかっていて実績のない銀級は入場が許されない」


 難易度で言えば、『湖畔世界』フォーラルの『偽証の魔神殿』と同等だ、とラルフは断言した。

 俺とイノリは、揃って「うへえ」と呻き声を漏らした。


「アレと同じかあ……」

「嫌だなあ……」


「追撃するようで悪いが、魔物の脅威だけで言えばあれ以上だぞ? あそこは世界の成長に合わせて急速に伸びた異界だからな。ってのは、俺たちが思ってる以上に厄介だ」


 ラルフからのありがたいお言葉にテンションがだだ下がりしながら花畑を下る。眼下に見えてきた発展した都市を見て、途端に両足が疲労を思い出した。

 歩き始めて既に三時間。異界探索じゃ当たり前の距離でも。世界間の移動となるとまた違った精神的疲労がある。


 イノリが「やっと見えたー」と気の抜けた声を出した。


「それじゃ、今日と明日は情報収集に努めて、探索は明後日からでどう?」


「「「異議なーし」」」


「それじゃ、後少し歩いて頑張ろー!」


 イノリの妙なテンションの号令に続いて、俺たちは眼下の都市を目指した。




◆◆◆




 その日、『花冠世界』ウィンブルーデの第二都市リガーデでは、割と見慣れた、しかし何度見ても「御愁傷様」と両手を合わせたくなる光景が広がっていた。


 都市の玄関口でくたびれきって蹲る男女合わせて四人の冒険者たちに、現地住民やここに来て長い冒険者たちが「ああ……」といった納得と同情の視線を送った。


「遠すぎる……マジでどうなってたんだ」


 細長い奇妙な形の剣を背負った銀髪の青年が恨み節を吐く。


「歩いても、歩いても……一向に近づかなかった」


 『花冠世界』全土に咲き誇る20万種を優に超える花々の中には、当然というべきか、毒性を持つ花が相当数存在する。

 そして、花の中には『幻覚を見せる』類いの毒を風に飛ばす花があるのだ。


 四人の冒険者……エトラヴァルトたち一行は、その幻覚を見せる花に見事に囚われ、蜃気楼のように近づいても近づいても辿り着けない都市を魅せられ続けていたのである。

 結果、彼らは都市の姿を見てからかけてようやく本物の都市に辿り着いた、というわけである。


 フラフラと起き上がった魔法使いらしい茶髪の少女が解毒薬の小瓶を噛み砕く勢いで咥え込んだ。


「辿り着くのに解毒が必要な都市なんて、頭おかしいですよ」


 続いて黒髪の、片目の隠れた少女と炎髪の男が立ち上がった。


「他の世界が攻めてこれないわけだね……」

「足が、棒になったぞ」


 それでも、流石は冒険者と言うべきか。それぞれが好き勝手に恨み節を吐きながらも誰の手も借りずに四人は立ち上がり、第二都市リガーデに入場した。




◆◆◆




 出鼻を完全に挫かれてしまった俺たちは、ギルド併設の酒場で夕飯を待ちながら机に突っ伏していた。

 屍みたいにぴくりとも動かない俺たちは賑やかな酒場の中でそれなりに目立ってしまっているようで、こちらを窺う視線がちらほらと感じられた。


「アレが最近噂の……」

「三ヶ月で10カ所踏破したらしいぞ」

「女になるのはどいつだ?」

「女児……あの黒髪の子か?」


「エトくん、私は今からアイツらを殺してくるね」


「本気の目と本気の口調で白夜抜きながら言うな。ガチすぎるだろ」


 恐らく肉体の特定部位を限定して“女児”と断じられたイノリをなんとか宥め、席につかせる。

 人ひとり余裕で殺せそうな眼光のイノリに頬を引き攣らせるラルフが周囲の話に聞き耳を立て、苦笑する。


「順調に名前が知れ渡ってるけどよ、一緒にエトの悪名も広がってんなー」


〈英雄女児〉、〈女児氏〉などなど。“剣界ソードスフィア”という正式? な異名ではなく、あの場にいた馬鹿どもによって生まれた悪しき単語が蔓延している。


「マジであそこにいた奴ら許さねえ……!」


「なんか、ここまで広がり早いと紅蓮さんが関わってそうだね」


「あり得るな……」


 あのクソ吸血鬼のことだ。嬉々として俺の悪名を広げたことだろう。肉体の置換先が一人増えたことを知られていたら、と思うとゾッとする。


「エト様としては大変不本意でしょうが、目的に一定程度寄与していることを考えれば多少は得、だと思います」


「代わりに俺の尊厳は死んでいくがな……」


 名声の代わりに尊厳を失う。

 今頃リステルの悪友たち、シャルティアさん、フェレス卿などなど。ゲラゲラと笑っていることだろう。


「帰りたいけど帰りたくねえ……!」


 複雑な感情に頭を抱える俺を見て、三人それぞれ笑う。

 まもなく注文していた夕食が届き、俺たちは疲れを癒すように目の前の食事に齧り付いた。


「……おい」


 周囲の雑踏など耳に入らず、それぞれが黙々と肉や野菜、パンを胃袋に納めていく。


「おい、こっちを見ろ。無視すんな!


 なにやら声が聞こえるが無視。最優先は飯だ。ひたすら無心でかき込んでいく。


「聞こえてんだろ!こっちを見ろ女児野郎!」


 とんでもない罵倒が飛んできたが、ひとまず完食。

 満腹になって心穏やかになった俺は振り返り、律儀にも背後で待っていた狼人の男と目を合わせた。


「俺に何か用か?」


「舐めやがって、この野郎……!」


 灰色の体毛を逆立たせてイキリ立つ狼人の男が胸から下げた銀の登録証を揺らし、ビッと音が聞こえてきそうなくらい真っ直ぐに俺の鼻先へ指を立てた。


「お前の顔が気に食わん! 俺と戦え! 男女おとこおんな!」


「そんな雑な因縁のつけかたある?」


 あまりにも唐突な果たし状に、突きつけられた俺はおろか、周囲にいた者たち全員が「ええ……?」と困惑の吐息を漏らした。

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