第三章 それは遥かな旅の途中

北上する新星

 第三世界西側に位置するとある小世界。

 穿孔度スケール4の異界を所有するこの世界には、多くの銀級冒険者が滞在している。


 銀四〜五級の彼らにとって穿孔度スケール4の異界というのは常に死の危険が付き纏う魔境だ。

 多少の戦いの才能を持つ人間がパーティーを組めばそれなりの時間で安定した行軍が可能な穿孔度スケール3までとは違い、それ以上の異界というのは明確な“努力”、“運”、或いはそれらをものともしない“才能”、圧倒的な実力が必要となる。

 ゆえに、必然的に滞在時間は長くなるのだ。


「よお! 今日はこっ酷くやられてきたなあ!」

「なんだよ生きてたのかよ! ほら、こっち来て一杯やろうぜ!」

「朗報だ! グスタたちが第九層まで進めたらしいぞ!」

『祝いだぁ!』


 銀五級冒険者の一つの世界、ひいては都市での平均滞在期間は一〜二ヶ月程度とされている。結果、ギルドや周辺の酒場にたむろする冒険者たちは大体が顔見知りになる。

 日々酒を酌み交わし、飯を共に食うことで交友を深めることで独自の情報網を得ていく。

 情報とは、異界という未知を相手取る冒険者にとって命綱に等しい。

 各世界が所有する資源回収部隊や探索隊のようなノウハウを自ら手に入れる必要があるため、こうした団欒の時間も大切な冒険者活動の一環なのだ。



「そういや、最近聞かねえな。“期待の新星”の話」


 その単語は、ギルド併設の酒場の端で発せられたにも関わらず、多くの冒険者の耳に届いた。

 夜。探索の疲れを癒すように山盛りの飯に食らいついていた冒険者たちの意識が集中し、騒がしかった酒場がしんと静まり返った。


「なんだっけか、その話」

「アレだよ、変異個体イレギュラーを三日で討伐したってやつ」

大氾濫スタンピードで活躍したってのも聞いたぞ?」

「確かに最近は名前聞かねえな」


 その二人組が一躍有名になったのは、もう四ヶ月以上も前のことだ。

 曰く、銅三級と銅一級の二人だけで危険度4の異界主を倒したと。ここまでならまだ半年に一度は聞く程度の才能だ。だが、続く大事件。

 『湖畔世界』フォーラルで起こった大氾濫スタンピード。多くの冒険者の協力があって鎮圧されたその騒乱の中心に、二人組はいた。


「危険度6の異界主をぶっ倒したって聞いた時は盛り上がったよなあ」

「けど、その後全く話題にならねえな」

「どっかでのたれ死んだんじゃねえか?」


 持て囃された新人たちが自分の実力を測り間違え、あっさりと死んでしまう——そんなことはこの業界にはありふれている。期待の新星、と持て囃されていたのなら、その勘違いぶりはさぞ凄まじかったことだろう。


「ま、よくある話だ気にすんな! ほらほら飲み直しだ!」

「いいねえ! お姉さんこっちのテーブル樽追加で!」

「ばっかお前飲み過ぎだろ! 女房に叱られるぞ!」

「ああん!? アイツは別に女房じゃねえよ!」


 話題に上がったのはほんの一瞬。すぐに酒場は活気を取り戻した。


 しかし、噂をすれば影がさす、という言葉が世の中にはある。


 その時、騒がしいギルドの扉の鈴を鳴らし、四人の男女が何やら言い合いをしながら入ってきた。


「なんでさ!? レゾナじゃあれだけノリノリだったのに! なんで女の子にならないんだよ!?」


「なんでじゃねえよ! 当たり前のことだろ! 俺は男だぞ!?」


 “女の子になれ”という無茶苦茶な要望をする炎髪の男と、それにキレ散らかす銀髪の男が互いに睨み合いながら入場。

 その後ろから、とんがり帽子を被ったいかにも魔法使い“らしい”姿の少女と、艶やかな黒髪を揺らす少女が現れる。


「落ち着いてくださいエト様。ここは人が多すぎます。その話題は避けるべきです」


「そうだよエトくん。ここで煩くしたら『〈女児氏〉w』って笑われちゃうよ?」


「——ふんぬがぁっ」


「イノリ、それはトドメです」


 ギルド内の喧騒に負けない二人の男の言い合い。そしてその後ろを歩いていた少女の口から漏れた冒涜的な単語。

 ある男には、その単語に覚えがあった。


「女児……ああっ! その背中の細長い剣!間違いねえ!〈英雄女児〉! 期待の新星じゃねえか!!」


「えい、じょ……は?」

「なん……そ、その、なんだ?」

「女児……?」


 ざわざわと。

 困惑の色が強くなるギルド内で、話題の青年……期待の新星兼〈英雄女児〉のエトラヴァルトは。

 自らが吐き出した血の海に顔面から突っ込み、自らの血で『おれはじょじじゃねえ』と遺言を書き残した。




◆◆◆




 要らぬ注目を集めた俺たちだったが、ギルドが事前に手配してくれていた宿へと早々に案内してくれたため無用な混乱を避けることができた。


「四人分のベッドがあると広くて良いなあ」


「費用もギルド持ちだから心休まるよねー」


 貧乏性を発揮した俺とイノリは部屋に到着して早々シワひとつないベッドに飛び込んでうんと体をのばした。


 ギルドからの依頼・召集を受ける際、宿泊施設はギルド側が場所を手配し、費用を負担してくれる。

 これは節約という観点から、依頼を受ける利点のひとつと言える。


「エト様、イノリ。ミーティングがまだですよ、起きてください。ラルフも、ベッドの下を覗いても女性の下着の忘れ物はありませんよ」


「靴置いてただけだよ! ひでぇ冤罪だ!」


 ストラに急かされ体を起こした俺はベッドの端に腰掛け、同様に体を起こしたイノリパーティーリーダーの言葉を待った。


「それじゃあ依頼の確認をするよ。私たちの目標は変異個体イレギュラーの異界主、狩猟戦屍ウルディオル。危険度は6」


「グレーターデーモンと同じか」


 俺の呟きをラルフが否定する。


「いや、多分あの悪魔のほうが強えよ。アレは穿孔度スケール5の異界主だ。しかも、“光を奪う”なんて普通の魔物が持たねえものを持ってた。見かけの危険度は同じでも、脅威度で言えばあっちが圧倒的だ」


「悪魔……確か、エト様たちが討伐したという魔物ですね。イノリ、狩猟戦屍ウルディオルの特徴は?」


「ギルドが持っている情報だと。自分の骨と肉を弓矢として使うらしい。毒矢とか罠とか、搦手を使うらしい。変異個体イレギュラーが確認されてからもう十日経つし、最下層の二十一層は罠だらけって考えたほうが良いと思う。油断は禁物だよ」


 異界での戦闘は、たった一つの要因で簡単に総崩れを起こす。搦手を使ってくる相手であれば尚更だ。

 目標の情報をしっかり頭に叩き込む、冒険者としての基礎だ。始めたての頃の自分に言いたい。『お前バカだろ』と。


「それじゃ、早朝から早速攻略アタックか?」


 俺の確認にイノリが頷いた。


「うん。朝6時から攻略開始。48時間以内での討伐を目指そう」



 その後、夕飯を胃に流し込むようにかっ食らった俺たちは長旅の疲れから気絶するように就寝——あっという間に翌朝を迎え、異界に突入した。




◆◆◆




 異界・『屍旗迷宮紀行』。

 エトとイノリが二人で初めて踏破した『赤土の砦』に酷似する構造でありながら、穿孔度スケール4の異界規模はやはり桁違いだった。


 その最下層で産声を上げた変異個体イレギュラー異界主・狩猟戦屍ウルディオル

 上半身が溶けかけた人体、下半身が長大な蜈蚣むかでという目にするだけで正気が削がれるような見た目。更には階層全体を覆う腐臭にエトラヴァルトたち四人は一様に表情を険しくした。


 事前に口に含んでいた解毒飲薬を嚥下したイノリが左眼の魔眼で思考時間を加速させた。


「全員戦闘態勢! 炎属性魔法で周囲の毒性を焼き払った後、ラルフくんを前衛に接近戦に持ち込むよ! 各自、解毒薬は180秒ごとに服薬して! 手足に痺れを感じたらすぐに退くこと!」


「「「了解!」」」


「戦闘開始!」


 イノリの合図に、誰よりも早くストラが動く。


「『さすらいの熱波 焦熱の環 我が名を礎に万難を排せ』!」


 木杖が一度に複数の魔法陣を描き、異界内部に充ちる魔力がストラを経由して陣へと供給された。


「来たれ、『炎征風域』!」


 魔法陣が輝き、広大な最下層に灼熱が吹き荒れる。

 同時に、闘気で身を覆ったエトとラルフが突貫。

 灼熱によって開かれた道を一直線に狩猟戦屍ウルディオルへと迫る。


「30%でいくぞ、エルレンシア!」

「『吼えろ猛炎』ッ!」


 エトの身から極彩色の魔力が放たれ、ラルフの全身を青い炎が包み込む。


『〜〜〜〜〜〜〜ッ!!』


 およそ生物とは思えない悍ましい絶叫を上げた狩猟戦屍ウルディオルの右手の骨肉が弓矢へと変貌し、速射。

 一瞬で十五射放たれた毒矢に対して、エトが先行する。


「『灼混炎華』!」


 灼熱を纏ったエストックが振り抜かれ、二人を狙って放たれた矢が灰に還る。


「ナイスだエト!」


 炎のカーテンを切り裂くように加速したラルフが狩猟戦屍ウルディオルと肉薄、屍が生成した左手の骨斧と大戦斧が甚だしい衝突音と火花を散らした。


 膠着の一瞬。

 狩猟戦屍ウルディオルの蜈蚣の下半身が動く。


「二人とも退避!!」


 後方から届いたイノリの鋭い警鐘に二人が一斉に飛び退く。直後、二人がいた場所を蜈蚣の下半身が薙ぎ払い、一帯に毒液をばら撒いた。


 毒液がかかった左腕に解毒薬を直接振りかけながらエトが舌打ちした。


「めんどくせえなコイツ!」


「イノリちゃん! これ引き延ばすのキツいわ!」


 前衛二人の言葉を受け、イノリが即決する。


「ストラちゃん、魔法の威力強めて! 二人はもう一度突っ込んで! 私も後ろから行く!」


「わかりました——『楽園は彼方 茫漠の渇きよ、汝の安息は訪れない』!!」


 追加詠唱により空間を疾る炎の巣網が勢いを増し、散乱した毒液や狩猟戦屍ウルディオルが文字通り身を削って生み出した罠の数々を無力化する。


『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?』


 異界主が絶叫した直後、イノリの探知魔法が異界の壁から新たな魔物——狩猟戦屍ウルディオルの私兵たちが生まれたことを教えた。

 探知魔法を持たない三人も即座に増援に気づく。が、イノリは揺らがなかった。


「関係ない! 異界主を最優先で!」


「「応!!」」


「“魔弾”も使うよ! 斜線開けて!」


 イノリの指示にエトとラルフの両名が左右に散開する。

 中央、二人の背を追うように疾走するイノリが腰のホルスターから拳銃を抜き放ち、構える。


「“魔弾の射手フライクーゲル”!」


 引き金を引く刹那、告げる鐘の音と共に本来激鉄がある場所に変わって存在するが「Ⅱ」から「Ⅲ」へと移行する。


 ——カチ、と引き金が音を立てる。しかし、一向に弾丸は見えず、狩猟戦屍ウルディオルはイノリの攻撃が不発に終わったと判断した。

 その両側からエトとラルフが挟み込むように接近。

 狩猟戦屍ウルディオルは両手を突き出し、骨肉を変貌させ連射弓を生成——できなかった。


『〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?』


 そもそも、両手を敵対者に向けることすらできない。

 思考に対して肉体が致命的に遅れを取る。無視できない思考と肉体の乖離に、狩猟戦屍ウルディオルは困惑と怒りに絶叫した。


 イノリが紅蓮から譲り受けた魔道具——“魔弾の射手フライクーゲル”。

 撃ち出す弾丸は時間魔法。引き金を引いた瞬間、時間魔法は風向きや弾速を一切無視して目標に必ず命中する。


 本来、この魔道具は魔法を「必中の弾丸」として撃ち出すものだ。障害物の有無に関わらず、使用者が狙ったものに必ず着弾する確定照準オートホーミング


 しかし、イノリが撃ち出すのは時間魔法。“必中”という結果がある以上、イノリであればそこから逆算を行い「着弾までの時間」を消去できる。

 したがって生まれるのが不可視の弾丸ニルバレット


 引き金を引いた瞬間、着弾の未来が確定する凶悪極まる一撃である。


「持続5秒! 仕留めて!」


 イノリの命令にエトとラルフが頷いた。


「シャロンッ!」


 名を呼んだ瞬間、エトの全身から白銀の闘気が噴き出し、エストックが輝きを帯びる。


「『猛れ』!」


 対角のラルフが吼えた瞬間、青炎の勢いが増し、周囲の気温が一段高くなった。


 白銀の闘気を纏ったエトの斬撃とラルフの青き炎の一撃。如何に危険度6の魔物と言えど、無防備で喰らえば致命傷は避けられない。


『ーーーーーー!!』


 渾身の力で、骨肉を負荷で絶叫させ自壊させながらも狩猟戦屍ウルディオルが両腕を伸ばす。が、その瞬間空間を制圧していた炎が確かな意思を持って狩猟戦屍ウルディオルの全身を拘束する炎獄の鎖と化した。


「邪魔はさせません! ラルフ、エト様!」


「ナイスだストラちゃん!」

「助かる!」


 踏み込み、加速。

 両者一斉に狩猟戦屍ウルディオルに肉薄し、裂帛の気合いと共に交差するように眼前の屍を斬断した。


 数秒後。

 統制を失った狩猟戦屍ウルディオルの私兵が土に還るようにその身を霧散させ、狩猟戦屍ウルディオルもまた拳大の巨大な魔石を残して消滅した。


 毒液を青炎で焼き払ったラルフが魔石を拾い上げ、一言。


遺留物ドロップアイテムは無しかあ」


 四人全員、ため息をついた。


「異界主のは高く売れるから欲しかったなあ……」

「今回は全体的に不作でしたし、研究用に手元に残すこともできなさそうですね」

「ギルドからの報酬で上乗せされるからギリギリ黒字だろうけど、そろそろドカンと稼ぎたいねー」


 皆それぞれ、自分が危険な思考をしているという自覚はあったが、やはり研鑽のためにお金というのはいくらあっても足りないものである。

 冒険者として成長するほど、相応の用意や装備の重要性を知る。結局、突き抜けない限り冒険者というのはずっと金欠なのだ。


「まあよし! さっさと切り上げて帰ろうか!」


「「「りょうかーい」」」


 漏れなく魔石を拾い上げ、散発的な戦闘をこなしつつ帰還する。

 所要時間、43時間。

 一人も欠けることなく依頼を達成したエトラヴァルトたちは、早々に次の異界へ向けて出発した。




 第四大陸を彗星の如く北上する新進気鋭のパーティーを、今度こそ、多くの冒険者が知ることになる。

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