護るための剣

 『魔剣世界』レゾナの首都、ガルナタル。

 円形かつ三層の階段構造の都市の中央に位置する壮麗な王城。通学中、列車の窓から何度も見たその美しい外観は見る影もなく黒煙と大雨に覆われていた。


「正面切って突入したのか……この変な電気みてえなやつが何かしらやってんな?」


 全身を絶え間なく貫く不快な電気のような何か。身体能力自体に影響はないらしいが、少なくともいいものじゃないことくらいはわかる。


 を脱いで軽装だが鎧姿になり、エストックを背負う俺の姿は側から見れば“剣”以外の何者でもない。しかしそんな俺を引きとめる者はいない。

 既に王城内に侵入してしまったらしい剣たちによって魔法使いたちは軒並み斬り殺されており、直感に頼るまでもなく、彼らが向かった先は溢れる血河によって示されていた。


「積み重なった恨み、か」


 転がる死体には、ものによっては執拗な陵辱の跡がある。恐らく体を這う電波が魔法を阻害しているのだろう、無抵抗になった魔法使いたちを剣の面々がいたずらに斬り刻む姿が容易に想像できた。


「外の悲鳴が小さい……爆発は陽動か」


 まだ温かい血で靴を濡らし王城に突入する。


 職や年齢、性別に関係なく、等しく皆殺し。

 いくらか生存者の気配はあるが、このままでは見つかるのは時間の問題。王族に関わる者は一族郎党皆殺しにするつもりだろう。


「この感じ、もう手遅れっぽい——ッ!?」


 殺気。

 反射的にその場を飛び退くと、一瞬後、頬に剣の刺青を入れた男の斬撃が俺のいた場所を両断した。

 壁から生える蝋燭立てを腕力でねじ切り試しに投擲してみるも、男は冷静にこれを真っ二つにした。


「部外者だろうが、聖戦の邪魔立てには容赦せんぞ」


「聖戦? 子供の癇癪の間違いだろ」


「……殺す!」


 俺の煽りに額に青筋を立てた男は怒りのまま直線軌道で肉厚の剣を振りかぶった。

 対する俺は、《英雄叙事オラトリオ》を20%解放。

 闘気によって全身を——特に目と脳を活性化させ、斬撃の軌道を読み切った。


「——少し眠ってろ」


 刃の機動を逸らし、そのまま踏み込み、肘を打ち上げるように鳩尾に叩き込む。


「ゴフッ……!?」


 強制的に体内の空気を吐き出させられた男は苦しげに身を悶えさせる。側頭部に右脚を振り抜き、そのまま意識を刈り取った。



 ——存外、王座は近くにあった。

 執務を執り行う部屋や私室とは違い、多くの場面で面会の場となる玉座の間は比較的入り口から入りやすい場所に作られたのだろう。

 そして不運にも、この襲撃は面会時間と被っていたらしい。

 使用人たちとは明らかに衣服の質が違うものを着た壮年、あるいは年配の男女の死体を避け、見張りに立っていた女二人の意識を奪って玉座のある大広間に突入する。


 二十名を超える、返り血に染まった白装束を纏う剣たちの視線が一斉に俺を射抜いた。


「……ザイン様の報告にあった冒険者か」


 何名か、殺さずに意識を奪ったのか。比較的傷の少ない者たちへの拘束の指示をだしていた男がはたと俺を振り返った。


「俺、単独で警戒されてたのか。出世したなあ」


「何用でここへ——我らの邪魔立てに来た。部外者である貴様が、なんの意図を持ってここにいる。よもや、その背に剣を背負いながら魔法へ与するというのか?」


 ——ラルフは、師事の対価に剣たちが得られないような情報を提供していた。

 それは、冒険者ギルドの内情。

 現在レゾナに滞在する冒険者の数、能力など、その中には俺やイノリの情報も当然含まれ、俺は、“エトラヴァルト”として、《英雄叙事オラトリオ》の詳細を伏せたまま彼らに伝わっている。


 つまり、彼らにとって俺は魔力を持たない剣側の存在、そんな認識なのだろう。

 ……


 はっきり言って、最悪の気分だ。

 むせかえる血の匂い、死臭。


 この星は残酷だ。力ある者が栄え、弱き者が淘汰される。その原理はあらゆる事物に適用される。だから、死を見ることは普通で、強者が弱者を喰らうのは当然の摂理だ。


 それを理解した上でなお——それが赤の他人の死であろうと、命の終わりを見るというのはとても不快で、奪った存在を前にすると、俺はどうしようもなく腹が立つ。


「……決まってんだろ、止めに来たんだよ」


 エストックを抜く。

 緊張が走り、周囲の殺意が一段濃くなった。


「ぶっちゃけさ、アンタらの気持ちはわかるよ。虐げられるのは辛いし、苦しい。その原因が直接自分達にないんだから、余計にキツいよな」


 レゾナの歴史は酷いものだ。徹底した剣の弾圧は激化の一途を辿る。騎士の排斥、騎士学校の廃校に始まり、過去三代以内に騎士を輩出した記録のある家系の粛清——挙げ句の果てには包丁を一本、家事のために使ったというただそれだけの理由で石を投げられた。


 憎悪が積み重なり、こうして強硬手段に出ることだって、別に何一つ不思議じゃないし、むしろ共感すらできる。だが、


「……それでも、超えちゃいけねえ一線があんだろ。ここは、『魔剣世界』なんだから」


 名は世界を表す。

 ここは魔剣世界——“魔法”と“剣”の世界だ。


「それを、他ならないお前たちが否定したら。この世界は終わっちまうじゃねえか! お前たちが残したいものだって、何一つ残らず消えちまうだろ!」


 一目でわかる。

 ここにいる誰もが、血の滲むような研鑽を積んできたことが。魔法が憎くて憎くて、でもそれ以上に、自分達の“剣”に誇りを持っている。


「奪わせねえよ。アンタらの本懐を踏み躙ってでも、俺が止める!!」


 各々が剣を抜き臨戦体制に入る中、俺もまた《英雄叙事オラトリオ》を解放する。白銀の闘気が全身を包み、脱力姿勢でエストックが床を斬り抉った。


 あの丘での誓い。

 あの場で俺は、生涯をかけて剣を振るう意味を得た。


「質問に答えてやるよ。俺が今ここにいるのは護るためだ!」


 俺が剣を振るうのは、護るためだ。


「魔法の誇りも、剣の想いも、俺がこの手でどっちも守り抜く!」


「部外者風情が、わかったような口を聞くな!!」


「わかってたまるかよ!」


 全ての剣の切先と殺意が俺に向けられる。

 護るための戦いが、エストックの先端が円弧を描き、始まった。




◆◆◆




 弾く、弾く、弾く。

 息つく暇もない全方位からの波状攻撃に対して、エトラヴァルトの剣が唸る。

 剣身がしなるほどの速度で空間を切り裂き、切先が円環を描き“剣”たちの斬撃の悉くを弾く。


「コイツ……!」

「防御が堅すぎる!」

「あの剣、なんて重さをしてやがる!」


 決して折れない剣の出鱈目な防御性能。

 加えて、エトと《英雄叙事オラトリオ》の親和性が上昇したことによる平均出力の増大。


 エトの限定解放は、肉体置換後にを100%とした時の割合である。


 今のエトが引き出せる限界値は、『湖畔世界』フォーラルの時と比較しておよそ1.3倍。つまり、同じ限定解放であってもその出力は以前を大きく上回っている。


 更に、能力の習熟。

 深夜の遭遇戦を経て闘気の使い方をより深く学んだエトの能力値は、単純な計算式では表しきれないほど飛躍していた。


 悉く退しりぞける。

 自らの急所や関節、動脈を確実に狙ってくる致命の一撃を全て弾く。更に、乱戦の中で

 王族の残党を探しに出ようと大広間からの離脱を試みる相手に、白銀の斬撃波が襲いかかる。


「ふざけんな! 資料にない攻撃を次々と!」

「闘気の練度だけで言えば、ザイン様に匹敵するぞ!?」


 脱出をエトが許さない。

 《英雄叙事オラトリオ》に関係なく、エト自身が有する類稀な空間認知能力。

 大広間全てを把握する認知能力によって、“剣”の面々はその場に縫い付けられていた。



◆◆◆



 縫い付け、しかし、俺もまたこの場に縫い留められていた。


(二十人程度——思ってたよりずっと少ねえ。王族殺害以外に目的があるのか……?)


 考えうる可能性としては、首都の掌握。

 王族抹殺の宣言と同時に各有力貴族、主要施設を襲撃、都市機能を簒奪するという一手。

 最も現実的であり得る選択肢。

 “ザイン様”なる、恐らくラルフの師匠と思われるトップがこの場にいないのも、恐らく作戦の第二、第三段階の指示をするためなのだろう。


 ——関係ねえ。ここで頓挫させればいい!


 と、意気込んだは良いものの、正直キツい。

 魔法を使ってみようかと試したが、魔法に関しては未だ親和性が低いのか、シャロンにならないとうまく使えないし、そもそもこの電波をなんとかしない限りは使える気がしない。


 あと、学園に——エスメラルダ学園長に迷惑かけるのは御法度だ。無理を通して入学を許可してくれた恩に仇を返すわけにはいかない。と言うわけで、肉体置換は使えない。


「……チッ!」


 流石に数が多い。

 防戦一方とまではいかないが、大広間に留めておくのがせいぜいで、そこから先に進めない。


「囲め囲め! 数で押せば勝てる! 時間は我らの味方だ!」


「冷静だなクソが!」


 魔法使いが無力な今、彼らを阻む者はここにはいない。

 このままでは押し負ける。


 徐々に洗練されていく“剣”たちの動き。反撃を挟む隙がなくなっていく。




◆◆◆




「お嬢様。なぜ、この戦いに介入を? 我らの目的には蛇足です」


 屋根上。巨大な窓ガラスを通して戦いを見守る少女は、ポツリと答えた。


「……お礼、しないとだから」


「お礼、ですか?」


「お兄ちゃんから、チョコ、貰いすぎたから」


「我々の知らないところでやったのですか……畏まりました」


 少し呆れながら、男は命令に従った。


「ううん。一回だけだよ」


「嘘はいけませんよ、お嬢様」


「嘘じゃないのに……」



◆◆◆




 巨大な窓ガラスを突き破り、その場に見覚えしかない黒ずくめの二人組の男女が乱入してきた。

 男は俺の死角を守るように剣を抜き、女は外周を削り取るように槍を振った。


「主命により、貴様に助力しよう」


「とっとと片付けるわよ!」


「なんで、アンタらが——」


 言いかけて、俺は慌てて口を噤んだ。

 あの時、俺はシャロンの姿だった。つまり、本来俺はこの二人と面識がないわけで。


「だっ……誰だか知らんが、た、助かる!」


 棒読みにならないギリギリの抑揚で答えた挙動不審な俺に眉を顰めた後、男は容赦なく剣に斬りかかった。


「できれば無力化で頼む!」


「貴方に従えって指示だからね、いいわよ!」


 凄まじい物分かりの良さを発揮した二人組が戦場を掻き乱すことで均衡が崩れて、天秤は一気にこちらへ傾いた。


 空いた隙間に体を捩じ込ませ、俺はリーダー格の男と肉薄した。


「ここで大人しくしてて貰うぞ!」


「部外者共が……どこまで我らの邪魔をする!!」


 剣戟の応酬が始まる。

 波状剣フランベルジュ鎧刺剣エストックが激しく火花を散らし、互いの斬撃の余波で床や壁が抉り飛ぶ。

 炎のように波打つ剣の苛烈な攻撃。しかし、俺が一歩上回る。

 エストックの刃の腹が波状剣フランベルジュを支える相手の右手首を強かに打ち付け砕く。


「ぐああっ……!」


 物理的に力を入れられなくなった男は剣を取り落とし、生存する左手が脇差を抜こうとする。それを右足で封殺し、俺の左拳が男の顎に叩き込まれた。


「おのれ――」


 脳を強く揺らされた男は意識を失いその場に崩れ落ち、時を同じくして、大広間にいた“剣”たちは二名の黒ずくめによって無力化されていた。


「いやつんよ……」


 俺と戦っていた時は本気じゃなかったんだな、と察しがつく手際の良さに頬を引き攣らせた。


「助力ありがとう。誰だか知らんが助かった」


「礼はいらん。次はどう動く?」


「俺はこの後は街に出て仲間との合流を目指す。途中で暴徒を見つけたら、その度に叩いていくつもりだ」


「ならば剣を交える必要はないな。助力はここまでだ」


 律儀に納刀し戦闘の意思がないことを表明した男に俺は軽く頷いて応える。


「ああ。俺はお前たちの目的に関与しない。それじゃな!」


 望外の助っ人に恵まれ想定より早く、穏便に制圧できた俺は、勇んで王城の外に向かった。




◆◆◆




 暗い地下道を一組の男女が行く。

 エトと別れた後、所属不明のこの二名は王城の地下に潜入していた。


 彼らの目的は、『魔剣世界』が所有する《聖杯》。

 を供給する、首都ガルナタルのインフラの全てを支える桁違いのである。


 王城の地下深くで厳重に管理されているこの聖杯の奪取が、二人の使命だ。

 しかし、


「……妙だ。魔力を一切感じない」


 男の声音が険しくなる。


に近づけば、その桁違いの存在に我らの魂が怯えるのが道理。だが、何一つ、圧を感じない」


 無意識に歩みを早める二人。

 その耳に、カシャ、カシャと。奇妙な音が響いた。

 その音に、女は強い心当たりがあった。


「……やってくれたわね、『絡繰世界』!」


 走り出し、同時に暗闇に槍を突き込み一体の絡繰を無力化する。

 勢いのまま直進し崩れ落ちた分厚い扉を踏み越えた。


 そこに本来あるべき盃はなく、先客らしい六本腕の絡繰が二人を待ち構えていた。

 先手を取られたことへのいら立ちを隠さず、女は強い舌打ちを鳴らした。


「聖杯はすでに奪われているわ! 地上に運び出される前に奪い返す!」


「お嬢様の回収も急ごう。絡繰相手には分が悪いかもしれん!」


 地下通路にこだまする大量の絡繰音。それらは、強い嘲りを感じさせた。





◆◆◆





 ——聖杯簒奪完了。

 ——全ユニット、配置完了。

 ——対『魔剣世界』カスタム、投下準備完了。

 ——城塞戦艦、オールグリーン。

 ——制圧作戦、現時刻をもって開始。

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