大切は人それぞれ
——私とパーティーを組みませんか?
そう提案された翌日。俺は宿……「カクレガ」の玄関口の壁に背を預けていた。
耳を澄まし、ドタドタと宿の中から外に向かってくる音に視線を上げる。
「……来たか」
「——お待たせしました!」
帷子に肘・膝当て、籠手にブーツと標準的で
「ご、ごめんなさい! ちょっと寝癖が酷くって——」
「平気平気。まだ時間に余裕はあるからな」
「はい、ありがとうございます」
ほんの二、三回深呼吸をした少女は姿勢を正し、不器用に笑った。
「それじゃ、今日からよろしくお願いします、エトくん!」
時は、昨日の夜に遡る。
◆◆◆
「……つまり、君は金一級を目指していて、その目標を一緒に叶えられる仲間を探していると?」
ひとまず食堂に場を移した俺の確認に、少女は澱みなく頷いた。
「はい。……あ、自己紹介がまだだったね。私はイノリ」
「俺はエトラヴァルトだ。長いからエトでいい」
「よろしく、エトくん。……で、パーティーの件なんだけど」
冷やかしや冗談、或いは子供の浅はかな願望とは違い、イノリの言葉には強い“意志”が宿っていた。
金一級という冒険者の頂点への道のりの過酷さを知りながら、その上で、イノリは真剣にそこを目指す覚悟を持っていた。
「私は一刻も早く強くなって金級に成り上がりたい。だから、目的は違うけど同じく金級を目指してるエトくんとならパーティーを組めるんじゃないかって思ったの」
「確かにそうだし、俺もパーティーメンバーは募集しようとしてたところだが……」
少し気になって、俺は踏み込んだ質問をする。
「なんで金級になりたいんだ?」
金級になる奴らは、皆普通じゃない。
力を示し続けてその果てに至った者や、異界に魅せられ気づけば上り詰めていた者など。
「世界がヤバいからなんとか名声を得てね!」なんてイカれトチ狂った任務がない限り俺みたいな凡人が目指す場所ではないし、イノリのような真っ当な瞳をした少女が踏み込もうと思うような境地でもない。
「私ね、
答えは、存外あっさり帰ってきた。
「兄ぃは、私にとって唯一の家族なの。この“イノリ”って名前も、兄ぃがくれたんだ」
「……いい名前だな」
「にへへ……でしょ?」
照れたようにはにかんで、イノリは続ける。
「なんだけど、色々あって兄ぃと離れ離れになっちゃって、だから、私は兄ぃを探しに行くの」
「凡そ目的はわかったが……それならなんで、尚更危険な冒険者なんて選んだんだ? 他にも色々あるだろ?」
「…………」
言いたくないのか。
露骨に言い淀んだイノリを見て、俺は「これ以上はタブー」だと判断し話題を切り上げた。
「いや、もう選んだんだし今更だな。さっきのは聞かなかったことにしといてくれ」
「……ありがとうございます」
「変に畏まらなくていいって。これから一緒に冒険する仲なんだし」
俺の何気ない言葉に、イノリはハッと頭を上げた。
「い、いいの!? あっ——」
夜ということで他の宿泊客に配慮したイノリはボリュームを落とし、しかし隠しきれない高揚感を声音に滲ませる。
「本当にいいの? その……提案しておいて、かなりヤバめのお願いしてるんだけど」
「まあ、金目指すってなると年単位……下手すりゃ十年は一緒に旅することになるからなあ」
険しく、長い道のりになる。
だけどまあ、なんとかなるんじゃなかろうか。
「こんな縁早々ないからな。俺は縁を大事にする人種なんだよ」
王立学園。
俺の青春の学舎で、黒歴史の宝庫で、馬鹿な仲間たちと最高の時間を過ごした場所で、親友との思い出の宝石箱。
全て、紡がれた縁によるもの。出会い、縁を結んだ後悔は一つとしてない。
だから、今日のこの出会いも、この先何があっても後悔にはならない。
俺は机に備え付けられていた紙とペンを取り、一本イノリに転がした。
「さ、寝落ちするまでパーティーエンブレム考えようぜ」
「……うん!」
そんなこんなで、俺とイノリは過酷な旅路を共にする仲間になった。
◆◆◆
そして、早朝から俺たちは異界に向かうべくまだ人通りの少ない大通りを歩く。
季節は秋に差し掛かった頃、アルダートの朝はほんの少し肌寒い空気が通っていた。
「エトくんの剣、変わった形してるね」
道中、半歩後ろに下がったイノリが俺に背負われた剣をじっと観察して呟いた。
「細いだろ?」
「うん。レイピアかなって思ったんだけど、大きすぎるかなって」
「正解はエストック。まあ、その中でもかなりデカめだけどな」
武器の全長は柄頭から剣先まで合わせて170cmはあり、剣身含め全体的に細く、頼りない印象を与える。
「これでも案外頑丈だし、威力は折り紙付きだぞ」
「へえー!」
割と使い手の少ない武器だからだろうか。
イノリは興味深そうに俺の背後を左右に移動しながら剣を眺めた。
そんなイノリの武器は、両腰に差した短刀二本。150と少ししか背がない小柄な彼女にとって身軽さは武器であり、理に適ったチョイスと言える。
「配置とかどうする? イノリも前衛だろ?」
「んん、そうだね……見た感じ、エトくんがかなり武器振り回すみたいだし、少し距離空けて私がサポートに回ろうか? 幾つか飛び道具持ってるし」
そう言ったイノリはジャケットの裏を見せびらかし、投げナイフやチャクラムといった小道具を手に取った。
「多分、単純な剣士としての技量ならエトくんが上だから」
「……随分と信頼してくれるんだな」
まだ実戦を見たことがないにも関わらず、イノリは確信を持っているようだった。
「兄ぃが凄く強かったから、なんとなく、その人が強いか弱いかわかるの。エトくんはそこそこ強い」
「そこそこなのか」
「うん。そこそこ」
遠慮や謙遜はなく、程々の距離感。序盤の関係性の構築は良好。
冒険者生活2日目は安定した滑り出しだった。
◆◆◆
「……と思ったらこれだよ」
異界探索開始直後、俺とイノリは別の冒険者パーティーの男4人に一本道の通路で挟み撃ちにされていた。
「なあ、弱小世界の新人さんよお。お宅、随分と良い魔道具持ってるみたいじゃないの」
リーダー格らしい、胸板の厚い褐色肌の男の視線は、俺が腰から下げている紅蓮から貰った“虚空ポケット”を捉えていた。
目利きが良いのか、はたまた。
「なんの用だ? 俺ら、さっさと進みたいんだけど」
俺の素っ気ない態度を気にも留めず、男たちは
「そんな冷たいこと言うなって。俺たちは交渉しにきただけだぜ?」
「そうそう! 分不相応なもの持ってっから、俺たちが使いやすい金に変えてやるよ!」
わかりやすく、四人は俺たち……いや、主に俺を舐め腐っていた。
殺気とまではいかないが、明確な害意。
異界の内側で起こった出来事に関して、冒険者ギルドは一切の関与をしない。
そもそもが無秩序が形を成したような場所だ。態々監視員を中に派遣する労力なんて無駄も良いところ。
ギルドは人員の斡旋や情報の提供など、冒険者に様々な角度から支援を行うが、それは全て、“冒険者”に対するものではなく“異界資源”への投資だ。
悪い言い方をすると、多少のいざこざで折れる、死ぬような奴は冒険者ギルドにとってはどうでもいいのだ。
だから、異界内……特に、魔物の出現頻度が低い異界では頻繁に、こういった「
「……悪いけど、これは貰い物なんだ。おいそれと渡すわけには行かないよ」
俺の半歩後ろで男たちを強気に睨むイノリに、こっそりとハンドサインを送り、俺は背からエストックを抜いた。
「退かないなら、力ずくで通してもらう」
イノリも同様に短刀を抜いて構える。
戦意を剥き出しにした俺たちに対して、四人組の男の視線は俺の持つエストックに集中した。
「ぶはっ! なんだその細っちょろい武器は!」
「弱小世界の男はまともな武器も持っちゃいねえみたいだな!」
「見ろよ、今にも折れそうなほどヒョロッヒョロだ!」
「麩菓子のほうがまだ頑丈そうだぞゲハハ!」
◆◆◆
ゲラゲラと笑う男たちに、イノリは明確な嫌悪感を募らせていた。
合図はなかったが、さっさと喉を掻き切って黙らせてしまおうか。そんなことを考え——
(……あ、)
イノリは、全身の毛が泡立つのを感じた。
(エトくん、
イノリの直感を肯定するように、凛と剣が鳴った。
「——黙れ」
低く、抑揚のない声が響く。
エトラヴァルトの発した威圧に男たちは気圧され、反射的に口を閉じた。
「これは、俺の友の……無二の親友の形見だ」
規格を逸脱したエストック。
エトラヴァルトたった一人のために、親友が、その命の終わりに作り出した一振りの剣。
それは魔剣でも無ければ、なにか特別な素材が使われているわけでもない。ただ固く、ただしなやかに、ただ鋭いだけの剣。
唯一無二の、ただの剣である。
隠す気のない怒りを滲ませ、エトラヴァルトは灰色の瞳で男たちを睨みつけた。
「お前らみたいな銅で燻ってるゴロツキだろうが。俺より強い銀だろうが金だろうが、この剣を笑う奴を、俺は絶対に許さねえ」
「なに凄んでんだ!? 新人の三級が! ええ!?」
怯んだ己に怒るように、褐色肌の男が手斧を振り上げた。
「弱小世界の雑魚がイキってんじゃねえぞ!」
振り下ろされた手斧を、エトラヴァルトは左の三指で掴み取り、圧砕する。
同時に右手がエストックを振るい、先端が赤土の地面と壁面をバターのように切り裂き火花を散らし、斬閃上にあった男二人の鎧をいとも容易く断ち切った。
『なっ……!』
絶句する男四人。
「隙あり!」
硬直した後ろの二人にイノリの峰打ちが綺麗に決まり、エトラヴァルトの前方を塞いでいた男二人は剣の圧に負けその場にへたりこんだ。
「エトくん。さっさと先に行こう?」
「…………。そーだな、行くか」
怒りの気配を霧散させ、エトラヴァルトはエストックを鞘に収めた。
◆◆◆
「……さっきは悪かったな、イノリ」
「赤土の砦」第三層。
会敵する魔物を片っ端から叩き切り魔石を回収しながら進む中、俺はイノリに今更ながら謝罪した。
「ちょっと頭に血が上った。反省してる」
「いいよ全然。私も兄ぃのこと馬鹿にされたら『ぶっ殺してやる!』って思うし」
シュシュシュ! とシャドーするイノリ。いい縁だと確信できて、俺は怒りを完全に消化して口角を上げた。
そんな俺に、イノリがある提案をする。
「ね、エトくん。これは相談なんだけどさ。ここにいても、ああいう粘着って暫く来ると思うんだ。だから、さっさと別の異界に移動しない?」
「つまり?」
「今日、16階層まで行って、二人で“異界主”ぶっ倒しちゃおうよ」
好戦的な笑みを浮かべたイノリは、グッと親指を立てた。
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