誰ぞ問う
@cha-su
バッドコミュニケーション
何度目かのアラームを止めて、あくびをひとつ。ソウマは観念してゆっくり起き上がり、大きく伸びをした。自分のせいで出発が遅れたとなれば、姉が不機嫌になるのは火を見るよりも明らかだ。
遠方の大学に進学した姉は、長期休暇の度に帰ってくる。今年の夏休みも例に漏れず、大きなキャリーケースを引きずって帰ってきた。実家なんだから何でもあるのにとソウマは思うが、口にはしない。余計なことは言わないに限る。久々に帰ってきた姉に両親は甘く、至れり尽くせり言われるがまま。今日は朝からみんなでアウトレットに行くらしい。ソウマだって服ほしいでしょ、と言われれば否やはない。どうせ姉も両親に何着か買わせるつもりだろうから、そこに便乗できるのはラッキーだ。
のしのしと階段を下りると、楽しそうな話し声が聞こえてくる。機嫌が良さそうでなによりだ。
「ソウちゃんおはよ。パン焼く?ご飯もあるけど」
「んー」
「んー、てどっちよ。ご飯?」
「……ご飯」
リビングから顔を出した母の挨拶に適当に答えて、洗面所で歯磨きをしながらスマホをいじる。部活やバイトでもない限り、休日の朝に起きてる友人は少ない。新着メッセージもなければ、SNSもそんなに動いていない。
顔を洗って、1人で食卓につく。もうみんな食べ終えたらしい。
「教員とか警察は顔も名前も出てこないだろ」
「えっそうなの?」
「ほら、こいつも出てない」
「あーほんとだ」
「守られてんだよ、公務員は」
何の話だ。
会話が聞こえてきた方に顔を向けると、すっかり支度を済ませてソファでくつろぐ姉と、姉と話せて嬉しそうな父がいる。テレビを見れば、何かのニュース。あぁ、誰か捕まったのか。
「ま、頭のおかしいやつには近寄るなってことだな」
「でも向こうから寄ってくんじゃん」
「もう、朝からそんな話しないでよ」
2人の不穏な会話に母がストップをかける。同時に温め直した朝食が運ばれてきて、ソウマは手を合わせた。
姉は高校時代のほとんどを、反抗期で父を避けていたので、今こうして話せるのが父は嬉しいのだろうが、話題は選べよと思う。まぁ思いつかないんだろうけど、姉は真面目にニュースを見るタイプじゃない。
今時、自分たちの世代でテレビのニュースなんて見るやついるのだろうか。SNSの方が情報が簡潔にまとまってるし、興味のある情報だけ摂取できて効率がいい。どうやって調べてるのかわからないが犯人の名前も顔も特定されてるし、事件映像だってモザイク無しの結構グロいの載ってたりするし。
「アイリもう準備できたの?」
「うん、完璧―」
「そう言っていっつも直前に何々がなーいって騒ぐじゃない」
「今日は大丈夫!あとはソウマがご飯食べるだけ。早く食べてよねー」
俺かよ。自分だって普段は昼まで寝てるくせに。
どこかの誰かさんみたいに準備に何時間もかかんねーし、という言葉と共に味噌汁を飲み込む。
ソウマはあまり姉のことが好きではなかった。今まで散々、キモいとかデブとか言って貶されてきた。最近は少し落ち着いてきたのか、それともたまにしか帰って来ないからなのか、八つ当たりの頻度は減ってきたが、やった方は忘れても、やられた方は覚えている。本人はきっと軽い気持ちで言っただけなのだろう。もしもソウマがこのことについて訴えれば、きっとまた同じ言葉が返ってくる。は?キモ。
こんなに最低な姉にも彼氏がいるそうで、来月一緒にテーマパークに行くことを聞いてもないのに報告された。たぶん父は知らない。父は姉のそういう話を気にするのだろうか。想像がつかない。怒りはしないだろうが、喜びもしなさそうだ。ソウマ自身は、少し気になっている。こんな姉と付き合えるなんて、よっぽど心が広いのだろう。特別美人でもないし、化粧濃いし香水臭いしわがままだしすぐキレるし人使いが荒い。俺なら絶対選ばない。多少ブスでも性格いい子がいい。もちろんかわいい子の方がいいけど。
姉の彼氏はきっと仏のような男に違いない。姉のどこがいいのか、ぜひご教授いただきたい。……いや、やっぱ知りたいような聞きたくないような。まだ姉が本性隠してるだけかも。
黙々と食べていると、姉がこちらに向かってきた。
「うわ。食べんの早。さすが~。てか朝からよく食べるね」
ほら、人を急かしといてこれだ。さすがなんだ?さすがデブか?
朝から嫌な気持ちになりながら、ソウマは鮭をほおばって姉を黙殺した。
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