第93話老舗酒蔵の次男、麹で覚醒する 其ノ肆

新之亟は苦しそうに、時々言葉を詰まらせながら一部始終を語った。


「すまなかった……俺にはどうすることもできなかった」


重苦しい沈黙があたりを包む。


「つるが……?死んだ?あのつるが……?」

小西に支えられ、喜兵寿は船着き場まで下りてきていた。新之亟の話を一言たりとも聞き逃すまい、と意識を集中して話を聞いていたが、耳から入ってきた言葉はぐちゃぐちゃと頭の中で絡まり、途中から何が何だかわからなくなっていた。


だって死ぬなんておかしいだろう。ほんの数週間前まで、当たり前のように笑っていた。生まれてからずっと傍にいた。一緒にびいるを造ろうと、目をきらきらと輝かせていたつるが、もうこの世にいないなんて、そんなおかしな話があるはずがない……


奥歯を強く噛みしめていると、急に目の前が真っ暗になり、どこからか咆哮が聞こえてきた。


ぐあああああああああ ぎいいいいいいいいい


それは地鳴りのような、低く獰猛な唸り声だった。


昼だったはずが急に夜になり、獣のような声が聞こえてくる。ああ、そうか。やはりこれは夢なのだ。気づかぬうちに自分はうたた寝をし、よくない夢を見ているのだ。なんと気持ちの悪い悪夢。早く目を覚ましたい……


その時、「喜兵寿!しっかりしろ!」と肩を強くつかまれた。次の瞬間、頭を抱きかかえられる。


「大きく息を吸え。大丈夫。ゆっくりで、ゆっくりでいいから。深呼吸をするんだ」


それは聞きなれた直の声だった。


「そんな狂ったように叫ぶと、お前が舌を噛んで死ぬぞ。まずは落ち着け」


口の中に布を押し込まれる。すると周囲でこだましていた獣の声はぴたりとやんだ。


「喜兵寿、落ち着いてよく聞け。まずは下の町に戻ろう。自分たちの目で事実を確認しよう。これからのことは、それからだ」


「……やる」


喜兵寿は振り上げた手を、強く地面にたたきつけた。


「必ず!あいつの首をとってやる」


そう叫びながら、何度も何度も地面を殴る。こぶしから血が流れ落ちていくのが見えたが、そんなことはどうでもよかった。


村岡の狡猾そうな顔が脳裏に浮かぶ。あいつの保身のために、自分の大切な妹が殺された。大事な店、そして常連客たちを邪魔だとののしり、町から排除しようとした。


許せない。絶対に許せない。許してはいけない


喜兵寿は大きく、深く息を吐き出した。血が一気に足元まで落ち、頭は妙に冷静だった。


「……戻ろう。下の町に」

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