第45話樽廻船の女船長、商人の町へ 其ノ参
「いろんな男と関係を持ってるのは本当。別に隠してるわけじゃないから気にしなくていい」
ねねはそういったが、少し顔が曇ったのをなおは見逃さなかった。この時代の性事情は知らないが、何かしらのひっかかりがあるのだろう。
「まあ、別にどうでもいい話だわな。誰とどう関係を持とうと個人の自由。喜兵寿も女遊びだいぶ激しいみたいだし、似た者同士気があうんじゃん?」
なおが言うと、ねねは「ふうん」と喜兵寿を舐めまわすように見つめ、その腕に触れた。
「たしかにこれは女がほおっておかないだろうねえ。酒問屋の店主だけあって、たくましい腕だこと。でも指はとっても長くて繊細そう」
ねねに撫でまわされ、喜兵寿はまんざらでもない様子だった。
「……まあ、この旅が終わった後でよければ。でも言っておくが、俺は誰とも付き合う気はないぞ」
喜兵寿が言うと、ねねは盛大に笑いながら喜兵寿の尻を叩いた。
「馬鹿だねえ、手を出すわけないじゃないか。喜兵寿は夏の想い人だろう?」
その言葉に、なおは「おや?」と首を傾げる。柳やでねねの話をした際、知り合いだなんて夏は一言も言っていなかったはずだ。喜兵寿の方を見ると、同じく「どういうことだ?」と首を傾げている。
「お前たち二人は知り合いだったのか」
「……昔、ちょっとね」
それっきりねねは口をつぐんでしまった。どこを見るでもなく、ぼんやりと遠くを見つめている。そこからは「もうこれ以上この話題については何も話しません」という強い意志が透けて見えた。
「じゃあ俺は?俺とかはどう?」
なおがおちゃらけると、ねねはなおの顎を掴み、じっとその瞳を覗き込んだ。
「なおは別にそういうことを求めているわけではないだろう?他にやりたくて仕方ないことがあるって顔をしてる」
ねねはなおに向かってふうっと息を吹きかける。
「ま、夢破れてやぶれかぶれになったら相手してあげるよ」
「いや、俄然今でいいんだけど。俺、結構溜まって……」
食い下がろうとするなおを、喜兵寿が後ろからひっぱたく。
「痛って……!」
「いまはびいる造りだろ。浮気すんな」
「浮気ってビール造りが恋人な訳でもあるまいし!ちょっとくらい息抜きだって必要だろ~どう焦ったって今は船に乗ってるしかないんだしさ」
なおと喜兵寿が言い合いをしていると、その間に割り込むように図太い腕が伸びてきた。
「おい、お前らも遊んでないで早く漕げよイ」
振り返ると目の前にはむっすりとした甚五平の顔。「げっ」と後ずさると、無言のまま櫂をなおと喜兵寿に押し付けてくる。
「え……まじで?俺らも漕ぐの?そんなん聞いてないんだけど」
助けを求めるようにねねの方を見ると、ねねはにっこりと微笑んだ。
「まさかただで乗せてもらえるなんて、甘いことを考えてたわけじゃないだろう?」
そして甲板に駆け上がり、声高らかに叫ぶ。
「全員配置につけ!面舵いっぱーい!さあ、風がいいうちに行けるところまで行くよ」
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