第3話 密かな楽しみ (3/3)

私は、もう完全に後悔していた。しかし老人の話を遮る気力さえなく、ただ呆然と聞き入っていた。


「そんなわけで命を狙われる心配はなくなったわけじゃが、発明家のサガというのは恐ろしもんでな。ワシは苦労して発明した地球破壊爆弾の威力を、試してみたくなったんじゃよ。


もちろん爆発すれば、自分もろとも全てが塵と化すのはわかっておる。それは構わないのだが、何の罪もない人たちをも巻き込んでしまうのは良心が咎める。ワシはとてもじゃないが、自分で爆弾のスイッチを押す事は出来なかったんじゃ」


私は一刻も早くこの場を立ち去りたい衝動に駆られたが、そのチャンスを見いだせないでいた。


「考えあぐねたすえ、ワシは他人にスイッチを押させる事にしたのじゃ。もちろん、本人にすら自覚のない内にな。そこでこの公園の遊具の幾つかに、複数のスイッチを仕掛けてな。それらが決まった順番で押されると、秘密の場所に隠した地球破壊爆弾が爆発するようにセッティングしたのじゃよ」


老人は煙草を足下に落とし、赤い火が消えるのを微笑みながら眺めていた。


「それからは、ドキドキワクワクのしどうしじゃ。いつ正しい順番でスイッチが押されるのかはわからない。子供たちがスイッチに触れるたび身を乗り出すんじゃが、なかなか設定通りには押してくれん。


また、夜中に公園に来る若者や野良犬、野良猫が偶然スイッチを押すかも知れん。それは吹雪になろうが、台風が来ようが同じ事じゃ。決定的瞬間を見逃してはならじと、ワシは睡眠時間を極限まで減らしてこの公園に来ていたわけなんじゃよ」


話に一区切りがついたこの瞬間を、私は逃さなかった。


「そうですか。やっと納得が出来ました。ではもう遅いので私は……」


私が急いでベンチを離れようとすると、老人は鋭い目つきになりこちらを睨みつけた。


「信じておらんじゃろ。いや、答えんでもいい。さっきも言ったように、この年まで生きていると、他人の嘘を簡単に見抜けるからの。しかし今言った事は、全て本当じゃ。信じるかどうかは、お前さん次第だがな」


老人の言葉が終わるか終わらぬ内に、私は出来るだけ早足で家路へと歩きだしていた。冗談ではない。この何ヶ月かは何だったのだ。単に妄想にとりつかれた老人の振る舞いを監視していただけだなんて、自分の行動ながら開いた口がふさがらない。私は腹立たしさよりも、どっと襲ってくる疲労感をおぼえていた。


それからの私は、前にもまして堅実になった。少年の頃の好奇心なんぞという余計なものは打ち捨てて、ただひたすらに仕事に打ち込んだ。そうする事によって、自分のしでかした愚かな行動を忘れようとしたのだった。


かの老人はその後も同じベンチにいたが、私にはもう何の興味もなかった。だから、あの忌まわしい告白の日から数週間後に老人の姿が公園から消え、地方紙の片隅に身よりのない老人の衰弱死の記事が小さく載っていた事にも、全く気をとめなかった。


そんな私もやがて目出度く定年退職の日を迎え、残りの人生を悠々自適に暮らせる身分となった。妻には趣味を持つように勧められたが、こればかりはどうにもならない。長年、仕事の事しか考えていなかった身としては、しょうがない事であろうと諦めている。


働いている頃よりも更に平々凡々な暮らしになりはしたが、それでも社会から取り残されると思うのは結構つらいものだ。それゆえ私は、常にインターネットで、世の中の動きだけは捉えるように努めてきた。


そんな中、偶然見つけた写真に私は息をのんだ。そこには七十代の男性が写っていたのだが、私はその顔を強烈に記憶している事に気が付いた。何年か前に、公園で出会ったあの老人その人であったからだ。


ネットの記事によると、その老人は若い頃から画期的な発明をしていたのだが、ある日こつぜんと姿を消してしまった。噂だとどうも裏社会に身を投じ、違法な発明を次々としていたのではないかとの事。そして近頃、某国政府の機密サーバーがハッキングされ、そこから流れてきた情報の一部がこのように晒されているらしいのだ。


私は夢中になって、老人に関する情報を集め始めた。インターネットは言うに及ばず、その方面に詳しそうな知人を訪ね、様々な話を聞いて回った。もちろん、ネット上での単なる噂にすぎないのかも知れない。しかし調べれば調べるほど、私には真実味が増してくるような気がしてならなかった。


私は、久しぶりにあの公園へ行ってみた。定年以来、初めての事だ。老人と話したベンチに座り、あの時の会話を思い出す。忘れていたはずの記憶が鮮明によみがえり、少年の頃の好奇心が再び首をもたげだすのを私は感じていた。


「そんな馬鹿な事はないよな。そうとも、あるわけがない」


私は、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。しかし、たぶん私は明日も明後日もこの公園を訪れ、このベンチに座るだろう。そして子供たちの一挙手一投足に、神経を集中させるに違いない。心のどこかに、ドキドキワクワク感を抱きつつ、いつか何かが起きる事を期待して。

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密かな楽しみ(短編) 藻ノかたり @monokatari

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