心音リアリズム
月山けい
序章「この歩みはまだ独り心地」
第0話
今日も太陽が眩しい。
天気はとても良く、風は程ほどの湿気を孕んでむしろ涼しく、優しく頬を撫でていく。
まだ暑い季節は先だからアスファルトの上を歩いていても不快指数はゼロに近い。
とても良いことだ。いつもこんな感じだったら文句はないのにな。緑葉の木々から零れてくる日差しも柔らかさがあって気持ちがいい。
憂鬱な気分で歩いてきたというのに、たったこれだけのことで気分が回復した。我ながら単純なものだと思う。きっと思考回路はオンとオフしかない旧式だ。それは思考回路じゃないと自分で気付いて、センスの無さに絶望する。
高校の校門を入って玄関へ向かっていると、道の傍にあるテニスコートから朝練中の生徒が練習に励む音が聴こえてきた。
ポーン、ポーン、とボールが交互に打ち返され、コート内を忙しなく駆け回るシューズ音が耳を苛む。
「……」
ふと足を止めそうになった。けれど、止めずに済んだ。伏せた目元はコートとは反対側に向けられている。大丈夫、大丈夫。ぎゅっと胸を抑えそうになるけれど、その手を体の横に必死で縛り付けた。
ああ、嫌だな。
自分が自分で嫌いになりそうだ。いや、事実、嫌いだ。こんな自分なんて、本当に嫌いだ。いっそ、いなくなってしまえばいい。生きている価値なんてないんだから。だから、もう本当にいっそ。
「あ、
と、そんな思考を叩き切る豪勢な声が耳を劈いた。
「お、おはよ」
くわんくわんと揺れる脳を叩き起こし、必死に挨拶を返すと、その声の発声主はにっこり笑って、テニスコート内からこっちに手を振ってきた。周りの先輩や同級生、果てはラリーを無視された練習相手も呆れた様子で事態を見守っている。というより注目されている。主にこちらが、特に。うちの部員が大きな声で挨拶した人物は何者なるかと視線が私に降り注いでいる。
とっても嫌だ、この状況。困る。ほんと嫌。
「あ、あとうるさいからね、
自分にとっては出来るだけ大きい声だったけれど、大きな声を出す恥ずかしさが勝ってしまってか細い非難になってしまった。だけど、沙耶はちゃんと聞き取ってくれたらしく、にこりと笑って再び手を振ってきた。
「ごめーん。また後でねー」
まったく悪びれた様子もなくそう言うと、沙耶はラケットを持ち直すと練習相手に手を挙げて、謝罪と続きを促した。そのままテニス部は朝練に戻っていく。
「はぁ……」
足取り重く歩き出し、意識せずに溜息が出たけれど、でも、その溜息に嫌な感じはしなかった。心なしか気分はマシ。
いつもいつも、沙耶の底抜けな明るさに救われてきた。
これが『誰々には敵わない』というものなのだろうか。事実、私は沙耶に勝てない。逆立ちしたって敵いっこないだろう。勉学だろうと、運動だろうと、他の何だって。
でもそれでいい。私たちは勝ち負けの関係じゃないのだから。
私たちは友達。子供の頃からの親友。掛け替えのない存在。
迷惑を沢山かけてきたし、かけられてきた。困ったことがあったら相談したし、相談され返された。私が泣き付いたことのほうが多かったような気がするけれど、そこは置いとこう。置いとくなと聴こえてきそうだけれど。
持ちつ持たれつ支え合い、何時だって一緒に生きてきた。
きっとこれからもそうなんだ。私にとって無二の友達にこれからも助けられながら、もとい、助け合いながらこれからも折れそうな心のまま生きていく。もうそれでいい。
信教の自由というものだ。私はこの神にも等しい親友に縋って生きていくことにしよう。祈れと言うなら三食食前に祈ってみせる。今日も友達でいてくれてどうもありがとう。これからも
そんな屑めいた決意をしながら、私・
だって私は知らなかったんだ。
この日から、この神掛かった親友にとてつもない心労と苦労を掛けることになるなんて、これっぽちもね。
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