解剖台の輪舞(短編)

藻ノかたり

解剖台の輪舞

「先生、こっちです、こっち!」


大学へ着いた途端、凄まじい人ゴミに揉みくちゃにされたものの、助手の佐藤君が僕の手を引っ張ってくれたおかげで何とか脱出する事ができた。


「佐藤君、こりゃ一体何だね。今日は学園祭で、アイドルでも来る日だったかな?」


裏口を通り、やっと静かな廊下に辿りついた僕は、先ほどの喧騒を思い出しながら尋ねた。


「ある意味そうですね。先生にこれから解剖、いや白骨体だから解剖じゃないか……、とにかく鑑定をお願いするご遺体ですがね、メチャクチャ有名なYouTuberが生配信中に偶然見つけたものなんですよ。


で、通報後もそのまま配信を続けて、ここまでついて来ちゃったわけです。まぁ、当然の事ながら、配信を見ていた連中も何を期待してか続々と集まって来たようでしてね」


なるほど、それであの大量の人だかりか……。そういや、さっきテレビでも何かやってた気がする。娘もファンだと言ってたっけ。


「やぁ、先生。無事のご到着、祝着しごくに存じます」


捜査一課の山田刑事が、いたずらっぽい笑みを浮かべて僕を迎える。いつもの事だが、今一つ緊張感がないんだよな、この人は。僕は軽く会釈をして、早速、仕事の準備に入る。


「どういう状況なの?」


僕が刑事に尋ねると、彼は遺体の発見場所や埋められていた状況など、これまでに分かっている事を微に入り細に入り説明してくれた。話を聞きながら、僕の緊張感は少しずつ高まって行く。淡々と業務をこなすタイプの僕には、こんな事は珍しい。外の毒気に当てられたわけではないのだが……。


「そういえば娘さん、今度、高校生ですって? 男手一つで、本当に感心します。私なんかいつも女房から、子育てに参加しろって愚痴の嵐ですよ」


さすが刑事、付き合いのある関係者の情報はバッチリか。


「でも奥さん、本当にどうしたんでしょうねぇ。可愛い盛りの娘さんを残して消えてしまうなんて、一体どこで何をしているのやら……」


「山田さん!その話は……」


助手の佐藤君が、割って入る。


「いいんだよ、佐藤君。山田さんは、十年前に妻が失踪した以前からのお付き合いなんでね。今でも身元不明者の遺体発見時なんかには、熱心に調べてくれているし……」


ふと山田刑事と目が合い、お互いに愛想笑いをする。


「先生、準備が出来ました。お願いします」


もう一人の助手に呼ばれ、僕たちは解剖室へと入る。解剖台の上には、白骨化した遺体が虚空を見つめ横たわっていた。


「先生、この事件、世間ですごく騒がれてるのは御存じの通りでね。上の方が早く解決しろって、下への圧力が半端ないんですよ。ほんと、よろしくお願いしますね!」


後から山田刑事の声。


「努力するよ」


僕は素っ気ない返事をしながら、遺体の検分を始めた。そして心の中でつぶやく。


(彼には気の毒だけど、この事件は迷宮入りだろうな。いや、気の毒というのは間違いか、ある意味、彼にとっては因果応報というべきだろう)


山田刑事の方をチラリと見やり、僕は更に心の中でつぶやき続ける。


(僕は県警の幹部とも懇意にしているし、これまでの実績もあって大変信頼されている。つまり僕の鑑定に疑いを持つ者なんて誰もいやしない。だから僕が嘘の報告をすれば、この事件が解決する事は永久にないわけだ)


僕は再び、目の前の骸骨を繁々と見回した。法医学者の僕にとっては骸骨なんて珍しくもないが、”彼女”の骨を前に、僕の内には万感の思いがこみ上げてくる。


先ほどの山田刑事の話、そして遺体の傷および身体的な特徴。これは僕が十年前に殺して埋めた”妻”の死体に間違いない。山田刑事との浮気の末に、別れて下さいなんてフザケタ事をほざいた妻の死体に……。


(また、会えたね)


十年ぶりに再会した妻を前に、僕は心の中で最後のつぶやきをした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

解剖台の輪舞(短編) 藻ノかたり @monokatari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ